第5話 妖の世界
目を開けると明るい部屋の中にいた。
「ここは・・?」
「気がついたのか・・・?」
私しかいないと思い呟いた言葉に被せるように発せられた声に一人では
なかったのだと気がついた。
そして、その声はどこかで聞いた声・・・
そうか・・さっきの夢の中で私の名前を呼んでいた声だ・・・。
この人は誰なのだろう・・
初めて会うはず・・・
でも・・何故か懐かしい気がする。
そして、何とも言えない心地よさがあった。
「ここは何処なんでしょうか?
私はどうしてここに居るのでしょうか?」
「お前の最後の記憶は・・・どこまで覚えている・・?」
男の人に聞かれ、記憶を手繰り寄せる
「家に帰る途中で・・翡翠・・狐が、白い狐が道の真ん中にいたんです。
・・そして、車が凄いスピードで走ってきていて・・・狐を助けようと」
そこで一旦喋るのをやめた。そして、自分の体を見て首を捻った
「私・・・車にひかれたはずなんです・・・
体中凄く痛くて・・・死ぬのかと思っていたのに・・・」
記憶を遡ると説明がつかない状況に居心地の悪さを感じる
「あなたは、私がどうしてここにいるのか何か知っていますか?」
「知っている。聞きたいか?」
「・・はい。教えて頂けますか?」
「驚くかもしれないが・・・瑠璃の助けた白い狐だが・・・
それは、俺だ。俺は狐というか妖狐、妖だ。人にも狐の姿にもなれる。」
驚くことに目の前の人は自分は妖狐で、あの翡翠だと言った
「俺を助けたお前は、車に撥ねられた。お前を撥ねた車が去った後
死にそうになっていたお前を助けるのに、ここに連れてきた。
ここは、人間界ではない・・・ここは・・妖の世だ」
翡翠は私の命を助けるために妖の世界に連れてきたという
普通なら到底信じられない話だった
「あなたがあの翡翠だと証明することはできますか?」
「簡単だ」
翡翠はそういうと人間の姿から狐の姿に一瞬で変化して見せた。
目の前で翡翠と名乗る男が狐に変わったのを目にし、呆気にとられるがそれも
一瞬で直ぐに翡翠に会えた喜びの気持ちの方が勝った
「翡翠はケガはなかったの?大丈夫だった?」
「あぁ」
「この姿でも喋れるの!?」
「あぁ」
「あなたが・・・翡翠が無事で良かった・・・」
私はそういうと安堵から翡翠に向けて微笑んだのだった
気がつくと、翡翠は妖狐の姿からまた人の姿に戻っていた
「ケガは大体治っているとは思うが、まだ目が覚めたばかりだ。
無理はするな、ここでゆっくり癒すといい」
「ありがとう。あの・・私がケガしてからどれくらい経つのかな?」
「ん~、3日にはなるか・・・」
「えッ!3日も寝ていたの?でも、3日であのケガが治るの?」
「そのことだが・・・瑠璃に話さなければならないことがある」
翡翠が躊躇うように声を出す。
「何か、話しにくいことでもあるの?」
「瑠璃が不思議に思うようにあの時のケガはかなり酷いものだった。
死んでもおかしくないようなくらいに・・・。
でも・・・俺はどうしても瑠璃に生きていて欲しくて・・・
一刻を争うと思った俺は・・・」
翡翠はそこまで言って私の顔を真直ぐに見つめた
「瑠璃は俺や妖をどう思う?」
「え、あの、正直未だに信じられない気持ちでいっぱいだけど
翡翠の事はあの時から普通とは違うと思っていたの。
妖の事はまだよく分からないけど、翡翠のことは一緒にいたいと思う」
そう言いながらも、自分の中にある不思議な気持ちはなんなのか考えていた。
狐の姿の翡翠には何とも言えない安心感、例えば家族のようなそんな気持ちが
あるのは確かだ。
でも、人の姿の翡翠には心臓をギュッとされるような切ない気持ちとドキドキする
気持ちがある。
でも、これがどういう気持ちなのか上手く説明できないでいる。
そんなことを考え俯いていると、翡翠が私の手をそっと自分の手で包み込んだ。
「瑠璃・・俺はケガをして助けてもらった時から瑠璃のことが忘れられなかった。
本当は、ケガが治ってもずっと一緒に居たかったんだが・・・
妖狐の俺が瑠璃の側にいてはいけないと思って、離れたんだ。
離れたら忘れられると思っていた・・・けど、ダメだった。
瑠璃に会いたい気持ちが募っていって・・・。
ダメだと思ってはいたけど会いに行ったんだ。
そしたら、あの場所で瑠璃を見て、体が動かなくなった。
まさか、瑠璃に助けられた挙句、ケガをさせてしまうなんてな。」
そう言って自嘲気味に薄く笑い私の頬に右手でそっと触れた。
お互いに見つめ合ったまま時間が過ぎていく。
長い時間見つめ合っていた気になっていたが、実際は1分にも満たない時間
だったかもしれない。
翡翠が私の頬から手を離す
「体は大体大丈夫だと思う。風呂にでも入ってさっぱりしてきたら良いんじゃ
ないか?それから、また話そう。」
そう言って右手を差し出すので、その手を掴み立ち上がった。
「風呂まで案内するよ」
翡翠に手を引かれながら、自分の周りに目をやる。
ここは、純和風の家のようだ。
今まで自分が横になっていたのは和室で縁側から庭が見渡せた。
和室の襖を開けると長い廊下が広がっていた。
いくつもの襖を横に見ながら真直ぐ進み、突き当りを右に曲がった先に風呂場
の引き戸があった。
「ここを開けると風呂場だから、瑠璃が風呂に入っている間に着替えを用意させる
けど、浴衣は着れるかな?」
「あ、うん、浴衣なら大丈夫。ありがとう。」
「あぁ、気にしないで、じゃあ、ゆっくりするといいよ。
風呂から上がったら、さっきの部屋まできて、いいね。」
「うん。」
引き戸を開けると広い脱衣所があった。
そこを通り風呂場の戸を開けると広い浴室があり、ヒノキの良い香りが広がって
いる。
「凄い!旅館みたい・・・」
思わず感嘆の声が出てしまった。
湯加減も丁度よく、久しぶりのお風呂に時間も忘れゆっくり浸かった。
さっぱりしてお風呂からあがると、脱衣所に下着と白地に牡丹の花の柄の浴衣
が置いてあった。
「可愛い浴衣!」
洗面所には化粧品も置いてあり至れり尽くせりという感じ
「ホント、旅館みたいだなぁ~」
身支度を整え、元居た部屋に向かったのだった。
元居た部屋の襖を開けると、縁側から庭を眺めながら煙管キセルを吸う翡翠の横顔
が見えた。
煙管から立ち上る白い煙と細長い煙管を持つ翡翠の細長い指先
そして、腰まである白髪に色白の肌とエメラルドグリーンの瞳
丁度こちら側から左耳につけている瞳と同じ色の耳飾り・・・
そこに座っているだけなのに、一枚の絵画の様に絵になる姿に目を奪われる。
それと同時にさっきも感じたギュッとしめつけられるような微かな胸の痛みと
同時にドキドキする胸の動悸を感じた。
“もう!さっきから何なの?私どうかしちゃったの?”
そう自問自答していると、私に気づいた翡翠がこちらを見て一瞬ハッとした
ように目を見開いた後、何事もなかったかのように
「お風呂はゆっくりできた?」
と、にこやかに聞いて来た。
「うん、ありがとう。とっても素敵なお風呂でゆっくりできました」
「それなら良かった」
「あッ!煙管は吸ってもいいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあ、瑠璃、こっちにおいでよ。」
翡翠は縁側の自分の隣を手でトントンと叩き招く。
言われるまま翡翠の隣に座り庭を眺めると、色とりどりの花々に目を奪われる。
「・・綺麗・・・」
庭には白いタイサンボクやシャラの木、赤や紫の百日紅、朝顔に桔梗、池には
睡蓮・・・ラベンダーまであった。
食い入るように眺めていると視線を感じて隣を見ると、私をジッと見ていた翡翠
と目があった。
「花も綺麗だが・・瑠璃も綺麗だ・・・」
「エッ!」
ダメだ!元々あまり男の人には免疫がないのに、胸がバクバク言って翡翠の言葉
にビックリしすぎて上手く返せないうえに、真っ赤になりながら俯いてしまった。
「瑠璃、お願いだ、こっちを見て・・・。」
そう言いながら、私の顎に手を添え上を向かせる
「俺は、初めて会った時から瑠璃の事を綺麗だと思っていたよ。
そして、離れたくないとも・・・」
そんな風に言われたら、まるで翡翠が私を好きなのかと勘違いしてしまいそう
になる。
“こんなに素敵な翡翠が私を好きになるわけないのに”
そんな心の葛藤をしていると、後ろの襖の外から声が掛かった。
「翡翠様、
「あぁ、分かった。お前達を瑠璃に紹介したいから一緒に食べよう」
「はい、お待ちしております。」
「瑠璃、夕餉を食べに行こう。ついでに、この屋敷の者も紹介するよ」
「うん。」
屋敷の人って事は、妖ってことだよね・・・
どんな人達なのか緊張しながら翡翠の後に続いて部屋を出た。
翡翠について行くと先程の長い廊下を今度は左に曲がり直ぐの襖を開いた。
そこには、薄墨色の長着に袴の男の人と紅い着物の女の人、そして十代位の
若草色の長着に深緑の袴の男の子がお膳を囲んで座っていた。
私と翡翠は3人の向かい側のお膳の前に腰を下ろした。
「瑠璃、紹介する。左から
3人はこの屋敷の管理や俺の世話係をしてもらっている。
そして、皆、瑠璃だ。俺が人間界に行った時に助けてくれた、俺の大事な人だ。
よろしく頼む。」
そう言って、3人に頭を下げた。
「翡翠様、頭を上げてください。翡翠様の大事な人は、私達にとっても御守り
すべき大事なお方です。ご安心下さい。
瑠璃様、ここにいらっしゃる間は気兼ねなくお声掛け下さい。」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
浅葱さんは、背筋を伸ばしとてもしっかりした大人の男の人という感じの人だった。
「瑠璃様、この屋敷で女は私くらいなので、女同士仲良くしましょうね。」
「はい、よろしくお願いします」
珊瑚さんは、肩までの白髪に紅い目で、とても母親には見えない可愛らしい
感じの人だった。
「瑠璃様、私は人間で言えばまだ十代の若輩者ですが、お二人の力になれるよう
努めますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
「はい、そんな畏まらなくてもいいですよ。仲良くしましょうね。」
鴇君は、浅葱さんと同じ黒髪のイケメン君で弟がいたらこんな感じなのかなと
思わせる雰囲気をもっていた。
お互い紹介し合ってからは、一緒に話をしながら食事をした。
妖の食事に不安もあったが、普通の和食となんら変わらない内容に安心し、
お腹いっぱい食べることができた。
「ご馳走様でした。ほんとに美味しくて、こんなに楽しい食事は久しぶり!」
「瑠璃にそう言ってもらうと、用意したかいがあるな」
本当に、いつもは一人での淋しい食事だったから心から嬉しく思った。
食事が終わると先程までいた部屋に翡翠と戻った。
縁側で庭を眺めながらくつろいでいると、鴇君が翡翠にお酒、そして私にお茶
を持ってきてくれた。
「鴇君、ありがとう。」
「いえ、ゆっくりしてくださいね。」
翡翠は御銚子からガラスのお猪口にお酒を注ぎ口に運び、私もお茶を飲むと
冷たいお茶がスッと体に染みわたるようだった。
「そういえば、気になっていたんだけど・・・。」
「なんだ。」
「私、翡翠の名前は勝手につけて呼んでいたんだけど、本当の名前も同じ翡翠
だったの?」
「あぁ、不思議だよな。俺も瑠璃に初めて名前を呼ばれた時、なんでこいつは
初めて会った俺の名前を知ってるんだと思った。」
「私は、翡翠の瞳を見てとっても綺麗だと思って“翡翠”ってつけたの」
「あ~、確か俺の親もそんな事を言ってたような気がするな。」
「フフフ、考えることは人間も妖狐も同じなんだね」
「そうみたいだな。」
そんな話をしながら夜は更けていったのだった。
「瑠璃、そろそろ寝ようか?」
「そうだね、翡翠は何処で寝てるの?」
この部屋には、私が寝ていた布団しか見当たらない。
ここが私の部屋だろうから、翡翠は違う所で寝ているのだろう。
そう思っていたのだが、思ってもみない返事が返ってきた。
「何言ってんだ、ここは俺の部屋でこの三日間、俺と瑠璃はずっと一緒に
寝ていたぞ。だから、もちろん今日も一緒だ。」
「エッ!!嘘でしょ!」
「嘘じゃない。人間界でも一緒に寝てただろうが・・・」
「そ、そ、そうだけど・・・」
「まだ何もしないが、もう、瑠璃の側じゃないと寝れない。
ほら、一緒に寝るぞ。」
翡翠はそう言って、強引に布団の中に引っ張りこんだ。
何か聞き捨てならないようなことを言っていた気もしたが、引っ張り込まれた
翡翠の腕の中では、胸のドキドキが伝わらないかと思うくらい激しいく恥ずか
しいのに、離れたくないと思う自分もいて・・・
結局、言われるまま翡翠の腕にくるまれて眠ることにした。
翡翠からは微かにお香のような良い匂いがする。
不思議とこの腕の中は自分の居場所だという気がして、すんなりと眠りに落ちて
いった・・・。
何かにくるまれる温もりの中、とても居心地の良さを感じながら瞼を上げた。
目の前には開けた浴衣から覗く、固い胸板があった。
「エッ、あッ、、、、」
初めて触れる異性の体に、真っ赤になりながら軽くパニックを起こしていると
頭の上から優しい声が落ちてきた。
「瑠璃、起きたのか?おはよう。」
「あ、うん、おはよう。」
「やっぱり瑠璃と一緒にだと、ぐっすり眠れる。
準備ができたら
「う、うん。」
心臓バクバクのこっちの気も知らず、変わりの無い翡翠の態度にこういう事に
慣れている感じがして胸にチクリと痛みを感じたが何事もなかったように身支度
を整えた。
昨日の広間には、既に浅葱と珊瑚、鴇の三人が揃っていた。
「「「おはようございます。」」」
「おはようございます。」
「おはよう。」
「皆揃ったので頂きましょう。」
「「「「 頂きます。」」」」
朝ごはんも美味しくて箸が進む。
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