第3話 空虚と波乱

翡翠がいなくなってが私の生活はも変わらない


学校に行けば実習対策で覚えることがいっぱいで、萌と一緒に四苦八苦する

毎日だったし、デュパンでも珈琲の香りに癒されながらも忙しく働いていた。


翡翠がいなくなって直ぐは、度々思い出していた翡翠のことも


忙しい毎日で気がつけば思い出すこともなくなっていた。


ただ・・


暗い家に入る時だけ、淋しい気持ちと一緒にポカっと胸に穴が開いたような

虚しさを感じるだけ・・・



学校はとうとう明日から3日間の実習が始まる。


残念だけど、萌とは実習先は一緒にはなれなかった。


私の実習先は学校から3駅程離れた特別養護老人ホームに決まった。


一緒に実習になったのは、今まであまり話したことはないけど

坂本 若葉サカモト ワカバ”さんという黒髪の大人しそうな感じの人だった。


「瑠璃と一緒に実習行きたかったなぁ~」


「私も萌と一緒が良かったよ~、

 あのさぁ、萌は私と実習が一緒の坂本さんのこと知ってる?

 私、話したことがなくて・・・」


「あ~、若葉さんはうちらの7つ上の25歳って言ってたよ。

 なんか、前はOLさんしてたみたい。

 実は私もあんまり話したことないんだよね。」


「そっか~、じゃあ実習で仲良くなれるように頑張るよ。」


「うん、頑張って!」


よし、明日から3日間頑張らなくちゃ!


実習当日、私と若葉さんは施設の前で待ち合わせをして中に入った。


一通り施設の説明を受けて、今日は見学がメインで食事の介助と入浴の

介助に少し入るらしい。


職員の皆さんはテキパキと仕事をこなしていく。


痴呆の進んでいる人や手足の不自由な人、様々な人がいてそんな人たちに

絶えず優しく声を掛けて笑顔で対応していて仕事とはいえ、凄いなと尊敬

の眼差しで見てしまった。


私なんて、多分顔引き攣っている気がする。


教科書や頭で考えていたより、実際の現場は衝撃的だった。


「笠井さん、こっちの食事の介助をお願い」


「はい!」


「笠井です。よろしくお願いします」


スプーンを使って、口の側にゆっくり持っていく


「笠井さん、口の中までちゃんと入れてあげてね」


「あ、はい」


今度はスプーンを口の中に入れていくとぱくっと食べてくれた


「そう、その調子よ」


「はい」


食事の介助がこんなに疲れるものだとは思わなかった


でも、自分の介助でご飯を食べてくれた姿に嬉しさも感じる


「じゃあ、1時間休憩に入って」


「はい!」


控室にいくと若葉さんがお弁当を食べていた。


「若葉さん、どうでした?」


「もう、クタクタよ!なんで私が食べさせて文句いわれなきゃいけないわけ!

ムカつく!」


「エッ!文句言われたんですか?」


「そうよ、ちゃんと食べさせろって言うのよ!」


「そうなんですか・・・」


ん~、若葉さんって思っていたよりキツイ人なのかなぁ


「あ~、早く帰りたい!」


「午後は入浴介助ですね。なんとか、頑張りましょう」


「笠井さんって、なんかイイ子ちゃんよね。

 その頑張りましょうとかって、ウザいんだけど」


「あ、すいません・・」


棘のある言い方に、思わず委縮してしまう


俯いていると控室のドアが開き職員の人の声が掛かった


「休憩は終わりね、午後の実習に入りますよ」


「は、はい」


お弁当を片付け後に続いた。


午後は入浴介助。


分かってはいたけど、皆さん裸で・・・


女の人相手なのにちょっとためらってしまう


流石に仕事だからだけど、ちょっと恥ずかしかったりするわけで微妙な

気持ちになってしまった。


「笠井さん、恥ずかしがってちゃダメよ。

 介助されている人の方が恥ずかしいでしょ」


確かにその通りだ。


「髪の毛、ドライヤーで乾かしたら、少しセットしてあげて。

 女の人はいくつになっても綺麗にしてもらったら嬉しいでしょ」


「はい!」


確かに綺麗になったら嬉しいはず、私も頑張ろう。


ブラシで綺麗に髪の毛を整えてあげると


「まあ、綺麗にしてくれてありがとう。」


ニッコリと微笑んでくれた。


今日一番の幸せを感じた瞬間かも


その後は、車いすで移動を手伝ったり、見学したり忙しく動き回って、

終了の時間になった。


若葉さんと挨拶して施設を出た。


「あ~、もうやってらんない!何で私がこんな小間使いみたいな

 ことしなくちゃいけないの!早く卒業したいわ~」


「あの~、若葉さんは何でこの学校に通っているんですか?」


「え~、私の婚約者の親が介護施設を経営してるのよ。

 良い嫁だって思われるには、介護の勉強をしておいた方がいいでしょ」


「そ、そうなんですね・・・」


「だから笠井さんも私のために、協力するのよ」


「協力って・・・」


「実習報告のレポートしておいて。

 私はこれからデートで忙しいの。頼んだわよ!」


「は、はい・・」


家に着くとリビングの床にぐったりと座り込んだ。


今日一日でとっても疲れた。


若葉さんの正体も知って、疲れは倍に感じる。


「ねえ、翡翠聞いて・・・」


私は先日雑貨屋さんで見つけた狐の置物に話しかけた


翡翠がいなくなってバタバタしていたものの、空虚さはあって


そんな時、この置物を見つけて一目で気に入った


それからは、あの日翡翠に自分の胸の内を素直に語ったように一日あった

ことを話していた。


不思議と語った後は、すっきりして一人じゃないような気になる


「実習も後2日、頑張らないとね」


その日は、お風呂に入ると死んだように眠ったのだった


次週も2日目、今日は若葉さんと一緒に介助をすることになった


痴呆の進んでいたお婆さんをベットから移し車いすでの移動だった


「笠井さん、あなたベットから車いすに移動させてよ」


「あ、はい」


私は言われるままお婆さんを車いすに移した。


簡単に見えて、人ひとりを移動させるのは重労働でコツもいる


学校での実習対策を思い出しながらなんとか移動できた


ホッと息をつくと職員さんが声をかける


「あ、上手くできたみたいね」


「はい、学校での事を思い出しながら慎重にしてみました」


若葉さんがニッコリしながら職員さんに応えていく


「ほんと坂本さんみたいに動く人がいると助かるわ。頑張ってね」


「はい、ご指導よろしくお願いします」


ニッコリしながら職員さんを見送る若葉さんを信じられないという顔で

見つめていると


「こういうのは要領よ。笠井さんはそういうの下手よね。

 その分私が上手くやるから心配しないで」


「あの、さっきの移動は私がやったんですけど・・」


「でも、あの職員さんは私がやったと思っているんじゃない」


フフフと鼻で笑うように言う。


言い返したかったが、何を言ってもダメな気がして止めた。


その後も食事の介助も私がするが、職員さんがくるタイミングで変わったりを

繰り返し同じようなことが何度も起きた。


帰りには、職員さんに若葉さんを見習ってもう少し積極的に取り組むように

と注意されてしまった。



家に帰ると狐の置物の翡翠に今日の事を愚痴る。


当たり前だが、翡翠は何も言わず全て聞いてくれた。


全て言い終わったことで私も少し落ち着きを取り戻していた。


「明日で実習は終わりだから、若葉さんに負けずに頑張るね」


翡翠に向けて言うと、応援してるよと言ってくれたような気がした。


最終日は本当に散々だった・・


若葉さんは相変わらず私のした事を自分がやったと言い職員さんの受けも

良好で、私は相変わらずで終いには担当についたお爺さんを怒らせてしまい、

それを私の所為にしてしまった。


私は訳も分からず頭を下げ謝っていた。


「・・・今後こんな事はないように気を付けてね。

 どんな方でも一人の人格をもった人間です。きちんと対応してくださいね」


「はい、申し訳ありませんでした・・」


やってもいない事で責められ謝らなければならないことに悔しくて涙が出てきたが、職員さんは私が怒られたことで泣いたと思ったようで


「泣けば許されると思わないように」


と更に注意を受けた。


控室に戻ると若葉さんがいて


「ごめんね~。笠井さんは何も関係ないのに~。」


「悪いと思っているのなら、若葉さんが自分で謝るべきです」


「そんな事するわけないでしょ。笠井さんが謝ったんだから。もう、いいでしょ」


「信じられない、最低ですね」


「最低でも何でもいいわ。まあ、これで実習も終わりだから、はい、帰るわよ!」


帰りを急かされ、仕方なく従って施設を出た。



結局あんなに対策してきた実習も散々な結果になってしまったまま実習は終了した。


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