第53話 カンちがい地雷女!?

「あたしってさぁ、今年で30になるんですどぉ〜、自分で結婚相手見つけるよか安心できるとこ入って婚活したほーが、玉の輿に乗れるかと思ってぇ」



「…はぁ…」



今私はコミュニケーションスキルを上げるためのセミナーに参加した帰りに、同じ参加者である黒ずくめ女性に捕まってしまい、ファミレスでお茶している。



——ラストオーダー9時半で閉店10時で明日も休みだからいいかな、って思ったけど、なんだかなぁ…——



セミナーが9時に終わってすぐに捕まってしまった。

先日の開運メイクにお見合い写真撮影で一緒だった水岡ミズオカさんは、「家が遠いので」と、サッと帰ってしまった。

私の家も都内から近いとは言えなかったが、

断るタイミングを失ってしまった。



——あーあ、相変わらず私ってドンくさいなぁ——



自分で情けなくなる。



彼女の名前は鳩谷ハトガヤダリアというらしい。

本名なのかどうかわからないけど、親御さんはどんな思いでこの名をつけたのか、少し気になる。

てっきり同世代かと思っていたがまさかのまだ二十代で軽く驚く。


髪にツヤはなくチリチリした髪をさらに縦ロールに巻いていて、ファンデーションを厚塗りしているため顔と首の色が違い、なにより目の下にクッキリあらわれてしまっているクマが、年齢よりかなり老けさせて見せていた。

いつだったか美意識の高い佐和子サワコが、「黒は危険な色」だと言ってたことを思い出した。

日本人女性で黒が似合う人は一握りで、大半が着るとクマやシミが目立って肌をくすませて見せてしまうらしい。

だから、トップスに選ばないほうがいいわよとアドバイスを受けた時は半分聞き流してたけど、こうして黒ずくめの女性を見てしまうと、なるほどと思ってしまう。



「ちょっと、私の話聞いてます?」



突然強い口調…。



「えっ、、あ…ごめんなさい」



自分より十も下の人になんでこんな言われかたしなきゃなんないかなぁ…。



「それでね、あたしホントはあそこ出禁になってんの」



「そうですか…」



先日、永沢ナガサワ藤子フジコからは「トラブル起こして強制退会させられた」ことを聞かされていたので、彼女の告白には驚かなかった。

でも、それがなんでまた受け入れられたのか、よくわからなかった。



「でもね、占い使った相談所でよく当たるのってここしかないし、ブログみたらセミナーの日がのってたから、思い切ってお金振り込みしてまた来ちゃったんだよね」



えー!?

普通の感覚を持ってれば、そんなことはできない。

そもそもなにをやらかして強制退会になったのか?

出入り禁止のところにまた勝手にお金振り込んでのこのこやってくるなんて、どういう神経しているのだろう?

あまり関わり合いにはなりたくないタイプだった。



「あたしね、人からよく相談されちゃうタイプでね、婚活相手とうまくいってないって相談受けたあとで相手の男呼び出して説得したりしてたんだよね」



それって、余計なお世話では?

もうそれだけで、なんで強制退会になってしまったか、わかる気がしてきた。

それにしても、こんな人に相談する人なんているのかなぁ?



「でね、困ったことに相手の男があたしのこと気に入っちゃってね…そんなことあったから、やめさせられちゃったんだよねー!」



典型的な引っ掻き回すタイプか!

鳩谷ハトガヤダリアは実年齢よりは老けては見えるものの顔立ちは悪くなく、むしろ美人の部類に入る。

地雷臭はするものの、魅力皆無ではなさそう?

略奪?は、ありえたかもしれない。



「いい加減になさい」



ここで、聞き覚えのある声が耳に入った。

振り返ったら織本オリモトさんが強張った表情で立っていた。



鳩谷ハトガヤさん、以前私たちお断りしましたよね?うちでは鳩谷ハトガヤさんのご希望に沿うことはできませんし、なにより他の会員さんのお見合いを引っ掻き回すようなかたを在籍させるわけにはいきませんって」



これに対し鳩谷ハトガヤダリアは負けじと言い返す。



「ええ、でも人を好きになる気持ちって、しょーがないことじゃないですかぁ」



これに対し織本オリモトさんは深くため息をついた。



「お相手の男性は、鳩谷ハトガヤさんのことを好きになってないですよね?」



「え、あたしのこと好きだったと思いますよー?でなきゃ、ホテルなんて行かないしー」



そのセリフを聞いた私は、飲んでいたメロンソーダを吹き出しそうになった。

なんてことをする人なんだろう…。



鳩谷ハトガヤさん…本当の幸せを掴みたければ根本から変わらなければならないの、私ではもうこれ以上お手伝いできませんので。そもそも女性会員さんのほうから鳩谷ハトガヤさんに相談を持ちかけたりしてませんし、無理に情報を聞き出したのは、鳩谷ハトガヤさんですよね?」



やはり鳩谷ハトガヤダリアには相談持ちかけていなかったのか…。

それより二人のやり取りの間にはさまれた私は、動くこともできずにいる。



——この場を立ち去るほうがいいのかな?でも、なんだかどうしたらいいかわかんない…——



「振り込まれたお金はそっくりお返しいたしますので、今後うちには関わらないでいただきたいです」



そういって織本オリモトさんは懐から封筒を取り出した。



すると、



「なによ!せっかく稼がせてやってんのに!もうこんなとこ二度と利用してやんないんだから!!」



鳩谷ハトガヤダリアは大声で怒鳴って織本オリモトさんから差し出された封筒をつかみ取り、ズンズンと大股で店を出て行った。



宮坂ミヤサカさん、ごめんなさいね、こんなことお見せしてしまって…」



織本オリモトさんに頭を深々と下げられてしまう。



「いえ、気になさらないでください。捕まってしまった私にも問題があるので」



ああもう、こんな自分イヤになる。



「それで、鳩谷ハトガヤさんに連絡先を訊かれたりしてませんか?」



織本オリモトさん、心配そうに私の顔を覗き込む。



「あ、それは大丈夫です、事前に永沢ナガサワさんからも注意を聞かされてましたので」



「お、さすが永沢ナガサワ氏」



織本オリモトさん、感心した様子を見せる。

そして、店員さんにも謝る。



「ごめんなさいね、ラストオーダーもすぎていたのに…通りがかりにうちの会員さんの姿が見えたので、心配になって」



「いえ、いいんですよ、織本オリモトさん、いつもありがとうございます」



店長らしき人が出てきて応対、どうやら織本オリモトさんは、常連らしかった。



「あらいやだ、あの人ったら自分のお茶代も払わずに行ってしまったわ…」



この言葉に私は凍りついた。いくらドリンクバーとはいえ、あまりよく知らない人・しかも好感が持てない人の分まで払うことになってしまうなんて、どこまでドン臭いんだろう…。

ここまでくると泣けてくる。



宮坂ミヤサカさん、ここは私が払います」



思わぬ言葉に私は驚いた。



「えっ、いいです、私払います!」



「いえいえ、ここはうちからのお詫びとしてお支払いします」



そういうとサッと伝票を取り、ずんずんと会計へ向かった。



——どうしよう——



そもそも自分がしっかりしないから、こういうことが起きたのに…。



「本来は強引に振り込まれても一度強制退会させられた人を受け入れるべきではなかったのですから…反省してるなら大丈夫と判断してしまったこちらのミスでもありますので…」



そう言って織本オリモトさんはさっさと会計をすませ、領収証を出してもらっていた。



「…すみません…」



いくら婚活部に落ち度があったと言われたところで、きっぱり断れない自分にも自己嫌悪を感じてしまう。



「大丈夫とは思いますが、今後、鳩谷ハトガヤさんが接触してくることあったら、すぐ連絡くださいね」



「はい」



「今回の件は本当に申し訳なかったです。いきなりショックを受けてしまったかもしれませんが、今後の婚活を頑張ってくださいね」



セミナーを終えてからの出来事は一時間にも満たなかったけれど、なんだか長時間のことのように思うくらいどっと疲れた。

最後に織本オリモトさんが現れたのが救いだった。


こんな調子では、今後の婚活は大丈夫なんだろうか?

不安でしかなかった。

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