第45話 いっそ、つき合っちゃおうか!?

コロナ騒動から一週間経ち、佐和子サワコ太田原オオタワラがやっと出社してきた。

三笠ミカサ真紀子マキコはどうやら殴られたのが顔だったようで、受付という仕事上アザが引くまでは出てこられないようで、引き続きお休みだった。

結局穴埋めに佐和子サワコがインフォメーションに返り咲くことになった。


あれから私は太田原オオタワラへどう返信するか散々悩んだ挙げ句、『お断りします』そのひとことですませたつもりでいた。


ところが…。


遅番で翌日も出勤だったため、退勤後は茶房ロータスで夕食をとることにした。

エビピラフセットを注文して食べているところへ、



「よぉ」



太田原オオタワラがやってきて、目の前に座った。

いつもの自分なら「お疲れ様」と声をかけるのだけど、先日のLINEの件があったので身構えてしまう。



「今日アンタ遅番だから、ここにいると思ったんだよね」



だからなに?…そう言えたら、どんなにラクか…。

でも言えずにいて、なにも返さずに黙々とエビピラフを口に運んだ。



「それ、うまそうだな、オレもここで夕飯ユウメシにしよっと。マスター、カレーライスセット大盛りで!」



それうまそうと言っといてカレーライス?とツッコミたいのをガマンして、ひたすらエビピラフを食べ続ける。



「なぁ、こないだの件、考えてくれないかな?頼むよ!」



そらきた、やっぱりね…。ちゃんと断ったのにな…。

エビピラフを完食した私は、バッグからマスクを取り出して着用した。



「お断りしましたよね?それに、やましいことないならこんな小細工しなくたっていいじゃないですか?」



私にしては珍しくはっきりとモノが言えた。

それに対する太田原オオタワラも負けてはいない。



「なにもしてなくてもだな、一時的にでもお互いの心が通じ合った時点でアウトなんだよ」



「一時的?」



正直、三笠ミカサ真紀子マキコの気持ちはよくわからない。

彼女は旦那さんと別れるまで待って、と言ったようだけど、果たして本当に太田原オオタワラのことを好きなのかどうか、疑わしかった。



「確かに一時的には気持ち通じ合っていたんだけどね、最近のあの人は、それどころじゃないんだとさ」



そりゃあそうだろう、離婚するのに少しでも有利になるよう動きはじめたばかりなら、不利になりそうなことからは遠ざかるだろう。

恋に盲目になって、そんな単純なこともわからなくなっているのだろうか?

食べ終えたからとっとと帰りたかったのだけど、食後のアイスティーがまだ来ない。



「オレ、訴えられたらどうしよう」



太田原オオタワラはなんだか泣きそうだった。



「そりゃないと思いますけど?」



この口調は、自分でもビックリするくらい冷たかった。



「な、いっそさ、オレらつき合っちゃおうか?」



ここで太田原オオタワラは、だし抜けに突発的な提案をしてくる、しかも声のボリュームは大きめだ。



「はああ〜!?意味わかんないんですけど?」



私は思わず大きな声をあげてしまう。



「なんで私たちがつき合わなきゃなんないの?

第一まだ彼女のこと好きなんでしょう!?」



さっきから私おかしい、これまで他人に対してここまで言えたことなんてなかったから…。



「好きだったけどさ、最近あの人なに考えてんかわかんないし、いっそ宮坂ミヤサカちゃんとつき合ってみるのも悪くないかなー?なんて」



太田原オオタワラ、軽いノリでテヘヘと笑う。



「それって失礼すぎますから!それに私たちもう若くないんだよ?遅すぎるのかもしれないけれど、結婚だって諦めてないんだよ?それでどうしてそんな軽いノリで交際はじめられるの!?もう、わけわかんない!」



私、かなり本気で憤慨、その場が決して広くない喫茶店で、この会話が店中に筒抜けだということを気にしていられなかった。



「あれっ、宮坂ミヤサカ先輩に太田原オオタワラさんじゃないですかぁー?」



ここで聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた、栗木クリキカエデだった。

なんてタイミングで現れてくれたんだ…。



「聞こえちゃいましたよー、お二人そういうカンケイだったんですねー?」



「ちっ、違いますから!」



私は思わずムキになって否定する、栗木クリキカエデは社内きってのスピーカーだったから…。



栗木クリキちゃん、いつからそこにいたの?」



対する太田原オオタワラは、ちっとも焦っている様子がない。



「たった今来たばっかですけどねー、宮坂ミヤサカ先輩が結婚諦めてないってセリフ辺りから聞いてましたよー?」



うわああ、よりによって!

それじゃあまるで私が太田原オオタワラに結婚迫ってるみたいじゃないか!



栗木クリキちゃん、ちがうからね」



ここで太田原オオタワラが否定してくれる?と期待していたら、



「実はボクが宮坂ミヤサカさんにコクったところ、断られちゃったのさ〜」



事態をさらにややこしくするような発言をしたので、愕然とする。



「えええーっ、マジで!?」



マジじゃないです、違うから、そう否定しようとしたら、



カエデちゃん、待たせてごめんね」



長身のイケメンが店内に入ってきた。



「あ、たっくん、私も今来たとこ〜」



どうやら栗木クリキカエデは、ここで彼氏と待ち合わせをしていたようだ。



「あ、こちら私の彼氏の渋川シブカワ拓也タクヤさん」



そして、私たちに彼を紹介する。



「ども、渋川シブカワです」



イケメンだけれど、どこかチャラそうに見える。



「えっと、こちらが宮坂ミヤサカ先輩に、太田原オオタワラ先輩で…」



一人静かに夕食をとるつもりがこんなになるなんて、早く帰りたかった。

このタイミングで、



「おまちどおさま」



マスターが食後のアイスティーを持ってきてくれた、目の前に勝手に座っている太田原オオタワラにはカレーライスを置いた。

本当は今すぐ帰りたくてしょうがなかったけど、喉が渇いていたためアイスティーを飲むことにした。

一気に飲み干した私は席を立ってお会計をすませる。



「あれ?宮坂ミヤサカセンパイ、もうお帰りですかー?」



栗木クリキカエデに声をかけられる。



「はい、明日も出勤なので」



宮坂ミヤサカちゃん、ボクは諦めないからねー?」



太田原オオタワラのヤツ、悪ノリしやがって…。

彼の交際申し込みは、どうしても本気とは思えなかった。



それからが大変だった。

翌日出勤すると、『太田原オオタワラ宮坂ミヤサカに告白をしてフラれた』というウワサで持ちきりになっていた。 

井澤イザワ部長からは「結婚できるチャンスだったのに」と言われ、小畑オバタ一美カズミに「それ、セクハラですよ」と、たしなめられていた。

こちらを見てコソコソ話す人もいて、なんだかロコツだなぁ…と、呆れるしかなかった。

土浦ツチウラ涼太リョウタに至っては、私とすれ違うたびに太田原オオタワラを肘で小突き、「ほらっ、宮坂ミヤサカさんですよ!」と、まるで小学生男子のようなことをされ、栗木クリキカエデは、

三笠ミカサセンパイと太田原オオタワラセンパイと一緒にいたのって、相談だったんですね〜」なんて言いふらしてるし、

なんだかもういちいち否定するのは疲れてしまうので、スルーすることにした。


業務上とくに支障はないのだけど、社内経由での婚活は、ますます絶望的に思えた。

一部の本当のことを知っている人以外は皆信じているようなので、紹介は望めそうになかった。



——ま、しかたないか、元々そういうことなかったし、会社はあくまでも仕事するとこだし——


こう自分に言い聞かせるしかなかった。


いっそのこと本当に太田原オオタワラのことを好きになれたら良かったのに…。

何度かそう思った、同世代である程度知った相手でもあり、婚活をするという手間が省ける。


けれども…。



——三笠ミカサさん、もしかしたら本当に太田原オオタワラのこと好きだったら厄介だし、第一私は彼にピンとこない——



贅沢を言っている場合ではないのだけど、嫌いではなくても全くピンとこない相手との結婚は考えられない。

彼だって私とつき合おう宣言したのは本心からではないというの、確実にわかる。


しばらくして、太田原オオタワラからLINEがきた。



宮坂ミヤサカちゃん、本当にごめん』



『あの人とはやましい関係じゃないのに、あの人のダンナから訴えられたらどうしようって思うあまり勝手な発言して悪かった』



本来なら利用されたわけだから、傷ついたりするものなのかもしれないけれど、一切そんな気にはならなかった、少し腹は立っていたけれど、本気で怒る気も起きなかった。

多分それは三笠ミカサ真紀子マキコに対する同情の気持ちも大きかったと思う。

ただし、少し面倒なことに巻き込まれてしまった感があるのが、煩わしかった。



「厄介なこと巻き込まれちゃったわねー」



昼休み、またもや小畑オバタ一美カズミとタイミングがかぶる。

彼女はこれまでの経緯をざっと知っているため、ウワサを鵜呑みにすることはなかった。



「もう、言いたい人には言わせておきます、太田原オオタワラくんは鬱陶しいですが」



私は正直な気持ちを吐露した。



「あ、は!鬱陶しいかぁ、まぁ彼もあちらのダンナから訴えられないよう必死なんでしょうけどね、本当はミドリちゃんを好きになれたらいいのにって、思ってそうじゃない?」



「それは私も同じです、ないですが」



私は黙々と冷やし中華弁当を口に運ぶ、今日はコンビニで冷やし中華を見つけたとき、迷わず即買いをしたのだ。



「これじゃあなかなか女子会はできないわね…顔のアザが消えても、当分は真紀マキちゃん忙しいだろうし」



もうずいぶん長いこと女子会がないので、そろそろ寂しくなっていた。

今ならみんなに色々話を聞いてもらいたいような気がしていた。
















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