第44話 困った依頼

ようやくお昼休憩の時間がやってきた。

午前中は抗原検査にはじまりバタバタしていて、気がついたらあっという間に一時半をすぎていた。


今日の私はコンビニ弁当だ、休憩室の電子レンジで温める。

待っている間にスマホをチェックすると、LINEが何件かたまっていた。

差し出し人のうち一人は三笠ミカサ真紀子マキコで、もう一人は佐和子サワコ、そしてあともう一人が覚えのない人物でブロックしようとしたが、アイコンをよく見ると太田原オオタワラだった。



「!?」



彼とはLINEを交換した覚えはない、開かずに読める範囲のメッセージは、『突然で悪い、真紀子マキコさんから聞いたんだ』とあり、なにやら只事ではなさそうな雰囲気だった。



——なんだ、やっぱり三笠ミカサさんから訊いたんだ…それにしても、誰のLINEから読もうかな…——



本来お弁当食べながらスマホいじるなんてしないのだけど、緊急の場合だけだ(婚活はじめてから食事中にいじる機会が増えたような気がする)

あまりに重たい内容だとご飯が進まなくなるので、佐和子サワコのLINEから読むことにした。



『お疲れ様、なんか太田原オオタワラくんがコロナになって、真紀子マキコさんが濃厚接触者で休んでるんだって?大変なことになったね』



ここで一区切り、次のメッセージを読んでビックリする。



『実は私もお見合い相手が感染者で一緒に食事しているから、濃厚接触者なんだよね…一応抗原検査は陰性だったけど』



なんと、佐和子サワコまで濃厚接触者!?



『これから職場に報告するつもり、なんか憂鬱』



メッセージはここで終わっていた、なんて返していいのかとっさにはわからなかったので、ひとまずお昼ご飯を食べることに集中する。


今日はおにぎり弁当、いつも選ぶものは似たり寄ったりだ。

日頃お昼ご飯は自分で作った弁当を持参するのだけど、夏場は避けている。

保冷バッグに入れて持ってきていた時期もあったけど、夏場の食べ終えた弁当箱を帰宅してから洗うのが憂鬱で、やめてしまったのだ。



——こういうのって、結婚したらどうなるのかな?やはり旦那さんになる人のお弁当作ったりするのかな?それとも社食があるような会社勤めの人と結婚できるのかな?——



まるで想像がつかない。

お弁当を食べ終えてからは先に三笠ミカサ真紀子マキコのLINEから確認することにした。



『お疲れ様です。もう聞いていると思いますが、私濃厚接触者になってしまいました』

から始まり、

『ダンナがコロナになりました』、

そこから先が不穏な内容ばかりだった。



『ダンナのヤツ、浮気相手から感染したんだよね』



えっ、浮気相手!?なんだか続きのメッセージを読むのが怖い。



『離婚するつもりで証拠つきつけたら殴られた』



ええええっ!?DV?!

彼女の旦那さんはモラハラとは聞いていたけれど、殴るなんて…。

そこから先のメッセージはさらに穏やかではなかった。



太田原オオタワラくんと飲み歩きしていたのバレてなじられた、なにもしてないのに!』



飲み歩き、結構目撃されてるんだな…。



『とりあえず殴られたのは診断書も取ったので弁護士に相談するつもり、確か佐和子サワコのお友達にいたと思うから、紹介してもらう』



なんだか大変なことになりそうね…と、他人事ながら同情してしまう。



『なんか太田原オオタワラくんに伝えたら、いい案があると言われ、ミドリちゃんのLINE訊かれたから教えちゃった、ごめんね』



そういうことだったのか…。

続けて太田原オオタワラのLINEに目を通すことにした。

一体なんのつもりだろう?



突然で悪い、から始まるメッセージの次は、



『コロナになった、真紀子マキコさんとこもダンナが感染し彼女が濃厚接触者になったらしい』



ここまではいいとして、問題は次からだった。



『なんか彼女のダンナ浮気相手からうつされたみたいで、それを理由に離婚話出したら、逆にオレらの関係疑われ、ヤバそう』



ここまで読んだ時点でイヤな予感しかしなかった、そもそもなんで私にこういうLINEよこしたの?と…。



『そこでお願いです。オレらが連日のように飲み歩きしていたのは、オレが片思いの相談を真紀子マキコさんにしていたことにしたいんだけど、その片思いの相手になってくれないかな?』



思わぬ依頼に、



「はあっ!?」



私は思わず大きな声を出して立ち上がってしまい、休憩室その場にいた一同にジロリと睨まれてしまう。



「あ、すみません…」



マスク外した状態だったし、穴があったらはいりたかった。



「どうしたの?大きな声出しちゃって」



お弁当を手にしている小畑オバタ一美カズミだ、今日の彼女は朝から色々忙しく、今からお昼休憩らしい。



「あ、な、なんでもありません」



洗いざらい話したかったけど、きっと三笠ミカサ真紀子マキコ太田原オオタワラの微妙な関係を知らないだろうから、口をつぐんだ。



小畑オバタ一美カズミは、私が座っている座席からひとつ離れた場所に腰かける、

今日の彼女のお昼ご飯はサンドイッチだった。



「なんだかビックリよねぇ、さっき真紀子マキコからのLINEで初めて知ったんだけどさ、太田原オオタワラってばあの子のこと好きみたいね」



いきなり核心をつくような話をはじめたので、私はお茶でむせそうになった。



「大丈夫?」



さっきからマスクなしで叫んじゃったり・むせたりで、なんか私ヒンシュクだ。



「…はい…」



喉元が落ち着いてからやっと返答ができる。



「なんかありえないと思うのよねぇ、真紀子マキコさんメンクイだし、彼女のご主人って徳永英明トクナガヒデアキ似のイケメンよ?モラハラだけどね。対する太田原オオタワラくんなんて、阿部アベサダヲ似じゃない?別に阿部アベサダヲも悪くないけど、およそ彼女のタイプじゃないわよ」



そうなのか…。

三笠ミカサ真紀子マキコが面食いだという話、初めて聞いた気がする。



「あの、実は…」



私はこれまでのことを軽く話した、二人のことを知っていたこと、先程二人からきたLINEも見せた。



「ふーん、幼稚な手段のようにも思えるけどね、やましいことないんならそこまでしなくてもいいのにね」



小畑オバタ一美カズミは眉を寄せて私のスマホ画面を見つめながらつぶやいた。



「まぁ、潔白を証明するのは大変だと思うから、協力してあげてもいいんじゃない?」



そんなこと言われても…。

なんだかとんでもないことに巻き込まれてしまう予感しかなく、断りたい気分だ。



佐和サワちゃんは佐和サワちゃんで濃厚接触者になったみたいだし…全く、どうなってしまうのかしらねぇ…」



都内の多くの人が集まる商業施設なので、コロナウイルスに関してはどうしても過敏になる。

このコロナ禍であちらこちらの店舗の売り上げが激減し、撤退した店も少なくない。

経理である小畑オバタ一美カズミはそれらを目の当たりにしていて、ここ最近の仕事はさらに大変になっていたりするようだ。



「このままだと思っていたより早くビル閉館になっちゃったりしてね」



なんと不吉な予感!そうなってしまえば、婚活どころではなくなるかもしれない。



「あっ、時間」



またもや私は少し大きめの声を出してしまい、慌ててマスクを着用する、あと5分ほどで休憩時間が終わってしまう。



「お先に失礼しますっ」



私は休憩室を後にした。














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