第41話 なんて縁なの!?

今日は火曜日、たまたま公休日おやすみで、心底ホッとした。

昨日の長谷岡ハセオカ夫人の件でほとほと疲れてしまったからだ。

このままなにもしないでボーっとしていたかった。


昨夜はあの騒ぎで誰も夕食の支度をすることができなかったので、久し振りに宅配ピザを頼んだ。

家族3人しばらくは無言でピザを食べていたのだが、沈黙に耐えられなかったのか父が途中で「とんでもないのに捕まってしまったな」と発言した以外は、会話が出なかった。

とりあえず「ごめんなさい」とは謝ったのだけど、なんだかどうしようもなく自分が情けなく感じた。

久々の宅配ピザはおいしいはずなのに、なんだか味気なくかんじた。

ピザを見ていたら会社近くのイタリアン・デリッツィアを連想した。

その流れで太田原オオタワラから紹介された失礼な男のことを思い出し、つくづく自分は男運がないのでは?という気がしてきた。


昨夜のことを思い出しながら部屋着のままダラダラしていると、誰かが我が家の呼び鈴を鳴らした。

自分の部屋は二階にあるためこういう場合出るのは大概母親だ。



「自分の部屋にいるわよ、上がって」



母親が誰かを迎え入れる声が聞こえてきた、自分の部屋があるのは私だけなので、気になり階段ごしに階下をそっと覗いた。



「あっ!」



そこにいたのは姉のアカネだった。



「久し振り、でもないか」



こないだうちへ来たばかりなのに、どうしたのだろう?



「私昨日の夕食時に言ったわよね?お姉ちゃんが来るよって」



「いや、聞いてない…」



うちの母はどこか抜けたとこがある、夕べはあれから誰も会話らしい会話はしなかったはずだが?



「あらやーね、私ったら伝えた気でいたわ」



母親はそういって手のひらで軽く自分で自分の額をぺちっと叩いた。



「あはは、おかーさんらしーわ!」



姉は快活に笑った。



ミドリ、ウチのダンナの知り合いに一人いたわ、フリーなのが」



彼女はいつも前置きなく用件を単刀直入に伝えてくるので、受けるこちらはいつも面食らってしまう。



「はぁ…」



正直、昨日の今日で誰かに会う元気はないのだけど…。



「それがねぇ、お姉ちゃん、タイヘンだったのよ〜!ここじゃなんだから、上がって上がって!」



玄関口に母と姉がいて、階段上から私が会話に参加してるというおかしな状況だった。

姉が靴を脱いでいる間に私は階段を降りた。



「はぁ〜、やっぱり実家は落ち着くわ!」



姉は居間へ入るなりソファーにドカッと腰をかけた。



「はい、これお土産」



そう言ってケーキの箱を出した。



「じゃーん、今住んでる地域にできたカヌレ屋さんのカヌレ!」



カヌレといえば最近話題になっている焼き菓子だ、佐和子サワコから聞いて存在を知ってはいたけれど、まだ食べたことがなかった。



「またアンタは洒落たもん買ってきてー」



母は呆れ気味。



「紅茶でいいわね」



そう言って茶箪笥から急須を出してティーパックを入れた。

我が家の居間はソファーこそ置いてはいたが、どこか和式。室内にちゃぶ台に茶箪笥、そしてポットまで置いてあり、リビングというよりは居間と呼ぶにふさわしかった。


部屋いっぱいに紅茶の香りが漂う。

佐和子サワコのおうちで出されるような本格的なものには及ばないが、これはこれで好きな香りだった。

できあがった紅茶はティーカップではなく湯呑み、これが我が家のスタイルだった。



「いただきます」



私たちは箱に入ったカヌレをお皿へは移さずに直接手づかみして口に運んだ。

初めてのカヌレはとてもおいしかった。



「で、なにがどう大変だったって?」



一息つかないうちに、これだ。

姉はいつだって自分が気になることはすぐ口にしないと気がすまない。



ミドリが紹介された男の人がね、他につき合っていた人がいたみたいで駆け落ちしちゃったのよ」



「ええっ、なにそれ!」



こういうことはだいたい私からは話しはじめないので、大抵母か姉が口火を切るのが暗黙の了解だ。



「それだけでも驚いたのだけどね、なんとその男性の母親がうちへ乗り込んできたのよ、それも昨日」



「ええっ、なにそれー!意味不明〜!!」



母は昨日までの出来事をざっくりかいつまんで話した。

突然現れて結婚認めるよう迫ったかと思ったら、昨日またやってきて自分の息子が駆け落ちしたことをこちらのせいにされたことまで説明した。



「うわ〜、そりゃ結婚反対されなくてもそんな姑イヤだわ!」



「そうねぇ、たとえミドリがその人との結婚が決まったとしても、お母さんも反対だわよ」



私のことなのに話は二人で盛り上がり、私は口をはさむこともできずに黙っていた(自分があまり話題に入らないのは、いつものことだが)



「あっ、そうそう、ダンナの知り合いなんだけどね、バツイチだけど子供いない人いるのよ、どうかな?と思って」



「あら、昭司ショウジさんの知り合いなのね、どんな人で仕事はなんなの?」



食いつき気味なのは、私ではなく母親。



「もー、お母さんってば!ミドリに紹介するんだから!」



姉は母親をたしなめる。

私は今なんだかもうそんな気持ちになれなくて、紅茶をすすりつつひたすら傍観していた。



「相変わらずミドリは反応薄いわね、我が娘ながら心配になるわ」



母親が心配するような目で私を見た。



「いや、なんか昨日のことで疲れたし、しばらく婚活はいいかなと」



思わず本音をつぶやいてしまう。



ミドリらしいわね、でもだめよ、あんたのことだからこのままズルズルいくでしょう?そんなんじゃ、ずっと独身ひとりになってしまうよ?」



さすがお姉ちゃん、私のことよくわかってるなぁって思う。

一回り年上で少し距離感のある姉妹だけれど、昔から彼女は人を見抜く力があった。



「えっとね、なんか実家がこの辺の人みたいなんだよね、ちょっと待ってね、ダンナから送られた画像探すね」



姉はカバンからスマホを取り出して画像を探しはじめた。



「えっ、うちの近く?」



それは心強いのかもしれない。



「うん、本人勤務先のある都内に住んでるんだけどね、バツイチだけど明るくて面白いヤツだってダンナ言ってた」



「どれどれ〜」



紹介を受けるのは私なのに、なんだか母がノリノリだ。



「あった、あった!この人、うちのショウちゃんの隣でピースしてる人!これは3年くらい前の写真だけどね」



姉はそう言ってスマホの画面を私に向けた。

見せられた画面には、どこかの河川敷でバーベキューをしているかのような風景に姉の夫である昭司ショウジさんの隣でピースしている男性が写っていた。

その男性の顔を見た瞬間、私は固まった。

陽によく灼けた肌にフニャリとしたくせのある髪、そして特徴的な太い眉毛に吊り上がった目…。

思いっきり見覚えがあった。




「名前は確か、村井ムライとか言ったかな?ミドリの知ってる人だったりする?」



知ってるもなにも、小学校時代に私にしつこく絡んできた村井ムライ慎太郎シンタロウだ、ついこないだ思い出して不愉快になっていたばかりだ。



「いやだ、この人!」



思わず自分でもびっくりするくらい大きな声で拒否ってしまった。



「あ、やっぱ知ってる人?」



彼にいじめに近いくらいいじられたことは家族には言っていなかった。



「あら?なんか見覚えあるかしら?」



一緒にスマホを覗きこんでいた母親が姉からスマホを取り上げ、画面に顔を近づけて目を細めた。

考えてみりゃ授業参観にはマメに来ていたので、小学校6年間隣の席にいた確率が高かった村井ムライに見覚えあるのは不思議ではなかった。



「ずっとミドリの隣の席に座ってた子かしら?変わってないわねー!」



村井ムライは子供の頃からあまりビジュアルは変わっていないようだった。



「へえ、小学校時代に隣の席に座ってた男子なんだ、いいじゃん、なんか縁ありそー」



事情をなにも知らない姉はのんきだ。



「いや!絶対ムリ!!」



私は語気を強めた。



「6年間この人に散々いじられたの、チビとかトロとかグズとか、ドッジボールのときは集中攻撃だったし…」



私はざっくり彼にされてきたことを二人に話した。



「うわぁ、そんなことあったんだ〜!でもさ、それ、小学生男子あるあるの好きなコに意地悪ってやつじゃない?」



よくある話だけど、認めたくない。



「いや、そんな愛情表現嬉しくないし…それに陽子ヨウコちゃん情報だと、そんな感じのことが原因で離婚したみたいよ?」



ホント、つい最近そんな噂話をしていたヤツが紹介として話が出るとは、なんて縁なの!?って思ってしまう。



「ああ、好きな女の子にひどいことしか言えない男性っているわよね〜!私もダメだわ」



この年齢になって母親とこういう話をするなんて…。

ここで居間の襖がガラリと開いた、父親だ。



「なんだ、それって母さんの元彼氏みたいだな」



しかも仰天発言!!



「えっ、元カレ!?」



姉と私、異口同音。



「やあねぇ、お父さんったら昔のことを…」



母親は照れ笑い。



「そういえばさ、自分の親の馴れ初めって知らないや!おとーさんはおかーさんの元カレ知ってて、どーいう経由で結婚したわけ?」



こうして姉のこのひとことで、両親の馴れ初め話を聞くことになった。

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