第40話 長谷岡夫妻
「お邪魔します」
ほどなくして私の母親と
夫人は
「あんた!今さらなにしにきたのよ!」
と、なじった。
「
「なによ、こんなときだけノコノコと!」
「さ、帰るぞ、こちらさんに迷惑だろう」
そんなことされても相変わらず
「なによ、外面ばっか良くしちゃってさ、あなたって人は私が困ってもちっとも向き合ってくれなかったじゃないのよ!!」
夫人がそう言うと、
「現役時代は仕事仕事で家庭をかえりみることができなかったのは、悪かったと思ってるよ」
玄関先で言い合いにでもなるのかと不安に感じていたら、母親が口を挟んだ。
「あの…、ここで話すのもなんですから、どうぞ上がってください」
「いえ、ご迷惑おかしてしまうと思うので」
「なにが迷惑なものですか!こちらは大事な一人息子がいなくなったばかりなのよっ!」
最初のひとことは聞き取れたのだが、その後に続いたセリフはわめき散らしながらだったため、よく聞き取れなかった。
それこそ、「キーッ」という擬態音のようにしか聴こえなかった。
「よさないか、人様の玄関先で」
——いっそ
という考えが頭をかすめた。
いいや、そんなこと言った日にゃ、
私は言葉を飲み込んだ。
「おばさま…ごめんなさい、私よっちゃんが心に決めた人いるの知らなくって…」
でも、そもそもが
「もう帰ろう、な」
「こんなはずじゃなかったのに」
今度は急に泣き出した、こうなるともうお手上げだ。
「奥さん」
ここでうちの父親が声をかけた、こういった面倒なことから逃げそうなタイプに見えたので、私は少し驚いた。
「子供というものは、なかなか我々親の思うとおりにはいかないものですよ」
この言葉に
「お宅様になにがわかるもんですか!」
「ええ、たしかに各家庭が抱える悩みなんて、他人には理解できるものじゃありませんよ、けどですね、たとえ自分が産み出した子どもでも、人格もちがえば生き方もちがうものなんですよ…まぁ男の私が言うのもなんですけどね」
ここで母親が間髪入れずにフォローし出した、まるで相手に反論させないかのように…。
「そ、そうですよ!我が家は女の子二人ですけどね、上の娘なんて一度も我々親に紹介もしないで勝手に結婚を決めてしまうし、下の娘はご存知のようになかなか嫁にいきませんし…」
私は最後のひとことにグサリときた、事実なのだけど好きこのんで独身でいるわけじゃない。
「なぁ、母さんはいつだって自分の思い通りに事を運ぼうとしてきたよな?」
再び
「ボクはね、家庭が円満に回るならそれも良しとずっと見守ってきたつもりだったんだよ」
これに対しなにか反論するんじゃないかって予想に反し、夫人はさらにわっと泣き出した。
「ボクが仕事仕事で家庭を顧みないでいたら、気づいたらキミは
「なによ、今さら遅いのよ…」
正直こういう話は自宅で話し合ってもらいたい内容だ。
私はまだ未婚だからわからないことだけど、旦那さん側がワーカーホリックになるあまり夫婦仲に亀裂が入ってしまう話をよく耳にする。
結婚を考えている私、もしも夫となった人が仕事が忙しすぎたらどうなるのだろう?
具体的な想像はできないけれど、寂しいような気もした。
「奥さん」
再びうちの母親が
「私たち世代の夫は、だいたい会社に尽くすのが当たり前な仕事人間ばかりでしたよね?企業戦士という言葉もあったくらいですし」
そんな言葉、どこかで聞いたことがあるような気がする、もはや死語?
この母親のセリフがきいたのか、
「そう、そうなのよ!こっちが困ったことになっても仕事、仕事で…ほとんどなんでも自分一人で解決しなきゃならなかったのよ!」
悩みを抱える人の接し方はとにかく話を聞いて否定しないことだ、ということを思い出す。
それを教えてくれたのは、母親だったかもしれない。
同意を得た
次に口を開いたのは、
「なあ…仕事が忙しかったとはいえ、これまでのことは本当に悪かった。
さっきから
「大切なたった一人の息子だったのよー!!」
「まだ望みはあるさ、こうしている間にも探したほうが早いよ。君がもう少し落ち着いたらお
本音をいえば早くお引き取り願いたかったが、この対応は正解な気がした。
やはり功を奏したようで、夫人は徐々に落ち着いてきて、嗚咽はおさまり静かに涙を流しているだけの状態になった。
その間うちの両親に
「行くか?」
囁くような
「どうもお騒がせいたしました、この件につきましてはまた日を改めてお詫びさせてください」
それに対しうちの父親がすかさず
「いえ、お気になさらず」
と、返した、続けて母親も間髪入れずにこう伝えた。
「そうですよ、まずはゆっくり気持ちを落ち着けて息子さん探しをされてみてはいかがでしょう?」
「いやいや、本当にご迷惑おかけしましたので…」
ここで
「おばさま、もう行きましょう、こうしてる間にもよっちゃん探したほうが早いのではないかなと…」
「さ、帰ろう」
彼らが去った後、しばらく私たち親子は呆然とし、その場から動くことができなかった。
——はああ、なんだか疲れちゃったな…——
動き回ったわけでもないのに、心身ともに疲れ果ててしまった。
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