第39話 なぜウチへ!?

陽子ヨウコちゃんの幼なじみを紹介してもらったものの、彼には心に決めた人がいて…。それも母親に猛反対されてるとのことでまさかの駆け落ち、はっきり言って無関係といってもいいはずなのに、巻き込まれちゃっていた。


なんで私に駆け落ちの場所を告げに来たの?

どうしてその母親がうちに心当たり訊きに来るわけ?

わからないことだらけだ。


重い足取りで帰宅する。

自宅に着いて居間へ入ると長谷岡ハセオカ夫人がソファーに身を沈めていた、一目で取り乱しているのがわかった。

私の姿を見ると、食ってかかってきた。




「あなたがうちの義文ヨシフミちゃんをしっかり捕まえてくれなかったから!」



半泣きで詰め寄られても、一昨日出会ったばかりじゃ捕まえようがないし、第一あちらにはすでに心に決めた人がいたのだから、最初から勝負にならない。

そうは思っても、とっさにそれが言葉として出てこなくて、後ずさりするしかなかった。



「奥さん、落ち着いてください」



父親が声をかけても耳を貸さない。



「これが落ち着いてなんかいられますか!大事な一人息子がいなくなったんですよ!?」



長谷岡ハセオカ夫人はヒステリックにわめき散らす、初対面で感じた穏やかさはどこにも感じられない。



ミドリ…」



心配した表情の母親が、私のもとへやってきてそっと手をとった。



——ごめんなさい——



なんだか親に対し謝りたくなった、そもそも私が結婚相手つかまえるなり経済的に自立できていれば、こんな心配かけてしまうようなこと起こらなかったのに…。



長谷岡ハセオカさん…何度もお伝えしていますように、お宅の息子さんがいなくなってしまったことには同情します。でも、それがうちのミドリとは関係のないことですよね?」



いつもは家族以外の他人に対しあやふやな態度しか取らない母親がはっきりと物を言う姿を初めて見た気がした。



「でも、でも…信頼できるご近所の正岡マサオカさんのお嬢さんの紹介だから、うちの義文ヨシフミさんも気に入ると思ったのよ!それなのに…」



長谷岡ハセオカ夫人はわっと泣き出した。



「たった一人の息子を手塩にかけて育ててきたのに、なかなか結婚してくれなくて…」



泣いたかと思うと今度は語り出した、義文ヨシフミ氏は何度か結婚考える彼女を連れてきたようだが、長谷岡ハセオカ夫人に会わせるたびに破局してしまうことが多かったらしかった。



——そりゃあそうよね、ボンヤリした私だって未来のお姑さんがこれではイヤだもの——



本人は自分が嫁になる立場の女からすれば敬遠されるタイプだという自覚はないのだろうか?



「痺れ切らして結婚相談所へ入会の手続きに行ったら断られてしまうし…」



長谷岡ハセオカ夫人のこの言葉にギョッとした、それは私だけでなく両親も同じだったようで、



「あの…、失礼ですが本人ではなくそちらが行ったんですか?」



父親が渋い表情で訊いた。



「ええ…本人の承諾なきゃ無理だと断られましたけども」



そりゃあそうだろうな。



「けれどもお宅様のように呑気だとご存知ないでしょうけど、今どきは親が代理で見合いするシステムの相談所もありますのよ、そこにも登録をしたのに」



この人、なんだか物言いに嫌味というかトゲがある、お宅様のように呑気だなんて言われるとは思わなかった。

それにしても、親同士が代理で見合いする相談所があるなんて驚きだ、本人に結婚する気がないなら迷惑この上ない。



「あのぅ…今時結婚は本人の意思がなければ成立しないのではないでしょうか?」



うちの母親が口をはさむ。

親同士がかわりに見合いしたところで、結婚するのは当人同士なのに…。



「あの子に任せたら、いつまで経っても結婚しないと思ったからですよ!女性を見る目がないですし、ここは親がちゃんと道筋を作ってやらなきゃ…」



なんだか話が通じないし、埒があかない気がしてきた。

ここで私はトイレへ行くフリをして中座する、陽子ヨウコちゃんに連絡するためだ。



——そもそもなんでウチへ来たのよ?普通は昔なじみの陽子ヨウコちゃんの実家へ行きそうなものなのに…——



そういえば義文ヨシフミ氏も長谷岡ハセオカ夫人がウチへ来るかも、みたいに言ってたことを思い出す。



——陽子ヨウコちゃんLINEやってないの面倒くさいな——



既読がつかないと不安だがしょうがない、直接電話すると居間にまで聞こえてしまいそうなのでメールを送る。



『あれから義文ヨシフミさんが職場近くに現れたんだ。なんか私に伝言頼みにきたよ、彼女さんも一緒で海外行くんだって…それよりうちに今、長谷岡ハセオカ夫人がやってきて大変なんだけど、どうしよう?』



色々詳しく伝えたかったけれどそんな余裕はない。

返信はすぐにやってきた。



『え、マジか!?やっぱり駆け落ちしたか…長谷岡ハセオカのおばさん真っ先にうち来たみたいだけど、知らないと伝えたからきっとそっち行っただろうなとは思ってたけどね』



『それにしてもなんでうちきたかなぁ?』




これは素朴な疑問だった。



『うちの母親の性格ある程度知ってるでしょ?きっと心当たりないかきかれて知らないと答えたら、そこで話はおしまいと切り上げちゃうような人だから…長谷岡ハセオカのおばさん、誰かに話を聞いてもらいたかったんじゃないかな?』



そうか…そういえば忘れていたけれど、陽子ヨウコちゃんの母親って良くも悪くもサバサバした人で、これ以上どうにもならないとわかるとバッサリ切る人だった。

きっと長谷岡ハセオカ夫人もそれをわかっていたのだろう。



『ヤバい人紹介しちゃってごめん、とりあえず長谷岡ハセオカのおじさん連れてそっち行くわ』



今の今まで長谷岡ハセオカ家に関して父親の影が薄かったため、いないものだと思い込んでいた。

夫人の暴走を止められなかったのだろうか?


あんまりトイレ長いと不審に思われるだろうと切り上げ再び居間へと入った。



「そんなに息子さんが心配でしたら、警察に相談してはいかがですか?」



ちょうど母親が長谷岡ハセオカ夫人にそう説得してるとこだった、



「ええ、これまで何度も息子が連絡なしに帰宅しなかったたびに相談してきましたのよ、でも警察はなんて言ったと思います?いい年をした男が一晩連絡なしで帰らないくらいで、みたいに言われたんですよ!」



そりゃあそうだろうな。それにしてもすごい、とっくに成人した息子が一晩帰らないくらいでこの人は警察に行ってたのか、多分地元の警察署では名物なんだろうな…。

うちの両親も絶句していてなにも返せずにいる。



「今回だって相手にされないにちがいないわ…」



長谷岡ハセオカ夫人はそう言い終えた後、さめざめと泣きはじめた。



両親も私も困ってしまった、会ったばかりのあまりよく知らない年配女性が突然我が家へやってきてこれでは、誰もが対応に困ると思う。

母親は、ティッシュをそっと差し出すことくらいしかできなかったっぽい。

ここでタイミングよくインターフォンが鳴った、陽子ヨウコちゃんにちがいない。



「はあい」



率先して居間を出て玄関のドアを開けた。



「ごめんください、長谷岡ハセオカと申します。うちの家内がご迷惑をおかけしているようで…」



背が高くガッチリした体型の年配の男性が立っていて、どことなく義文ヨシフミ氏に似ていた。

傍らには陽子ヨウコちゃんがいて、



ミドリごめんね」



と謝ってきた、別にいいのに…。

今この状況下で二人がやってきたのは救世主だ、早速スリッパを出して上がってもらった。
















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