第38話 駆け落ち
今日は月曜日、比較的客入りの少ない曜日なんだけど、事務職の私には関係がない。
勤務先の複合商業施設の建て替えの件で、普通に忙しかった。
その計画書に関するデータを打ち込みつつ、先のことを考えはじめた。
——この先どうなるんだろう?——
結婚するしないに関わらず、仕事は持っていたかった。
建て替えが終わってリニューアルオープンしたところで再び雇ってもらえるとは限らない。
婚活より先に仕事探しが優先なんじゃないの?って気がしてきた。
婚活をはじめたものの、なかなかうまくいかない。
もしこのまま一生独身でも、生きていけるように仕事はしていたい。
——できればどこかで正社員として働けたらなぁ…——
就活に失敗し続け、気づけば非正規。
氷河期世代とはいえ、それに甘えず頑張って正社員の座をもぎ取った同世代もたくさんいるけど、自分は努力が足りないのか?
なかなか腰が上がらなくて行動力ないのは事実だけれど、多少運もあると思う。
同じく婚活も本当は運に左右されてる気がしてきてる。
気づいたら、13時すぎていた。
キリのいいとこで仕事を中断し、お昼休憩を取ることにした。
いつものように食堂へと向かう。
今日はなんとかお弁当をつくることができた。
ご飯を食べる前に、スマホをチェックする。
『タイヘン!よっちゃんがいなくなったみたい!』
というタイトルだった。
どういうことだろう?昨夜3人で会ったばかりなのに?
クリックして内容を確認する。
『昨夜帰って来なかったばかりか、よっちゃんの職場から出社してないって連絡来たんだって!そればかりか、おばさんが管理していたよっちゃんの貯金通帳もいつのまにかなくなっていて、解約されていたんだって!』
昨日3人で話し合っていたとき、そんな素振り見せなかったのに!
会社へ連絡せずに欠勤した上に通帳持っていなくなるとは、本気なんだろうな…。
それにしても
改めて
『ないとは思うけど、よっちゃんから
連絡もなにも…お互い連絡先交換し合ってないから、ありえない。
『ないよ』
『そうか…もし
それもないだろうなと思ったけど、
『わかった』
と、返信しておいた。
一連のメールのやり取りを終えてからやっとお弁当箱のフタを開けることができた。
昼休みは気持ち的にゆっくりできなかったせいか、午後には疲れをかんじ仕事のペースが落ちてしまった。
今日こなさなければならない仕事はなんとか終わらせることはできたのだけれど、次の作業がなかなか進めることができなかった。
退勤するころにはすっかりくたびれていたけれど、ビルを出た後にもっと疲れるようなことが待っていた。
「どうも」
声をかけてきたのは、なんと
黒くて大きなスーツケースを手に、にこやかに立っていた。
やつれた様子だけれどもきれいな女性が傍らにいて、私に軽く会釈をした。
きっと
肩より長い髪は栗色に染められ、ゆるくウェーブがかかっていた。
薄いベージュの不織布マスクで顔全体は見えなかったが、華やかな雰囲気が醸し出されていた。
私も軽く会釈を返し、思い切って口を開いた。
「あの、捜されてるみたいなんですけど?」
いなくなったと聞かされた矢先、なんで私のところに現れたんだろう?
「ごめんね、おととい
駆け落ち!
あまりの展開になにも返すことができない。
隣にいる女性に目をやると、伏し目がちに静かに佇んでいた。
「こちらが昨日話していた
「
「申し訳ありませんだなんて、そんな…」
謝られる覚えはない。
「いや、多分申し訳ないことになるだろうからね…恐らくうちの母親がそちらの家へ行ってるんじゃないかって気がするんで」
なんでうちに来るんだろう?出会ったばかりなのに…。
普通は昔なじみの
「多分真っ先に
そういうことなのか…。
なかなか行動力ありそうなタイプで、そんな人が母親だと逃げるのは大変そうだ。
「周りから固められて逃げられなくなる前に逃げることにしたんだ」
「そうだったんですか…」
詳しいことまでわからないが、きっとこれまでも何かしら対策立ててきたのだろう、普通だったら「もっと他に方法ないのか?」とツッコミをいれたいとこだけど、
「うちの母親は繁華街が苦手な人だからね、
海外!なんてまた突飛な!
急展開が続いていて、なんだかついてけない。
「いいですけど…あちらで仕事とかあるんですか?それから、お母さまが追いかけてくる可能性はないんですか?」
素朴に疑問に感じたことを訊いてみた。
「彼女の伯父さんが海外で隠居していてね、そのツテで彼女の娘さんの就職があちらで決まり、ボクらもそれに便乗することになったんだ。幸いうちの母親は外国アレルギーで、追ってくる心配もないし」
なんと、まぁ…。
こんなすごい展開になるなんて、遠い世界の話を聞いているようだ。
ここでスマホがぶるぶると震え出し着信がきたことを告げる、母親からだった。
なんだかイヤな予感…。
「すみません、ちょっと失礼します」
断りを入れると、
「あ、いいですよ、そのまま電話出てください、ボクらそろそろ行きますんで…」
そうか、もう今夜には経つのか…。
でも、今はコロナの影響で、そんなカンタンに出国できないんじゃ?と内心思ったが、その疑問は口に出さずに胸にしまっておくことにした。
「あの、お幸せに!無事を祈ってます」
別れ際に挨拶をしておく。
「ありがとう、
母親からの着信が切れてしまったので、かけ直す。
『
ああ、やっぱり…。
「え、本当?いなくなったって、なに?」
私は初めて聞いたことのように驚いてみせた、
ウソや演技はうまいほうではないけれど、電話ごしならなんとかごまかせそうだ。
——それにしても、面倒なことになっちゃったなぁ…——
うちへ帰るのが憂鬱になった。
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