第37話 過干渉な母親

帰宅すると母親が神妙な顔つきで出迎えるものだから、何事が起きたのかと思った。



ミドリ、ちょっと…」



なんだろう?なにかまずいことでも起きたのか?

真っ先に思い浮かんだのが、元カレのことだった。

元カレにはもちろん自宅を知られていたのだけど、しつこく復縁迫られるわりに来なかったのは、多分うちの父親が怖いのを知っているからだと思うけど、最近の常軌を逸した言動ではなにするかわからなかった。



手洗いうがいをすませた後、母親に促されるまま居間へと入った。


ソファーにはすでに父親が座っていて、緊張が走る。

センターテーブルの上には老舗和菓子店の菓子折りがのっていた。



——そこまでするか?——



元カレがそこまで気がきくとは思えない。



「そこに座りなさい」



来た、やっぱりヤツがきたのかも!?

イヤな予感を抱きつつ、畳の上に座る。



「正座なんかしなくていいから」



コワモテの父の前だと緊張のあまり正座もしたくなるのだけど、言われたとおりに足を崩した。

母親はそっと父親の横に腰をかける、この構図は子供時代に受けたお説教を連想させられ、私は身を固くした。



「単刀直入に訊くが、交際している相手はいるのか?」



ああ、やっぱりあいつが来たんだと打ちのめされそうになる。



「今はいません」



正直に答えると、



「やはりそうか…」



父親が大きくため息をついた。

元カレとつき合っていたとき、一緒にいるところを一度だけ父に遭遇している。

デート帰りに家まで送ってくれたときなのだけど、元カレが挨拶したにも関わらず父親はギロリと睨みつけただけでそのまま家へと入ってしまったのだった。

そんなことがあったのに、よくもここまでする勇気があったものだと呆れながら関心していたら、



長谷岡ハセオカさんという年配の女性がいらしてね、ご挨拶にきたのよ」



予想もしていなかったことを告げられ、驚愕する。



「えっ!?」



そっちか!

よくよく考えてみれば、元カレが菓子折り持って現れるようなタイプでない上に度胸もない奴だとわかっていたのに、なんでとっさに思い浮かべたんだろう?

でも、どちらがやってきても嬉しくはなかった。





「その様子だと、知らない相手ではないようだな」



相変わらず父は難しい顔したまま腕を組んでいる。



長谷岡ハセオカさんはね、息子さんとあなたの結婚を認めてくださいってやってきたのよ」



あまりのことに頭がクラクラしそうになる、考えてみればあの元カレがいくら私に執着したところでこんなこと思いつくはずがない、今までの流れでどうして長谷岡ハセオカ夫人がやってきたと思いつかなかったのか?

いや、普通はこうなるとは思わないだろう。



「どういうことなのか、説明しなさい」



父は見た目だけでなく声にも圧がある、私は縮み上がりそうになる気持ちを抑えつつ、正直に話した。

陽子ヨウコちゃんの実家のご近所さんを紹介されたこと、紹介の場に母親つきで現れたこと、それが昨日の出来事だったこと…。

今日は陽子ちゃんだけでなく息子である義文ヨシフミ氏も一緒だったことは、なんとなく伝えなかった。



「そうか、やはり…」



父は再びため息をついた。



「おかしいと思ったのよ、交際相手がいるような気配もなかったのに、いきなり菓子折り持って結婚を認めてくださいとやってくるから」




…怖っ!



「こちらが質問しようにも口を開く間もないほど強引でな、この菓子折りだってお断りしたのに強引に置いて行きやがった」



それはいかにもやりそうなことだ、置いていかれた老舗和菓子店のお菓子は私も大好物だけど、こればかりは手をつけちゃいけない気がした。



「娘から交際相手の話をなにも聞いてないから、今すぐ承諾するかどうかは決められませんと何度も伝えたのだけどね、あちらさん食い下がるから大変だったのよ」



うわあ、きっと親同士決めて強引に進めようとしたんだろうな、改めてゾッとする。



「俺もはじめ来客の相手は母さんに任せていたのだけどね、隣の部屋にいて話が聞こえて心配になり顔を出したんだよ」



父は昭和の男にありがちななんでも妻任せなほうだが、今回ばかりは加勢した様子だ。



「ごめんなさい、私ちゃんと断ります」



これは大変なことになるかも…。



「いや…あのタイプはきっとなかなか引かない、ここは我々に任せなさい」



父は日頃なんだかおっかないけれど、こういうときは頼りになる。



「それにしても…ああいう方がお姑さんになると、ミドリが苦労するわね、たとえ本当につき合っていた相手だとしても、お母さんは反対したわ」



いや、多分つき合うこと事態ないわ…。



ミドリ…今まで心配しつつあえてなにも言ってこなかったが、おまえは一人で生きていけるようなタイプではない。いい人がいれば、いつでも結婚すればいい」



父のこうした本音にふれるような発言を聞くのは、初めてかもしれない。

昔から口数が少ない人だったから…。



「はい」



思わず返事をしてしまう。



「お父さんってば、あまりにもお相手側に問題あれば、賛成なんてできないでしょう?」



母親はさすがに心配してくれる。



「いや、俺はミドリがそういう男を選ばないと信じているから」



この発言に耳が痛くなる。

これまでたった一度だけ恋愛したのがあの元カレだったから…。


ひとまず今夜はもう遅いから、長谷岡ハセオカ夫人に断りの連絡を入れるのは後日、ということになる。

後日といっても多分明日なのだろうけれど、とりあえず私が直接断らなくて済みそうになることに安堵する。




明日は月曜で早番、明日が終われば明後日は公休日おやすみ、親が私にかわり断ってくれるのもあり、心が軽くなる。


急に眠気を感じ、お風呂に入ってから眠りについた。

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