第36話 よっちゃんの事情

勤務先ビルに陽子ヨウコちゃんが現れ動揺する。



——まさか話を進められちゃうの?——



昨日紹介されたはいいけど、まさかのお相手の母親つきだった。

私のこと気に入ったって話だったのだけど、気に入ったのは男性本人ではなくその母親かもしれないということだった。



「突然でごめんね、ミドリのママさんには連絡してあるから、これから一緒にご飯行こう、おごるから」



「うん…」



ご飯食べながら、昨日に関する話があるのだろうと察せられた、うちの親に連絡するとは根回しがいい。



「実はね、よっちゃんから連絡きて、今待たせてるの」



当の本人が来てるとは思わず、



「えっ!?」



驚いて聞き返してしまった。



「あの人来てるの!?」



「ああ、安心して、よっちゃんだけでおば様はいないから」



それ聞いてホッとする。



「地元だとおば様に会う危険あるから、駅前ビルのレストランにしたから」



「え、もう行く店決まってるの?」



「うん、もうすでによっちゃんも待ってるから」



連れて行かれたのは、チェーンの老舗洋食店だった。

半個室になっている座席に案内されると、すでに義文ヨシフミ氏が待っていた。



「こんばんは、昨日は悪かったね」



今日の義文ヨシフミ氏は昨日とは打って変わってグレーのTシャツにジーンズといった服装で、年齢より若々しく見えた。



「いえ、こちらこそ緊張してろくに会話返せなくてすみません」



やはり私のことを気に入ったというのは彼ではなく母親なんだなと確信する。



「とりあえずなにか飲み物を注文しましょう」



私たちは3人ともアルコールは頼まず、

陽子ヨウコちゃんはアイスコーヒーで義文ヨシフミ氏はコカコーラ、私はアイスティーを注文した。



飲み物がきてひと息ついたところで義文ヨシフミ氏が口を開いた。



「昨日は驚いたでしょう、うちの母親がついてきたもんだから」



「…ええ、まあ…」



「先に宮坂ミヤサカさんに謝らなければならないことがあります、実はボク、つき合っている人がいるんです」



この告白に対し私がなにか反応する前に陽子ヨウコちゃんが、



「なにそれ!」



声を荒げる。



陽子ヨウコちゃん、声デカいって」



義文ヨシフミ氏は苦笑するが、陽子ヨウコちゃんの怒りはおさまらないようだ。



「最初から言ってよー!ミドリに対してすっごく失礼だし、私の面目丸潰れじゃないのよー!!」



「いや、本当に申し訳ない…ボクも母親に突然話振られたの一昨日だったし、何せあのとおり強引な人だから」



話を振られたのが紹介の前日?なんだかどう反応していいのかわからず、固まってしまう。



「ごめんね、私がおばさん通してよっちゃんに伝言したのもいけなかったのね」



「いや、しかたないよ、うちの母親があそこまで干渉するとは知らなかったでしょう?だってボクが一人暮らしするのも許さないような人だからね」



人のこと言えないけど、なぜいい年して親元にいるのか事情がわかった、これでは結婚しても同居を強いられるのだろうな…。



「あら、ミドリ固まっちゃったわね、大丈夫?」




突然こっちに振られる。



「えっ?うん、大丈夫」



なにが大丈夫なんだかよくわかんなかったけど、他に返しようがない。



「君らには本当に申し訳ないと思ってる、昨日母親がついてくるのを止めなかったのって、わざとドン引きさせて断ってもらおうと考えたんだけど…」



ここで義文ヨシフミ氏は、私をじっと見つめた。



陽子ヨウコちゃんから君が断れない性質と聞いて不安に感じてね」



そう、私は断るのが苦手なたちだ、そのおかげで昔から損な役割を押しつけられたりもしてきた。



「そーよ!ここはよっちゃんがおば様を説得してよ!つき合ってる人がいるってちゃんと伝えて…」



「いや…もう10年くらい前に母親に紹介して反対されたんだ」




「えっ、そんな長くつき合ってんの!?なんでまた反対なんてされてるの?」



ここから先は義文ヨシフミ氏と陽子ヨウコちゃんのやり取りだ、私は二人を眺めているしかない。



陽子ヨウコちゃん、君は大学出て早々に家を出たから知らないだろうけど、彼女近所に住んでたんだ、旦那と子供も一緒に」



「ええっ!?ダンナと子供いるって…不倫じゃん!そりゃあ反対されるわよ!」



「人の話最後まで聞いてよ、彼女は旦那からのDVにずっと耐えていて、一時期うちで匿ってたりもしたんだ、ホラ、君も知ってのとおり、ウチの母親はおせっかいな世話焼きだから」



私も一瞬目の前にいるこの男性が不倫でもしたのかと早合点したが、事情を聞いて妙に納得。

長谷岡ハセオカ夫人はいかにもそういう人の世話をするのを買って出そうだし、義文ヨシフミ氏もそういう境遇の人に同情しそうなタイプに見える。



「なるほどねー!それで同情したよっちゃんに恋心芽生えたってワケね、わかりやすいわ」



「彼女がDV夫と婚姻中は関係持ってなかったんだけどね、無事別れた後につき合いはじめ、結婚考え母親に報告したら、反対されただけじゃなく、引き裂かれたんだよ」



「マジ!?引き裂かれたってなによ?」



「まぁ反対理由は相手が年上バツイチ子持ちってわかりやすい理由なんだが、ボクの知らない間に彼女に会って別れるよう説得したみたいなんだ」



「そこまでするー!?」




長谷岡ハセオカ夫人には驚かされることばかりだ、一見人の良さそうな年配女性にしか見えないが、ここまで息子に干渉する人だなんて…。



「一時期向こうから去って別れていたのだけどね、ボクはどうしても諦められなくて探したんだ」



——色々大変そうだな…そういう相手いるなら、何か理由つけて断ってくれたらいいのに——



そう思っていると、



宮坂ミヤサカさん、ここでお願いがあるんですけど」



義文ヨシフミ氏、改めてまっすぐ私を見つめる。



「はい、なんでしょう?」



「厚かましいかもしれませんが、そちらからお断りしてもらえませんか?」



やはり、そうきたか…。



「ちょっとよっちゃん!なに考えてんのよ!断りたいんなら、自分で言いなさいよ!」



私がなにか答える前に陽子ヨウコちゃんが怒る。



「そうしたいのは山々なんだが、キミもわかってるだろ?ウチの母親しつこいから、なぜダメなのか根掘り葉掘り訊くだろうから…あまり頑なに断ると、彼女とのことがバレるから」



確かにあの母親は色々大変そうだ、そう思ったのだけど…。



「あの、断るの別にいいんですけど、何と断れば良いのでしょう?」



話を聞く限り、長谷岡ハセオカ夫人は普通の理由で納得しそうにない気がした。



ミドリ、あなたが断る必要なんてないわよ、よっちゃん、アンタ自分のことなんだから、なんとかしなさいよ!」



義文ヨシフミ氏が答える前に陽子ヨウコちゃんが怒る。



「自分でなんとかできるなら、とっくにそうしてるよ!うちの母親説得するのは至難の業なんだって!今彼女の娘が就職決まったばかりで、もしつき合ってるのがバレた日にゃ、なにするかわからんし!だったら、知り合いになったばかりの宮坂ミヤサカさんが断ったほうがまだマシなんだって!」



穏やかそうに見える義文ヨシフミ氏、陽子ヨウコちゃんに対し強い口調で反論する。

それにしても、お相手にそんな大きな娘さんがいるなんて…。

改めて、バツイチ子持ちでも色恋話があるとこにはあるのだと、思い知らされる。



「それにしたって…」



それに対し陽子ヨウコちゃんは、まだなにか言いたげだ。



「あの、私からお断りしますね、長谷岡ハセオカさんのお母様が納得される理由が思いつきませんが」



なんだかここは私が引き受けなきゃならないような気がし、義文ヨシフミ氏のお願いを受け入れることにした。



「ウソになるかもしれないけど、他に良い条件の人が現れたということにしとけば引くんじゃないかな?」



それはそれでどんな人かしつこく訊かれそうな気がしたけど、さっきからドリンクだけで腹ぺこだったので、とりあえずそうすることにした。


話は一旦落ちついたので、料理を注文した。

迷わずオムライスセットをオーダーし、おいしく頂いた。


食事代は全て義文ヨシフミ氏が持ってくれた。

ふと、これまで男の人と食事に出かけて奢ってくれたことって少ないのでは?ということに気づいてしまった。


また婚活が不発に終わってガッカリしたけれど、今回の件は自分に落ち度はなく仕方のないことだから、すぐ次へいけるような気がした。

この後もっと大変なことになることも知らずに…。

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