第42話 両親の馴れ初め

「そういえばさ、自分の親の馴れ初めって知らないや!」



姉のアカネのこのひとことで、母がぽつりぽつりと語り出した。



「お父さんと出逢ったころって学生運動が盛んな時だったのよね」



母はいわゆる団塊の世代、アラフォーである私の親世代にしては少し年がいってるのは一回り年上の姉がいるからだ。



「私はあんまり興味はなかったのだけどね、当時お付き合いしていた人が全共闘運動やら大学紛争とかに情熱をかける人だったのよ」



「えっ、マジで!?」



真っ先に驚きの声をあげたのは姉、彼女はアラフィフだけれど、言動が若い。

学生運動なんて話は遠い昔にあったことで、

まさかうちの母親が関わりある人とお付き合いがあったとは思わなかった。



「ああ、あのころは凄かったなぁ…自分はもう社会人だったし、すでに会社のお偉いさんのお抱え運転手として働きはじめていたから無縁だったがな」



うちの父親の仕事は某大手企業の会長のお抱え運転手だった。

そんな父がまともに働いたことがなさそうな母親とどのように出会って結婚したのか、お見合い以外想像がつかなかった。



「おとーさんとおかーさんってさぁ、お見合い?」



やはり姉のアカネも同じこと考えたようで質問する。



「一応恋愛よ」



父はなにやら恥ずかしげにモゾモゾして答えようとしなかったが、母はあっさり答える。



「私はね、当時は小さな会社の事務員として働いていたのよね。まぁ仕事といってもお茶汲みにコピー程度だったけど」



仕事内容は、いかにも昭和の女性らしい。

私が物心ついたころから現在に至るまでの母親はずっと専業主婦だったので、働いていた姿は想像がつかない。



「おつき合いしてた人は都内の大学の二回生でね。当時通っていた大学の学費値上げに反対したのがきっかけで、運動にのめり込んでいったの」



会社員と大学生?どういうつながりでつき合いがはじまったのかな?

これも姉が真っ先に訊いた。



「社会人と学生って…どこで知り合ったわけ?」



「ああ、肝心なこと言ってなかったかしら、その人とは同じ高校の同級生だったのよね」



母親の過去の交際相手の話を本人の口から聞くって、なんだか複雑な気持ちになる。

父のほうをチラリと見る。

自分で勝手に急須にお湯を注ぎ、薄くなった紅茶を湯呑みですすっていた。


「学生運動している人たちが集まる喫茶店というのがあってね、私は運動自体には興味がなかったのだけど、お付き合いしていた人が出入りしているものだから会社帰りによく顔を出していたのよね、今思えばそれがデートがわりになっていたわね」



「なにそれ!ありえなくない?だって二人きりじゃなかったでしょう?」



姉はいつも反応が早い、私が相手の会話を聞いて理解して感想を抱く前に真っ先に答える。



「そうよねぇ…まぁ、当時はそれについてなんの疑問を抱かなかったのよね、好きな人の言うこと聞くのは当たり前な空気流れていたし」



母親は団塊の世代、その世代は皆そうなのかなぁ?

現代いまがそんな時代ではなくて良かった。



「はっきり言ってつまらなかったのよね、大学の学費値上げは当時はひどいと思ったし学生さんかわいそうだとも同情はしたけどね、私はもう社会人だったのもあって無関係なのになって。普通のデートがしたかったのよね」



「それでなんでつき合い続けてたの?」



「なんとなくよ」



会話はほぼ母親と姉だけで成立していて、父親と私は聞いているだけだった。



「彼はね、運動にのめり込むにつれ、どんどん私に対して冷たくなってったのよね。おにぎり部隊とかいって、なぜだか私がメンバーのためにおにぎりを作ることになってね」



「なにそれ?」



今度は姉ではなく私が真っ先に反応し訊いてみた、おにぎり部隊って一体…。



「直接運動に関わるのは主に男子の役割、まぁ女の子もいたけれどみんな大学生で、社会人の私はほぼ無関係だったから、差し入れのおにぎりを作っていたのよね。作り手は私だけではなく一部の大学生の女の子も手伝ってくれてたのだけどね…まぁ、場違いもいいとこだったわね」



「母さんのつくったおにぎりは、一際うまそうに見えたんだがな。それなのに、母さんの昔の彼氏はひどかったよな」



ずっと黙って聞いていた父が口を挟む、目を細め昔を懐かしんでいるかのような表情を見せた。



「え、それってお父さんも学生運動に関わってたってこと?」



茜は食い入るように訊く、両親の馴れ初めが全く想像がつかないものだから無理もない。



「いや…、自分は仕事の合間に母さんたちが溜まり場にしていた喫茶店で休憩していることが多かったんだよ」



父の仕事はわりと特殊なほうで、会社のお偉いさんのお抱え運転手、なにかと気を使い大変な業務ではあったけれど、空き時間は比較的好きにすごせるようで、それが少しうらやましく感じた。



——そうやって合間の休憩時間中に出会ったのか——



異性との出会いかたがわからない私だったけど、これは参考になりそうにもなかった。



「今思えば非常識なんだけど、当時たまり場の喫茶店で作ってきたおにぎりを広げたりしていたのだけどね、ひときわ形の良くないおにぎりとかあるわけよ、色んな人が握っていたから」



母はここでふふっと笑った。



「当時の彼ったらね、ひどいのよ…それを、どうせオマエが握ったやつだよな、本当になにやらせてもダメなヤツだよな、ってみんなの前で私を貶めたりするのよ」



「うわー、ないわー、人前でつき合ってる人をバカにするなんて」



まるで村井ムライ慎太郎シンタロウだ、別に私はつき合ってはないけれど、前の奥さんとの離婚理由がそれだと聞いていた。



「ありゃひどかったな、おにぎりだけでなく、なにかと大声で母さんのことバカにしていたからな」



「そうねぇ、しまいには私が大学行かずに就職していたことまでバカにされたからねぇ、大学行くアタマが足りなかったオマエがやる仕事なんて、どーせお茶くみくらいしかないだろう!とか、役立たずな存在だとか…とにかく存在そのものを否定されてしまうことばかりで、私それを真に受けて落ち込むようになったのよ」



「なにそれ、ひっどーい!!」



姉は憤慨する。



「いや、そればかりじゃないぞ、母さんの彼氏の浮気相手の女もな、一緒になり母さんのことバカにしてたんだぞ」



なんと!

母の元カレに浮気相手がいたなんて!!

父の衝撃的な証言に対し姉はますます怒り狂った。



「ありえなーい!なにそれー!!」



私は頭の中で色々思うことはあっても、相変わらずすぐには言葉が出ない。




「ああ、ミチコさんのことね、やだわ、私すっかり忘れてたわ」



母はテヘヘと首をすくめて笑う、元カレの浮気相手のことを忘れるとは、なんてのんきな…。



「なんだかねー、元々は私とつき合っていたのにね、私が邪魔者みたいな扱いされてたのよね」



「えええーっ、なんかそれ、ヤバすぎ〜!」



「ああ、色々と思い出してきたわ、あるとき私が家でつくったシャケのおにぎりを持って行ったのだけどね、あろうことかミチコさん、自分がつくったみたいにウソついたの」



「マジでぇー!?」



ああ、私がきっと同じことされても、なにも言えないんだろうな…。

そう思っていると、



「当時の私はね、すっかり弱気になっちゃっていて、なにも言えなかったのよねー」



ああ、母にそんな面があったなんて…。

私は子供のころから主張すべきところを主張できなくてずいぶん叱られてきたのだけど、母にもそういう面があったからこそ歯痒かったのだろうなと、今になってわかった。



「まるでミドリみたいじゃーん」



うっ、姉ってば…。



「そうねぇ…なにも私のいやなとこ似なくてもいいのにねー!」



私、言われっぱなし…。



「いいよ、私のことは…」



思わずつぶやく。



「ああ、ごめんね、気にしちゃうわよね!話を戻すとね、なにも言えなかった私を助けてくれたのが、お父さんだったのよ。カウンターの隅でずっとコーヒーをすすっていたお父さんがいきなりやってきてね、私が作ったおにぎりをいきなり食べたの」



「あのときは勇気がいったぞ、自分よりは年下とはいえ、血気盛んな学生ばかりだったからな。母さんの彼氏に胸ぐらつかまれてな、なんだテメェ、人の女が作ったおにぎり勝手に食ってんじゃねー!と、息巻いてきたからな」



「お父さんカッコ良かったわぁ、たじろぎもけずにね、ちゃんと私に向かっておにぎり美味しかったです、ごちそうさまって言ってくれたのよ。それだけじゃなくてね、ちゃんとミチコさんに、キミ、ウソはいけないよ、僕は見ていたからねって、言ってくれたのよ」



「あのときの連中の顔ったらないな、みんなアホづらして見えたさ」



「なんか自分の親の馴れ初めってさ、てっきりお見合いだとおもっかたからさ、これはビックリだわよー」



本当に、衝撃的すぎた。


姉のアカネの旦那さんの知り合いが偶然にも私のことをバカにし続けてきた人で、その話題をきっかけに両親の馴れ初めを聞くことになるとは…。

出会いかたのわからない私になにか参考になれば良かったのだけど、どうやら無理そうだった…。







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