第30話 トラウマ?子供時代を思い出す



「キャラ的にいい人だけど、生理的に受けつけない?ダメよ、そんなのと結婚しちゃ!」



今日は土曜日、珍しく公休日だったので、小学校時代からの友人の陽子ヨウコちゃんの実家へお邪魔していた。

4年前に結婚した彼女は旦那さんとの間に子供が一人いる。

昨日から陽子ヨウコちゃんは旦那さんと子供連れて遊びに来ていて、今日は旦那さんが子供を連れて近所の公園へ遊びに行ってるとのことだった。



「うん、でも昨日の私、人見知り出ちゃってだいぶ失礼だったのに、イヤな顔ひとつしなかったんだよね」



受け付けないと思うとこあっても、慣れるかもしれない。

贅沢ばかり言ってたら結婚逃すんじゃないかってのも恐怖だった。



「あのねぇ、ミドリ…結婚するとなるとアレは避けられないのよ?」



「アレって?….あっ…!」



アレと言われて一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに意味がわかり顔が赤くなる。



「生理的に受けつけないタイプとセックスなんてできないでしょう?それに、相手の体臭がイヤだったんでしょう?それって、重要よ?」



委員長タイプだった陽子ヨウコちゃんの口からこういう話題が出るとは思わなかった、確かに結婚したらアレは避けられない、そのことが頭からすっぽ抜けていた。



「体臭、そんな重要?」



ケアすれば良い問題なのでは?と思う。



「超重要だよ、女はね、嗅覚がうんと優れてるの。自分が好ましいと思った体臭の持ち主と結婚すると幸せになれて、良い遺伝子が残せるんだって。逆に不快な体臭だと思う人とだと、その結婚生活は不幸なものになるんだって」



初めて聞いた説だ。



「え、そうなの?」



「まぁ怪しげな説だなとは思ったけど、一理あると思う」



陽子ヨウコちゃんって実証されたものしか信じないタイプだと思ってたので、こういうこと信じるのは意外だ。



「ちゃんとはっきり断れる?」



そう、私は物事をはっきりと断るのが苦手だ、小学生のときから友達だった陽子ヨウコちゃんは、よくわかっていて心配してくれている。



「自信ない…」



私って、どうしてこうなんだろう?



「なんかミドリってさ、昔っから自分が悪くないのに縮こまっちゃうとこあるよねー、それってソンだよ?」



陽子ヨウコちゃんはいつも言いにくいことをハッキリ言ってくれる。



「…私もそう思う」



「やっぱ、アイツのせいかな?」



「アイツって?」



突然なにを言われたのかわからない。



「ホラ、ミドリのこと執拗にからかってたヤツいたじゃん、いじめにも近かったよね?」



このひとことで、イヤなヤツを思い出してしまった。



「もしかして、村井ムライ慎太郎シンタロウのこと?」



「そう、村井ムライ!私も気づけば注意してたけどさ、ちょっと目を離すとすぐあんたのことからかっているんだもの」



久々に聞く名前のせいで、昔の思い出が一気に蘇った。


小学校入学したときから6年間同じクラスで、私の名字は宮坂ミヤサカ、相手が村井ムライで五十音が近かったので、一学期が始まるころはだいたい席が近くだった。



——そういえば、隣だったこともあったよな——



ぶるっと身震いする。

大概自分より後ろの席だったことが多かったので、常に後ろから突かれていた。

隣の席になると、「ゲッ、宮坂ミヤサカかよ〜、サイアク!」と悪態をつかれ、授業中に消しゴムのカスを投げ入れられたり机を蹴られたりと、色々やられた。



「アイツってさ、たいしてイケメンでないのにやたら走るのだけは速かったよね〜」



「…うん…」



思い出す、小学生のうちは走るのが速い男子がヒーローで、女子にも人気がある。

村井ムライ慎太郎シンタロウは走るのが速いだけでなく今で言うところの陽キャだったので、スクールカーストの最上位にいたと言える。


一方の私は、早生まれゆえなのか、なにをするにもドンくさくて体もあまり丈夫ではなく、加えて内気な性分だったので、彼からすれば格好の餌食だったのかもしれない。

何度泣かされたかわからなかった。



「なんかさー、クラス替えあってもあなたたちずっと同じクラスで最悪だったよねー」



陽子ヨウコちゃんに同情の目を向けられる。

陽子ヨウコちゃんとは小学校1、2年のときに同じクラスで、3、4年で離れ離れになり、5、6年でまた一緒になった経緯がある。



「まさか6年間一緒になるって、自分でも思わなかった」



村井ムライが私のことしつこくからかうの、担任も見ていたはずなのに…。



「もしかしてさ、3年4年のときタイヘンだったんじゃないの?」



図星だ。



「うん、村井ムライに面と向かって注意できたのって、陽子ヨウコちゃんしかいなかったから」



正直に伝える。



「それはかわいそうだったね!小学校のときってさ、とにかく走るのが速くてうるさいヤツの天下だったよね〜」



そのとおり、誰しもカースト上位にいる男子には逆らえないもの、ヘタすりゃ彼のすることを支持するかのように一緒になって笑われたりマネされたりして、なかなかつらかった。



「私がね、なんかイヤだなって思ったの、村井ムライのやりかたって、いじめというには微妙だったんだよね、いじりっていうか…先生に伝えても流されちゃったことあるから、言わなくなってたし…」



「いや、いじりでもさ、やられた本人が不愉快に感じたならいじめだと思うよ?」



陽子ヨウコちゃんは正義感が強い、私のために何度も村井ムライとケンカしてくれていた。



「本当は私がやり返したり言い返したりできたら良かったのだけど、なんかごめんね」



「なんでミドリが謝んのよー!悪いのはアイツでしょう?」



さっきまで忘れていたのに、記憶のフタが開いたかのように次々といやなことを思い出す。

給食を食べ終えるのが遅い私のデザートを取り上げたり、体操着を隠されたり、図工の時間に村井ムライが使った汚い絵の具とムリヤリ交換させられたり…。

陽子ヨウコちゃんに泣きついた日には、



「オマエのせいでアイツにしめられたじゃねーかよ!チクんじゃねーよ、あやまれっ!」



こちに非がないのにムリヤリ謝ることを強要されたり、本当に散々な目にあった。

しまいには、



「言い返せないオマエが悪いんじゃん」



なんて投げつけるように言われ、もしかして悪いことしてなくても謝ってしまうクセは、これが由来なのかも?という気さえした。



「でもさ、不思議なんだよね、ミドリが同世代のオトコを苦手になるのならわかるんだけど、どうして年上は苦手なの?あなたには頼れる人がいいんじゃないの?」



長いつき合いなだけあり、陽子ヨウコちゃんは私のことをよくわかっている。

私は2、3個くらい年上の男性ならまぁ大丈夫だが、それ以上年上になると苦手意識が芽生えてしまう。

なぜなんだろう?考えてしまう。

ここで急に村井ムライつながりで、ある人物を思い出した。

それは、小学校3・4年の時の担任だ。

当時二十代後半の男性教師で、村井ムライのことをとても気に入っていた。

忘れかけていた記憶が掘り起こされる。



「うーん…強いていえば、3・4年の時の担任の影響あるかなぁ?」



「3・4年の時のミドリのクラスの担任って、園田ソノダだっけ?」



「そう、園田ソノダ先生。明るくて楽しい人気者な先生だったけど、村井ムライのことお気に入りだったんだよね。私がいじられても注意しないどころか一緒になって笑ってたし」



「なにそれ!最悪じゃん!!」



陽子ヨウコちゃんが大声をあげて怒る。



「うん…宮阪ミヤサカしっかりせいや、って、よく言われたし」



あのころを思い出す。

授業中に教科書を読むようよく指名された。

緊張して普通の声量が出ずに小声になってしまったところ、村井ムライに「きこえませーん!」皆の前で言われ、園田ソノダ先生も耳に手を当てるジェスチャーしてみせ、



「もっと大きな声を出そう」



強要されたり…。

それはまだ良いほうで、村井ムライが目の前で私を小突いても、ニヤニヤ笑いながら眺めているだけだった。



「なんかそれが原因ぽいね…お父さんはどう?悪いけど、なんか怖そうな人って思い出しかないけど?」



父親のことに触れられちょっと心外だったけど、子供のころ陽子ヨウコちゃんは何度かうちへ泊まりに来たことがあり、面識はある。



「あ、確かに怖いね、決して暴力をふるったりはしなかったけどね」



父は勤勉で真面目ではあるけれど寡黙で、笑っているところを見たことがなかった。



ミドリのお父さんってさ、私がお邪魔してますって挨拶しても、無言で頷くだけだったよね?ミドリのお母さんにもお父さんがいる間は静かにしてなさいって言われてたし」



「そういや、そうだったね…お母さんにはいつも、お父さんは大変なお仕事してるから家にいる間は静かにしてなさいって、厳しく言われてたわ」



「そっかぁ、父親とたまたま当たった担任がそれじゃ、怖くなるのもムリないかなー?」



なんだかこじつけのような気もしたが、そうかもしれない。

さらにいえば実質女子しか集まらない短大卒で、男に免疫がなくなる材料は揃っている。



「どっちにしろ会社の先輩から紹介された人はダメじゃない?生理的に受けつけないだけじゃなく、だいぶ年上でしょう?」



「そうだけど…私より9個上だったかな…」



実際、なんて断っていいのかわからない。

でも、それ以前に、あちらが私を気に入るとは限らない、断られてしまう可能性だってある。



——いっそ、向こうから断ってくれたらいいのに——



自分で相手を見つけられないから紹介に頼るしかないのだけど、こんなんじゃ先が思いやられる気がした。



村井ムライだけどさ、結局はミドリのこと好きだったんだと思うよ?」



それは小学校時代も周りに散々言われたセリフだ。



「それはないと思うよ?」



本当にないと思う、時たま親の仇を見るかのようによく睨まれていたし、なにやら人格否定されるようなことまで言われていたので…。



「いや、アレは好きな女子にイジワルするタイプよ。その証拠にアイツ結婚したのに奥さんに捨てられたんだって」



「えっ?本当?」



思わぬ情報に驚く。



「本当、本当!アイツ馬鹿だからさ、自分の奥さん友達の前でけなすようなこと言ってしまって、嫌われたみたいよ?慰謝料もだいぶしぼられたようで、ザマアって感じだけどね」



なんとまあ…。

過去に自分をいじり倒した相手がそんな目に遭っていたとは…。

離婚したとはいえ、奥さんになった人がかわいそうな気がした。



ミドリはいい子だもん、きっとこれからいい人に出逢えるよ」



いい子かどうかはともかく、本当にいい人に巡り逢いたい。

気づけばもう40歳なのに、先は長い気がした。







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