第29話 いい人だけど…

今私は圧倒されている、辻本ツジモト氏の食べっぷりと飲みっぷりに。

生ビールを立て続けにジョッキで三杯飲み干した後で、焼酎をボトルで注文していた。

そして、美味しそうに食べるのは別に構わないのだが、食べ方が汚かった。



「俺の趣味は酒飲むこととカラオケなんだけど、どう?この後カラオケ行かない?」



食べ物が口の中に入ったまましゃべるもんだから、仕切り板のアクリル板にツバとともに食べカスまで付着するのが、なんとも不快でしかたなかなった。



「ごめんなさいね、この子カラオケ苦手なのよ」



はっきり断るのが苦手な私に代わって小畑オバタ一美カズミが断ってくれる。

そう、私は人前でなにかするのが大の苦手で、歌うなんてもってのほかだ。



「ふうん、ホントにそうなの?」



辻本ツジモト氏、なんだか残念そう。



「はい、すみません」



また謝ってしまう。

なんだか気まずくなり、私は料理をもくもくと食べる。

だし巻き卵がおいしかったのだけど、自分のせいで場が悪くなってしまったのでは?と思うと、気が気でなかった。



「えっと、ミドリちゃんの趣味って、なんだっけ?」



すかさず小畑オバタ一美カズミの旦那さんである清介セイスケさんがフォローするかのように質問してくれた、清介セイスケさんとは小畑オバタ一美カズミを通して面識があったので、比較的緊張しないですむ。



「カフェ巡りです、コロナで外出制限されてからは、めっきり行かなくなりましたが」



自分って、つくづく無趣味だな、と落ち込みたくなる。

そういえば私、コロナ禍の外出制限中なにしていたっけ?と瞬時には思い出せなかった。



「あら、ミドリってば、以前はよく映画観に行ってなかったっけ?」



そういえば!

一人でなにかするのが苦手な私がここ数年克服したのは、カフェ巡りと映画館へ行くことだった、全く友達いないわけじゃないが、みんな結婚しちゃってて誘いにくかったのもある。



「そうでした、でも、好きなジャンルが限られているので、趣味にするのどうかなぁって…」



好きなジャンルは、ラブストーリーにハートウォーミングなヒューマンものにダークでないファンタジー、動物系も嫌いではない。

アニメは観ないけれど、ディズニーは嫌いではない。



「へぇ、映画好きなんだー、ちなみに最後に観たのはなんだい?」



辻本ツジモト氏は気さくに訊ねてくる。



「ええと…、確か、実写版のアラジンだったと思います」



もう最後に映画館まで足を運んだのがいつなのか、正確に思い出せない。



「え、アラジンって3年前じゃん、ずいぶん長いこと映画観てないんだねぇ!」



そんなに長いこと行ってなかったのか!

自分でもビックリだ、コロナ流行で怖くなりすっかり出かけなくなって久しい。



「俺もねー、映画は好きだよー!ただしジャンルはアクションにホラーだけどな」



どちらも私が観ないジャンルだ。



「今日だって本当は13日の金曜日だし、湖のほとりでキャンプやってみたかったんだよ、なぁ?師匠!」



辻本ツジモト氏はそう言って隣の席の小畑オバタ一美カズミの旦那さんを小突く、どうやら春風亭昇太シュンプウテイショウタに似ていることから師匠と呼んでいるっぽい。



「じゃかあしいわっ!どこの世界に女の子紹介するのに、13日の金曜日にわざわざ湖キャンプするヤツがおるんじゃい!?」



一瞬13日の金曜日イコール湖にキャンプの意味がわからず固まってしまう、小畑オバタ一美カズミはケラケラと笑う。



「アホなこと言っちゃって〜、ミドリちゃんが目をまんまるくしてるじゃなーい!この子ホラー苦手だから意味不明だと思うわよ?」



「あ、大丈夫です、意味わかります!」



私はそう返すのが精一杯。



「そっかぁ、ホラーはダメなのかぁ」



辻本ツジモト氏は残念そうだった。



前回の太田原オオタワラの紹介の時とは比べものにならないくらいにいい雰囲気だったが、何分人見知りが激しいので、一瞬でも空気を悪くしてしまったのでは?と、気になってしまう。


今日紹介された辻本ツジモト貫一カンイチは、どうだろう?

結婚相手として考えられるのだろうか?

正直言って見た目はタイプではなく、食べ方が汚いのが気になった。

途中何度も音を立ててゲップをしたのが気持ちが悪かったし、趣味も合わない。

けれども、こちらを気遣ってくれ話しやすそうな人なのは良かった。



——どうしよう、どうなるのかな——



今日一日私の悪いとこが露見されてしまっていたようなのも気になる。

これが普通の飲み会だったら良かったのに…と、心底思った。


デザートのお手製わらび餅がやってきて、嬉しくなる。



「本当にうまそうに食うんだねー」



と、辻本ツジモト氏、それに対し私は、



「はい」



と返事することしかできなかった。

会話を振られて弾ませるのは苦手で、いつも続かずに終わってしまい、気まずくなることが多い。

けれども辻本ツジモト氏は嫌な顔ひとつせず、気にする様子もない。



つつがなくお開きとなり、清介セイスケさんが店員にお会計を頼む。




「あ、連絡先教えてくれる?」



お会計待ちしてる時、辻本ツジモト氏にLINEの連絡先を訊かれた。

断る理由もなかったので、連絡先の交換をする。


ちょっと受け付けない面もあるけど、人柄は良さそう…。

結婚相手は全くタイプじゃないという夫婦は世の中にたくさんいるのだからと、自分に言い聞かせたのだった。




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