第25話 ドン引き

久し振りに訪れたデリッツィア。

明るめの店内だけれど、大衆食堂的な雰囲気でオシャレとは言い難い。

それなりにボリュームがあり美味しくて安いため人気があり、コロナ前は常に人で溢れていた。


今日の客は、私たち含め4組。

この店にしてはかなり少なかった。


入り口から正面突き当たり奥の席を予約してくれたようで、見つけやすかった。

席に着く前に自己紹介かな?と緊張したけれど、太田原オオタワラに促されるまま席に着いた。


自分が座った席は、紹介される人と向き合う形になるので緊張する。


「えー、改めまして、こちらオレの高校時代からのダチの村高ムラタカくん」



紹介された男性はなんという髪型か知らないが短い髪をツンツン立てていて、ちょっとギョロっとした目で、失礼な表現だけどゲジゲジした太い眉毛が特徴的だった。

イケメンの部類には入らないけれど、見れなくもない。

ちょっと濃いめの顔立ちな感じだ。



「ども、村高ムラタカ祐二郎ユウジロウです」



そう言って名刺をスッと差し出してきた。

大手自動車メーカー勤務とのことだった。

自己紹介の口調や名刺の差し出しかたがなんとなくぶっきらぼうに感じたけれど、気のせいだと思うことにした。



宮坂ミヤサカミドリです、よろしくお願いします。すみません、名刺がなくて…」



パートという身分ゆえ、もちろん名刺なんてない。



「ま、女だから名刺なんて持たなくていいだろ」



このひとことに一瞬引っかかったけど、



「あ、知ってると思うけど、こちらあの元モデルの清川キヨカワ佐和子サワコさん」



佐和子サワコが自分から自己紹介する前に太田原オオタワラが紹介した。



「よろしくお願…」



佐和子サワコが言い終わらないうちに、



「ケバいな」



吐き捨てるように発言。

その場が一瞬にして凍りつくのが感じられた。

確かに今日の佐和子サワコは派手で、それは事前に相手がそういった女性を好まないという情報を得たからなんだけど、いきなり初対面開口一番それはないよねって思った。



「ねー、なに頼む?とりあえずドリンクだよな、オレ生ビール」



なにごともなかったかのように、太田原オオタワラがドリンクメニューを広げて見せた。



「私はウーロン茶氷ぬきで」



佐和子サワコは即決。

私はひと通りソフトドリンクのメニューに目を通し、



「私も同じで」



佐和子サワコと同じものにした。

すると村高ムラタカ氏は、



「ああ、女ってすぐマネするよなー!それに氷抜きって何だか意識高い系?」



またもや気になる発言、氷抜きが意識高いと言われるのが意味わからない…。



村高ムラタカちゃんよー、そーゆーキミはなにを頼むんだね?」



太田原オオタワラは彼の発言気にならないのだろうか?

チラと隣に座ってる佐和子サワコを横目で見たけど無表情、顔に出さないようにしているのか気にしてないのか、わからなかった。



「んー、ここ生ビール高いなー、ハーフサイズでいいや」



ここは都内繁華街で、生ビールジョッキ一杯680円。私は全く飲まないので相場はわからないのだけど、思わず高いとつぶやくレベルでもないような気がした。


程なくしてドリンクがきて、とりあえず乾杯した。

それぞれが一口飲んだ後、



「なに食うー?やっぱここは取り分けだよなー」



また太田原オオタワラがメニューを広げた。



「ここの料理、カプリチョーザ並みにボリュームあるんだ、なに食べる?」



そういえば思い出した、ここって結構量が多くて完食するのに大変だったことを。

村高ムラタカ氏は眉を寄せたままメニューを見つめる。

一冊しかないメニューを村高ムラタカ氏が抱え込んでしまってるため、お任せになりそうだ。

と思っていると、



「よかったらどうぞ」



店長らしき男性が人数分メニューを持ってきてくれた。



「ありがとうございます」



佐和子サワコと私はお礼を伝えた。

メニューに目を通す、私自身好き嫌いもなければ強く何かを食べたいほどでもなかったのだが、スイーツには目がなかったので真っ先に後ろのデザートのページまでめくった。


ティラミスは大好きだけど、ここは去年から話題になっているマリトッツォにでもしようかな?と思ったら佐和子サワコが口を開いた。



「カプレーゼに、ペスカトーレは外したくないかなぁ?あっ、カチャトーラもあるー」



カチャトーラって、なんだろう?

ページを戻してみると、どうやら鶏肉の料理らしいことがわかった。



「いいな、肉はガッツリ食いたいもんな」



と、太田原オオタワラ

ここで村高ムラタカ氏がため息をついた。



「どれも高くね?」



え、そうかな?

この店って、この界隈では安いほうだと思うけどな…。



「ムラちゃんよー、この店ってここいらじゃ安いほうだぜ?」



ここで高く感じるんなら、普段外食しないかもっと安いとこ行ってるのかしら?

そう思っていたら、



「だから俺はサイゼリアが良かったんだよ」



この発言…。

さっきからこの人の物言いが気になる。



「ま、しかたないべな。合コンや紹介にサイゼはねーべ?オレらアラフォーだし」



サイゼリアを否定するわけじゃないが、確かに合コンや紹介で会うには落ち着かない感じだ。

ここだって似たり寄ったりだが、まだ雰囲気はある。



「まー、とりあえずここは、カプレーゼにペスカトーレにカチャトーラ、あ、サラダもいるよな?ピザはどーする?」



太田原オオタワラは気を使い、村高ムラタカ氏にピザを決めさせようとしている。



「んー、この一番安いやつでいいかな?」



そう言って村高ムラタカ氏が指したのは、マルゲリータ。

マルゲリータは大好きだから別にいいんだけど、先程から値段にこだわる発言してるのが気になる。



宮坂ミヤサカちゃんは、なに食べたい?」



太田原オオタワラ、また私のことちゃん付け…。

ここでちゃん付けやめてと伝えると空気を乱しそうなので、気にしないことにした。



「デザートにマリトッツォさえあればいいかな?」



食事になるものはなんでも良かったのだけど、正直にそう答えてしまうと女性特有の「なんでもいい」発言する面倒な人認定されそうだったので、一番食べたいスイーツを答えた。



宮坂ミヤサカちゃんらしいわ」



太田原オオタワラは笑ってくれたが、



「女って甘いもん好きアピールすりゃあ、かわいいとでも思ってもらえる生き物だよな〜」



またも村高ムラタカ氏が不穏な発言をする。



「ムラちゃんよ〜、さっきから女の子敵に回すよーな発言やめよーぜ?」



やっぱり太田原オオタワラは気づいていたのね…。

さっきから佐和子サワコが静かなのもなんだか怖い。



「敵に回してるつもりないんだがな」



出会ってまだ数分なのに、この人が結婚できない理由がわかってしまった気がする。

自分のこと棚にあげるのもなんだけどね…。


結局名前があがった料理を全部注文することになり、デザートはティラミス組とマリトッツォ組とにわかれた。



食べるときは当然マスクを外すのだけど、このとき初めて相手の顔を拝むことができる。

村高ムラタカ氏は無造作に不織布マスクを外し、ジーンズのポケットに突っ込んだ。

アクリル板ごしに見るその顔は想像していたよりヒゲが濃く、顔立ちのくどさを際立たせていた。

第一印象、ちょっと怖いかな?



「はい、どうぞ〜」「ありがとう」



佐和子サワコが運ばれてきたサラダを取り分けてくれ、私の目の前に皿を置いた。

ここで私もマスクを外した。



「えっ、マスクしてんのに口紅塗ってんのかよ?」



一瞬なにを言われたのかわからなかったが、どうも村高ムラタカ氏は私が口紅を塗っていたことが気に入らないようだと気づく。

私はなんと返してよいのかわからなくて、



「はい…」



かんたんに返事をするしかなかった。



「ま、メイクするのは女としてのたしなみですからね。このリップはマスクにつきにくいですし」



先程からずっと黙ったまんまだった佐和子サワコが、フォローするかのように口を挟んでくれた。



「マスクにつきにくいとか、そういう問題じゃねーだろ?俺は派手なオンナが嫌いなんだよ」



村高ムラタカ氏は憎々しげに佐和子サワコを見やる。



「まーまー、ムラちゃんよ、紹介したいのこの人じゃなく、目の前座ってるコだから」



太田原オオタワラが慌てる。

せっかくサラダが運ばれてきたのに、なんだか緊張で食べられそうにない気がしてきた。



「う〜ん、確かに地味っぽいけどねー、今日履いてきたそのスカートなに?」



突然スカートのこと言われ驚く、おかしいと思われた?

それにしても、なに?のイントネーションの語尾が、なんだか感じ悪い。



「えっ?なにって…」



「オレはさ、短いスカートに尻や脚の線がモロに出るズボン履くオンナは嫌なのよ。アンタが今日履いてきたスカートの長さはいいとして、なに尻見せてるわけ?」



あまりの言いように思わず、



「ええっ!?」



大きな声が出てしまった、言ってることがよくわからない。

私は尻見せてるつもりないのだけど…?



「あら、マーメイドスカートを知らないのね〜!言われてみりゃあ、お尻のライン

ばっちりだけど、今どきそんなの気にする人がいるなんて思わなかったわ」




佐和子サワコが怒りモードかもしれない!

こんなトゲのある言い方する彼女を初めて見たような気がする。



「そーそ!ムラちゃんオンナの好み独特なんよね〜、長いダボっとしたスカート以外認めないとかイスラム教徒みたいで、高校時代はモハメド・ムラって呼ばれてたんだよな〜」



太田原オオタワラがその場をなごませようとしたが、空気はツンドラ。



「いや俺はさ、イスラム教徒みたく髪まで隠せとは思ってないぞ?黒髪ストレートのロングなんてサイコーに好みだし」



村高ムラタカ氏は反論したが、なんだか好みがいかにもでわかりやすすぎた。



「カラダのラインが出る服着るなんて、いかにもオトコ誘ってるよねー」



そんなつもりないのだけど…。

なんだか反論する気にもなれなかった。

ここで佐和子サワコがガタッと席から立ち上がった。



ミドリ、帰ろう?太田原オオタワラ、悪いけど私たち帰るわ。これ、ミドリと私の分」



そう言って五千円札一枚をポンと置いた。

あの佐和子サワコがこんな行動に出るのはビックリだが、さっきから無神経な発言ばかりする村高ムラタカ氏に不快感を覚えていたので、スタンディングオベーションしたい気分だった。

もっとも小心者なのでそんな度胸はないので、マスクを着用してから私も立ち上がった。



「ちょっ、待てよ!悪かったよ、まだサラダしか食べてないだろ?」



太田原オオタワラが必死になだめようとする。



「いやさ、あなたに謝られても意味ないから」



こんな冷たい口調の佐和子サワコは初めてかもしれない。



「おい、なんで俺が謝んなきゃなんないわけ?」



村高ムラタカ氏、ムッとしている。



「先程からあなたの発言は失礼すぎますから」



佐和子サワコはピシャリとこたえる。



「なんだよ、好み言っただけだろーが」



この人、自分が女性をドン引きさせるような発言してるって気づいてないんだろうか?



「とにかくさ、君らサラダしか食べてないでしょ?いいよ、ここは」



太田原オオタワラは引き留めるのを諦めたのか、佐和子サワコが置いて行こうとした五千円札を返そうとする。



「ここはもらっときゃいいんじゃね?男女平等だろ?」



村高ムラタカ氏のさらなる発言に、頭がクラクラしそうになる。

ダメだ、この人…。



「いや、だって、ほぼなにも食ってないから…」



太田原オオタワラ村高ムラタカ氏に必死に訴えようとしていたが、



「ごめん太田原オオタワラ、私たち一秒でも長くここにいたくないから。じゃあね」



佐和子サワコは捨てゼリフを吐くかのようにきっぱり言い放ち、さっさと出口へと向かう。

私も小走り気味にそれに続いた。



店を出てすぐに佐和子サワコは口を開いた。



「もー、なんかサイテーだったね〜!ないわー、マジでないわー」



本当に。

今時あんなこと言う人本当にいるんだってビックリした。



「なんかごめんね、私とっさにコトバ出ないほうだから、代わりにイヤなこと言わせちゃったみたい」



本来なら紹介された私がはっきり伝えることなのかもしれないので、悪い気がした。



「謝る必要ないよ、だってズバっと言えてスッキリしたもの」



佐和子サワコはカラカラと笑った。



「あ、良かった、追いついた」



ふいに後ろから声をかけられる。

なんと、デリッツィアの店長さんだった。

体格の良い男性で、年の頃は私たちより少し上っぽい?

白とグリーンの厨房服がいかにもイタリアンらしく、よく似合っていた。



「君たちほとんど食べてないでしょう?良かったらこれ、二人分に分けてあるから」



なんと、注文したものの食べられなかった料理を包んでくれた!



「えっ、いいんですか?」



佐和子サワコも驚いている。



「申し訳ないけど一部始終が目に入ってしまったからね。ありゃないなって思ったんで」



客観的にみて、ほとんど料理に手をつけてないうちに相手から暴言吐かれたことに対し腹を立てた挙句にきっちり払ったのって、どうして?って思うだろうな。

って、私の分は佐和子サワコが立て替えたままだけど…。



「ありがとうございます、ありがたくいただきます」



佐和子サワコは礼を伝え、包みを受け取る。



「あ、ありがとうございます、なんかすみません」



私も続けてお礼を言う。



「君、災難だったね。きっといい出逢いあるよ」



包みを渡されたとき、慰められた。

私はなんだか恥ずかしくなり、顔が赤くなってしまった。



「…ありがとうございま…」



「ほんとにありがとうございます〜!また来ますね〜!あ、それから、誰かいい人いたら紹介してくださいね〜、私たち婚活中なんで〜!」



私が最後までお礼を言い終えないうちに、佐和子サワコが被せるように伝えた。



「いつもありがとうね、またお待ちしてます」



店長さん、なんだか嬉しそうだった。

いつもありがとうねってことは、佐和子サワコはしょっちゅう食べに行ってたのか。



今日は散々だったけど、店長さんの心遣いに不快さがすっかり消えたような気がした。







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