第25話 ドン引き
久し振りに訪れたデリッツィア。
明るめの店内だけれど、大衆食堂的な雰囲気でオシャレとは言い難い。
それなりにボリュームがあり美味しくて安いため人気があり、コロナ前は常に人で溢れていた。
今日の客は、私たち含め4組。
この店にしてはかなり少なかった。
入り口から正面突き当たり奥の席を予約してくれたようで、見つけやすかった。
席に着く前に自己紹介かな?と緊張したけれど、
自分が座った席は、紹介される人と向き合う形になるので緊張する。
「えー、改めまして、こちらオレの高校時代からのダチの
紹介された男性はなんという髪型か知らないが短い髪をツンツン立てていて、ちょっとギョロっとした目で、失礼な表現だけどゲジゲジした太い眉毛が特徴的だった。
イケメンの部類には入らないけれど、見れなくもない。
ちょっと濃いめの顔立ちな感じだ。
「ども、
そう言って名刺をスッと差し出してきた。
大手自動車メーカー勤務とのことだった。
自己紹介の口調や名刺の差し出しかたがなんとなくぶっきらぼうに感じたけれど、気のせいだと思うことにした。
「
パートという身分ゆえ、もちろん名刺なんてない。
「ま、女だから名刺なんて持たなくていいだろ」
このひとことに一瞬引っかかったけど、
「あ、知ってると思うけど、こちらあの元モデルの
「よろしくお願…」
「ケバいな」
吐き捨てるように発言。
その場が一瞬にして凍りつくのが感じられた。
確かに今日の
「ねー、なに頼む?とりあえずドリンクだよな、オレ生ビール」
なにごともなかったかのように、
「私はウーロン茶氷ぬきで」
私はひと通りソフトドリンクのメニューに目を通し、
「私も同じで」
すると
「ああ、女ってすぐマネするよなー!それに氷抜きって何だか意識高い系?」
またもや気になる発言、氷抜きが意識高いと言われるのが意味わからない…。
「
チラと隣に座ってる
「んー、ここ生ビール高いなー、ハーフサイズでいいや」
ここは都内繁華街で、生ビールジョッキ一杯680円。私は全く飲まないので相場はわからないのだけど、思わず高いとつぶやくレベルでもないような気がした。
程なくしてドリンクがきて、とりあえず乾杯した。
それぞれが一口飲んだ後、
「なに食うー?やっぱここは取り分けだよなー」
また
「ここの料理、カプリチョーザ並みに
そういえば思い出した、ここって結構量が多くて完食するのに大変だったことを。
一冊しかないメニューを
と思っていると、
「よかったらどうぞ」
店長らしき男性が人数分メニューを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
メニューに目を通す、私自身好き嫌いもなければ強く何かを食べたいほどでもなかったのだが、スイーツには目がなかったので真っ先に後ろのデザートのページまでめくった。
ティラミスは大好きだけど、ここは去年から話題になっているマリトッツォにでもしようかな?と思ったら
「カプレーゼに、ペスカトーレは外したくないかなぁ?あっ、カチャトーラもあるー」
カチャトーラって、なんだろう?
ページを戻してみると、どうやら鶏肉の料理らしいことがわかった。
「いいな、肉はガッツリ食いたいもんな」
と、
ここで
「どれも高くね?」
え、そうかな?
この店って、この界隈では安いほうだと思うけどな…。
「ムラちゃんよー、この店ってここいらじゃ安いほうだぜ?」
ここで高く感じるんなら、普段外食しないかもっと安いとこ行ってるのかしら?
そう思っていたら、
「だから俺はサイゼリアが良かったんだよ」
この発言…。
さっきからこの人の物言いが気になる。
「ま、しかたないべな。合コンや紹介にサイゼはねーべ?オレらアラフォーだし」
サイゼリアを否定するわけじゃないが、確かに合コンや紹介で会うには落ち着かない感じだ。
ここだって似たり寄ったりだが、まだ雰囲気はある。
「まー、とりあえずここは、カプレーゼにペスカトーレにカチャトーラ、あ、サラダもいるよな?ピザはどーする?」
「んー、この一番安いやつでいいかな?」
そう言って
マルゲリータは大好きだから別にいいんだけど、先程から値段にこだわる発言してるのが気になる。
「
ここでちゃん付けやめてと伝えると空気を乱しそうなので、気にしないことにした。
「デザートにマリトッツォさえあればいいかな?」
食事になるものはなんでも良かったのだけど、正直にそう答えてしまうと女性特有の「なんでもいい」発言する面倒な人認定されそうだったので、一番食べたいスイーツを答えた。
「
「女って甘いもん好きアピールすりゃあ、かわいいとでも思ってもらえる生き物だよな〜」
またも
「ムラちゃんよ〜、さっきから女の子敵に回すよーな発言やめよーぜ?」
やっぱり
さっきから
「敵に回してるつもりないんだがな」
出会ってまだ数分なのに、この人が結婚できない理由がわかってしまった気がする。
自分のこと棚にあげるのもなんだけどね…。
結局名前があがった料理を全部注文することになり、デザートはティラミス組とマリトッツォ組とにわかれた。
食べるときは当然マスクを外すのだけど、このとき初めて相手の顔を拝むことができる。
アクリル板ごしに見るその顔は想像していたよりヒゲが濃く、顔立ちのくどさを際立たせていた。
第一印象、ちょっと怖いかな?
「はい、どうぞ〜」「ありがとう」
ここで私もマスクを外した。
「えっ、マスクしてんのに口紅塗ってんのかよ?」
一瞬なにを言われたのかわからなかったが、どうも
私はなんと返してよいのかわからなくて、
「はい…」
かんたんに返事をするしかなかった。
「ま、メイクするのは女としてのたしなみですからね。このリップはマスクにつきにくいですし」
先程からずっと黙ったまんまだった
「マスクにつきにくいとか、そういう問題じゃねーだろ?俺は派手なオンナが嫌いなんだよ」
「まーまー、ムラちゃんよ、紹介したいのこの人じゃなく、目の前座ってるコだから」
せっかくサラダが運ばれてきたのに、なんだか緊張で食べられそうにない気がしてきた。
「う〜ん、確かに地味っぽいけどねー、今日履いてきたそのスカートなに?」
突然スカートのこと言われ驚く、おかしいと思われた?
それにしても、なに?のイントネーションの語尾が、なんだか感じ悪い。
「えっ?なにって…」
「オレはさ、短いスカートに尻や脚の線がモロに出るズボン履くオンナは嫌なのよ。アンタが今日履いてきたスカートの長さはいいとして、なに尻見せてるわけ?」
あまりの言いように思わず、
「ええっ!?」
大きな声が出てしまった、言ってることがよくわからない。
私は尻見せてるつもりないのだけど…?
「あら、マーメイドスカートを知らないのね〜!言われてみりゃあ、お尻のライン
ばっちりだけど、今どきそんなの気にする人がいるなんて思わなかったわ」
こんなトゲのある言い方する彼女を初めて見たような気がする。
「そーそ!ムラちゃんオンナの好み独特なんよね〜、長いダボっとしたスカート以外認めないとかイスラム教徒みたいで、高校時代はモハメド・ムラって呼ばれてたんだよな〜」
「いや俺はさ、イスラム教徒みたく髪まで隠せとは思ってないぞ?黒髪ストレートのロングなんてサイコーに好みだし」
「カラダのラインが出る服着るなんて、いかにもオトコ誘ってるよねー」
そんなつもりないのだけど…。
なんだか反論する気にもなれなかった。
ここで
「
そう言って五千円札一枚をポンと置いた。
あの
もっとも小心者なのでそんな度胸はないので、マスクを着用してから私も立ち上がった。
「ちょっ、待てよ!悪かったよ、まだサラダしか食べてないだろ?」
「いやさ、あなたに謝られても意味ないから」
こんな冷たい口調の
「おい、なんで俺が謝んなきゃなんないわけ?」
「先程からあなたの発言は失礼すぎますから」
「なんだよ、好み言っただけだろーが」
この人、自分が女性をドン引きさせるような発言してるって気づいてないんだろうか?
「とにかくさ、君らサラダしか食べてないでしょ?いいよ、ここは」
「ここはもらっときゃいいんじゃね?男女平等だろ?」
ダメだ、この人…。
「いや、だって、ほぼなにも食ってないから…」
「ごめん
私も小走り気味にそれに続いた。
店を出てすぐに
「もー、なんかサイテーだったね〜!ないわー、マジでないわー」
本当に。
今時あんなこと言う人本当にいるんだってビックリした。
「なんかごめんね、私とっさにコトバ出ないほうだから、代わりにイヤなこと言わせちゃったみたい」
本来なら紹介された私がはっきり伝えることなのかもしれないので、悪い気がした。
「謝る必要ないよ、だってズバっと言えてスッキリしたもの」
「あ、良かった、追いついた」
ふいに後ろから声をかけられる。
なんと、デリッツィアの店長さんだった。
体格の良い男性で、年の頃は私たちより少し上っぽい?
白とグリーンの厨房服がいかにもイタリアンらしく、よく似合っていた。
「君たちほとんど食べてないでしょう?良かったらこれ、二人分に分けてあるから」
なんと、注文したものの食べられなかった料理を包んでくれた!
「えっ、いいんですか?」
「申し訳ないけど一部始終が目に入ってしまったからね。ありゃないなって思ったんで」
客観的にみて、ほとんど料理に手をつけてないうちに相手から暴言吐かれたことに対し腹を立てた挙句にきっちり払ったのって、どうして?って思うだろうな。
って、私の分は
「ありがとうございます、ありがたくいただきます」
「あ、ありがとうございます、なんかすみません」
私も続けてお礼を言う。
「君、災難だったね。きっといい出逢いあるよ」
包みを渡されたとき、慰められた。
私はなんだか恥ずかしくなり、顔が赤くなってしまった。
「…ありがとうございま…」
「ほんとにありがとうございます〜!また来ますね〜!あ、それから、誰かいい人いたら紹介してくださいね〜、私たち婚活中なんで〜!」
私が最後までお礼を言い終えないうちに、
「いつもありがとうね、またお待ちしてます」
店長さん、なんだか嬉しそうだった。
いつもありがとうねってことは、
今日は散々だったけど、店長さんの心遣いに不快さがすっかり消えたような気がした。
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