第24話 待ち合わせ

太田原オオタワラの友達を紹介してもらうことになり、

あれやこれやと日程調整してくうちに3月の末になってしまった。

なんだかんだ都内はコロナ禍の外出自粛が解禁されていなかったことも影響していたけど、

顔合わせの場として利用する飲食店の候補も絞れなかったらしい。


結局職場近くのカジュアルなイタリアン『トラットリアデリッツィア』に決定したが、あまりにも勤務先に近すぎるため、正直ちょっといやだった。


佐和子サワコも同じこと考えていたようで、



「ちょっと近すぎない?他店舗で早上がりのコたち、結構くるんだけど?」



太田原オオタワラに不満を伝える。



「しゃーねーだろ、あそこが一番ほどほどにうまくて手頃なんだからよ、文句あんなら他探せよ」



ごもっとも、確かに文句あるなら私達で探すべきだったのかもしれないけど…。



「あのね、私的には相談しながら決めたかったのだけど?たとえばマクロカフェとかバル・コミーダとか…」



佐和子サワコが候補に挙げたとこは女子ウケの良い飲食店だったのだけど太田原オオタワラいわく、



「あのなー、マクロカフェなんぞオーガニックだかマクロビオテックだか知らんが、大概のオトコはそんなんじゃ物足りないねーんだよ!バル・コミーダは安くて旨いの認めるが、オレのダチは庶民派でサイゼリヤ提案してきたよーなヤツだから、デリッツィアが限度なんだよ」



とのこと、結局そういった事情でデリッツィアに決定したのだった。



そして迎えた当日、今日は金曜日で公休日。

正直、休みの日にわざわざ職場のある最寄り駅へ行くのは面倒だと思った。


出かける前に全身が映る鏡でチェックする。

佐和子サワコにアドバイスされた通りアースカラーを避け、モヘアの白いニットに淡いグレーのグレンチェックのソフトマーメイドのスカートを合わせてコーディネートしてみた。

モヘアの白いニットはコロナが流行する前に姉からプレゼントされ眠ったままのもの、ソフトマーメイドのスカートは実は佐和子サワコに見立ててもらって先日買ったばかり。

どちらも自分じゃ選びそうにないデザインだった。

普通の身長の人向けにミモレ丈だったのが私が着るとロング丈になり、それも丁度よく感じられた。



——おかしくないかな?——



鏡に映った自分の姿を見つめる。

背が低くて童顔で、黒髪のボブで長さはミディアム。

ボブにするのにはだいぶ抵抗があった、一歩間違えたらおかっぱ頭になるから。

けれども佐和子サワコオススメの美容師さんに強く勧められ、チャレンジしてみたのだった。

職場では好評だったので、多分大丈夫なはず…。

アイメイクは佐和子サワコに教えてもらったとおりに淡いグレーがかったベージュをメインに使い、ワンポイント細かいラメの入った薄いピンクのアイシャドウを塗った。

ベージュのアイシャドウは手持ちであったけれどピンクは持っていなかったので、佐和子サワコに教えてもらったものをドラッグストアで買っておいた。

チークは緊張で顔が赤くなるタイプだからつけたことなかったのと、マスクにつくのがイヤでつけなかった。

リップは先日 佐和子サワコからもらったリップモンスターのピンクバナナ、ウワサどおりマスクにつきにくいから重宝していた。

マスクは佐和子サワコのようにオシャレして自分に似合う色のものをつけてみたかったけど、結局新たに買う気持ちの余裕がなくいつものように白いプリーツマスクになった。


人見知りするほうなので緊張で胃が痛くなりそうに感じたけど、



——気のせい、気のせい——



と思い込むことにし、自分を奮い立たせるため両頬をぱんと軽くはたく。



一人で現地へ行くのが躊躇ためらわれたため佐和子サワコと待ち合わせ、勤務先ビルへと足を運んだ。



「あら?どうしたの?」



インフォメーションにいた三笠ミカサ真紀子マキコに声をかけられる。



「お疲れ様です、佐和子サワコと待ち合わせなんです」



太田原オオタワラから男の人を紹介されることは、なんとなく言えずにいた。



「あ、もしかしたら太田原オオタワラくんの件?」



筒抜けだったのね、ちょっと恥ずかしい。



「はい、そうなんです…」



別に隠してたわけじゃないけれど、他の人の口から婚活していることを知られたのは気恥ずかしい。

そう思うと急にカーッと熱くなり、自分でも耳まで赤くなるのがわかった。



「そうか、楽しんでね!」



ロコツに婚活というワードを出さないよう気をつかってくれた三笠ミカサ真紀子マキコに感謝だ、彼女の隣にはもう一人のインフォメーション嬢である栗木クリキカエデがいたから…。

当の本人は接客中だったけど、いつ聞こえてしまうかわからないから配慮してくれたのだろう。



「お待たせ〜」



勤務を終えた佐和子サワコが現れた、沼津ヌマヅ氏による付きまといの心配がなくなったのに、なぜか業務は三笠ミカサ真紀子マキコと交換したままだ。

今日の佐和子サワコのファッションに目を疑った。

Vネックのヒョウ柄カットソーにグレーのエコファーのジャケットを羽織り、ボトムはスキニージーンズに黒いニーハイブーツで、極めつけは真っ赤なネイル。

髪型にいたってはグリグリに巻いていて、ひとことで表現すればケバかった。



「どーしたの、そのカッコ!?」



すかさず三笠ミカサ真紀子マキコが驚きの声をあげる。



「ま、色々とね…」



佐和子サワコの目は苦笑しているように見えた。

マスクは真っ黒な柳葉型の不織布で、日頃から「黒は女を老けさせて見える」と言って敬遠していた佐和子サワコがその色をチョイスしたのに衝撃を受けた。



——そうか…今日紹介してくれる男の人って、派手な女性好まないって話だったもんね…——




そこまで気を使ってくれたなんて…。

ここでお客様へのご案内を終えた栗木クリキカエデが話に入ってきた。



三笠ミカサセンパイ遅番だから知らなかったんですね、早番組の間で佐和子サワコセンパイになにが起きたか、ちょっとした話題になってたんですよ〜」



そりゃあそうだろうな、佐和子サワコは華やかさはあってもケバさはないタイプだったから…。



「話題だなんて大げさな」



佐和子サワコは笑う。



「いや…アンタは華やかで目立っていても、そーいう系の服のイメージないから、みんながビックリするのわかるわぁ」



と、佐和子サワコのいでたちが朝から話題になったという話に対し、三笠ミカサ真紀子マキコは妙に納得。



「ま、たまにわね…私たちそろそろ行くね、じゃ、お疲れ様」



佐和子サワコは適当なとこで切り上げ、私たちはビルを後にし、デリッツィアへと向かった。

その場所は勤務先ビルの裏手側の飲食店がひしめき合っている路地内にあり、徒歩5分前後に位置していたので、コロナ前はうちの職場の人たちの溜まり場にもなっていた。

勤務先ビル内にもイタリアンはあったけど、お値段的にデリッツィアのほうがリーズナブルなので、どうしてもこちらのほうに人が集まってしまうらしかった。

私が入職する前に一度だけ女子会で利用したことはあったようだけど、あまりにも同じ職場の人が集まるので使われなくなったと聞いたことがある。

私は一度だけ一人で入ったことがあり、そこで同じく一人で食べに来ていた佐和子サワコと話をするようになったんだ、と、今思い出した。



「覚えてる?私たちが初めて話をするようになったのって、ここだったよね〜」



佐和子サワコも同じこと思い出していたらしい。



「うん…あのときまさか自分が話しかけられるなんて思ってなかったから、ビックリだったんだよね」



これは正直な話だ。

自分はどちらかといえばモブ的なコミュ障なので、元読者モデルという華やかな経歴を持つ佐和子サワコに声をかけられるなんて思っていなかったから、舞い上がったのだ。



「私もビックリしたわ。申し訳ないけれど、ミドリちゃんって一人で飲食店行くようなタイプには見えなかったから」



そりゃそうだと思う、私が一人でも飲食店へ行けるようになったのって、この繁華街内にある商業ビルで働くようになってからだったから…。

自宅から勤務先までの通勤時間が一時間半かかるので、遅番の時はどうしたってお腹が空いてしまう。

家に着くまでガマンできなくないが、疲れもあってフラフラすることもあったので、倒れる前に飲食店へ入るようになったのだった。


デリッツィアは安くて美味しいだけでなく庶民的な雰囲気で居心地は良かったのだけど、私が常連にならなかったのは、単に自分が利用する路線近くにあるファッションビル内にある和カフェがお気に入りだったからだった。


久々のデリッツィアの店内は、人がまばらだった。

コロナ前は人気で常に満席のイメージがあったのに…。

店内すでに太田原オオタワラともう一人男性が待っていた。



「おーい、オマエらおせーぞー」



太田原オオタワラが座席から声を張り上げる。

マスクしてるとはいえ、そんな大事出して大丈夫か心配になったけど、店内にいる誰も気にする様子がなかった。

太田原オオタワラの隣にいた男性に目をやる。

白い不織布マスクをつけていたため顔はよく見えなかったが、なんとなくいかつい印象を受けた。


今さら緊張が走り、自分でも強張るのがわかるほどだった…。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る