第22話 紹介って、どうよ?

3月になった。

勤務先のビルのエントランスに妙な貼り紙をされて以来、元カレからの嫌がらせが少し続いた。


職場側の配慮で勤務時間をずらしてもらったのもあって直接顔を合わせることはなかったのだけど、以前の退勤時間帯にビルの前でウロついていたらしく、たまたま外回りから帰ってきた太田原オオタワラに「訴えるぞ!」とドヤされ、慌てて逃げて行ったのだとか…。


先日貼り紙をされてしまった後に「名誉毀損で訴えたら?」と小畑オバタ一美カズミにアドバイスをされたが、模造紙に書かれた私の名前の『ミドリ』が漢字ではなくカタカナで正確ではないため立件は難しいかも…と、佐和子サワコに言われた。



——さすが、慣れているというかなんというか…——



もちろんそんなことは言えない。

中傷メールや電話はそれぞれ上司やベテランのオペレーターさんがそれなりに対処してくれたとのことで、静かになった。



「弁護士に相談するみたいなこと伝えたらチョロいもんよ、すぐ引き下がってくれて良かったわね」



と、佐和子サワコ、現在電話オペレーターをやっている彼女のところへも一度はかかってきたらしい。


そんな佐和子サワコにも少し変化があった。

例の沼津ヌマヅ氏はしばらくしつこかったが、佐和子サワコがきっぱり「他に好きな人がいる」と断ったら、諦めてくれたとのこと、佐和子サワコに好きな人いたっけ?とは思ったものの、解決したようで良かった。


佐和子サワコはタチアナさんが主催する国際結婚相談所に登録をしていて、会員ではない私も一日参加のイベントに誘ってくれるという話だったのだが、ロシアのウクライナ侵攻により中止になってしまっていた。


「なんで?タチアナさん、関係ないじゃん?」



タチアナさんはウクライナ出身のロシア人。

それが原因で妨害が発生し、クライアントを守るためにイベントが中止になったとのことだった。

ちなみに誘われていたのは、観梅会カンバイカイだった。

もう婚活はしばらくいいや…と思ってはいたけれど、梅の花を観るのは楽しみだったので、少しガッカリだった。



「ごめんね、しばらくイベントは中止みたい」



佐和子サワコに謝られる。



「しかたないよ、あやまらなくてもいいのに」




今日は二人とも早番だったので、職場近くの喫茶店ロータスでまったりお茶していた。



「私さ、失恋しちゃったんだよね」



佐和子サワコのいきなりの告白に、お茶をむせそうになる。



「ええっ」



本当に他に好きな人がいたのね!

それにしても、佐和子サワコって失恋なんてワードがおよそ似つかわしくないタイプだ。



「多分、ミドリちゃんは会ったことのない人なんだけどね。ずっと昔に参加した合コン料理教室に来ていた人なんだけど、日本の中古車をロシアに売るお仕事している人なのよね」



ああ、そうか、それでロシア侵攻の影響で佐和子サワコの好きな人が大変なのね、と思っていたら、



「彼の好きな人がさ、ウクライナ人なんだって。しかもそれがマリウポリ出身だとかで、彼女の支えになりたいからってキッパリ断られちゃった」



なんとタイムリーな!

そうは思ってもそんなこと言えるはずはなく、失恋した人に対しどう声をかけたらいいのかわからず、「そうなんだ…」しか言えなかった。


きっとすぐいい人に出逢えるよって慰めの言葉は使いたくなかった、私だったらあんまり言われたくなかったので。

佐和子サワコなら私と違いすぐ見つかるかもしれないけど、なんかそのセリフは無責任な気がした。



「本当は落ち込んでるんだけどね、婚活は待ったなしだから、今度タチアナさんが紹介してくれる人に逢ってみるつもりなんだ」



切り替え早っ!



「え、でも、なんか侵攻の影響でストップしてるんじゃないの?」



私は素朴な疑問を口にしてみる。



「ああ、中止になったのはイベントだけね。イベントは会員以外の一般の人も募集をかけているから、アンチの人の目にも触れてしまうから」



そういえば佐和子サワコはタチアナさんの結婚相談所に入会したのだったと、改めて思い知らされる、だからイベントなんかに参加しなくても次々と誰かを紹介されるのだ。



「私も入会しようかな」



思わずつぶやく。

色々イヤになって婚活はいいや…と思っていたはずなのに、佐和子サワコの影響なのか少し行動する気になっていた。

なんだかんだこのままお一人様でいることに不安を感じるから…。



「本当に!?確かに紹介次々あるし、他の結婚相談所みたいな圧力はないみたいだけど、ほとんど外国人だよ?日本人男性の登録はあっても、彼らの目的は外国人女性だし、それでもいいなら話しておくよ?」



そういえばそうだった、タチアナさんとこの紹介所は国際結婚を銘打っているだけあって外国人の登録が目立ち、日本人男性が登録していたとしても、私なんて見向きもされないだろう。

思わずため息が出た。



「そっかぁ、やっぱダメかな」



とくに外国人恐怖症というわけじゃないけど、元々コミュ症なとこあり、日本人相手でも緊張するのに外国人が相手なんて!と思っているので、タチアナさんの紹介所に入会するのはためらわれた。



「あ〜あ、そんなんじゃ宮坂ミヤサカさん、ますます出会い遠ざかっちゃうね〜」



聞き覚えのある声が耳に入り声の主を確認すると、なんと太田原オオタワラ



「わ、なによ、いつからそこにいたのよ!」



佐和子サワコもビックリしている。



「アンタらが入店する前からずっといたよ、ここの席にね」



そう言って太田原オオタワラが指した先は私たちが着席していた真後ろのボックス席で、仕切られていたため人がいるなんて気がつかなかった。



「アンタら婚活中なのマジだったんだな、白間シロマの動画どおりじゃん」



太田原オオタワラはそう言ってズイっと佐和子サワコの隣に強引に腰かけた。

私たちの選んだ座席もボックス席で、椅子はベンチ式になっていた。



「違うわ!ウチらがしてるのは婚活であって、男漁りなんかじゃないわ!」



佐和子サワコがやや怒ってる…。



「まぁまぁ、ムキになりなさんなって。オレの友達紹介してやろうか」



出会いがないから飛びつきたいとこだけど、太田原オオタワラの友達ってのが微妙だ。



「なに、その上から目線な言い方!結構です、太田原オオタワラくんのお友達って、なんだかチャラそうだし」



佐和子サワコはつっけんどんに切り替えす。



「独身なのは真面目なやつばかりなんだよな〜、これがさ!オトコばかりの職場で出会いがないっつーの?真面目な上にそれじゃあ結婚も厳しいだろうなってタイプなんだがな」



真面目だとどうして結婚が厳しくなるのかなぁ?

普通の女性なら、真面目な人と結婚したいものだと思うけど…。



「ふ〜ん、男ばかりの職場ねぇ…」



佐和子サワコがつぶやく。

彼女は日頃から相手の人柄が良くて気が合っていれば、最低限の収入があるのなら何だろうと構わないって発言をしていたけれど、実際過去の彼氏の職業を聞くとカメラマンだったりサッカー選手や脚本家、声優さんに会社経営者などなど、華やかだった。



「アンタはいいだろ、出会いに不自由しないだろうから。オレは宮坂ミヤサカちゃんに話振ってるの」



「アンタとはなによ!」



佐和子サワコはすぐ反応し返したのに対し『宮坂ミヤサカちゃん』呼ばわりされちゃった私は、すぐにはリアクションできなかった。

なんでちゃん付けで呼ばれなきゃなんないんだ…とは思ったものの、



「会ってみようかな…」



少しでもあるチャンスは逃したくない。

本当は初対面の人は緊張するし面倒だったから逃げたかったけど、どう出会えばいいのか考えつかなかったのもあり、お願いする気になる。



「えっ、マジで!?」



私の発言に佐和子サワコは驚いたらしく、めったに使わないセリフを吐いた。

いや、最近そんなセリフばかり耳にしているような気がする。



「そう来なくっちゃな」



太田原オオタワラはスマホを取り出す。



「ちょっと待った!ミドリ一人じゃ心配だから、私も参加する!」



佐和子サワコが一緒なら安心だ、そう思っていたら、



「いや…目立つアンタが参加したら、宮坂ミヤサカちゃんが霞んじゃうだろ」



ごもっともな指摘を受けてしまう。

ああ、そういえば私って典型的なモブだった…。



「なに言ってんの!何で私がこの年になるまで独身だと思ってるの?そりゃあ男見る目はなかったかもしれないけどね、恋愛と結婚は別だと言ってるのは、女だけの話ではないから!オマエは恋愛すると楽しいけど、結婚は違うって散々だったんだから!」



え、そうなの!?

美人でスタイル良くて性格も良い佐和子サワコがなんで独身なんだろ?と不思議だったけど、そんな理由もあるのか…。

全く男の人ってわからない、華やかさにかける地味な女には目もかけないくせに、かといって佐和子サワコみたく完璧なタイプだと引く。

普通が良いのかもしれないけど、その普通がよくわからなくて難しい。



「まーな、あんま目立つ女を嫁にしたくないってヤツもいるからなぁ。フツーがいいって意見多いかもな」



太田原オオタワラ、ちょうど私が思っていたことを発言する。



「なによそれー!」



これまた佐和子サワコが私が心の中で思っていたことを言ってくれる。



「オンナだって同じだろ?ブサイクすぎはイヤなクセに、イケメンすぎても引くだろ?あ、佐和子アンタは違うか」



言われてみれば!

私はそんなメンクイなほうではないものの、あまりにもキモすぎる男の人はいやだ。

自分が望んでいるのは『普通の人』だ…。



「ちょっ、人のこと面食いみたいに言わないでよ!」



佐和子サワコやや怒ってるけど、実際に過去にイケメンJリーガーと婚約していたし、過去の他の元カレ画像みたことあるけど、それなりだった気がする。



「ま、地味好きなやつ探してみるよ」



あれれ、なんだかこの話流れそう?

ちょっと残念…。

ここで太田原オオタワラが目の前でスマホいじり、どこかへ電話をかけた。



「あ、もしもし?今大丈夫?…オレ?ああ、おかげさまで元気だよ〜?」



店内で通話するとは。

チラとマスターのほうを見るも、全く気にしてないようだった。



「オマエさ〜、昔から地味なオンナがタイプだったよな?今も変わってねーの?」



なっ!

もう連絡してるのか!?

あまりのフットワークの軽さに驚いてしまう。



「うわー、ビックリだね、言った先から連絡してるし」



佐和子サワコも呆れながらも驚いている。



「そうだね…さすが営業マンなのかな」



腰が重くなかなか行動できない私にはうらやましい話だけど、なんだか疲れそうな気もする。



「オッケーだって、いつにする?」



通話を終えた太田原オオタワラ、ちょっと待って!と言いたくなる。



「早っ!」



佐和子サワコは目を丸くする。



「ああ、もし宮坂ミヤサカちゃん一人でキンチョーすんなら、清川キヨカワのねーさんもついてきていいよ?アンタあいつのタイプじゃないし」



「ちょっと!さっきから微妙に失礼だよね?」



佐和子サワコはそう言って太田原オオタワラを小突いた、怒るのも無理ないと思う。



「ははは、わりィ、わりィ、いやさ、もともと宮坂ミヤサカちゃんが心配だからついてくって言ってたじゃん」



「そりゃあそうだけど、なんかあなたの物言いって、カンにさわるのよねー」



その後ぐだぐだと二人は言い合いしていたけど、こうして太田原オオタワラから紹介をされることになったのだった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る