第21話 婚活やめたくなってきた!?

一夜明けた。

生理2日目、正直しんどい。

下腹部の痛みは鎮痛剤を飲めばなんとかなるけれど、強烈な眠気にダルさはどうしようもなかった。

今日は早番、生理期間中は遅番のほうが楽なんだけど、パート勤務の私は繁忙期以外は基本的に早番だった。



——行きたくないなぁ——



一応生理休暇というものはあるけれど、突然休むのは気がひける。

思い返せば白間シロマ百合江ユリエがしょっちゅう突然休んでいて、彼女が穴を開けた業務がこちらに回ってきて大変な思いをしたことが何度もあったので、なんとなく休みにくくなってしまったのもある。


重い足取りで職場へと向かう。

今日は荷物があったので更衣室へ入った。



「おはよう」



インフォメーションの制服を着た三笠ミカサ真紀子マキコだった。

ネイビーとホワイトのバイカラーの制服が、スラリと背の高い彼女によく似合っていた。



「おはようございます」



私のロッカーは、三笠ミカサ真紀子マキコの隣にあった。



「顔色悪いけど、大丈夫?生休せいきゅう取れば良かったのに」



生休せいきゅうとは、生理休暇のことだ。



「なんか突然って休みにくくて…」



私はロッカーを開け、荷物を置きながら受け答えをする。



「まあね、白間シロマがしょっちゅうやらかしてくれてたから、ウチら大変だったもんね」



つい最近まで事務職だった三笠ミカサ真紀子マキコ白間シロマ百合江ユリエが休むたびにブチ切れていたことを思い出した。



「でもあれはね、日頃から色々やらかしてくれてたから、積もり積もった結果なのよね。あのコの生理周期あんまり短いもんだから、ズル休みってウワサあったし、実際サボって遊んでるとこ見た人いたし。ミドリちゃんは普段ちゃんと仕事してくれてるから、突然休んでも大丈夫だったのに」



そうは言われても、何だか休みづらい。



「パートさんもリモートワークできたら良かったのにね」



本当にそう思う。



「あんまりムリしないでね、いざとなれば早退できるから…あ、いけない、そろそろインフォメのミーティングだわ!じゃあね!」



三笠ミカサ真紀子マキコはそう言って颯爽と去っていった。



——なんか要領よく生きてこれた人ってかんじでいいなぁ——



彼女が言うように、たとえ私が普段きちんと仕事こなして突然休むのも大丈夫と太鼓判押されても、なかなか実行はできない。

本当は迷惑かけるんじゃないか?とか、色々考えてしまう。

子供のころから近しい人には「考えすぎ」って言われ続けてきた、その結果なにも行動ができないと…。

それが自分が結婚できない要因な気がし、なんだか朝から落ち込んでしまう。


のろのろと更衣室を出て事務所へと入る。



「おはようございます」



いつものように挨拶とともに事務所へ入ると、井澤イザワ部長がつかつかと歩み寄ってきた。



宮坂ミヤサカさん、ちょっと…」



クレヨンしんちゃんのお父さんみたいな人のよさそうな風貌の部長が深刻な顔つきなので、ビビる。

元カレ絡みでなにかえらいこと起きたのかと瞬時に悟った。

部長のデスクへと向かう。

気のせいかもしれないけれど、周りからの視線が痛い気がした。



「朝礼前にこんなこと訊くのはなんだけど、君は婚約者がいながら社内の男と二股をかけてるって、本当なのか?」



あまりのことに、「へっ?!」へんな声が出てしまった、最近こんなんばっか…。



「あ、それ、ウソっす」



ここで太田原オオタワラが口を挟んできた。

狭い事務所内、小声で話しても聞こえてしまうことがある。

ましてや井澤イザワ部長は地声が大きいほうで、内容は筒抜けだ。



宮坂ミヤサカさん元カレに突然ストーカーされ困ってたんで、オレがとっさに彼氏のフリして助けたんです」



動揺して瞬時に説明できなかった私のかわりに太田原オオタワラが伝えてくれ、少しホッとした。

自分みたいな地味な女が元カレにストーカーされ困ってるんです…って、なんか言いづらかったから。



「なんだ、佐和子サワコの次は宮坂ミヤサカさんかいな」



井澤イザワ部長は彼の奥さんを通して佐和子サワコとは旧知の仲らしく、時々ポロっと呼び捨てになる。



「あの、なにかあったのでしょうか?」



私はやっと口を開き、恐る恐る訊いてみる。



「朝イチ出社したら、エントランスにこんなの貼られていた」



社員は基本、出社時間がビルがオープンする一時間前と早めだ。

井澤イザワ部長から一枚の模造紙を見せられる、そこには赤いマジックでこんなことが書かれていた。



宮坂ミドリは婚約者がいながら社内の男とフタマタかけるビッチ女!!



元カレの仕業なのは一目瞭然、執着するわりに元カノの私の名前を漢字で書けない、呆れてなにも言えない。



「なにこれ…」



思わずつぶやいてしまう、事実無根な誹謗中傷だ。



「つかぬこと訊くが、何か相手を煽るようなことでもしたのか?」



いや、とんでもない!

私は軽くこれまでの経緯を話した、

別れたのはもうだいぶ前で相手は他の女性と結婚してること、白間シロマ百合江ユリエの動画がきっかけで特定され、突然つきまとわれたこと、などなど…。



「マジか、白間シロマがやらかしてくれたことが、こんな影響あるとは…」



部長は頭を抱え込む、つい先頃はその影響で佐和子サワコ沼津ヌマヅ氏に付きまとわれたばかりで、まだ解決していないからムリもない。



「もう、このまま緊急ミーティングだ!誰か、インフォメの連中をここへ呼ぶように!」



朝のミーティングは、事務職と電話オペレーターは合同だけど、インフォメーションは別個だった。

それが緊急に招集され合同でのミーティングは異例で、それが自分も原因になっているというのがたまらなくイヤだった、こんなことで目立ちたくないのに!

ここで佐和子サワコの姿がないことに気がつく、そうか、今日は公休日だった!

自分一人が目立ってしまうようで、なんだか心細かった。

ここで小畑オバタ一美カズミがそっと私の隣へ来てくれた、女子会メンバーのリーダー的存在の彼女が近くにいると何だか安心だ。



「大丈夫?」



このひとことに緊張感が少しゆるんだ気がした。



「はい」



人ってなんで他人から大丈夫か訊かれたら、大丈夫じゃなくても大丈夫と答えてしまうんだろう?長年の疑問だ。


ほどなくして本日のインフォメーション嬢3名がやってきた、その中には三笠ミカサ真紀子マキコもいた。



「え〜、全員そろったとこで緊急ミーティングをはじめたいと思います」



その場に緊張が走る。



「一昨日お伝えしましたように、退職した白間シロマさんが清川キヨカワさんと宮坂ミヤサカさんを中傷するような動画をアップし、その影響が出始めました」



本当に迷惑な話だ。



「それがきっかけで、二人に対する付きまといや嫌がらせが発生しています」



視線が一気にこちらに向けられたような気がし、緊張でクラクラしそう…。

ただでさえ体調よくないのに、ますます気分悪くなる気がした。



「今後もし両者を訪ねてくる不審な男や、誹謗中傷するような電話やメールに貼り紙を見つけた場合は、ただちに報告してください」



注目をされるのが苦手で日頃おとなしくすごしているのに、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだろう…。

本当に泣きたくなる。



「とくにインフォメーションの皆さん、不審な男が現れおかしなことやらかしそうであれば、ただちに通報するように」



えええっ、通報!?

なんだか大ごとになってきた!

元カレは臆病な人だから大それたことはしないと思うけど、現に模造紙に意味不明なこと書いて貼り紙したあたりがもうヤバいのかもしれない。



宮坂ミヤサカ、いざとなったらオレが守るから」



ここでふいに後ろから太田原オオタワラに肩をポンと叩かれる。



「や、大丈夫です」



そう返すのがやっと。

ふと三笠ミカサ真紀子マキコが視界に入った、驚いたような表情でこちらを見ていた。

私は無言で首を横に振ったけど、ビルのオープン時間が迫っていたため、程なくして三笠ミカサ真紀子マキコは事務所を出て行ってしまった。



午前中の業務は大変だった。

お客様からのお問い合わせメールに私を中傷するような内容のものが何通か届いていて、血の気が引く思いをした、もちろん元カレの仕業だ。



——ここまでバカな人だったなんて…——



こんな男と深い関係にまでなっていたなんて、過去を打ち消したくなる。


気がついたらあっという間にお昼休憩の時間になり、私はヘロヘロになりながら食堂へと向かった。



「あら?今から休憩?」



何気なくついた座席の隣に三笠ミカサ真紀子マキコがいた。



「はい…」



返答するのがやっと。



「ねぇ、訊きたいことがあるんだけど」



三笠ミカサ真紀子マキコはそう言って私に近寄ってきた。



「もしかして太田原オオタワラとつき合っていたりするの?」



やはり訊かれたか…。



「いいえ、まさか」



私は一昨日起きた出来事をかいつまんで話した。

その流れで、喫茶店で聞かされた話をしようかどうか迷っていると、



「実はね、私、太田原オオタワラとつき合おうかと思っているの」



先に彼女のほうから打ち明けられた。



「あら、あまり驚かないのね」



ここで私はやっと太田原オオタワラに打ち明けられたことを伝えた。



「はい、もう太田原オオタワラから聞いてます、彼は三笠ミカサさんに片思いしていると、相談されました」



三笠ミカサ真紀子マキコはため息をついた。



「片思いねぇ…聞いていると思うけどね、私ダンナとはずーっとうまくいってなかったのよね」



隠し事をしなさそうなイメージがあったけど、

さすがに女子会では話せなかったのかな?



「モラハラな男でさぁ、DVはないもののずっと人格否定され続けてきたの…あ、ごめんね、お弁当食べながら聞いててね」



食欲がないからうっかりしていたけれど今はお昼休憩だった、一応鎮痛剤を飲みたいので食べることにした。



「コロナ前はさ、女子会終わったらすぐ帰らないで一人で飲むこと多かったのよ。小畑オバタ先輩はなんだかんだ一番下の子供が当時小学生だったし、過去にDV受けた佐和子サワコからすりゃ、私の抱える悩みなんて比べものにならないだろうし、あなたはあなたでそういうディープな話聞かせらんないって思って、一人飲みしてたのよ」



まぁ、確かに私はボンヤリな非リアだから、

そういった相談はできないだろうな…。

耳を傾けることしかできない。



「いつだったか赤ちょうちんで飲んでたらさ、いたのよ太田原オオタワラが。もちろん最初は自分が抱える悩みなんて話すわけなかったんだけどね、女子会終わって一人飲みするたんびにヤツと鉢合わせになること増えて、油断して飲みすぎちゃった日があったのよ」



三笠ミカサ真紀子マキコは、女子会メンバーの中で一番お酒が強かった。



「そんなときに限ってさ、私泥酔しちゃったのよ…気がついたらラブホにいてさ、なんかヤバそーな雰囲気になっちゃったもんだから、私まだ酔いがさめてないフリして、枕投げてごまかしたのよね」



なんとなく、枕を投げる三笠ミカサ真紀子マキコが想像できる気がした。

すらりとした美人だけれど、ちょっとはっちゃけたところがあるから…。



「それ以来気まずくなって、私赤ちょうちんの店へは行かなくなったんだけどさ、別の店で飲んでたらまた遭遇しちゃったのよ。で、私もよせばいいのにさ、溜まっていた不満を太田原オオタワラにバーっとぶちまけて、大泣きしちゃったの。それからかな、なんか微妙な関係になっちゃったの」



微妙な関係って、どんなだろう?

そうは思っても訊けない。



「コロナ禍でしばらく出社しなかった時期があったから、距離できて忘れられると思ったんだけどね」



浮いた話があるところにはなぜ集中するのだろう?とずっと不思議だったけど、やはり行動力なんだと思い知らされる。

それにしても、結婚相手がDVやモラハラって、絶対当たりたくないよな…。



「あの…、そういうのって、結婚前にわからないものなんですか?」



思い切って訊いてみる。



「ん〜、そうね〜、ダンナはさ、交際期間中は口が悪いだけで本当は優しい人だと思い込んじゃったのよね、同棲してから結婚すべきだったわ」



同棲…。

若いうちなら結婚前提の同棲はアリかもしれないけれど、アラフォーだと時間がないって思ってしまい、今の私にはできないだろうな…。

そういえば私だって、そもそも元カレがあんなヘンタイだって知ってたら、つき合わなかった。

大きな問題のない人と恋愛や結婚ができるのって、奇跡に近いのかもしれない。



「ごめんね、私ばっか話して。元カレのことで何かあれば相談してね」



「ありがとう」



程なくしてお昼休憩の終わった三笠ミカサ真紀子マキコは、現場へと戻って行き、

お昼ご飯を食べ終えた私は鎮痛剤を飲んでから歯磨きをするため洗面所へと向かった。


残りの休憩時間は寝ようと思ったのだけど、

あれこれ気になり眠れそうにない。



——私にはやっぱり恋愛ムリだなぁ…つき合う前にイヤな人かどうか見抜ける自信ないし——



心底そう感じた。

そこそこ気が合う人と意気投合し、穏やかに暮らせたらいいのだけど…。



もう婚活をやめたくなってきてしまった。























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