第15話 ストーカー予備軍!?美人はつらいよ

今日は早番だったので4時あがり、バレンタインデーということもあり、佐和子サワコの好きなブランドのチョコレートを手土産に、彼女の住むマンションへと足を運ぶ。



タワマンではないけれど、ヴィンテージ感漂う素敵なマンション、最寄り駅が都内のオシャレな街として有名なとこにあるから、お高いんだろうな…。

実家がお金持ちで、佐和子サワコ自身がモデル時代に稼いだお金と元婚約者とその浮気相手からの慰謝料で買えたというのが、何だか凄みを感じる。

改めて住む世界がちがう人と仲良くなれた自分に驚いてしまう。



佐和子サワコの住むマンションは築年数がかなり経っていたけど、数十年前は高級マンションとして有名だったとか。

なんとなく気後れしつつ、佐和子サワコの部屋番号を押して呼び鈴を鳴らす。



『はあい』



明るく澄んだ声とともに自動ドアが開く。

エントランスには背の高い観葉植物が飾られ、ホテルのロビーのようだ。

佐和子サワコの部屋は5階にあったので、迷わずエレベーターに乗り込む。

目的のフロアーに降り立ち、佐和子サワコの部屋番号を探す。

インターフォンを鳴らすとすぐにドアが開いた。



「いらっしゃい」



今日の佐和子サワコは白いプリーツの不織布マスクをつけていてメイクはかなり薄めのナチュラル、髪の毛はざっとひとつにまとめていた。

上下ベルベット風素材のオシャレな部屋着で、上が薄いグレイッシュなピンクで下が濃いめのグレー。

こういった部屋着は普通ダサくなりがちなのに、佐和子サワコが着るととてもオシャレに見えた。



「お邪魔します」



ショートブーツを脱いで部屋へあがる。

勧められるままモコモコしたネイビーの客用スリッパを履く。

洗面所で手洗いとうがいを済ませ、リビングに入ってから手土産のチョコレートを渡した。



「あの、これ…」



品のあるゴールドの紙袋をおずおずと手渡す。

私ってば、なんでバレンタインデーに片思いの相手に渡すようなノリなんだろ?…って、今までそんな経験ないんだけど、このモジモジしてしまう性格をなんとかしたい…。



「わあ、ありがとう♪私の大好きなブランドのチョコ〜!」



佐和子サワコは嬉しそうに受け取る、その笑顔のかわいらしいこと!

私も彼女のようにストレートに物事表現できたら良かったのになぁ…。



「あ、私からもバレンタインのプレゼントがあるんだ〜、今コーヒー出すね」



「お構いなく」



待っている間、スマホがブルブルと震えた。

イヤな予感がして確認すると、やっぱり元カレからのメッセージだった。



――やめてよ、もう!――



読まずに削除すりゃいーのに、ついメッセンジャーを開いてしまう。



『あれ?なんで返事くれないかな?俺が結婚してんの怒っちゃった?』



いや、結婚してることそのものより、結婚してるのに元カノである私に連絡してきてんのが問題なんだけど?

なんだかアタマが痛くなってきたので、そっとメッセンジャーを閉じた。


「お待たせ〜」



タイミングよく佐和子サワコがトレイを手に戻ってきた、お待たせと言われるほど待った感はない。

気づけば部屋中コーヒーの良い香りが漂っていた。



「これ、私からのバレンタイン。手作りでごめんね」



コーヒーとともに出されたのは、ナッツの入ったチョコレートのケーキ。

木のお皿に英字のペーパーナプキンがセンス良く敷かれ、その上に細長くカットされたケーキが3つ程ちょこんと乗っかってた。

手作りでごめんねだなんて…。

改めて佐和子サワコの女子力の高さに感心してしまう。



「久々にブラウニー焼いたの」



ブラウニーなのか、ガトーショコラだと思ってた、いまいち区別がつかない。



「いただきます」



私はマスクを外し、まずコーヒーを頂いてからブラウニーを口へ運んだ。


美味しい!



「すごく美味しい!プロ並みじゃない?」



私はスイーツが大好き、佐和子サワコお手製のブラウニーはお世辞じゃなく本当に出来が良く、店が出せそうだと思ったほどだ。



「ありがとう、レシピ通りにつくったから、美味しくできたの」



佐和子サワコはスイーツに限らず料理が上手になんだが、褒めると必ず返ってくるコトバが「レシピ通り」、でもレシピ通りでもうまくできない人が大半なのにな…。

手作りブラウニーがあまりにも美味しくてがっついていると、コーヒーを飲んでいた佐和子サワコが口を開いた。



「あのね、そのまま食べていていいから、話訊いてね」



来た!

きっと沼津ヌマヅ氏のことなんだろうな、私は口をモゴモゴさせながら、「ん…」と答える。



「単刀直入に質問するけど、沼津ヌマヅさんのこと、どう?気に入ってたりする?」



やっぱりね。

私はブラウニーを飲み込み、コーヒーをひとくち飲んでから答えた。



「あんまりピンと来なかったかな」



彼の失礼な発言についてはとりあえず言うのをやめた、もしかしたら佐和子サワコが気に入ってしまったかもしれないから…。

佐和子サワコはホッとしたような表情を見せ、「良かった」とつぶやいた。

え、もしかして、ホントに気に入っちゃった!?

それならしょうがない、あんまり関心できないとこもあるけれど、祝福するかな…と思っていたら、



ミドリが気に入ってなくて良かったよ、あれは最悪だわ」



と、吐き捨てるように発言。



「…なんかあったの?」



やっぱり何かしらあったのだろうな。

それにしても、沼津ヌマヅ氏はどうやって佐和子サワコの連絡先を知ったのだろう?

受け付けの栗木クリキカエデも、訊ねてきた沼津ヌマヅ氏に教えてないと言ってたし…。



「まぁ、ひとことで言えば、ちょっとヤバめな人なんだよね。私のインスタ特定されちゃって、いきなりメッセンジャーきたの」



「ええっ!?」



私はビックリした、佐和子サワコがインスタントグラムを活用しているのは知っていたけど、非公開じゃなかったっけ?



「私バカだからさぁ、全体公開しちゃってたんだよね〜。顔出ししてないし、アカウント名も私だと想像できないもの選んだつもりだったし」



佐和子サワコはインスタばれか…。

なんかSNS怖い。



「単に挨拶とかだけなら良かったんだけどさー、いきなりプロポーズされたからビックリしちゃったのよ」



「はぁ?マジで!?」



アラフォーにもなって『マジ』ってコトバは使わないようにしていたのだけど、あまりのことに思わず口をついて出てしまった。

予想をはるかに上回っていた…。



「いきなりずっと好きでした、結婚してください、なんてメッセージ送ってくるんだもん、ビックリしちゃったわ。実際に会ってまだ2回なのに」



これまたすごいな、モデル時代からファンだったとはいえ、知り合いになって交際もしていないのにプロポーズなんてするかな?



「どうやってインスタ特定できたのかなぁ?」



素朴な疑問だ。

私のフェイスブックみたく顔出し&実名じゃないのに、どうやってわかったんだろう?



「それがさぁ、白間シロマ百合江ユリエの動画のせいみたい」



ここでまた白間シロマ百合江ユリエが絡むとは!

思わずコーヒーを吹きそうになる。

私のフェイスブックが元カレにバレたのも、彼女が作成したろくでもない動画がきっかけだったりする。



「コロナ前の最後の女子会をインスタにあげてたんだよね、ウチらが映ったのはアップしてないんだけど、手元がバッチリ映っちゃってたんだよね〜!白間シロマの動画と同じ服だったから、わかったんだって。おまけに私、ご丁寧に店の名前までハッシュタグつけちゃってたし…」



「なにそれ、ヤバっ!」



またアラフォーになってから使わないように気をつけていたセリフを吐いてしまった、あの動画がここまで影響与えるなんて…。




「即ブロックしてメッセンジャーはスルーしたんだけどね、さっき職場から連絡あったの」



あ、もしかしてもう受け付けにやって来たこと知ったのかな?



「私しばらく受け付けやらないことになっちゃった」



「ええっ!?」



なんかさっきから衝撃的な話ばかり聞かされている。



「代わりに三笠ミカサさんが受け付けに入って、私が彼女の業務を引き受けることになったの」



これは驚きの展開!

三笠ミカサ真紀子マキコは女子会メンバーで現在43歳、佐和子サワコが存在してることで目立たなくなってしまってはいるが、なかなかの美魔女だ。



三笠ミカサさんの業務って、電話オペレーターだっけ?」



「うん、そう…」



「って、彼女受け付けできるの?」



インフォメーションの受け付け業務はある程度の研修期間が必要で、誰もができるものではないような…?



「ああ、それね、実は三笠ミカサさん、私が入社する前までは受け付けだったんだよね」



それは初耳!



「え、そうなんだ〜!」



「彼女もストーカー被害に遭って急遽受け付け業務をやめたの、私はいわば後釜なんだよね」



知らなかった…。

三笠ミカサさんは背がスラリと高くほっそりとした美人でモデル顔負けのスペック、髪をボブにし服装もマニッシュ系で地味めに決めてはいるけれど、きっと受け付け業務の制服を着れば映えるタイプだと思う。

既婚者だけど、ストーカーされるのもムリはないなと思った。



「過去にストーカーされてたんなら、またその人が現れたらどうすんの?」



受け付け業務を経験者と交代するのはいいアイデアと思ったけど、過去にストーカー被害に遭ってるなら意味がないような…。



「私もそう思ったんだけどね、なんか彼女をストーカーした男って別の事件で逮捕されていて、今出られないんだって」



これまたスゴい話!



「マジで!?一体何やらかしたの?!」



また『マジ』というセリフが口をついで出てしまった。



「渋谷だか新宿だかで通り魔事件起こしたんだって。三笠ミカサさんと接触できなくなって、ムシャクシャしていたんだって。被害者は見ず知らずの他人一人で、そんなに大々的に報道されなかったみたいだけど…」



「怖っっ!!」



三笠ミカサさん、そんなハードな体験していたとは!

なんだかますます人が怖くなり、婚活やめたくなってきた…。



「なんかさ、イヤんなるよね。ターニャんとこへも私の住所教えろって、しつこかったみたいだし…」



沼津ヌマヅ氏がそんなタイプだったなんて、キツいな〜!

まるでストーカー予備軍だ。



「そんな人に見えなかったのにね」



「うん、本当に色々と衝撃的すぎて疲れちゃったわ」



そりゃあそうだろうな、婚活ドライブでペアになった男に拉致られるし、思ってもいなかった人物からしつこくはされるし…。

佐和子サワコと言い三笠ミカサさんと言い、美人はタイヘンだ。



「ところで私に訊いてもらいたい話あるって、なぁに?」



そういえば私も元カレが意味不明に接触してきたんだった…。

元カレとの間に起きたことを他人ひとに話すのは初めて、長年恥ずかしくて言えなかったことをついに打ち明けるのって、なんだか高いとこから飛び降りるような気持ちに近いのかもしれない。
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る