第14話 一難去ってまた一難

嵐のような婚活ドライブの翌日は月曜日でもちろん仕事、よく眠れなかったのもあって行きたくなかった。

佐和子サワコにどんな顔して会えばいいんだろう?

きっと沼津ヌマヅ氏はアクション起こしているにちがいない。

別に彼を好きなわけじゃない、ちょっと好感を持ちかけただけ。

そんな人が自分の友達を好きなのはしかたのないことだけど、なんとなく佐和子サワコと顔を合わせたくなかった。



――ああ、そういうことか――



急に腑に落ちた気がしたのは、佐和子サワコが学生時代に恋愛沙汰が絡むと、クラスの女子のほとんどに嫌われてしまう…と、いつかボヤいたことを思い出したからだった。

もちろん自分は佐和子サワコのこと嫌いになっていない、むしろ大切な友人だ。

もし私がもっと沼津ヌマヅ氏を気に入っていれば、

どうだったかな?

嫌いになっていた?

いや、最後にあんな発言するような人自分は好きになれないから…と色々ゴチャゴチャ考えていたら、今日 佐和子サワコが公休だということを思い出した。



――良かった――



なぜだかホッとしている自分がいた。

複雑な感情をいだいているうちは何だか顔を合わせたくない、一旦このことを隅に追いやり仕事に集中しなくちゃ…。

デスクに向かって淡々と作業をこなした。




昼休み。

私が働いているところは商業ビルなので、皆が一斉に同じ時間に休憩が取れない。

先に休憩に入った先輩が戻ったのを確認してから入れ替わるように席を立ち、食堂へと向かった。

食堂と言ってもそこには売店はなく、長テーブルとイスが並んで大型テレビが置いてあるだけの休憩所で、各々がお弁当やら店のまかない(このビルには飲食店も入ってる)を持ち込んでいた。

私は自分で作ったお弁当を広げ、黙々と食べていた。

昨日のこともあって何だか食欲とやる気がわかなくて、おにぎり2個だけだった。



「も〜、やんなっちゃったわー!」



隣のテーブルから若い女性の声。

何気なく声の主を確認すると、インフォメーションの栗木楓クリキカエデだった。



「おつかれ〜、なんかあった?」



栗木楓クリキカエデと一緒にいるのは、ビル内のイタリアンレストランでアルバイトをしている若い女性(名前知らない)

同じビル内の他業種同士が仲良くなることは、珍しくなかった(私にはムリだけど)



「それがさぁ、聞いてよー!佐和子サワコセンパイ目当てにヘンな男が来たのよー!」



私は『佐和子サワコ』というワードにピクリと反応し、耳がダンボになった。




「えっ、またぁ?」



佐和子サワコはかつて某女性雑誌の読者モデルだったのだけど、元Jリーガーとの婚約・破局騒動で、一躍有名人になっていた。

その時より10年以上は経っていたけれど、覚えている人は覚えているらしく、時々彼女を追いかけるファンがやって来るって聞いたことがある(そもそも何で佐和子サワコを受け付けにしたのか、その前になぜここで働いてるんだろう?と、色々不思議)

いつものようにファンが来た話かと思っていたら、栗木楓クリキカエデの次のセリフに驚かされることになる。



「なんかさぁ〜、背が高くヌボーっとしたヤツだったんだけどさぁ、最初オドオドしていたんだけどねー」



『背が高くヌボー』って、まさか沼津ヌマヅ氏!?

栗木楓クリキカエデはさらに言葉を続けた。



清川佐和子キヨカワサワコさんいらっしゃいますかって訊いてくるから、今日は非番だって教えてやったんだよね。そしたらさー、彼女の連絡先を教えてくれって言ってきたんだよね〜」



「マジ!?それってヤバくなーい?」



なんと、佐和子サワコの連絡先を訊いてきたとは!

ここで私は気づいた、沼津ヌマヅ氏はまだ佐和子サワコに対し何もしていないと。

これは先に知らせたほうがいいのかな?考える。



「プライバシーに関わることだしさー、教えらんないって言ってんのにさ、しつこかったんだよねー」



「なにそれ、怖いね!」



どうしようかな…。気をつけたほうがいいよと伝えようかと思ったけど、もしかしたら佐和子サワコが彼を気に入ることも有り得る…。

でも、正直とはいえあんな発言する人なんて、オススメできないよね?…とか色々ゴチャゴチャ考えていたら、どうすれば良いのかわからなくなってしまった。



――とりあえず佐和子サワコのヒザのケガの具合を訊いてみてから考えよう――



そう思ってスマホを取り出したら、なにやら通知がきていた。

それは、登録したままほぼ放置状態のフェイスブックのメッセンジャーからだった。



――珍しいな、誰だろう?まさか…――



実名で登録し遠目の横向きとはいえ顔写真つきで掲載していたため、カンタンに特定できる状態だ。

もしかしたら沼津ヌマヅ氏が私を見つけ、佐和子サワコの連絡先を訊いてくるんじゃないか?とメッセンジャーを開いてみたら、思わぬ人物からのものでスマホを落としそうになる。



――えっっ、やだ!!!――



泉原イズミハラ範明ノリアキ…。

それは初めてできた彼氏…自分の人生でたった一度だけ交際したことのある男の名前だった。

それなりに好きでつき合っていたけれど、別れにつながった“忌まわしいとある出来事”で、

自分の中では打ち消したい存在だった。



――今さら何の用?――



メッセンジャーを読まずに削除することもできたのに、なぜかクリックしてしまう。



『久しぶりだな、元気にしてるかな?』



メッセージはいくつにもわかれていた、読まなきゃいいのに、何だか読んでしまった…。



『動画で君がまだ独身だということを知って嬉しかったよ、やっぱ俺と結ばれる運命なんだね』



えっ、動画!?もしかして、白間シロマ百合江ユリエが作成したものか?




『君が元モデルと一緒にデパガやってるなんて知らなかったよ、人見知り激しいのに、大丈夫かい?』



デパガって……なんかカンちがいしてる?




『それにしても君がそんなに年を取っていないようで安心したよ。君は理想に近い存在だよ』



うわっ、まだそんなこと言うんだ、キモっ!!!!!

おかげでイヤ〜なこと思い出しちゃった…。

続けて次の文章を読んだ私は絶句した。




『オトコ漁りしてるんだって?あのとき君が俺の提案受け入れてくれてたら、今頃そんなことしなくてすんだのにね』



オトコ漁りだって!?ジョーダンじゃないわっっっ!!!

やはり白間シロマ百合江ユリエの作成したロクでもない動画鵜呑みにしたんだと、衝撃を受けた。


それにしても…。

あのときの提案を話題にするなんて、思い出すだけでおぞましいのに…。

ムカムカしてきた。


私は昔から背が低く童顔でメイクらしいメイクをほとんどしてこなかったため、幼く見られてしまうことが多かった。

加えて人見知りが激しくドンくさい性格のため、なかなか彼氏という存在ができなかった。



――自分が短大を卒業してからパン工場でやっとアルバイトとして採用されたのって、いつだっけ?――



要領悪いのもあるが、就職氷河期世代ゆえ就活は苦しいものがあり、何年もかかったっけ…。

正社員でダメなら派遣、派遣でダメならパート…と、どんどんレベルを落としていった挙げ句がパンの製造工場でのアルバイトだった。

ここで私は恐ろしいことに気がつく、ついこないだと思っていたのに、もう15年は経っていたなんて!

年を重ねると時の流れを早く感じるとは耳にしていたけれど、こうも身につまされたのは初めてだ。


それにしても…。

15年経ってお互いまだ独身とは、なんて進歩ないのだろう…そう思って何気なく元カレのプロフィールを見てしまった。



――えっ、既婚!?なに考えてんのよ!――



一瞬訳がわからなかった、結婚してるのに元カノに連絡してきて俺と結ばれる運命って、何?

それともまだ独身の私を嘲笑うためにメッセージ寄越したの?

どちらにしても腹が立ってきたので、速攻でブロックしようとしたら佐和子サワコからLINEがきた。



『昨日は心配かけてごめんね』



私ったら、真っ先に佐和子サワコのケガの心配しなきゃならなかったのに、なにやってんだろう…即返信する。



『ヒザは大丈夫なの?』



すぐに既読がついて返信がきた。



『大丈夫、ちょっとすりむいていただけ』




たいしたことのないよう書かれているけど、

本当は痛いんだろうな…。



『ムリはしないでね』



『ありがとう』



続けてかわいいThankyouスタンプが送られてくる。

そろそろ休憩時間も終わるなぁと席を立とうとしたら、また佐和子サワコからのメッセージ。



『今日仕事終わってから何か予定ある?良かったらうちへ来ない?話したいことあるんだ』



ああ、きっと沼津ヌマヅ氏のことだろうな、元カレの意味不明なメッセンジャーですっかり忘れていた。



『いいよ、私も聞いてもらいたい話があるから』



元カレとの間に起きたことは、恥ずかしくて誰にも言えなかった。

けれどもなぜだか無性に誰かに聞いてもらいたい…。

先程まで佐和子サワコと顔を合わせるのを気まずく感じていたこと、すっかり忘れていた。

















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