第13話 これって失恋!?

婚活ドライブは散々だった。


雨がひどくなって、お昼休憩として入ったサービスエリアで中止が決定。

帰ることになったのだけど、佐和子サワコがペアになった男・小柴コシバ氏に連れ去られてしまい、無理矢理ラブホに連れ込まれそうになっていた。

私はその日ペアになった沼津ヌマヅ氏の車に乗って駆けつけた。

沼津ヌマヅ氏が小柴コシバ氏を押さえつけてもまだ暴れ佐和子サワコに近づこうとするので、思わずカバンで殴ってしまった。

自分でもあんなに怖そうな人に立ち向かうなんてビックリした。

後からタチアナ先生と山本ヤマモト氏が駆けつけたけど、事態はなかなか収束しなくて…。

最後にやってきた婚活ドライブイベントのメンバーのカップルの男性に何やら説得され、ようやく収まった。



「いいですか?あなたのしていることは、あなた自身をも傷つけるんですよ?」



細い目が印象的な穏やかそうなオジサマといったイメージのこの男性は、スピリチュアルカウンセラーとかよくわからない職業だと後から佐和子サワコから訊いたのだけど、このときは『この人スゴい』と、素直にソンケーした。

とても穏やかな声質で、はじめのうちは「うるせー!オメーにはカンケーねーだろ!?」と、がなっていた小柴コシバ氏も次第におとなしくなっていき、しまいには首をうなだれていた。

説得内容は小柴コシバ氏を責めるようなものでなく、今の行為がいかに不毛で今後不利になってくか、言葉巧みに語りかけていた。

後から思い返すとたいした内容ではない気がしたけれど、この男性の心地よく低い穏やかな声は聴く者を安心させる不思議なチカラを持っているような気がした。



「悪かったよ」



あれほど暴れ、今にも凶器のひとつでも振り回しそうな勢いだった小柴コシバ氏が、おとなしくなっただけでなく謝ったので、心底驚いた。


幸い(?)誰も警察に通報しなかったためこれ以上 大事おおごとにならずに済み、小柴コシバ氏が何事もなかったかのようにさっさと車の爆音を立てながら去ってからは、皆で帰路につくことになった。



「皆さんゴメンナサイ、こんなことになって…あの人、今日がはじめての参加者で、こんな人とは知らなかったです…サワコさん、ダイジョウブですか〜?」


タチアナさん、主催者ゆえ責任感じているようだけど、こんなことになって気の毒だ。



「気にしないでターニャ、私大丈夫だから、ケガもしてないし…」


佐和子サワコはそう言ってるけれど、

履いていたセンタープレスのピンクベージュのズボンのヒザ辺りが汚れてしまっていた。

ズボンに隠れて見えないけれど、もしかしたらヒザをケガしているかもしれなかった。



佐和子サワコ、ヒザ…大丈夫なの?」



私のこのひとことで、初めて佐和子サワコは自分のケガに気づく。



「あらやだ、そういえばヒザが痛むわ、今頃気づくなんて…」



そう言ってズボンのヒザ部分をさわる。



「お気に入りだったのに」



え、気にするのはそこ!?

そう思ったけれど、ツッコまずにいた(ていうか、私自身元々ツッコむタイプじゃない)




「僕の車で送りましょうか?」



ここで突如、沼津ヌマヅ氏が申し出た、このときは『なんて優しい人なんだろう』と、彼に対する株が上がったのだけれど…。



「あ、大丈夫です、ターニャに送ってもらうことになってて、話したいこともあるので」



佐和子サワコはそう言って美しい笑顔を沼津ヌマヅ氏に向けた。



「みなさーん、今日はたいへんもうしわけありませんでしたー、こんなところですが、今日はココで解散しましょーう!」



ここでタチアナさんが声を張り上げる。

言われてみればラブホの駐車場で解散とはヘンなかんじだ。


私は当たり前のように沼津ヌマヅ氏の車へと向かったが、このとき沼津ヌマヅ氏がガッカリしたような表情を見せたのを見逃さなかった。



――もしや…――



本当は佐和子サワコを送りたかった?

でも、今日はそれぞれペアになった女性を送るという決まりがあったから、どうすることもできず沼津ヌマヅ氏の車の助手席に乗るしかなかった。



帰りの車中は相変わらずしばらく沈黙だったけれど、車が私の家の近くに差しかかったときに沼津ヌマヅ氏が口を開いた。




宮坂ミヤサカさん、ごめんなさい」



第一声でいきなり謝られたので驚いた。




「え…」



「正直に言います、僕本当は昔から佐和子サワコさんのファンだったんです」



さっき気づいたことが予想通りだったことを思い知らされる、正直ちょっとショックだったけど、佐和子サワコが相手なら仕方がない。



「そうですか…」



そう返すのがやっと…。

沼津ヌマヅ氏は話を続ける。



「去年の合コン料理教室で彼女を見かけたときチャンスだと思い、わざわざ所属していた紹介所をやめて、こちらへ入ったのです」



そういえばあの合コン料理教室は、他の結婚紹介所と合同企画だったんだっけ…。

それにしても決して安くはない紹介所を乗り換えるなんてスゴいな…。


ここで話が終われば良かったのに、そのあと続けて出てきたコトバに撃沈することになる。



「本当は今日、佐和子サワコさんを選びたかったのです。それなのに真っ先に小柴コシバ氏がしゃしゃり出て、引くしかなかったのです。佐和子サワコさんと仲の良い宮坂ミヤサカさんなら、繋がりができると思い申し込んだのです。もし期待させてしまったのであれば謝ります、ごめんなさい…」



普通そこまで正直に言う!?

失礼だな〜!

ちょっぴり怒りを感じた反面『やっぱり自分は選ばれない魅力のない女なんだ』というコンプレックスに見舞われ、なんともいえない気持ちになった。

悲しい以前になんだか突然頭をはたかれたような軽いショックを受けた。



「怒っちゃいましたか?」



追い打ちをかけるかのようなこのセリフ、余計なひとことでしかない。

このときの気持ちをどう表現すればいいかわからないけれど、とにかく居たたまれなくなったのは確かだ。



「あの…、」



やっと出てきたコトバがこれ、声はかすれてしまっていた。



「私もうここで降ります、ここから先の道はわかりますから」



車がちょうど見知った道に出たのは幸いだった。

とにかくこのまま家まで送ってもらうのは、

なんだかイヤだった。



「そうですか」



沼津ヌマヅ氏は引きとめもせず、さっさと車を停車させた。

私は小さく「それではどうも」とつぶやき、車を降りた。

本来であれば『(ここまで送ってくれて)ありがとうございます』とお礼の言葉がすらっと出るところが、このときばかりはそんなセリフが出てこなかった。

私は車を見送ることもせず、さっさと背を向けて自宅へ向けて歩き出した。

なんだかひどく恥をかかされたような気分だ。



――なんだかなぁ…――



物静かそうに見えても、いざとなれば頼りになる…少しいいなと好感を持った気持ちを打ち消したくなった。



――全て佐和子サワコのための行動だったのね、それをいいなと思っちゃうなんて…――



思わず自虐的に苦笑したくなる。

思い返せば自分だって『私にはこれ位の人がちょうどいい』みたいに失礼な感情をいだいていたから、人のことは言えない。


これって、失恋のうちに入るのかな?

いや、でもなんだかそれはちがう…。


この日はずっと色んな感情が入り乱れ、夜はよく眠れなかった。






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