第12話 まさかこんな影響があるなんて…

私は今、人生最大のピンチに陥っている。


これまでも一方的に想われストーカーされたりというような経験はあったけど、車で連れ去られるなんてなかったので、怖くてしょうがない!

誰か助けに来てー!!と、パニックになりかけている、冷静にならなくちゃ…。



今日はなんだかツイてないなぁ…と、朝電車に乗ったときから感じていた。

乗りたかった電車に間に合わず、一本遅れてしまった。

それでも早く到着したようで、まだ誰も来ていなかった。

ミドリが姿を見せたときは心底ホッとしたが、

以前ターニャの合コン料理教室に参加していた好感を持った人物が来ていないことに気づき、ガッカリした。

彼が参加するかどうか、ターニャに確認すれば良かった!

そうこうしてるうちに一緒にドライブする組み合わせを決めることになったのだけど、男性側から女性に申し込んでそれを受け入れる…という形式のようだった。



――バレンタインデーなんだから、女性側からでもいいのに――



そう思ったけど、そういう決まりならしょうがない。



「どうも」



目の前にやってきたのは、一目で『こりゃないわ!』と思ってしまうようなタイプの男だった。

身長は170くらいだろうか?体格が良く、

金髪に染めた髪をツンツンに立てていて、黒い革ジャンにテラテラと光る赤い生地のシャツ、そして黒いウレタンマスク…。

ボトムは黒い革のパンツで、ヒップポケットにジャラジャラとキーチェーンをつけていた。

別にこういうファッションがNGというのではないが、ミュージシャンでもない推定年齢50すぎた男がこういうファッションってどうよ!?というのが正直な感想だ。

お断りしたかったのだけど、周り見回したらすでにカップルが出来上がっている状態。

ミドリのほうをチラと見る。

彼女はなんだかボーッとしてうつろな表情だが、目の前に背が高くヌボっとした男が立っている、昨年末に参加した合コン料理教室にいた人だ。

確かミドリと一緒に調理してたな、もしかしたら気に入ってたのかな?

なんてあれこれ考えていたら、いつのまに決まってしまって出発するしかなかった。



――うわ、イヤだなぁ――



人を見た目で判断してはいけないと思いつつ、本能的な嫌悪感を覚えた。

男は小柴コシバというらしい。

仕事は、よくわからない怪しげなセミナーを開催しそれを生業としているとのことだったけど、そういうのからしてなんだか受け付けなかった。

車はいかにも半グレやヤンキーが好みそうな車種で、真っ黒なボディーだった。



――こういうの本気マジでイケてると思っているんだろうか?――



まるで趣味が合わなさそうだった。

馴れ馴れしく、いきなり私のこと佐和子サワコと呼び捨て!

ないわー、マジでないわーとドン引き、

会話の内容も一方的で聞きたくもない武勇伝で、今すぐ帰りたくなったほとだ。


サービスエリアでお昼ご飯を…となっても全く食欲沸かず、小柴コシバ氏と二人きりでなんて考えただけでゾッとした。



――そうだ、ミドリたち巻き込もう――



本当はジャマしちゃ悪いんだが、ミドリがかなりの人見知りで今回の婚活ドライブに緊張してるのは明らかだったので、あちらにしてみても助かる話だと思ったし、なにより私がそうしてもらいたかった。

ミドリのお相手からすればお邪魔虫なのかもしれないけど、気にしてられないくらい切羽詰まっていた。


「いやぁ〜、こないだ参ったんだよ〜、車運転してたらいきなり煽られてよ〜!アタマきたからよ〜、シメてやったぜ!」



サービスエリアにいる間中ずっとこの調子で意味不明な武勇伝を語られ、反応に困った。

ミドリは明らかにどう対応していいのかわからないようで適当に相槌打ちつつ私をチラチラ見てくるし、彼女のお相手の沼津ヌマヅ氏はひたすら海鮮丼をかき込んでいた。

私はというと、昔から相手を無下にできない長所にも短所にもなる性質が顔を出し、適当に相槌を打つことしかできなかった。

イヤな顔のひとつも見せられたら良かったのかもしれないけれど、抑えるのに必死だった。



――私ってば、なにをこんなにガンバんなきゃなんないんだろう…ロコツにイヤな顔したっていいハズなのに…――



自分がいやになる。

ターニャがやってきて、「盛り上がってますね〜」なんて言ってきた日にゃ、笑うしかなかった(実際乾いた笑いしか出なかった)


雨足が強くなってドライブが中止になり、心底ホッとした。

のだけど、ターニャが女性は家まで送ってもらいましょうみたいに言い出したから、盛大に焦ってしまった。



「ちょっ、、ターニャ!えっと、色々話したいことあるから、一緒に帰らない?」



話したいことと言えばペアになった小柴コシバ氏の件と、今日来なかった気になる男性のことくらいしかなかったが、どーしても小柴コシバ氏と一緒に帰るのがイヤで半ば懇願するかのようにターニャに詰め寄った。

ターニャも察してくれたのか、



「いいですよ〜」



って快諾してくれたので、助かったと思った。

ここまでは良かった。


なのに…。


私は今日ターニャに渡すバレンタインのチョコレートと業務スーパーで買った輸入物の缶入りコンデンスミルクの入った紙袋を、小柴コシバ氏の車に置きっぱなしにしていた。

サービスエリアへ降り立つ時に置いて行ってしまったのは、雨に濡らしたくないという単純な理由だったからで、後々この決断を後悔した。


チョコレートは今日中に渡したかったし、最近缶詰めのコンデンスミルクを見かけなくなり入手困難だったので、いつもお世話になっているターニャにプレゼントしたかったのだ(ロシアには、コンデンスミルクを缶詰めごと煮込んでキャラメルみたいにするスイーツがある)

そもそも紙袋を後部座席に置いたのも間違いだった…。

よりによって座席の真ん中ら辺に置いてしまってあり、中まで入らなきゃ取れなかった。

私が中へ入った途端、ドアがバタンと閉まって車が急発進したので、ビックリした。



「ちょっ、、、!!!私ターニャと一緒に帰るんですけど?」



訴えるも小柴コシバ氏には私の声が届いていないのか、車は爆走を続けてる。



――ったく、ヤンキーじゃあるまいし!こんな爆音立てた車じゃ、私の声なんて聴こえやしない!――



私は後部座席から運転席まで身を乗り出し、

大きな声を出した。



「あ・の!戻ってもらえますー!?私、ターニャに渡すものあるし、彼女と一緒に帰るんですけどー?!」



もしかしたら私がターニャと一緒に帰る約束をしたのを聞いてないのかもしれない、このときまではそう思っていた。



「いや、アンタはオレと来るんだ」



小柴コシバ氏、振り向きもせずに車を走らせ続ける。

危険を感じた私は後部座席の窓を開け、「助けて〜!!」と叫んだが、車の爆音にかき消されてしまった。



――ヤバい、この人…――



どうしたらいいのかわからなくて一瞬パニックになる。



「なぁ、アンタさぁ、オトコに飢えてんだろ?」



小柴コシバ氏、ハンドル握ったまま振り返り、ニヤリと笑みを浮かべる。

無駄に日に焼けた肌に頬のシワ、そしてギョロっとしたいやらしい目付き…。

基本、他人の日焼け肌に顔のシワもギョロ目も気にならないのだが、この人物にこの組み合わせは不快感を覚えずにはいられなかった。



「なっ!私飢えてなんかいません!マジメに婚活がしたいだけです!」



私は車の爆音に消されないよう声を張り上げ反論した。



「見たぞ、動画、今日きた地味なお友達とオトコ漁りの日々なんだろ?だったらオレと楽しもうぜ」



「!!!」



私は衝撃を受けた、あの白間百合江シロマユリエがアップした動画を観ていた人物がいるなんて!


白間百合江シロマユリエとは、昨年まで同じ会社で働いていた後輩で、在職中はなにかと目の敵にされていた。

突然辞めたと思ったら、去年の暮れぐらいに友人で弁護士として活躍中の松谷秀美マツタニヒデミがやってきて、白間百合江シロマユリエがウチらを誹謗中傷するような動画を作成し公開していると聞かされていた。

秀美ヒデミに訴訟を起こすかみたいに訊かれたのだけど、動画公開日の日が浅くたいして実害はないと思ったため、断ったばかりだ。

後から慰謝料を求めたり裁判所沙汰になればなにかと時間もお金もかかると秀美ヒデミから聞かされ断っといて良かったと思ったものだけど、こう実害が出たんじゃ白間百合江シロマユリエを恨みたくもなる。



「あれはウソですから!私のこと一方的に嫌ってる人が勝手に作ったものですから!」



必死に訴えるも、聞く耳持たず車を爆走し続けていた。

とっさに自分の位置情報を公開することを思いつき、私はスマホを取り出した。



――ええと、どうやるんだっけ?――



なんとか頑張ってみる、ミドリかターニャ辺りが気づいてくれるかもしれない。

ターニャから着信がきた、出てみる。



『サワコさん!今どこですか?さっきからコシバさん電話出てくれませんねー!』



ダメだ…多分私が位置情報公開してるって、

気づかなさそうだ。



「わからない…どこへ連れてかれるのか、わからない…」



小柴コシバ氏がミラーごしにチラと私を見たが、無言で車を走らせ続ける。



『こんなことになってゴメンナサイ、いま私も助けに行きますから』



主催者側からすればとんでもないことなんだろうな…。

これがターニャと友達ではないミドリでなくて本当に良かった、と、思ってしまった。



どれくらい車を走らせたかわからないが、前方にラブホが見えてきた。



「!!!!!」



私は声にならない悲鳴をあげそうになった、

心臓がバクバクして飛び出そうになる。

車が止まったら、とりあえず走り出して逃げよう!

捕まったら急所を蹴るか目を突くか…。

護身を考える。


程なくして車は駐車場に入り停車した、

私は完全に停車する前に車から飛び降りた。

今日履いてきたのがスニーカーで良かった、

少しつまづいたけど、なんとか車から脱出できた。



「おい!逃げられると思うなよ!」



小柴コシバ氏が慌てて車から飛び出る、私は駆け出した。


が、すぐに肩を捕まれてしまった。



「やめて!私にはそんな気ないからっ!」



私は叫んで必死に抵抗した。

ところが小柴コシバ氏は手をゆるめず、私を後ろから抱きすくめた。



「やーめッッッ…!!!」



振りほどこうとするもすごいチカラで、蹴ることはおろか肘鉄も食らわせることができなかった。

私は声の限り叫んだ。



「誰かーッッ!ひとごろしーッ!」



とっさに出たコトバがなぜか人殺しだった、

でもこれは女にとって殺されるも同然なことだ。

私は必死にもがき抵抗した、知らない間に涙が頬をつたった。



――どうしよう…――



このままだと最悪な事態に陥る。

いっそ抵抗やめてその気になったフリをして相手を油断させたところで急所をひねりあげて逃げるか、或いはこの状況をスマホで撮影しながらSNSで全体公開し相手を晒し者にするか考えた、後者だと相手が怯めばいいけどそうでなきゃ私が最悪だと判断した。

でも、いくら作戦でも抵抗やめるのを自分の中のなにかが拒絶し、叫び続けるしかなかった。


と、ここで、一台の白い乗用車が入ってきた、助かった!



佐和子サワコーッッ!」「きさまーッ、離せー!」



ミドリ沼津ヌマヅ氏だ、良かった!



「この野郎、佐和子サワコさんを離せ!!」



沼津ヌマヅ氏が駆けつけ、私と小柴コシバ氏を引き剥がしてくれた。



「ジャマすんじゃねー!!」



小柴コシバ氏は往生際が悪くなおも私に近づこうとしてきた、それを沼津ヌマヅ氏が押さえつけた。



「彼女イヤがってるだろ!!」



小柴コシバ氏はガアアッと叫び、なにやら悪態をついていた。

身長が170前後くらいの小柴コシバ氏に対し沼津ヌマヅ氏は遥かに大きく体格も良く、暴れても押さえつけられ身動きしづらいようだった。

それでもひどく暴れるので、



「やめなさいよー!!!」



あの小さなミドリが立ち向かって持っていたバッグで小柴コシバ氏を殴りつけたのには驚いた。



「なにすんだー!このチビ!!!」



小柴コシバ氏は今度はミドリに掴みかかろうとする、



「キャー!」



ミドリが私のほうへ逃げてきたので、思わず彼女の両腕に抱きついてしまい、一緒になって後ずさりした。

沼津ヌマヅ氏が一人で戦っている…。体格的には沼津ヌマヅ氏のほうが有利なんだけど、小柴コシバ氏の尋常じゃない暴れ方に苦戦を強いられている…。

ここはミドリと一緒に加勢すべきなのかどうか…それ以前に今頃になって恐怖心がどっと現れたのか、ヒザがガクガクしてきた…。



「サワコさーん、だいじょうぶですか〜?」



ターニャの目のさめるようなブルーの車が入ってきた。



「コシバさん、なにやってますか〜?こまります!」



続けて山本ヤマモト氏も駆けつけてくれ、沼津ヌマヅ氏と一緒になって小柴コシバ氏を押さえつけてくれた。



「良かったぁ〜、ありがと〜、怖かったよ〜」



私は《ミドリ》の胸に顔をうずめる形で思わず泣いてしまった。

まさかこの年になってこんな目に遭うとは思っていなかったので、恐怖でしかなかった。


それにしても、ミドリのドライブ相手の沼津ヌマヅ氏は、なんて頼もしいのだろう!

これならミドリもうまく行くにちがいない…この時は、そう思っていた。









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