第7話 誹謗中傷

佐和子サワコに誘われた合コン料理教室は不発に終わり、それを悪いと思ったらしい彼女に自宅に誘われた。

別にいいのに…と思ったが、作った料理をお持ち帰りし自宅で食べようにも一人分しかないし、パクチーの匂いに両親が「臭い!」って騒ぐような気もしたので、お言葉に甘えることにした。

またあのステキなおうちに招待されるって言うのも、悪くはなかった。


帰宅してからの彼女はなんだか様子がヘンだった、なにか考えごとでもしているのか、ボーッとしている姿が見受けられた。



――疲れているのかな?――



なにか手伝おうか訊いても断られ、逆に持ち帰った料理を持ってきてとお願いされ、自分の気の効かなさにちょっと落ち込む。


料理を温めなおし、佐和子サワコのいれてくれたお茶をすすりながら食べる。

初めてのジョージア料理はとても美味しく、

とくにヒンカリとかいう小籠包(餃子?)みたいなのが気に入り、うちでも作りたくなった。


色々話をしてく中で、佐和子サワコが私をうらやましく思っていたことを知り、

驚く。



――そっかぁ、彼女も色々苦労したんだろうな…――



平凡という言葉がまんま当てはまる私にはドラマチックに見える彼女の人生をうらやましく感じたのだが、うっかりそう言ってしまい、慌てる。



――し、しまったぁ!これは失言!――



そう思ってたけど、佐和子サワコは「お互いないものねだりね」と、美しい笑顔を見せてくれた。



そんなときに彼女のスマホに着信。

…コミュ障の私と違って彼女は色々忙しいのだろうなと思い、気遣う。


聞かないようにしていたが、なんだかただならぬ雰囲気…。

佐和子サワコはビックリしたり深刻になったりで、何だかここにいてはいけないような気がしてきた。

私は出されたお茶を一気に飲み干し、

荷物をまとめた。



「あの…、私もうお邪魔するね」



通話を終えるのを見計らって声をかける。



ところが、これから人が来ること・ネットで誹謗中傷されていて、それが何やら私にも関係あるらしいと聞かされ、頭の中がグルグルしてきた。



――え、なんだって!?――



意味がわからない。

佐和子サワコの中学時代の友人で弁護士さんがやってくるまで10分ほどだったが、お互いお茶を飲みながら待っていた時間はかなり長く感じた。


「はじめまして、松谷秀美マツタニヒデミと申します…」



グレーのパンツスーツを着こなし長い黒髪を一つに束ねたその女性は、見るからにやり手といった雰囲気を漂わせていた。

私は緊張する。



ミドリってば、そんな緊張しなくても大丈夫だから!もー秀美ヒデミってば、いきなり名刺なんて渡したらビビるでしょ〜?」



佐和子サワコが笑いながら軽く秀美ヒデミさんの肩を小突くが、



「あはは、でもね、もしかしたら必要になるかなぁ?って…」



なかなかシャレにならない言葉がかえってきたので、固まってしまう。



「とにかく詳しく話を聞かせて」




手洗いうがいを済ませた秀美ヒデミさんは、少し離れて私の隣に腰かけた。



「なにから話せばいいのかな…」



ちょっと、困惑している様子。



「うちの事務所にね、唐木田照葉カラキダテルハがやって来たのが、そもそもの始まりなのよ…」



唐木田照葉カラキダテルハって誰だっけ?と思い出そうとした、佐和子サワコが手にしていたマグカップをひっくり返した。



「うわっ!ごめん、久し振りにその名前聞いたから、ビックリしちゃった!」



佐和子サワコはそのままキッチンへ走り、台布巾ダスターを手に戻ってこぼれたお茶を拭き取る。



「うん、私もどのツラ下げてうちの事務所来た?なんて思ったわよ、彼女を徹底的にやり込めたの、同僚だったし」



秀美ヒデミさんのこのひとことで、唐木田照葉カラキダテルハ佐和子サワコのかつての婚約者を略奪した元アイドルだったと思い出す。



「なにしに?私への慰謝料は払い終わってるし、減額もないだろうに…」



そういえばこないだの女子会で、真紀子マキコが彼女のその後とかいう記事を見つけ、みんなでショック受けたよな…。

そこまで思い出したとたんに、



「これ見て」



秀美ヒデミさんが自分のスマホを見せてくれた。




『元アイドル唐木田照葉カラキダテルハの現在がヤバすぎる』



「あれ?これちょうど先日閲覧したばっかだよ、なんか親切な会社のお姉さま方が見つけて教えてくれたのよ…これが私と何か関係あり?」



そういや今この人が来たのは、うちらがネットで誹謗中傷されてるかも?だったハズ…。



「ここにあることは根も葉もないことばかりで、唐木田カラキダは迷惑してるってことなのよ」



「ん?根も葉もないってことは、AV落ちも風俗勤務もしてないってこと?」



なかなかハードな話だ。



「厳密に言えば、彼女が出演したのはイメージビデオでアダルトとはちがう…まぁ、縁ないほうからすりゃ、似たようなものだけどね…風俗に至っては、繁華街で元セクシー女優…まぁいわば引退したAV女優を集めたキャバクラみたいのを唐木田カラキダが経営してて、それを風俗だなんて書かれちゃ営業妨害だから訴えたいと相談されたのよ」



「ええーっ!?なにそれー?!」



あまりにも遠い世界の話で、それがどう自分たちにつながるのか?わけがわからない。



「情報開示を求めるのに裁判所に仮処分の申し立てまでして調べた結果、意外な人物が浮かび上がったのよ。それで芋づる式にあなた達への誹謗中傷も見つかったって訳」



ここまで話を聞いて、察しの悪い私にも何だかわかってきたような気がしてきた…。



「まさか…」



佐和子サワコも気づいた様子…。



白間百合江シロマユリエさんをご存知でしょう?少し前までお宅のビルでお勤めしていたようだけど?」



久々に聞いたその名前は思いっ切り覚えがあり、まさかと思った人物そのものだ。

白間百合江シロマユリエ…なぜだか私達アラフォー世代を目の敵にする若い女子社員…いや、本人自分を正社員だとウソぶいていたけれど、結局バイトの身分だったんだっけ…。

緊急事態宣言中に勝手に退職したらしいとは聞いていたが、まさかこんなことしているとは思わなかった。




「会社を辞めさせられた…と本人は言ってるけど、ほぼ自主退職ね…仕事辞めてからやらかしたのが、こちらね」



そう言って今度は別の画面を見せてくれた、こちらは動画投稿サイトだった。

タイトルは、『元モデルの清川佐和子キヨカワサワコが現在男漁りしまくり』とあり、

説明文には『元Jリーガーの玉木正俊タマキマサトシに棄てられたオンナの末路』とあった。



「なにこれ…」



佐和子サワコが呆れたような表情を見せ、動画を再生させた。

動画…といっても中身は写真を集めたもので、それにテロップが流れているのみ。

一番最初の画面は、タキシード着た玉木正俊タマキマサトシとウェディングドレスを着た佐和子サワコで、雑誌の切り抜き写真っぽかった。



「やだ、これ〜!昔の仕事のじゃん!結婚情報雑誌にモデルとして共演したやつじゃん!」



佐和子サワコが絶叫に近い声をあげ、顔を赤らめる。

テロップには『二人のなれそめは、某結婚情報雑誌での共演』とあった。



「これが運のツキだったんだよね…」



ボソッとつぶやく。

今より少しばかり若い佐和子サワコは、純白のウェディングドレスに身を包み幸せそうに微笑んでいた。



「あんたが雑誌モデルからブライダルモデルに転身した後よね、大人花嫁のモデルとしてこれからやってけるかもって、喜んでた時よね」



動画を閲覧し続けていた佐和子サワコが、プッと吹き出す。



「なにこれ、こんなフォト使ったら犯人バレバレじゃーん、ミドリも観てみ」



スマホを目の前に突き出され、少し巻き戻される。

『バイト先同僚と男漁り・合コンの日々』とテロップと共に映し出された画像は、

コロナ前に開催した最後の女子会のものだった。

店内水槽だらけのオシャレなダイニングバーで、そこのトイレで白間百合江シロマユリエと鉢合わせちゃったんだっけ…。

なんだか遠い昔のことのように思える。

見せられた動画の画像は、店内のトイレ前にいる佐和子サワコと私で、顔にはボカシが入っていた。



――いつの間に撮ってたんだろう?シャッター音も聴こえなかったし…なんかシャッター音消せる裏ワザでもあるのかな?――



「やだね〜、バッティングしちゃった女子会だったのに、勝手に合コンにされてるわ〜、ウケる〜!」



佐和子サワコは、大笑い。

私はあまりのことにどう反応して良いのかわからず、唖然とするしかなかった。

よくもまぁ、あることないことでっち上げてくれたものだ…。

私のこと『サエない同僚誘って引き立て役にしてる』と、表現している。

サエないのは事実なんだが、そもそも佐和子サワコはそんなことするタイプではない。

佐和子サワコのように爆笑はできないが、苦笑するしかない。



「どうします?彼女を訴えます?」



秀美ヒデミさん、見るからにやり手っぽい…。

一応自分も対象になってるのだろうけど、佐和子サワコのおまけのような感じで実感が湧かない。



「まー、なんてことなんだか…勝手に仕事辞めたと思ったら、こんなワケわからないことに精を出していたとはねぇ…正直バッカみたいって感じ…」



佐和子サワコは呆れ顔だ。



唐木田照葉カラキダテルハから相談を受けはじめたの、確か一昨年の暮れ辺りじゃないかな?個人で情報開示請求が難しいから…と、依頼がきたのよ。どうやら白間シロマは、仕事を辞める前は唐木田照葉カラキダテルハ、退職後は佐和子サワコがターゲットだったみたいね」



なんだかなぁ…。あまりにもバカバカしくて怒る気にもなれない。

でも、もしかして佐和子サワコにとって大迷惑なんじゃなかろうか?と思っていたら、



「私は別に…動画さえ削除してくれたらどーでもいいんだけど、ミドリが迷惑なんじゃない?私と違ってまともな婚活できるだろうし…」



いきなりこちらに振られた。



「えっ、、」



突然振られることが苦手な私はすぐには答えられなかった。やや間をおいてから、



「迷惑って…?私の名前フルネームでは出てないよね?」



そう答えるのが精一杯。



「よく気がついたわね、そう、宮坂翠ミヤサカミドリさんの場合は実名晒されていないので、ちょっと難しいわね。はっきりと顔がわかるようには出されてないし…」



そうなのか…。実名晒されてなくて顔にもボカシ入ってる場合難しいのか、知らなかった。



「でも…いくら顔にボカシ入れられてもわかる人にはわかるわよねぇ?今後のミドリの人生に差し障り出ないのかなぁ?」



佐和子サワコってば、自分のことより私のこと心配してくれるなんて…。



宮坂ミヤサカさんの今後に差し障りが出るかどうかはわかりかねるけれど、佐和子サワコは損害賠償請求できるから、それで得たお金をシェアするって手もあるわね 」



なんとまぁえげつない話だな…。

事実とはいえサエない扱いされたのは正直ムッとしたし、ましてや男漁りしてるだなんてひどいと思うけど、私だけの問題ならそこまでして追い詰めようとは思わない。

だいたい動画サイト自体が閲覧する人が限られているものだからそんなに影響はないと、この時は思っていた。




「どうするミドリ?私だけなら別に損害賠償請求しようとは思わないんだけど、ミドリが許せないと思うなら訴えるよ?」



佐和子サワコはあそこまで中傷されても訴訟起こさないらしい…私のためだけにそんなことされるのは申し訳ないので、断ることにした。



「いや、私は別に…投稿さえ消してくれたら……それより佐和子サワコはいいの?思いっ切り佐和子サワコだってわかっちゃってるよね?」



佐和子サワコはフッと苦笑いした。



「元Jリーガーの元カレ破局後の週刊紙に書き立てられたことよりマシに感じちゃうのよね〜」




「ああ、アレもひどかったわね…確かその週刊紙に名誉毀損で訴えて損害賠償したのだっけ?」



秀美ヒデミさんも同意する、私は週刊紙自体あんま興味ないから、どんな記事なのかちょっと気になった。



「二人の意見まとめると、投稿削除だけでいいのね?」



改めて確認される。



「はい」「それだけでいいんじゃない?」



…とまぁ、なんだか長い一日はこうして締めくくられた。


誘われて足を運んだ合コン料理教室が予想以上の大人数で訳がわからないうちに終わり、佐和子サワコの家でまったり作ったジョージア料理を食べ終えたら、佐和子サワコの友達の弁護士さんからの思わぬ話…。


とても慌ただしい一日で、すっかりくたびれてしまった。




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