第6話 仕切り直し(佐和子の胸中)



「どうぞ、入って」



同僚の宮坂翠ミヤサカミドリを自宅に招くのはこれで二度目、彼女を合コン料理教室に誘ってしまったのを色々な意味で申し訳なく感じ、フォローが必要と判断したからなのもある。



「お邪魔します」



ミドリはおずおずと上がってきた。



「あ、スリッパ履いてね」



私はFrancfrancで買ったモコモコのファーがついたピンクのスリッパを勧めた。

彼女に限らず、来客者のほとんどがスリッパを出しても口頭で勧めないと履かないことに驚く。

多くの日本人が自宅でスリッパを履く習慣なんてないんだよ…と、何人目かの彼氏が教えてくれたっけ…。

私はおずおずとスリッパを履いたミドリを洗面所へと案内する。



以前初めて合コン料理教室に参加した時は、自分含めて6人しかいなかった。

それくらいの人数だったらミドリもさほど緊張しないだろうし気楽だろうと誘ったのだが、フタを開けりゃ他の結婚相談所との合同で大人数だったので、

あれではコミュニケーションが苦手と自称するミドリでなくとも驚く。


手洗いうがいをすませ、リビングへと誘う。

ミドリが遠慮がちにソファーに身を沈めたのを確認してからキッチンへと入る。

お茶をいれるために電気ケトルにミネラルウォーターを注ぐ。

お茶を用意しながらボンヤリと考え事…。




――色々想定外すぎだよね、ホントに――




思わず苦笑する。

前回の料理教室で、ちょっといいなと思う人がいた。

けれども彼は元々外国人女性を希望していてこちらの出る幕はなかったのだけれど、

一押しすればなんとかなりそうな手応えを感じていた。

連絡先を交換できなかったのが最大の失態だったけれど、今日こそは!と思っていたら、その彼は来なかった。

そして、島峰シマミネニコ…。

彼が自分に気があるのは明らかだが、

年下のイケメンだからってホイホイするわけにはいかない、そんなのはまーくんでコリゴリだ。



――当時は若作りのババアが年下のイケメンに言い寄られ調子に乗るなと叩かれたよな――



思わずため息。

気にしないように振る舞ってはいるが、正直へこむ。

子供のころから美少女だと持て囃されチヤホヤされてはきたが、そこに必ずやっかみや嫉妬があり、誤解され女子全員からハブかれたというトラウマもある。


島峰シマミネニコに言い寄られるのは正直悪い気はしなかったが、人前で堂々と馴れ馴れしくされるのはなんだか恥ずかしかったし、今日参加したミドリ以外の女性陣の視線が冷たいような気がした。

第一年齢だって一回り近くも下だ、

彼は私の実年齢を知らないのではないかと思う。



極めつけはあの大人数での会食だ。

ミドリが困惑した表情をしていたので、咄嗟に彼女が高齢の両親と同居しているからなのだと察し、自分も実家の両親と会うなんて言ってしまった。

予定してないだけでそのうち顔出そうとはしていたのだけど、なんだかウソついたようであまり気分良くなかった。



――ああ、もう、色々と失敗、失敗…――



思わず頭を振る。



「あの…、なにか手伝おうか?」



ミドリがいつのまにか隣に立っていた。



「いっけない、私ったらボーッとしちゃってたわね!ごめんごめん、いいのよ、座ってて…あ、お持ち帰りした料理をこっち持ってきてくれたら助かるな」



ああ、私としたことが、隣にミドリが立っていたのを声をかけられるまで気がつかないとは!

気を取り直し、お茶の用意をした。









「おいしかったねー」



今日作った料理をすっかりたいらげ、

満足モードが漂う。



「そうだね、私ジョージア料理初めて」



ミドリは料理をおいしそうに食べる、その姿は素直にかわいいなと思う。

ちょっとドンくさいけれどそこがまだ魅力、男からすればほっとけないタイプだとは思うものの、ちょっと目立たないのがソンなタイプだ。



「なんかね、色々と佐和子サワコに圧倒されちゃったよ、手際いいんだもの」



珍しくミドリが考えてることをぶっちゃける。



「ああ、それね…うちお母さんが元家政婦だったから、料理含む家事全般手際いいのよ」



これは誰にも話したことのない事実だ。



「えっ、家政婦!?」



ミドリが目を丸くする。



「そう、うちの母親はね…、結婚前は家政婦だったの。父親との馴れ初めも雇い主と家政婦という間柄だったの」



これも初めて人に話す。



「へーえ、実際そういうことあるんだぁ、だから生活がステキなのねー」



心底関心しているような様子を見て、ちょっと安堵する。

子供時代、後妻だ2号さんの子だ母親が家政婦だと周りから散々陰口を叩かれた。

話を広げたのが父の亡き先妻の身内だと知った時はショックだった。

そんな経験あるから、家族のことを自分から話すことはなくなっていた。

だいたい両親が出逢ったころには先妻はすでに亡く2号さんの子だと言われる筋合いなんてないのだが、それでも色々ゴタゴタあったゆえに自分が両親が入籍しないうちに生まれてきてしまったことも、なんだか後ろめたいような気持ちで生きてきた。

私はふうっとため息をついてから、



「いいなぁミドリは…」



思わずそうつぶやいてしまう。



「えっ、なんで!?」



ミドリはさらに目を丸くして驚いたような表情を見せた。



「あ、気にさわったらごめんね…」



なんでもないの…というセリフを言いかけて飲み込んだ、逆の立場だったら気になってしょうがない。



「生い立ちがさ、私はフツーではないから…前にもチラっと話したけどね、私の母親が後妻で父親が母より一回りは年上で、色々言われてきたのよ…しかも父親は会社経営して金持ちで、そこへ母親が家政婦としてやってきたからね、なおさら色々と…腹違いの兄との仲は良好だけど、それについてあれこれ言う人はいたし…」



ここまで話すとミドリは黙ってしまった、普通ならここで『へぇ』とか『ふーんそうなんだ』とか『そんなの関係ないよ』って言葉が出るものだが、

彼女の場合はいつもこういう場面は黙ってしまう。

どう答えていいのか、わからないのだろうな…。



「ごめんね、こんな話…」



謝る、もしかしたら彼女にはこういう話題は重たいのかもしれないと感じたので。

ところが、



「ううん、いいの、話してくれてありがとう…私は逆に佐和子サワコがうらやましいって思っているけどね」



予想外の返しがきたので、少し驚いた。



「えっ、私がうらやましい?」



思わず聞き返す。



「うん、だって美人でスタイルいいだけでなく性格も良くて機転はきくし、それにそういう生い立ちってドラマチックじゃない?私なんて平々凡々とした両親からフツーに生まれてきたし、……って、ごめん、私のほうこそ気にさわったかな?」



珍しくここまで言うミドリにビックリはしたもののそこに不愉快さは全くなく、むしろ友達としての距離が縮まったように感じ、嬉しく思った。



「ううん、大丈夫よ、お互いないものねだりだね」



ふふ、と笑い合う。

ここで突然私のスマホが鳴った、誰かからの着信だ。

今は友達と一緒だから無視しようとしたら、



「出なくていいの?私なら構わないよ?」



そう言ってくれた。



「ありがとう」



一応発信元を確認する、どうせたいした用事ではないだろう…と思ったら、中学時代からの親友で現在は弁護士の秀美ヒデミだった、元婚約者のまーくんとのトラブルの時にそういうのに強い弁護士を紹介してもらっている恩がある(同じ弁護士でも彼女は専門が違うらしい)



――なんだろう――



通常こういうシチュエーションの時は着信があっても出ないのだけど、ミドリに出ても良いと言われたのと、何だかただならぬ気配を感じ、出てみた。



秀美ヒデミ?どうしたの?」



久し振りに連絡くれた親友にどうしたの?はないが、なんかこのときはそう対応してしまった。



佐和子サワコ!あんたエゴサーチしたことある?』



いきなりの質問に驚く、



「えっ、エゴサーチ?なによ、いきなりー」



秀美ヒデミは電話してきていきなり意味不明なこと言うタイプじゃない。



『ああ、もう、ちょっとややこしい案件発生しちゃってね…今からそっち行ってもいい?』



これまた唐突なんで、仰天した。



「えっ、なによ急に〜、今友達来てんだけど?」



秀美ヒデミが突如来襲することはありえない話なので、よほどのことなのだろうか?と、気になるが、今せっかくミドリと話しをして楽しかったのに、水をさされた気分だ。



『そのお友達って会社の人?』



「そうだけど」



『それって小柄でボブヘアな方?』



「?そうだけど?」



ずいぶんと具体的にミドリのこと知っている様子、なんか関係あるのだろうか?



『もしかしたら彼女にもいてもらったほうがいいかも、とにかく今から行くから!』



「えっ、ちょっ、、待っ、、どういうこと!?話が見えないんだけど?」



弁護士やってる秀美ヒデミが慌ててるくらいだからなにかあるのだろうけれど、

すぐには想像がつかない。



『あなたたちね、ネットで誹謗中傷されているのよ』



なんてこと!

ネットで誹謗中傷だなんて一体誰が!?と思った次の瞬間、ある人物の姿が脳裏をかすめた。



――まさか、そんな…私だけならまだしもミドリまでとは…一体どんな内容?――



私は呆然とする。



「あの…、私もうお邪魔するね」



なにかを察したらしいミドリが立ち上がる。



「ごめんね…あのね、この後用事がないなら、このままいてもらいたいんだけどいいかな?」



ネットで誹謗中傷されてるかもしれなくて弁護士やってる親友がこれから来る…と、

すぐには言えなかった。

ここでひとこと『どうして?』と訊かれたらそう答えたかもしれないが、ミドリは「いいよ…」簡潔に答えて再びソファーに腰かけた。

そのまま私達は秀美ヒデミが来るまでは無言のままお茶を飲んでいた。



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