第2話 久し振りのガールズトーク



「悪いわね、佐和子サワコ



いつもの女子会の幹事役である小畑一美オバタカズミは、

申し訳なさそうにマンションの一室へ入る。

続けて三笠真紀子ミカサマキコと私が中へと入る。



「ううん、気にしないで。会社から一番家が近いの私だし、久々にみんなとお話がしたかったから」




午後9時ちょっと前。

仕事が終わったのが8時で(勤務先ビル閉館時間が8時)、その後なんやかやと片付けごとをしていたら職場を出るのが遅くなり、

気がつけばどこの飲食店もラストオーダーの時間を迎えようとしていた。



「まー、どこの飲食店も9時閉店じゃあねぇ…カラオケボックスで明け方まで営業してるとこあるけど、なんか怖いし…」



三笠真紀子ミカサマキコはお昼休憩の時に色々調べてくれたらしく、一時は今日はお流れに…という空気になったときに「良かったらうちへ来ない?」と提案してくれたのが、佐和子サワコだった。



都内でも家賃が高くて有名なその地域のマンションに一人暮らしをしている佐和子サワコは、私と同じパートの身分でたいして給料は変わらないハズだ。



「お邪魔します」



靴を脱いであがると、白を基調にした素敵なインテリアが目に飛び込んできた。



「うわぁステキねぇ、今流行りの北欧風とはまた違ったテイストねぇ」


第一声に感嘆したのは、一美カズミ

まず玄関の壁紙が白だったのだが、レンガ風でオシャレだった。

正面廊下の突き当たりの扉の素材は木で、 色はブルーグリーンで真ん中にアイアンの塗装があり、ドアノブもアンティークっぽくエレガントな印象を与えていた。




「ありがとう、シャビーシックインテリアっていうの」



佐和子サワコは美人なだけでなくセンスが良い、さすがだ。

手洗いとうがいをするためまずは洗面所に案内される。

この洗面所がまたオシャレで、一同感嘆した。



「なんなのー?蛇口までオシャレ、ヨーロッパのプチホテルに泊まってるみたーい!」



真紀子マキコのテンションが高い。



「あ、この紙コップでうがいしてね、タオルも今持ってくるから…」



佐和子サワコは私達一人一人に紙コップを渡してくれた。

紙コップまでもがオシャレなのか!?と身構えたが、100均でも売っていそうなシンプルな白い紙コップを渡され拍子抜けする。



「あ、私は自分のタオルハンカチあるから…」



私は紙コップを受け取り、やっと口を開いた。

もともとそんな積極的にしゃべるほうではなかったけれど、さっきからビックリの連続で言葉が出なかったのだ。



「私もタオルはいいわ」「私も」



一美カズミ真紀子マキコもつられるように口々に断る。

ソープディスペンサーは光沢のある素材の貝殻の形で、とてもかわいらしかった。



案内されたリビングに入るとさらに驚かされた、グレイッシュなピンクのソファーは猫脚で、テーブルやテレビ台までもが白い木製で、真っ白ではなく所々にかすれ具合のようになっているのがまた洒落ていた。



「お金かかってそうね」



遠慮のない発言をしたのは真紀子マキコ佐和子サワコは小さくフフと笑って、



「なんでたかだかパートなのにこんな家賃の高い場所に住んでいて、インテリアまで?と思ってるでしょ?」



皆が内心思ってることを口にした。




「そりゃあそうよ、いくら元モデルで稼ぎがあったからって、ここまで?って思うし、かといって金持ちオヤジの愛人になるタイプでもないし…」



おおっと、ここまでズバリ言うか!?

年長の一美カズミは、時々口さがない。



「あはは、フツーそう思うよね?私がさ、昔とあるJリーガーと婚約してたの、みんな知ってるよね?」



そういえば!



もうかれこれ10年くらい前だと思うけど、当時大人気だったイケメンJリーガーが年上の読者モデルと婚約したってニュースが話題になったことあったっけ…。

その年上読者モデルというのが佐和子サワコのことで、当時ほぼ無名に近かったのに一気に有名人になったんだっけ。



「ああ、そーいえばそんなことあったわよね?今をときめくイケメンJリーガー玉木正俊タマキマサトシを射止めた姉さんモデルって、当時話題になってたものね」



一美カズミはこう言うとさっきコンビニで買ってきたペットボトルの緑茶のフタを開けた。



「ウチへパート応募してきたときビックリしたものー、彼と破局して5年後だったとはいえ、まだまだ人々の記憶には残っていたから…」



続けて真紀子マキコもペットボトルのフタを開けた、彼女がチョイスしたのは無糖紅茶…。

私がパート入社したのはそれより後で、

もともとそういうのには疎いタイプなので『やけにキレイな人だな』とは思っていても認識できなかった、そもそも街中で芸能人とすれ違っても気づかないくらいだし…。



「あ、もしかしてさ、破局したときに慰謝料とかもらったってやつかしら?」



一美カズミは、相変わらずズバリだ。




「ピンポーン!当たりぃ〜!当時だいぶ週刊誌に書きなぐられてた通り、彼が駆け出しの若手アイドルと浮気したんで、双方からかなり慰謝料もらっちゃいました〜」




佐和子サワコはおどけてみせる。



「あれはサイテーだったよね〜、30すぎたオンナ捨てて若いコに走ったってバッシングされてたもんね〜」



真紀子マキコはそう言ってカバンからスマホを取り出した。



「あった、あった、このニュース………って、ええっ!?」



スマホで関連記事を見つけたらしき真紀子マキコは、何やら驚いた様子。



「なにー、いきなり大きな声出してー」



隣に座っていた一美カズミが覗き込んだので、私もつられて覗いてみた。

そこには衝撃的な見出しがあった。



『元Jリーガー玉木正俊タマキマサトシが、元アイドル唐木田照葉カラキダテルハに対するDVで逮捕されてた!?』




「えええっ、マジで!?」



一美カズミと私、ほぼ同時にビックリしてしまう、さらに…。

真紀子マキコが他のリンク『元アイドル唐木田照葉カラキダテルハの現在がヤバすぎる』というのをクリックしたので、

衝撃的な事実を知ってしまう。



「ああ、まーくんがDVでタイホされたってヤツでしょう?あれ、彼女当時売り出し中だったから事務所が隠したけど、最近になって何かバレてるみたいね…実は私に対する暴力もあったから、プラスアルファ慰謝料いただいちゃたのよ…」




これまた当事者の衝撃的な告白だったが、

元アイドルの現在がもっとすごくて誰もなにも言えなかった。

どれどれ…とばかりに佐和子サワコ真紀子マキコのスマホを覗き込む。

次の瞬間、「えーっ!?マジでぇ?!」佐和子サワコも叫ぶ。



「うそ…、あのコ、まーくんと別れた後にAV落ちしていたなんて…しかもそれだけで借金返せなくて風俗勤務?」



佐和子サワコの顔色がサッと青ざめる。



佐和子サワコが気にすることないのよ、自業自得なんだから」




こう厳しく発言したのは、一美カズミ




「そうよ、そうよ…だってこのコ、あなたという婚約者いるのわかっていて接近してきたんでしょ?」



真紀子マキコは芸能ネタに詳しい、当時まだ佐和子サワコとは知り合ってなかったが、まるで見てきたかのように詳しい。



「だいたい報道通りだけど…」



ここで佐和子サワコはため息をつく。




「実はさ、まーくんのDVがつらくてさ、婚約破棄しようか悩んでて、彼にたいしてそっけなくなってたんだよね…そんなときに若くてかわいいコ現れたら、ねぇ…」



そうだったのか…。



「で、でもっ、佐和子サワコはなにも悪くないって思うの!」



ここで私は思い切って発言した、仲良い相手でもなかなか本音言えないほうだが、

なんだか佐和子サワコが責任感じてるような気がしたから…。



「そうそう、だいたいコイツのしでかしたことなんだから、因果関係よ!佐和子サワコのせいじゃないわよ!」



一美カズミの言うことは厳しいけれど、真紀子マキコも私も同意だった。



「でもねぇ…私に対する慰謝料を事務所が立て替えているのよね…多分そのあと返済できるほど稼げなかったのかと思うと、なんだかなぁって…まーくんから慰謝料もらえなかったのかなぁ?」



「あ、アイツもDV被害受けてたもんね、でもその前に佐和子サワコに慰謝料払ってスッカラカンだったんじゃ……って、あっ……」



真紀子マキコはここまで言い切って口をつぐんだ、佐和子サワコに対する慰謝料で元アイドル唐木田照葉カラキダテルハまで回らなかった…なんて、ますます佐和子サワコは気にしてしまいそう…。



案の定、佐和子サワコはガックリうなだれた。



「このマンションも家具もインテリアも、彼らの不幸の上で成り立ってんのか…まーくんなんて今や飲んだくれで落ちぶれてるって話だし…彼らからの慰謝料だけじゃなく、ちゃんと私が稼いで貯金したり親からの援助もあるけどね…」



「ああああ、ごめん、ごめん、ごめんなさい!!」



真紀子マキコは必死で謝る。




「だからさぁ、人のもの盗ったんだからさぁ、当然の報いでしょう?」



一美カズミが二人をなだめる。

婚約者略奪だけだと厳しすぎるが、

実はこのショックで佐和子サワコが流産したのをここにいる誰もが知っていた。

だからこそさっきから厳しい言葉が出るのだ(私はなにも言ってないけど、考えてることはおんなじ)



「ああ、なんかごめんね、約2年ぶりの女子会なのに、こんなドロドロの話題提供しちゃって」



少し落ち込んでいた佐和子サワコが今度は謝ってきた。



「いいのよ謝んなくて」「そーよそーよ、ウチらも妙な詮索して悪かったわね」




私は他の二人みたくとっさに気のきいた言葉が出るはずもなく、「気にしないで」としか言えなかった…。

それにしても…こんなドロドロした話を聞いてしまうと、結婚が怖くなってしまう。

だからと言って一生一人でいる覚悟もできていないし、悩ましい。



「ああ、気を使わせちゃったね…なにも出さずにゴメン、ちょっと待ってて…」



佐和子サワコはそう言って立ち上がり、オープンキッチンへと向かう。



「あらやだ!気を使わなくていいのよ!」

「そーよ、そーよ!もう夕食は済んでいるのだし…」



一美カズミ真紀子マキコに続いて私もなにか言おうとしたのだけど、

言葉が思いつかない…。

だいたいいつも言いたいことは他の人に先に言われてしまう感じだ。



「そうね、夕方の休憩でみんなご飯食べたからね…でも、ビタミンは必要でしょう?」



冷蔵庫から何かを取り出し持ってきたのは、シャインマスカットだった。



「うわあ、シャインマスカットじゃないの〜!」「高かったんでしょ?悪いわー」



ガラスの器にこんもりと盛られたシャインマスカットは、ツヤツヤしていて美味しそうだった。



「気にしないで、うちの母方の実家が葡萄栽培しているから、毎年送られてくるの」




うらやましい環境…。

私はふとあることを思い出し、訊いてみた。



「お母様の実家って、山形だっけ?」



これには佐和子サワコ、ちょっと驚いた表情。



「そうだけど、話したことあったっけ?」




やはり、覚えてなかったか…。

私は入社してすぐの出来事を話した。



佐和子サワコって、私より一ヶ月早く入社したよね?で、初めての夏期休暇の後に、この会社はお土産持参禁止でつまらない…ってボヤいてたの覚えてないかな?その時、せっかく葡萄が届いたのにって話の流れからお母様の実家のこと知ったんだけど…?」



佐和子サワコは目を見開いた、もともと大きな目がさらに大きくなった。



「えー、そんなこと話したっけ?よく覚えてるねー」



覚えてるもなにも、葡萄は私の大好物なので、葡萄園を持つ親戚がいるのが単純に羨ましかったから…。



「そーそー!うちの会社、それがイケずなのよね〜!」



私と同じく葡萄が好物の真紀子マキコが、ひっきりなしにシャインマスカットを頬張りながらブーたれる。



「それね、トラブルのもとになるから、禁止になったみたいよ?詳しくは知らないけれど…」



と、このメンバーの中で一番勤続年数の長い一美カズミ

次の話題は社内の理不尽について盛り上がった。

シャインマスカットは瑞々みずみずしくて甘く、いくつでも食べられるような気がした。



こうしていつもと違う形の久々の女子会だったのだけれど内容は相変わらずで、

それでも楽しく感じたのは、約2年ぶりだからだと思う。

このまま徐々にもとの生活に戻ればいいのに…と、心の底から願った。
















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