第3話 お泊まり

楽しかった女子会はお開きとなり、家庭のある一美カズミ真紀子マキコが帰り、家が遠い私だけが佐和子サワコの家に泊まることになった。



「温かい紅茶でも飲まない?」



まだ眠る気がないらしい佐和子サワコは、紅茶の茶葉の入った缶を片手に訊いてきた。



「あ、気にしないで…明日仕事でしょう?」



若いときと違って年齢いくと夜更かしに睡眠不足はきつい。

けれども佐和子サワコはクスッと笑う。



「大丈夫、明日シフト入ってないから………って、もしかして、おねむ?」



なんか、子供扱いされた感じ…。

普段から佐和子サワコ以外のメンバーからも子供扱いされることがあるのは童顔のせいだけでないのわかっていたが、

もう40になるのに何だかなぁ…と、微妙だった。



「ううん、私も何だか眠たくない」



実際本当に眠たくはなく、久々に誰かと話したい気分だった。



「じゃあ、お茶でも飲みながらお話しましょ」



佐和子サワコはそう言ってキッチンへ入って行った。



一ヶ月違いで入社した佐和子サワコとはほぼ同期なんだけど、リア充代表のような彼女と陰キャ代表のような正反対の自分が対等に接することに未だに慣れない。

だいたい家で温かい紅茶を飲むのに茶葉なんて使ったことなんてなかったし、

紅茶をいれるとしたらティーバッグだった。

外見や所作だけでなく、生活習慣までもがひとつひとつ自分と違いすぎた。



「お砂糖ミルクは?」



「あ、ミルクだけいただきます」



しばらくして佐和子サワコがトレイを手に戻ってきた。



「どうぞ」



私が腰かけているソファーの前の小さなテーブルの上にティーセットが次々と並べられた、白を基調としたオシャレな陶器だ。

それは白無地ではなく、白地に白い花やフルーツが凹凸おうとつ状に浮き彫りにされている素敵なデザインだった。

カップ&ソーサーだけでなく紅茶の入ったポットにミルクピッチャーまでもが同じデザインで、感嘆せずにはいられなかった。



――もしうちで温かいミルクティー出すなら、ティーバッグにミルクは市販のポーション使うだろうな――



そう考えながら紅茶にミルクを注いだのだけど、これがまたほんのりと温かかったので、ビックリした。



――うわ!ミルクまで少し温めてる!私だったら牛乳冷たいまま使うだろうな…――



ひとつひとつに感心していたら、佐和子サワコにクスリと笑われてしまった。




ミドリってあんまりしゃべんないけど、顔に出るからわかりやすいよね」



思わぬ指摘を受け、仰天する。



「えっ、そうかな?」



「うん、さっきからビックリ箱開けたような表情カオしてるもの」



それは自分でも気がつかなかった…。



「だからかな、なんか秘密話したくなるんだよね」



これまた一美カズミ真紀子マキコがいたら大変なことになりそうな発言だ、私は紅茶をすすりながら黙って耳を傾けることにした。



「さっき彼女らには言えなかったことだけどさ…私元々不妊体質なんだよね」



「えっ、そうなの!?」



いきなりのぶっちゃけに驚く。



「うん、だからまーくんとの子供妊娠できたの、奇跡に近かったんだよね…だからこそ慰謝料上乗せされたんだけどさ…」



これまたすごい話!

あまりにもな内容なんで、言葉が出なくて目を見開く。

佐和子サワコは寂しそうな笑顔を見せる。



「私ね…さっき一美カズミさんたちに言われるまで、このおうちにインテリアの半分が彼らの不幸の上に成り立ってるなんて、考えもしなかったんだよね」



不幸…。

私はそのフレーズに違和感を覚えた、

彼らが佐和子サワコを傷つけたんだから、それを不幸というのは違うんじゃない?と言おうとしたら、再び佐和子サワコが語り出したのでなにも言えなかった。



「まーくんと別れてからはさ、2人くらいはつき合った人いたけどね、なんか結婚に繋がんなかったんだよね」



私の感覚からすれば、大失恋の後に普通に彼氏ができること自体がすごいことなので、彼女が未だに独身でいることに対し不思議には思わなかったのだけど、普通に考えたら美人で社交的な佐和子サワコには、有り得ないことなのかもしれない。



「…そうなんだ…」



なんと返せばいいかわからない。

これが一美カズミ真紀子マキコなら、「それで今はどうなの?」ってツッコミを入れるとこなんだろうけれど、

私にはできなかった。



「実はさ…、婚活はじめてたんだ」



婚活!

それは私がはじめてみたいと思いつつ、何もせずにいたことだった。

具体的になにをはじめたのか、身を乗り出してしまう。



「婚活って…紹介所か何か?」



この問いに対し佐和子サワコはフッと笑った。



「私、紹介所向きではないのよね…最終学歴は偏差値の低い高校卒業だし、これといった資格は持っていないし、社会人経験は読者モデルと今のパート勤務だけ。それに、実家は裕福でも母親は後妻だし…あ、二号さんじゃないけどね」




「えっ、そんなこと関係あるの?」



私はビックリした、田舎ならまだしも、

ここは東京…。

佐和子サワコのご両親が地方出身者だとしても、住んでいたのは首都圏だ。



「お見合いとか紹介所は釣書が必要よ」



知らなかった…。

自分が20代後半になった当たりからお見合いの話はなくもなかったのだけれど、打診され迷っているうちに話が立ち消えになってしまってばかりだったから、正式なお見合いというのがわからない。



「とにかく私は若くないし、お見合いに不利な条件ばかりだから、恋愛がんばるしかなかったのよね…その恋愛も最近は不発だけどね」



そ、そんな!佐和子サワコで恋愛が不発だなんて!



「婚活って、具体的に何してるの?」



恋愛や紹介所に頼らない佐和子サワコが婚活で何をしているのか、純粋に興味があった。



「最初は合コンとかだったんだけどね、だいたい友人知人はモデル時代に知り合った人ばかりだから、なんかチャラいんだよね」




佐和子サワコはふう…と、ため息をついた。

モデル時代に知り合ったような友人知人って、どんな人達なんだろう?想像もつかない。



「交際に繋がっても、結婚に向かないようなタイプばかりなのよ」



佐和子サワコは苦笑した。

そもそも私自身が出逢いや恋愛に縁がないタイプだから、つくづく佐和子サワコとこうして仲良く交流しているのが不思議だ。



「マッチングアプリも考えたけれど、あんまりいい話聞かないから利用しなくて…実は一美カズミさんと真紀子マキコさんにも相談したのだけど、知り合いに独身いなくてね…」



なんと、彼女らにも相談していたとは!

婚活はじめてすぐあれこれ行動できる佐和子サワコを心底すごいなって感心してしまう。



「でね、今はね、合コン料理教室とかいうのに参加しているの」



「えっ、合コン料理教室!?」



私が驚いたのは、合コン料理教室という存在を知らなかったからだけではなく、

このコロナ禍でもこういう事があったというのにもビックリだった。

佐和子サワコはスマホをいじってフォトを見せてくれた。

そこにはマスクとエプロンをつけた男女が数人、調理をしている様子が写っていた。

写真の中での佐和子サワコは、オシャレな花柄のエプロンをつけ、炒め物をしていた。



――やっぱり美人だよな――



思わず見とれてしまう。

普通女は40もすぎれば普段どんなにキレイでも写真に写し出された姿は残酷で、

シミやシワにたるみがわかってしまうことが多い。

自分の場合、シミにシワやたるみはわからないものの、若い時より瞼の腫れぼったさと肌のくすみが目立ってかなり見苦しい。

それが佐和子サワコは、そこらの20代に見劣りしないくらいで、さすが元モデルだ。


佐和子サワコはスマホをスワイプし、

次の画像を見せてくれた。

そこには赤いエプロンと白い不織布マスクををつけた外国人男性が、ホワイトボードを前に何か説明している様子が写し出されていた。



「この日はジョージア料理教室だったの…あ、うちらの時代はグルジアと呼んでいた国ね」



ジョージア料理とは!これまたオシャレな!

フレンチやイタリアンとかではなく、それを飛び越している!



「ジョージア料理って…どんなの!?」



まるで想像がつかない。



「この日作ったのはね、シュクメルリなの。ほら、最近話題でしょう?自分でも作ってみたくて参加したのよね」



シュクメルリ!?そういえば、なんかどっかの定食屋がそういう料理を出して話題になっていたことを思い出した。

さすが佐和子、話題の料理を作ろうとするなんて…。



「うふふ、ミドリってば目を真ん丸くしちゃって!」



目を真ん丸………自覚してなかった………。




「でね、この合コン料理教室、毎月第2日曜日にあるんだけど、良かったらミドリも参加してみない?」




「へっ!?」



突然のお誘いにヘンな声を出してしまった。



「あ、ここの料理教室はね、個人でやっているから入会金もなくて毎月必ず参加する必要がないから、気楽でいいよ」




いつもの私なら何でもすぐには決断できなくて、グズグズしているうちに話が流れてしまうのだけど、この時ばかりは「参加してみようかな」と即答したのには、自分でも驚いてしまった。



「良かった〜、来月から参加ね!」




深く考えずに即決しちゃって、なんだか不安…。

とはいえ、佐和子サワコが一緒で安心できるし、食べることが大好きなので、ちょっと楽しみ……………だけれども、私自身は結構な人見知り、大丈夫かな…。

佐和子サワコが一緒でも、ずっと引っ付いて足を引っ張る訳にもいかない。

今から緊張してどうすんだろ!?



こうして私の婚活は、合コン料理教室の参加表明から始まったのだった…。









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