マルチプレイ

 真顔、と言っていいものかどうか。

 おれはちょっと笑えてくるくらい提案されたゲーム群をそれぞれざっと眺め見ながら、どう答えようか考えていた。

 やりたくないとまでは言わないが、気乗りはしない。

 まずハードウェアの問題がある。元からゲーム好きらしいミサキさんと違って、おれは種類を揃えていない。プレイにしたって口が裂けても得意とは言えない。対戦でボロ負けして幻滅。協力プレイで役立ずすぎて幻滅。そんな未来ばかり考える。もちろんミサキさんの性格を考えればそんな結果は待っていないのだろうだろうが、


「――そも、たっかいな」


 ミサキさんイチオシは本体と合わせて抽選販売。次善策でも本体だけで一律で支払われるとかいう給付金の半分を食っていく。

 かといって、おれのノートで激しいゲームは厳しい。

 どうしたもんかと言い訳を考えながら、おれはミサキさんを呼び出した。


「ちっすちっすッス」

「どもーっす」

「決まりました!?」


 さっそく投げつけられたキラッキラの眼差しに、おれはなんとか笑顔を維持した。


「えーっと、それなんですけど……」


 たったそれだけで口にしただけで、ミサキさんは久しぶりにチベットスナギツネもかくやというジト目になり、長らく姿を見ていなかったピコピコギブソンを打ち鳴らした。


「自分とは一緒に遊びたくないッスかー?」

「まさか。そんなわけないじゃないですか」

「だったら――」

「こんな状況ですし、散財しすぎもどうかなーって思うじゃないですか」

「……えー?」


 ミサキさんはピコソンをピッコンピッコン鳴らしつつ虚空を見上げた。口の端さげて口先とがらせ、ぬーんと唸り、ピコン! とピコソンを勢いよく振り下ろした。


「自分、大事なイベントが流れちゃったッスよ!」

「あー……まぁ今年は色々ね……」

「だから浮いたお金で――」

「そこぉ! そこですって!」


 おれはちょっと声を張ってミサキさんを牽制しつつ、もっと早くすべきだった指摘をした。


「そのお金、別に浮いてないですからね?」

「……へっ?」

「趣味というか、まぁ私生活をよりよくするって意味で無駄遣いとは言いたくないですけど」

「えっと」

「浮いたお金なんてないんです」

「…………でも」

じゃなくて、貯蓄に――」

「やー、です」


 ツーンとそっぽを向くミサキさん。まぁそうなるだろうとは思っていた。けれど、いまは状況が状況だし、少し財布の紐を固くしておくくらいでいいはずだ。

 だが、


「経済を回すにはお金を使うしかない! ッスよ!」

「……まぁそうですけどね」


 趣味人なうえに弁が立つ。お金を使っていい理由さがしにも余念がない。もし今後、一緒に暮らすなんてことになると苦労させられるかもしれない。まぁ、その手の話をヤイヤイやるっていうのも楽しいのだろうけど、でもなぁ。

 おれはとりとめもない思考を繰り返しながら、ちらっとモニターを見た。

 ミサキさんが拗ねたような目でこちらを見ていた。


「自分だって分かってるッスよー……って」

「ホントに分かってます?」

「それにこれは、ただの遊びじゃないッスよ!」


 ピコピコン、とテーブルを叩き、ミサキさんはカメラに向かって変なハンドサインを決めた。親指、人差し指、小指だけを立てたハンドサイン。意味は知らない。

 おれは意味がわからないままにハンドサインを真似て返した。


「遊びじゃない?」

「そ、そうッス!」


 こくん、と喉を鳴らして、ミサキさんはピコソンを振った。


「配信ネタの確保ッス!」

「……指ドラの配信をする予定だったのでは?」

「い、いろいろやってみようってことで……」

「中途半端になりません?」

「でもでも、一個のネタだけだと詰まったときに大変で……っ!」

「まぁそれは分かりますけど……」


 やりたいようにやってればいいとは思う。しかし、ミサキさんの場合は(どこまで本気なのか知らないが)副業にしようというのだ。多少は戦略も考えたほうがいい。


「指ドラのプレイヤーってだけじゃニッチ具合が足りないですしね」

「音だけだと埋没、確ッ! 定ッ! ッスよ……まぁ、前も言いましたケド」

「まぁミサキさんならコスプレして顔出しでやれば、それだけで一定数は集まるでしょうけど」

「……でも、それはしてほしくないッスよね?」


 ちらっと上目を向けられて、おれはこっ恥ずかしさを覚えながら頷いた。


「やっぱりリスクが――」

「だったら一緒に出演しちゃうとかどッスか?」

「――は?」


 は?

 おれはあんぐり開いた顎を戻すのに数秒を要した。

 男女コンビの配信はノーマークだった。当然だ。自分が配信者になるなんて発想はない。

 ミサキさんは期待に目を輝かせながら言った。


「どッスか? 自分と一緒に」


 即却下、ではちょっと悲しい。まぁ聞いてみるだけでも。

 そんな気分でおれは首を縦に振った。


「いつかはそういう提案がくるんじゃないかと思ってました」

「じゃあ――」

「違いますよー? やるとは言ってないですよー?」

「えー?」


 不満そうにピコソンを打ち鳴らす姿に苦笑しつつ、おれは話し合ってきた配信ネタ帳をざっと眺める。まぁ本人的には指ドラとDTMの配信が本命だろう。それとコスプレ――着るより作るほうメインっぽいのがミサキさんらしい。あと、今日くわわったゲームの……これは実況を想定しているのだろうか。


「えーっと……内容的にふたりでやるようなのってゲームくらいですよね?」

「えー? 別にそうでもないッスよ?」

「というと?」

「……ただイチャイチャしてるだけの動画とかいっぱいあるッス」


 しゅっと顔を赤くし、ちょっと縮こまりながら、ミサキさんは言った。


「あーいうのもいーかなーって……」

「――ちょっと待ってください?」


 おれは目眩めいたものをおぼえ、目頭を揉んだ。イチャイチャしてるのを配信? どういう意図で? 目的は? というか、そんなの誰が見たがる? 


「なんかこう、ふたりでカップルゲームとかして、きゃーって――」


 クラクラしているところに追撃をかけられ、おれはテーブルに没しそうになった。内容がまるで見えてこないが、イチャイチャしたいというのは分かる。超したい。おれだってしたい。



「……けど、なんでそれを配信……?」

「そこに需要があるからッス!」

 

 ビコン! とひときわ強く鳴らされるピコソン。またネックが折れちゃったりしやしないかとヒヤヒヤするが、おかげで頭もいい具合に冷えてくれた。


「却下ですね」

「ゔぇー!? なんでっ!? なんでデスかっ!?」

 

 本気で悲しんでいそう涙目に、おれは鼻でため息をついた。


「イチャイチャはしたいですけど、それを誰かに見せるとか恥ずかしすぎです」

「えー……そうッスかー……? 公園とかでも手ぇつないでるカップルとか――」

「いますけど、公園と配信じゃ意味がぜんぜん違うでしょうよ」

「オンナジだと思うッスけどねぇ……?」


 んー、と首を捻るミサキさんに、おれはけっこう強めな意志を感じた。きっと思いつきに先立って、憧れめいた感情が走っているのだ。こうなれば道理による理性的な説得は困難、話を逸してしまうほうが手っ取り早い。


「そもそも、同棲とか始めないとふたり配信とかできないですよ?」

「ゔぇっ――ま、まぁ、それはそうッスけど……っていうか!」


 ミサキさんは頬を撫でつつジト目になった


「そういえば、まだ正式にお付き合いしたいって言われてないッスよね……」

「……まぁそうなんですけど……」


 当然の反応である。おれもそう思う。というか、告白とか、付き合うとか、そういう段階をすっ飛ばしていきなり同棲している気分になっていた。

 だからこそ、ミサキさんもカップル配信を提案してきたのだろう。

 しかし。


「そういうのって、ちゃんと会ってしたくないですか?」

「……それは……うーん……」


 もじもじしているミサキさんに、おれははっきり言ってやった。


「おれは会ってしたいです。正式には」

「……はぃ」

「あとどうせなら。耳元で言いたいですね」

「……耳元……」


 ミサキさんは耳たぶを撫でつつ、にへらと笑った。

 おれは内心で胸を撫で下ろしながら、つづけて尋ねた。


「せっかくだし、どうイチャつきたいのか教えてくれません?」

「――ゔぇっ!?」

「参考までに。おれも話しますんで」


 興味があるし、興味があった。

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