第6話 自称家臣のストーカーとデート(水族館編)

 水族館は、いいものだ。

 巨大な水槽で悠々と泳ぐ大きな魚や、小さな魚の群れが方向を変えながら隊列を乱すことなく、まるで大きな魚になっているかのような集合体を見ると、雄大な光景に感嘆のため息が出る。

 ……これでストーカーとのデートじゃなかったらもっとはしゃいでいたんだろうな。

 水族館は水槽の中の魚が人間に怯えないように、水槽を明るくし我々人間のいるホールを暗くすることで人間の姿が見えないように工夫されている、と聞いたことがある。

 つまり、永久保ながくぼが暗闇に乗じてするには絶好の場所なわけで……。

 駐車場では「香織かおりさんがその気になるまでは我慢する」と言っていたが、果たして何処までの信用度があるのか。

 男なんてチャンスがあればいつでも本能を剥き出しにするものだ。付き合った経験ないから分からんけど、恋愛漫画とか読むとそんな感じだし。

「香織さん、オススメのコーナーがあるので行ってみませんか」

 永久保は手を繋いだまま、私の手をそっと引いて、案内してくれる。

 一応警戒しながら向かってみると、そこには柱のように円柱状の水槽があった。

「クラゲだ……」

 私は独り言のように呟いた。

 水槽の中で、身体が下に沈んでいくのを必死で上の方へ泳いでいるクラゲが見える。

「よろしければ、写真など」

 永久保はスマホを取り出し、私をクラゲの柱の傍へ立たせる。

「永久保さんは入らないんですか?」

「いえ……香織さんさえいてくだされば」

 永久保はスマホのカメラをいじっている。おそらくはフラッシュを焚かないように設定しているのだろう。

「ちょっと貸してもらっていいですか?」

 私は永久保からスマホを奪い、ついでに永久保の服を引っ張る。

「わ、と……香織さん?」

「はい、撮りますよー」

 カチッ、と音がした。多分シャッター音だろう。

「こうやって、自撮りすれば二人で入れるでしょ」

「……」

 スマホを返すと、永久保はスマホを見つめながら目をぱちぱちさせていた。

 それから、時間差でぱあぁ……と目を輝かせた。

「……香織さんが一緒に写ってくださるとは、思ってもみませんでした」

「私のことは何でもお見通し、って言ってませんでした?」

 私は悪戯っぽくニシシと笑う。

 なんか、ダメだ。永久保が悪い人間には思えない。ストーカーだからと邪険にしようとしても、彼の素の優しさと不器用さがわかってしまう。

「それにしても、クラゲ、綺麗ですね」

 円柱状の水槽も他の例に漏れずライトが入っていて、クラゲが光を帯びているように見える。

「やはり香織さんは転生してもクラゲはお好きですか」

「え?」

「前世での貴女は、クラゲを眺めるのがお好きでしたから」

 そうなのか、と思うと同時に、面白くないな、という気持ちになってしまった。

「前世は前世、今世は今世でしょ。前世の話されても、私は記憶がないから話についていけないんですけど」

「申し訳ありません」

 永久保は寂しそうに目を伏せていて、ますます面白くない。

 ――もしかして、永久保は前世の私が好きなだけで、今世の今ここに生きている私には興味無いのでは?

 そう思うと、永久保がなんとか私の前世の記憶を呼び覚まそうとしているのにも納得が行く。それにしても、ややこしい話だ。

「……行きましょ。イルカショーがもうすぐ始まりますよ」

「はい、香織さんの仰せのままに」

「そういうのいいですから」

 私は不機嫌を隠すように足早にクラゲの水槽を離れたのであった。


 イルカショーも見終わり、私たちは土産物屋で商品を漁っている。

「ダイオウグソクムシのぬいぐるみかあ……」

「プレゼント致しましょうか?」

「いえ……どうせ買ってもらうならもうちょっと……こういう……」

 私は大きなイルカのぬいぐるみを持ち上げた。大抵こういうのは自分で買うには躊躇するお値段である。

「承知致しました。他になければお会計致しますが」

「えっ、いや、冗談ですよ?」

 自分で買うのを躊躇するような代物を他人のお金で買ってもらうのはちょっと。

「お気遣いなく。私が香織さんに差し上げたいのです」

 永久保はニッコリ笑うと、私の手からぬいぐるみを取り上げて会計に向かってしまった。

 ……やらかしたかもしれん。

 今後、永久保と行動する時に、こういう恩があるとなかなか断りづらいというか。

 私を脅すような性格には見えないけど……。

 やがて、永久保はぬいぐるみの入った大きな袋を抱えて、「それでは行きましょうか」と手を差し出す。

 もう手を繋ぐのも慣れてきたところで、無意識に手を伸ばしていたのは自分でも驚いた。

 駐車場に停めた車の後部座席に、ぬいぐるみの袋を置く。

 来た時と同じように、運転席に永久保、助手席に私が乗り込んで、車はレストランへ向かうのであった。


〈続く〉

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