第7話 自称家臣のストーカーとデート(レストラン編)
レストランに着いた頃にはだいぶ日が落ちていた。青と赤の混じり合う幻想的な空を、窓際の席から眺める。
どうやらメニューは既に予約済みのようで、料理が来るまで待つしかなさそうだ。二人掛けのテーブルに、
今日のデートでわかったことがある。永久保は多分悪い人間ではない。ちょっと発言の内容や思考回路はおかしいが、話しているうちに私もだいぶ毒されてきているようだった。前世とやらのことは未だによくわからないし、私に心当たりはまったくないのだが、少なくとも私に害が及ぶようなものではない、と思う。
「綺麗な夕暮れですね」
空を眺めながら思案に暮れていた私を見てか、永久保が声を掛ける。
永久保のほうに目を向けると、彼はニコッと笑いかけてきた。その愛おしそうな目を見ると、なんだかソワソワする。好意が、愛情が、自分に向けられているのを感じてしまうと、やはり落ち着かなかった。
やがて料理が運ばれてきて、私たちは軽く会話しながら食事を楽しむ。流石ドレスコードが指定されている店だけあって、美味しい。
永久保は会話の引き出しが多いというか、打てば響くような会話を楽しむことが出来た。変人ではあるが、おそらく教養はあるんだろうなと思う。
「――ご馳走様でした」
腹八分目くらいまで食べて、私はだいぶ満足した。
「永久保さん、割り勘しましょ」
「いえ、ここは私が」
「ぬいぐるみまで買ってもらっちゃったのに悪いですよ。おいくらですか?」
永久保に料理の値段を聞いて、私は割り勘にしようと言ったことを後悔することになる。
「…………」
「私が払ってきますから、
「……ありがとうございます……」
いや、この値段を払える永久保さん、どんな仕事してるのか気になってきたな……。
「忘れ物はございませんか?」
「大丈夫です」
私はまた助手席に乗り込む。
車は真っ直ぐに私の家まで走っていく。
家の前で停まった車から降りようとシートベルトを外していると、
「香織さん」
永久保に声を掛けられてそちらを見ると、彼は真剣な顔でこちらを見ていた。
「本日はいかがでしたか?」
「楽しかったですよ?」
「それは良かった」
永久保はホッとしたような顔をする。
「あの、香織さん」
「はい?」
「よろしければ、私と付き合っていただけませんか? また、こうして一緒にいられれば、と」
永久保から、交際の申し込み。
「……私、前世の記憶とかないですし、多分今後も思い出すこと、ないですよ」
「構いません」
「そうですか」
私はシートベルトを外した。シュルシュルとベルトが収縮していく音がする。
「今日はありがとうございました。交際については、少し考えさせてください」
「承知致しました」
永久保は、ひとまず拒絶はされなかったことに安堵しているようだった。
車を降りると、永久保も家までついてきた。
「あら、永久保さん。今日はうちの娘がお世話になりました」
「いえ、そんなことは。こちら、よろしければお土産です」
「あらあら、これはご丁寧に」
母と永久保が会話している間に、私は自室に戻った。
お土産の袋と一緒に、ベッドにダイブする。布団に埋もれたまま、ちらりと袋を見ると、あのイルカのぬいぐるみが袋から顔を出していた。
ぬいぐるみを手繰り寄せ、ギュッと抱き締める。大きなぬいぐるみは、そのまま抱き枕になりそうなサイズだった。
交際を考えさせてくれ、とは言ったものの、もう気持ちとしては永久保を拒絶することは出来そうになかった。変な人、という認識は変わらないまま、しかしあれだけ真っ直ぐに好意を向けられると、とても無下にできない。あんなイケメンと付き合える機会、もう二度とないだろうし。
あー、メイク落とさなきゃ……と、気力を振り絞ってメイク落としシートで顔を拭いたのを最後に、私の意識は落ちた。
〈続く〉
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