第2話 二十五歳で姫呼びは正直キツい
「今朝は変な人に出くわしちゃったけど、お母さん、大丈夫かなあ……」
――私、
イケメンに『姫様』と呼ばれて悪い気はしないけど、そもそもあの人、何者なんだろう。
私は会った覚えがないけど、向こうは私を知っているみたいだった。
永久保はそのまま家に上がり込み、今頃は私の母と談笑しているだろう。
母が心配だが、空手の有段者だし、多分あんなひょろい奴には負けない……と信じたい……。
それより、永久保が咄嗟についた嘘――『香織さんとお付き合いさせていただいております』なんて、冗談じゃない。
イケメンだけどそもそも『永久保証』という名前からして怪しすぎる。どう見ても偽名である。
ああ、やっぱり母が心配になってきた。腕っぷしが強いとはいっても、永久保が変な宗教の勧誘である可能性もある。こう言ってはなんだが母は単純なのですぐ洗脳されてそうだ。
……今日は早く帰ろう。
私は今日の分の仕事を終わらせてノートパソコンをパタンと閉じる。
定時を少し過ぎて、街にはもう街灯が灯っている。
会社を出ると、「姫様~!」と大声で呼ぶ声がする。
「――!?」
「姫様、お待ちしておりました!」
あの男――永久保が、会社前で私を待ち伏せしていたのである。
「えっ、なにあのイケメン……」
「一緒にいるの、美園さんよね……?」
「姫様って……?」
ちょうど会社から帰宅しようとする女子社員たちが、ひそひそと私達を見ている。
――注目されている。
顔から火が出そうなほどの羞恥心で、私は真っ赤になった。
「姫様? いかがなさいました?」
「ちょ、ちょっとこっち来て!」
私は永久保の腕を引っ張って、ひと気のない場所まで移動する。
「――私のことを姫って呼ぶのやめて! 恥ずかしいから!」
「しかし、私にとって、姫様は姫様なので」
「だいたい、姫って何!? 私は美園香織! ただの一般人で、普通の会社員! ホストクラブにも通ってない! 姫なんて呼ばれる筋合いないわ!」
私は永久保を頭ごなしに叱りつける。
「私、もう二十五歳よ!? 二十五歳で姫呼びは流石にキツい!」
オタサーの姫だって大学生くらいだからせいぜい二十とかそこらだろう。
「そもそもあなた、何者なの? 『永久保証』とかいう変な偽名を使ってることくらいしか、私にはわからないわ」
「姫……残念ながら、『永久保証』は現世での私の本名なのです……」
そう言って、クッ……と悔しそうに顔をうつむける永久保。
あ、その名前、嫌なんだな……。
「私は前世では姫様の家臣をしておりました」
「私が前世ではお姫様だったってこと?」
あらまあ、ロマンチックだこと。
当然、私は信じちゃいない。
「私と姫様は恋仲で……しかし、当時は身分の差があったので、許されない恋でした」
「はあ」
「私と姫様は来世で結ばれることを誓い合って、川に身を投げ心中したのです」
永久保は遠くを見るような目をしていた。
私は前世なんて到底信じられないが、どうもこの永久保という男は本気でそう信じているらしかった。
……コイツ、ヤバい奴だな。
「あの、……ええと、その主従関係? って、現世ではもう通用しないし、あなたはあなたで新しい人生を生きれば?」
「ええ、そのつもりです」
よかった、説得に応じてくれた。
「――現世なら身分の差もありませんからね! 姫様と結婚もできますし!」
「は?」
話が飛躍しすぎてついていけない。
私が、このよくわからんイケメンと――結婚?
「前世で報われなかった分、現世では二人で幸せな家庭を築きましょうね、姫様」
「……とりあえず、『姫様』って呼ぶのをやめて……」
「はい、香織さん」
下の名前かよ。前々から思ってたけど、めちゃくちゃ距離感近いな。
ない。いくらイケメンでもこれはない。
私は額に手を当てて、考え込むポーズを作る。頭が痛い。
――こうして、この日を境に、自称家臣の男――永久保が、私――美園香織に猛烈な求愛攻撃を仕掛けてくることになるのであった。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます