自称家臣のストーカーとの恋愛フラグをへし折りたい

永久保セツナ

第1話 謎の男、玄関先に現る

 私、美園みその香織かおり! 二十五歳、ごくごく普通の平凡な女性会社員!

 今日も元気に会社に出勤しようと玄関のドアを開けると――

「おはようございます、姫様。やっと見つけましたよ」

 ――知らない男性が立っていた。

 年齢は二十代後半から、多く見積もっても三十代前半くらいだろうか。長身でスマートな体型。

 結構なイケメンだ。こんな綺麗な顔した男の人に『姫様』なんて呼ばれたら、本当にお姫様気分だろう。

 ……で、『姫様』って誰?

「姫様、私を覚えていらっしゃいませんか? 私です、■■です」

 ――……?

 男は名前を名乗ったらしいが、何故か名前の部分だけノイズが入ったように上手く聞き取れない。

「ああ、おいたわしや……前世の記憶を封印されているのですね。では仕方ない。こちらの名前は名乗りたくなかったのですが……」

 男はそう言って、懐から名刺入れを取り出す。

 ……どうも、『姫様』とは私のことを指しているらしいが、この人、イケメンだけどなんか変だ。

 前世の記憶がどうとか……そもそもこの人が誰なのか、私は会った覚えがない。

「こちら、名刺でございます」

「あ、どうもご丁寧に」

 つい会社員の癖で名刺を受け取ってしまった。

 名刺には『永久保証』と書かれていた。

「えいきゅう……ほしょう?」

「それで『ながくぼ あかし』と読むのです。いやはやお恥ずかしい。親は何を考えてこんな名前をつけたのか……」

「……」

 どう見ても偽名である。

 この男、いよいよ怪しい。

「ええと……永久保、さん」

「姫、私にさん付けなど不要でございます」

「……永久保さん。私これから会社に行かなければならないので、一度お帰り願いたいのですが」

 玄関の時計を見ると遅刻するほどの時間ではないが、こんな怪しい人の相手をしていたら時間なんてあっという間である。

「では、姫がお留守の間に掃除でもしておきましょうか」

「は? いやいや、あなたみたいな怪しい人を家に上げるわけないでしょう。帰れって言ってるんですよ」

 そもそもここは私の実家で、私は実家から会社に通っている。こんな不審者を家に上げたら家に残っている母が危ない。

「香織~? さっきから何を揉めてるの? セールスマンか新聞屋なら帰ってもらって――」

「お母さん、警察呼んで。変な人が……」

「香織さんのお母様ですか?」

 欠伸をしながら廊下を歩いてこちらに向かってくる母に、私が注意喚起する前に男――永久保が、愛想笑いをして話しかける。

「あらイケメン」

 男性アイドルの追っかけをしている母には美形の永久保の顔は効果が抜群のようだ。秒でコロリと参ってしまった。

「私、香織さんとお付き合いさせていただいております、永久保と申します」

「は!?」

 何コイツしれっととんでもない嘘ついてんだ!?

「あらま、そうなの? 香織ったら、お付き合いしてる人がいるなら言ってくれればいいのに。しかもこんなイケメン」

「お母さん、違――」

「この度はお母様にご挨拶に伺おうと思いまして、こんな朝早くにすみません」

「ああ、大丈夫よ。香織はもう出かけちゃうけど、こんなおばさんでよかったらお話に付き合ってちょうだいな」

 母はそう言って、私に向かってしっしっと手で追い払う仕草をする。このイケメンを独り占めしたいのだ。

「――姫、またのちほどお会いしましょう」

 耳元でそう囁いて、永久保は優しく私の背を押し、玄関のドアが閉まった。

「……お母さん、大丈夫かな……?」

 一応、空手の有段者だとは聞いているから、あの永久保とかいうひょろい男には負けないだろうけど……。

 それに、腕時計を見ると、もう行かないと間に合わない時刻。ああ、家族よりも会社を優先してしまう社畜の悲しさよ。

 私はかばんを持ち直して、バス停までダッシュしたのだった。


 私――美園香織を『姫』と呼ぶ謎の男、永久保。

 この日を境に、私達の奇妙な関係が始まるのである。


〈続く〉

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