22話「最終決戦①」

ヒーローは遅れてやって来る。


ラスボス戦で颯爽と現れて、ピンチの仲間を救い、色々と張られた伏線とかも回収して、世界を救うのがヒーローだ。


だけど、遅れて来といて、美味しいとこ全てかっさらって行くってどうなの?

バイトだって遅刻したら怒られるのに……。

いや、それはまあいいとして、俺は今、ダンジョンにいるんだから、俺がヒーローでいいんじゃね?と言う遅刻の言い訳を考えながら超速で階層攻略に挑んでいた。


ほぼお約束となっているドラゴンとの遭遇も難なくこなし、途中落とし穴とか槍降って来たりとかあったけど、未だ誰とも合流出来ていないのに不安になったりしてます。念話的なヤツも何故か出来ないし。


「おや?……ここは誰か来た後っぽいな」


そこは激しい戦いが繰り広げられた跡のようだった。床はえぐれてるし、壁には血が飛び散っているわで、惨状そのものだ。


床には銀翼の羽が幾つも突き刺さったままだった。そして……。


「この剣……スピカさんの剣だ……」


そう、そこにはスピカさんが使っていたであろう片手剣があったのだ。

スピカさんは二刀使いだ。そのうちの一つが置き去りにされている。


「忘れてったのかな……」


そう思う事にした。考えても分からないし。

そして更に奥へと進むとそこには人影があり、何やら話し声が聞こえてきた。


「絶対右だ!右から何か感じるものがある。右に行くべきだ」

「じゃ左ッスね」

「何故そうなる!前の階層でも貴様の言うとおりにして散々な目にあっただろうが!」

「まーだそんなちっさい事気にするッスか?胸も小さいと心も小さいんスね」

「今すぐ貴様のその育ち過ぎてスカスカのスイカみたいな胸を潰してやる!」

「や、やめましょうよぉ……」

「お腹すいたのです」


セリスとマリンのいつものヤツだ。

今にも仲間割れが始まりそうです。

ティファはオロオロとして止めようとはしているけど、とばっちり受けないように柱の陰から動かない。

リオは興味なしとばかりに隠し持ってたお菓子食べ始めていた。

相変わらず自由だな。ミカさんが居るともっと酷い事になるけど……。


「ちょいちょいちょい!ほらそこ喧嘩しなーい!」


「エイル!無事だったか!」

「良かった〜心配してたんスよ?」


二人共ホッとした表情になった。


「まあ見ての通り、怪我一つないよ」

「そのようだな……だが、ミカエルは一緒じゃないのか?」


俺は転移した時には既に一人だった事を説明した。

セリスとリオ。マリンとティファでそれぞれ二人一組で転移したらしく、だから俺とミカさんが一緒だと思ったらしい。


「そっか……じゃ、どうしよっか?ここでミカさんを待つか、先に進むかだけど」


「先に進むべきだが……その前に気にならかったか?この階層の惨状は見ただろう?」


確かにこの階に入った時に目に入ってきたものはかなり酷かった。

床はえぐれていたし壁に飛び散っていた血の跡もあった。


「あぁ……見たけど、スピカさんの剣が落ちていたって事は……」

「何かと戦った。それは間違いない。しかし、死体の類いは見当たらない」



そう言われればそうだ。あれだけ激しい戦闘が行われていた場所なのに、死体がない。モンスターも何もない。残されたのはスピカさんの剣と銀翼の羽だけだ。


「仲間割れかな?」


「どのような理由でだ?」


「右に行くか左に行くかで喧嘩になったとか?」


俺とセリス達がそんな話をしている頃―――



一面の花畑だった地が炎に包まれその大地はひび割れ、底の見えぬ大穴が幾つも出来上がっていた。

その有り様がミカエルとリュウタロウの戦いの激しさを物語っていた。


「くっくく……あはっ!無様だな!そんなものかミカエル……」


暴食ノ剣を肩に担ぎ、地に膝をつき項垂れているミカエルを見下ろし、高らかに笑うリュウタロウ。


「……」


両腕を失ったミカエルは俯き、そんなリュウタロウの顔をすら見ない。




「おい……返事くらいしたらどうなんだ?僕の声が聞こえていないわけではないだろう?」


リュウタロウがミカエルの顎を掴み、顔を上げさせて目を合わさせると、


突如、眼を見開きリュウタロウの首筋に噛み付くミカエル。


「がッ!んぐぐ……離せっ!このクソ女が!」


リュウタロウは振りほどこうとしたが、凄まじい力で離れなかった。

ミカエルはそのまま首の肉を食いちぎろうとしていたが、リュウタロウは無理矢理引き剥がし、距離を取る。

ミカエルは立ち上がると、両腕を再生させた。


「あー……クソ不味いわアンタ」



「テメェ……ふざけやがって……」

怒りに震えるリュウタロウ。

「ふざけてなんていないわ。私は至極真面目よ。ただ貴方の事を美味しいとは思えなかった。腕を失ってもこの牙で食い殺してやる!」

「上等だ!やってみろ!このクソアマが!お前の身体は僕の物だ!誰にも渡さない!僕こそが最強だ!僕こそが……」

リュウタロウは叫ぶ。自らの存在意義を確かめるかのように。

そして再び戦いが始まった。



一方その頃――


「で?右行く人ー?」

「勿論私とリオは右だ」

「じゃ、マリンとティファは左って事ね」


結局セリスもマリンも譲らなくて、別れて行くことになった。

リュウタロウ達の仲間割れ云々を言ってた矢先に自分達も仲間割れしてたりする。

マリンとセリスの喧嘩はいつもの事だけど、ちょっとした世界の危機じゃなかったっけ?

「じゃ、また後でな」

「うむ」

「気をつけて下さいねぇ〜」

「ではな」

こうして俺達は二手に別れた。


それから更に暫く歩くと大きな転移陣のある広場に着いた。どうやらこっちが正解だったみたい。セリスの勘が珍しくあたった。転移陣は今までのとは違う。おそらくこれが、最深部への道だ。


「こっちで合ってたみたいだね」

「ふっふっふ……当然だな」

何故か自慢げなセリス。


「それでどうするです?マリンとティファは今頃、アホ面してさまよってるのです」


アホ面かどうかは知らないけど、二人を置いて進むのは気が引ける。


「あ、じゃあ俺が先で待ってるから、セリスとリオで二人を連れて後から来てくれ」



「承知した。直ぐに追いつく。行くぞリオ」

「ハイなのです!」


そう言うと二人はさっき来た道を戻っていった。

俺は転移陣の上に乗ると、次の瞬間には外に居た。

いや、違う。空はあるけど、外じゃない。

不思議な感覚がする。

果てしなく広い花畑が何処までも広がる。


そしてその先は見えないけど異様な気配を感じた。


「何か居る……」


俺はそう直感的に感じ、警戒しながら前に進んだ。



暫く進むと花畑は無くなり、その大地は黒く焦げた様な有り様だった。至る所が抉れていた。それはこの場所で戦いがあった事を証明している。嫌な予感がした。


そして大きな扉とその梁の上で、上半身裸で座る―――


厨二病のおっさんが居た。


「リュウタロウ……っ!」


俺がその名前を口にすると、リュウタロウはニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がった。

そして、その背中からは黒い翼が生えていた。

まるで、堕天使のような姿だった。

いや、見た目だけならまだいい。問題は……。


「ミカさんはどうした!?」


戦闘の跡からして、ここで戦っていたのはミカさんとリュウタロウだろう。ミカさんは無事なのか? 姿が見えないのが気になり様々な疑問が浮かぶ。

しかし、その答えはすぐに分かった。

俺の質問に対して、リュウタロウは俺を見つめながら口を開いた。

その声は冷たく、底冷えするようなものだった。


「ミカエル?……あぁ、あの女か……」


「ミカさんをどうしたって聞いてんだよ!」


俺は怒りを露にして刀を抜いた。

だが、リュウタロウはそんな事はお構い無しに続ける。

その言葉に一切の感情が込められていない事が、一層不気味さを際立たせる。

すると、




「食った」


「……は?……え?」


何を言っているのか理解出来なかった。

食った?食ったって何だよ?殺したって事か? それを言ったのか?コイツが? ミカさんを食った? 頭の中で思考がぐるぐる回る。

しかし、リュウタロウはそんなのお構いなしに話し続ける。


「あの女……うん。実に……実に甘美だった……柔らかな肢体は美しく、気高い。男を悦ばせる身体とはああいうモノを言うんだな。はぁ……実に良かった……」


ちょっと何言ってるか分からない。


「だからミカさんはッ……」

「分からないのか?私とミカエルは結ばれたのだ。身体も心も血と肉も!細胞すらも私と繋がりあい、一つとなった。安心しろ、ミカエルは居るぞ?私の中に……私の力となってなァ!」


リュウタロウが右手を上に突き出すと、巨大な赤黒い火炎の塊が現れた。

その火炎はミカさんの火魔法【煉獄】だった。

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