20話「決戦の地……だよね?

 




「こんな時間に何の用かしら?」


 ノアさんが滞在している部屋はミカさんの部屋と同じフロアにあった。既に起きていたのか、それとも俺が来る事が分かっていたかのようだった。


「ノアさん……俺……」

「1人で行くつもりなのね」


 俺は黙って頷いた。

 リュウタロウ達との戦いは多分、激しいものになるだろう。

 リュウタロウはどうだか分からないけど、その他のメンバーの強さはおそらく銀の翼の誰よりも強い。ミカさんと同等かそれ以上と見ている。

 そんな戦いに皆んなを巻き込みたくはない。だから俺は1人で行く事にした。



「そう言うと思ったわ。でもダメよ」

「どうして!」


「黙って行ったところで、後を追うに決まってるもの。それが仲間ってやつでしょ?」

「そこを何とか、ノアさんの力で来ないようにできません?」

「無理よ。もう貴方の後ろに怖い顔した魔王様が来ているもの」


 振り返るとそこにはミカさんがいた。

 俺は慌てて土下座をした。

 しかし、ミカさんは何も言わない。

 恐る恐る頭を上げると、ミカさんは無言のまま拳を振り上げていた。

 殴られる!と思い歯を食いしばった瞬間、柔らかい感触が頭に乗った。


「馬鹿……私の事、もう置いてかないでよ……追いかけるのは嫌。死ぬ時は一緒じゃないと許さないし。リュウタロウにトドメ刺すのは譲りたくない」


 そう言って、ミカさんは俺を強く抱きしめた。


「ごめんなさい……もう離れないです。ずっと一緒にいるよ。最期の時まで」


 ミカさんを抱きしめ返し、頭を撫でた。

 守らないといけないほどミカさんは弱い存在じゃない。彼女なりの覚悟だってあるし、何よりリュウタロウに対する恨みなんて俺よりあるのだろう。

 しばらくそのままの状態でいると、ふいに視線を感じた。


「やれやれ、二人の世界に入ってるところ悪いが、私も行くからな」

「抜け駆けなんてエイルのクセに生意気なのです」

「ご主人様イク時は一緒ッスよ!」

「エイルさん、銀の翼は貴方の行く末を見届ける権利ありますよね?最後まで責任とって下さいね!」


 いつの間にか全員が俺の背後に立っていた。セリス、リオ、マリン。あと……ティファ?



 皆、俺と共に戦ってくれるというのか……。

 俺は立ち上がり、全員の顔を見た。

 一人一人の顔をしっかりと目に焼き付ける。

 俺はこの世界で沢山のものを得た。

 だから失うのが怖かった。

 誰よりもこの戦いで怖がってたのは俺なのかもしれない。

 皆の顔は負ける事なんて微塵も考えてやしない顔だ。こんな頼もしい仲間が俺には居る。うん。負けるなんてない。


「絶対に勝つぞ!だから……何があっても絶対に死ぬな!」


「そんな事言われるまでもない」

「フルボッコにしてやるなのです!」

「OK牧場ッス」

「ヤバくなったら死んだフリします」


 こうして最後の決戦の場所『禁断の地』へと俺たちは向かう。のだけど、


「その前にミカさんは服着ようか」


 ミカさんは下着姿のままだった。

 ベッドから慌てて追って来たのだろう。

 俺たちはミカさんが支度を整えるまでの間、ノアさんから『禁断の地』について聞いていた。



 禁断の地は第100層まであるダンジョンのようなもの。だそうだ。

 単純なダンジョンの階層とは違くて、物理的に下の層に行くわけではない。

 各階層に転移魔法陣があって、次の層に転移するらしい。

 要するに地下に深いわけではないって事だ。階層の順番はランダム。

 運が悪いと同じ階層に逆戻りする、性格の悪いダンジョンだ。

 リュウタロウ達は先に入っているけど、先に入ったアドバンテージはさほど無いって事らしい。

 で、ノアさんの力でズルして最下層まで送ってくれるとの事。


 リュウタロウ達は苦労して辿り着いた場所に余裕綽々で待ち構える。

 魔王サイドの特権みたいだ。



「おまたせ」


 ミカさんが戻り、全員揃った。

 いよいよ決戦の場所『禁断の地』へと向かう。


「じゃあ―――」

「ちょい待ち。なんかこう、やるぞーみたいなのしない?」

「どしたの?ミカさんらしくない」


 ミカさんはこういうの好きだっけ? 俺の記憶ではどちらかと言うとそういうの苦手だった気がする。


「最後かもしれないでしょ?」

「不吉な事言わないで!」


「はいはい。皆んな集まって。円になって」


 俺はミカさんの言う通り、皆んなを集めた。

 そしてミカさんを中心に集まった。

 リーダーは俺なの忘れてない?


「それじゃいくよ。皆んな生きて帰るわよ。えい、えい、おー!」

「「えい、えい、おー!」」


 気合いを入れるため、掛け声をする。

 何だか恥ずかしいけど、ミカさんが嬉しそうな顔しているから良いかな。


「よし、行くか!」

「「おう!」」

「ノアさんお願いします」

「任せて」


 ノアさんが手を掲げると足元に大きな魔方陣が現れた。ノアさんが詠唱を始めた。

 光が強くなり、目を閉じた。その時、


「へっくちッ!あ……間違っ――」


 ノアさんのくしゃみと「間違った」と聞こえた時、身体は光に包まれて転移した。


 ◇



 目を開けると、そこは洞窟と言うよりは建物の中みたいだった。天井は高く、数十メートルはある。知らんけど。

 禁断の地は霊廟。確かそんな事ミカさんが言っていた気がする。


「みんな無事か?……あれ?」


 見渡しても誰も居なかった。

 どういうこと?みんな一緒に最下層に行くんじゃなかったか?え?


「えぇぇぇーッ?」


 そういえば転移の時、ノアさんが「間違った」とか聞こえた。


「ノアさん……あんたやっちまったよ……」


 集団転移に失敗。多分バラバラにどこかに転移したのかもしれない。

 だとすると、ここが何層目なのかも分からない。さて困った。が、とにかく進むしかない。


「急ごう」


 体力をあまり使いたくないが、リュウタロウ達より先に最下層に行かなければだ。

 俺は神速で駆けた。翔ぶが如く。



 ◇



 禁断の地、最下層。ミカエル


(まさかのランダム転移でエイル達と離れ離れになるなんて!)


「ノア様、何もこんな最終局面でミスる事ないじゃない!あーもう!エイル〜どこよ〜?うぅ……」



 エイルと離れ離れになった事が余程ショックだったのか、涙ぐんでいるミカエル。

 普段は気の強いミカエルだが、魔王の癖に幽霊とか苦手である。

 そんなミカエルが霊廟で今一人先に進まなければならなくなっていた。



「もう!早く誰か来てよぉ〜」

 一人ぼっちの寂しさに耐えきれず、泣きべそかきながら歩くミカエル。

 しかし、そんなミカエルの前には一筋の希望が見えた。

「あら?ここは……?」


 巨大な門。この奥に何かがある。

 ミカエルは直感的に察した。


 この扉の奥に皆んながいると。

 ミカエルは扉に手をかけた。

 重い。まるで鉄の塊のような重さを感じる。

 こんなにも重く感じるのは初めてだ。

 でも、ここで諦めたら私はきっと後悔する。だから負けるもんか。

 私は魔王だ。


 重厚な扉の先はまるで外だった。

 本物かは分からない空の様な天井。

 どこまでも続く花畑はまるで楽園のようであった。


「まさかここが?冥界の楽園、『エリュシオン』だと言うの?」


 こんな場所に皆んないるの? 皆んなの気配を感じない。本当にここに皆んなが居るの? ミカエルは少し不安になっていた。

 それでも皆んなの居る場所に向かって歩き出す。

 どれくらい歩いただろうか? しばらく歩いていると、扉があった。その扉から溢れる神気が辺りをエリュシオンにしているのだとわかった。


 その扉こそが、邪神アルテミス封印の間。

 決して解いてはならない封印の前にミカエルは一人辿り着いた。


 どれだけの時が流れたろうか、一日かそれ以上にも感じた。時の流れを感じさせない空色は青一色のままだ。


 すると、ミカエルが来た方から人影が見えた。


「誰か来たわね」


 近付く人影にミカエルは身構える。

 その者はゆっくりと姿を現した。

 ミカエルの顔が歪む。忘れられないその者の顔。



「あっははは……まさか君が待ち構えているなんて嬉しいよ。ということは、ここが最深部ということだね?」


「リュウタロウ……っ!」


 そう、リュウタロウだ。

 リュウタロウはいつものように微笑んだ。

 それは、まるで友と話すように。


「連れないね……同じ同郷の仲じゃないか。過去の事なんて水に流して仲良く出来ないかな?」


 リュウタロウは笑顔でそう言った。


「無理に決まってるわ」

「なら、僕の邪魔しないで欲しいなぁ」


「いいえ、お前を殺すまで私は止まれない」

「仕方がないなぁ」


 リュウタロウが剣を構えた。

 それは勇者が持つにはあまりにも禍々しく、妖しい剣だった。


「悪いけど、死んでもらうよ」

「やれるものならやってみなさい!」



 ミカエルは両手を広げ、魔力を込めた。

 そして、ミカエルの身体が光りだすと、漆黒の装具に身を包んだ。

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