17話 『ジスとシズカ』

 

 死の大地開戦より少し前。

 神聖王国セブール聖都セブンスヘブン。

 その王城の地下牢にジスと剣聖シズカは捕らえられていた。


「全くいつまでこんな所に居なきゃいけないのかしら!クソっ!直ぐにミカエル様の元へ戻らないとならないってのに!」


 既に二週間も地下牢で監禁されているジスとシズカだったが、一向に処刑どころか、尋問すら行なわれていなかった。

 神聖王国の法では、魔族は死刑。それに与する者も罪人扱いにされて、軽くても投獄である。

 魔族ではないシズカも魔王ミカエル親衛隊に所属しちゃったもんだから、幹部扱いである。即ち死刑は免れないはずである。今更ながら選択間違えちゃったかもと、シズカは項垂れていた。

 代々剣聖の家に生まれ、爵位こそ無いが、それなりに名家として扱われていただけに、家名に泥を塗った思いだ。


 だが、それ以上に剣聖でありながら、聖騎士団長ローランに剣で敵わなった事の方が更にシズカを落ち込ませた。

 ジスと二人がかりでの敗北。結果、こうして囚われの身なのである。


「ジスさん。とりあえず生きているだけでも良しとしましょうよ。ま、いつ首斬られるか分かりませんけど……」


「そうだけど!それにしたって変だと思わない?扱いが敵軍の捕虜扱いに近い割りに、同じ部屋に収監されているし。普通は一緒にはしないでしょう?脱獄させない為や口裏合わせさせない為にね」


「あ〜、それで。私がデストロイ要塞で囚われた時、他の士官とは別々だったんですね。今分かりました」


「でも解せないのはそれだけじゃないわ!」


「まだ何かあるんですか?」


「三時のおやつがないわ!この扱いだけは理解出来ないわね!成程……私達に糖分を与えない事で思考を鈍らせる気なのよ!汚い手を使うわね人族め!」


「いや、普通無いでしょ。囚人におやつ出す文化あるの魔国くらいですよ。皆喜んでましたけど」

「そうなの?!世界共通かと……」


 そんな話をしていたら、牢に近付く足音が聞こえる。

 階段を降りる音が左方向から聞こえた。足音は恐らく二人。

 すると、


「ふむ。どうやら元気そうであるな!」


「貴様はあの時の!一体私達をいつまで閉じ込めておくつもりかしら!死刑にするなら早くしなさい!」


 顔を出したのは聖騎士団長ローランと……


「お元気そうでなによりですね〜。こんな所にいて息つまっちゃうでしょうけど〜」


「スピカ!聖女の皮を被った邪神の使徒が何のようかしら!エイルは騙せても私は騙せないわよ!この性悪が!」


「貴様、スピカ様になんてことを言うんだ!スピカ様は……」


「ローランさん。少し黙っててくださいね〜、ジスさん達にお話しあるのは私なんですよ〜。だからわざわざ処刑せずに、生かしてるんですから」


 この全く信用出来ない聖女の事が心の底から嫌いなジスだが、今の状況では話を聞く他はないのも事実。

 またしても北の大陸の時の様にいいように利用されてしまうのも癪なのである。


「何よ!その話聞けば、ここから出してくれるって言うのかしら!」


「いいですよ。出て頂く必要がある内容なんですから。聞いてもらえますか〜?」


 はっきり言って信用は出来ない。

 何せ、この聖女はミカエルが和平を持ち掛けたアーロン王をその手で殺害し、その罪をミカエルに擦り付けて和平をぶち壊した張本人である。


「分かった……話を聞くわ」

「ジスさん!でも……」

「シズカは黙ってなさい!聞く以外に生きる道はないのよ。そうでしょう?」


「ええ。そうですね〜。いつまでも生かしておく事は出来ないので仕方ありませんね。実はですね……ある人物を連れて行って欲しい場所があります。その人物を無事その場所へと送り届けたら、晴れて自由の身ですよ〜」



 ◇



 ジスとシズカはスピカの導きにより、地下牢から出され、聖都を抜け出す事が出来た。

 驚いたのは合流した人物だった。


「アーロン王?確かに死んだはずじゃ……」


「説明は後じゃ、それより護衛を頼む」


 確かに、その男は神聖王国セブール国王、アーロンであった。だが、アーロン王はミカエルの和平交渉の時にスピカに殺害された。はずである。その殺害がセブールと魔国の開戦の引き金になり、魔国艦隊の撤退戦においてジスとシズカは捕虜として投獄されていた。

 にもかかわらず、今こうしてアーロン王が目の前に現れた。尚且つ、護衛を任されてスピカの指定した場所へと向かわなければならない。


 その場所はセブールから遥か南東、かつて小国エブリーがあった地域。300年前の邪神戦争で滅んだ小国だ。現在は人は住んで居らず、セブール領内となっていた。


 王都を抜け、用意されていた馬車をエブリー地方へと走らせた。

「アーロン王。挨拶が遅れました。わたくしはミカエル様親衛隊ジス・バレンティンでございます」

「わたくしは同じくミカエル様親衛隊所属、シズカ・クロウです」


「ほう、クロウ家の剣聖シズカ殿か。まさか魔王軍におるとはな」

「色々ありまして……魔族に対する風評は偽りであり……」

「ルー兄に惚れただけじゃなくて?」

「な、なんでジスさんがそれを!」

「いや、だってみんな知ってるわよ」


 シズカとジスがアーロン王を放ったらかしにして話をし始める。若い女性の話題にはついていけないとばかりにアーロン王はため息をつく。


「はぁ……それで魔国の王、ミカエルとはどの様な御仁なのかな?」


「ミカエル様は……気高く美しくて最高です!」


 ジスのミカエル評は常に最高しかないので参考にはならない。


「いや、ジス殿。見た目とかではなくてだな……」


「見た目だけじゃありません!心も美しくてお優しい方でらっしゃいます!」


 ジスの発言の優しいと言う部分に少し首を傾げるシズカ。

 よくミカエルにジスは殴られたり、鈍器で叩かれたりして流血している姿を頻繁に見ているだけに、いまいち納得は出来ないでいた。


「陛下、お聞きになりたい事はミカエル様がこの戦争、或いはその先を見据えておられるかについてでしょうか?」


「うむ。そう言う事である。ミカエルが人族である我らを支配する世界を望むのならば、それに対抗し、戦わねばならない。断じて魔族の支配は許すわけにはいかん。だがもし、ミカエルが人族と共存する考えありとするならば……いや、既に余に態勢を変える事は叶わんか……」


「そうですね。既に手遅れ。戦争は始まろうとしているわ。リュウタロウが王国軍が率いて進軍するのでしょう?」



 ◇



 聖都を経ってから既に五日。ジス達一行はようやく目的の地であるエブリー地方にやって来た。

 かつて盛んだったであろう街並みも今は殆ど朽ちてしまい、

 誰も住んでいる様子は微塵もなかった。


 かつて街の大通りだった場所は石畳が微かに残ってはいるものの、ガタガタと馬車を揺らしていた。

 その廃墟の街を更に抜けた場所にある牧場跡地が目的地だった。


 牧場跡地に近付くと、何やら若い男が柵を直している姿があった。

 こちらに気付き駆け寄って来ると、歳はまだ20を超えていなそうな青年。ブロンドの髪は短く刈られてはいるものの、翠色の瞳と相まって爽やかな印象の美青年といった風だった。


「あの!何か御用でしょうか?ここには何も……ひょっとして、アーロン王?セブール王国アーロン陛下でいらっしゃいますか?」


 馬車の荷台から顔を出したアーロンに気付いたのか、その青年はその場に膝まついた。


「うむ。如何にも余が神聖王国が王、アーロンである。顔をあげよ」

「ちょっとジジイ!何勝手に正体バラしてるのよ!忍んで来た意味ないじゃない!もうボケが始まってるのかしら?」

「ちょ、ちょっとジスさん!幾らなんでもジジイは言い過ぎですって!せめて老いぼれとか言いようが……」

「ジスもシズカも余をぞんざいに扱う様になったの……しかしそれよりも……そなたは?」


 青年はアーロンとジスらのやり取りに驚くが、ハッとして気付く。


「申し遅れました。私はローゼン帝国皇帝が第一子、アルヴィンでございます。陛下とは幼少の時に一度拝謁賜りました」



 ◇



 この古い牧場跡地にローゼン帝国の皇太子アルヴィンとその妹であるカトリーナ皇女はローゼン帝国の革命の際に亡命。

 この地に逃げ堕ちて来たらしい。

 その手引きをしたのが、アーロンと同じくスピカであった。


「それで皇族のお二人はこんな場所でスローライフ満喫してるのね。紅茶不味いわね」


 出された紅茶に悪態つき、でんと構えてソファーのど真ん中に足を組んで座っていた。両端にはシズカとアーロン王がいる。


「なんだ貴様は!落ちぶれたとはいえ、僕はローゼンの皇太子だぞ!本来ならば顔を合わす事も許されない!平民の娘ごときが、カトリーナの淹れた茶を侮辱するなんて死罪は免れないぞ!」

「まぁまぁ、落ち着きなさいアルヴィン。ジス殿も変に煽らなくとも……」

「アーロン陛下、何なんですかこのアバズレ女は!とても陛下の共をする者とは思えません!」

「む……それはじゃな……」

「ジジィは黙ってなさい。私が説明するわ」


 ジスはこれまでの経緯と、現在の神聖王国と旧帝国、そして魔国間との戦争状態への突入を洗いざらい説明した。


「そのような事態とは……しかし我々は既に蚊帳の外であるから……」


「勝手に死んでくれても仕方がないとか思ってるのでしょ?」


「っ!何もそこまでは!」


「確かに貴方達、元皇族は役に立たないし、戦力にもならないでしょうね。だけどね、亡命したから見て見ぬふり?貴方達、国の民が苦しい時に何かしようとは思わないの?これだから人族の国家なんて欲にかられた世直ししか出来ないのよ!」


「ぐッ……!まさか貴様は……魔族か!魔族風情が人を語るな!」


「如何にも私は魔族よ。貴方達人族からしたら魔獣と同じ扱いされている魔国の民。まぁ、我々からしたら人族風情なんだけどね!人族が束になろうとも、私達は負けはしない。私達にはミカエル様がいらっしゃるから。ミカエル様の教えは、一身独立。一人一人が考えて行動する事よ。人族の国家は国民に血を流させて、私腹を肥やす貴族の集まり。だけど我が魔国はミカエル様が国民を一日でも永く生きられるために、自ら血と汗を流すわ。それがミカエル様の、我々の国家なの。もしこの場所にミカエル様がいらっしゃれば、こう言うでしょう。働け!国民のために働くのが力を持った者の役割りよ!…と言うでしょうね」


 何も言い返す事の出来ないアルヴィンとアーロン王。

 国家の考え方がまるで違う事と、その在り方、既に戦う前から負けている様な敗北感にさえ陥っていた。


「はぁ……すっかり紅茶が冷めてしまったわね。私が挿れなおすわ。カトリーナ皇女、教えてやるから来なさい」

「は、はい!」



 ◇



「しかし、勇者と邪神の使徒が裏で手を組み、邪神の復活を目論んでいるとは、それに我が帝国と、セブールまで操り、戦争を引き起こさせるとは!邪神復活の為とはいえ、随分なやり方であるな」


「解せないわね。確かに強固なデストロイ要塞を攻略するには、総力戦で持ってあたるつもりなのでしょうけど、攻める側の戦費や兵站も相当よ。魔国優位のはずだわ。ジジィは何か知らないの?」


「うむ……作戦などは勿論聞いてはおらんのだが、少し気になる事があるな」


「何かしら、勿体ぶらずに言いなさい」


「まぁ、確証はないが、リュウタロウが何やら鋼鉄の船を用意していると聞いた。それに聖騎士団長のローランとスピカの会話を少しだけ聞いたのじゃが……戦場は任せます。スピカは確かにそう言った。妙ではないか?此度の戦、間違いなく総大将はリュウタロウのはずが、ローランに指揮権を与える。まるで参加しないと言ったようなものじゃ」


「それは本当なの?だとすると、リュウタロウ達は海路、或いは空路で魔国へ侵入。数十万の軍勢を囮にしてね!」


「そ、そんな!もしそうならッ!勇者はもう……」


「魔国に到着か、近い場所まで着ているわね、こうしては居られないわ!シズカ、大至急ミカエル様にお伝えしなければ!行くわよ!」


「は、はい!」


 ジスとシズカは急ぎ魔国へと走り出した。翔ぶが如く速さで。

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