16話『最前線』

 

 本日は晴天。雲一つない青空に北方の山々からの冷たい風が吹きこむ。清々しい気分にさせる天候であったのはつい数分前までだった。


 晴れ時々、砲弾。

 空からは敵味方の砲弾が降って来る。

 運良く砲弾を逃れても、地面に着弾した際の土石が吹き飛ぶ。昨日、鍛えた肉体を自慢していた傭兵が、開戦して数秒で死んだ。「五匹ぶった斬って勲章もらうぜ!」と言っていたが、余りにも早い離脱に、この戦いに生き残る事自体が夢の如く難しいと理解した。


 死の大地。と言われる戦場。数多くの英霊がその命を散らした場所として存在する。

 この地に派遣されて生きて帰れるのは強者か臆病者だけだと言われていた。

 この銃を持てば、英雄になれる。

 そう言われて、軍属でもない私が、従軍したのはつい数週間前の事だ。


 セブール、ローゼンによる第一次総攻撃始まり、第八戦列歩兵連隊として参加した私の前には、戦友と言うには付き合いの短い者達の死体で溢れていた。


 指揮官の突撃命令により、開戦した人族対魔族の戦場で、敵軍の先鋒を務めたのは少女一人だった。


 第一次総攻撃、連合軍10万に対して魔族軍一人と言う、予想を遥かに超えた始まりだった。


 魔獣に跨り、戦場を駆け抜けて来る少女は深紅の軍装を纏い、銃砲火器の雨の中をくぐり抜けて真っ直ぐに突っ込んで来る。

 鉄球を振り回し。その一閃で前衛の戦列歩兵が血飛沫を上げて絶命していく。戦場があっという間に血の霧で覆われていく様は、地獄と言うしかない光景だった。

 その血飛沫の中心にいる少女はまるで、舞いを踊る様に戦場の中心だった。鉄球を振り回す度に靡く長い髪が美しく、妖艶だった。

 その光景をただ、見とれていた私と、その少女。魔王ミカエル・デスラーデと一瞬視線が交差した。

 深紅と黄金の瞳に私はどう見えたのかは分からないが、魔王の視線が私から離れた後、私は闇に包まれた。



 ◇



 突撃を開始した大勢の叫ぶ様な轟く音と後方からの一斉砲撃が飛び交う中、連合軍に颯爽と駆けるミカエルがいた。


「魔王ミカエルの一騎駆けだと!?おのれ、舐めおって!撃て!魔王ミカエルを跡形も無くしてやれぃ!」


 ミカエルがまるで草を刈る様に連合軍の群れを蹂躙していく。魔王自ら先鋒を務める作戦。これを提案したのは魔王軍参謀ルーである。

 数で劣る魔王軍が勝利するためには、最大戦力であるミカエルを前線に置き、連合軍の数を減らす。

 ミカエル一人で一個師団相当の戦力として、四天王は死の大地北部に布陣。セイコマルク方面からの敵増援に警戒する。


「突撃ッ!!前へ進めッ!!」


 連合軍も崩れかけていた陣形を持ち直し、デストロイ要塞に向け突撃を敢行し始める。

 キュルキュルと音を立てた戦車が塹壕を乗り越えて行く。


 連合軍が散開して戦場を人で塗りつぶすて行く。


「二時方向に敵発見!あれは……剣聖ツバキです!」

「剣聖ツバキだと?!生きていたのか!」


 死の大地北部から椿が連合軍の群れに斬り込む。

 散開した連合軍を次々に斬り伏せていく。


「あっはは!須弥山での借りは返させて頂こう!ウメ!着いて来い!一人頭5000じゃ!」

「5000?!そんなに斬れっかよ!それより……どうやら銀色の騎士団は戦場に見当たらねぇな」


「そうか……居らぬか。ソイツは残念であるな。そいつらなのだろう?セイコマルクを落した騎士団ってのは?」


「あぁ……たった数百程度の騎士団だが、一騎当千の騎士団だよ。アレは人じゃねぇ。人の形した怪物だよ」


「対峙してみたいものだな。私も銀色の騎士にはちと借りがあるしな。だが、今は目の前の敵を狩るとしよう!」


 剣聖ツバキと剣聖ウメの二人が、ミカエルを避けて散開した連合軍兵士を討ち取って行く。


 戦場南部はミカエル親衛隊桜花と海神マリン、凡人ティファが担当していた。


 親衛隊桜花はジスとシズカが未帰還。エレンはファミリア王都にいる為、桜花の戦力はシュリと、戦闘向きでは無いシャルルの二人だけだった。


 淫魔族のシュリの戦闘力はジスに次ぐほど高いのであるが、兎人族のシャルルは戦闘向きではなく、主に兵器開発部門にて、ミカエルの趣味丸出しの兵器開発が専門分野だった。


 そのシャルルが戦場に立つ理由は、エイルが北の大陸で拾って来た、ある神造兵器の実戦投入のためであった。


「魔導アーマー、コロッサス改。始動!」


 漆黒の巨人が大地に立つ。両手に大型の剣を装備し、兜の奥のモノアイが緑色に輝く。


 エイルがアルテミス城で倒した機動天使コロッサスさんだ。

 動かなくなったコロッサスさんを、シャルルが魔導アーマーインマ・インマの外部装甲と付け替える事で、コロッサスさんの硬い装甲と魔法完全防御を活かし、再生した。


「魔導核融合炉異常なし!これなら行けます!」


 コクピット内のシャルルが、その漆黒の巨人を見上げるシュリへと声をかける。


「ホントに大丈夫ぅ?無理はしない方がいいんだよ?」


 大鎌を構えたシュリが心配そうにシャルルに顔を向ける。

 これまで、後方支援しかしていないシャルルにも、ミカエルの役に立ちたいと言う思いがあった。

 危険な任務は大体シュリが担当する事が多い。

 ジスは最古参の側近として、ミカエルを側にいつもいた。

 シャルルには与えられた作業場で、兵器開発ばかりしていたのだが、その成果を見せて、ミカエルに褒めてもらいたいのだ。


「大丈夫です!私だってミカエル様の親衛隊、桜花の一員です!敵兵などこの機体で大量に屠ってやります!」


「うふふ♡じゃあどっちがいっぱい殺すか勝負なんだよ♡」


 シュリは戦場を淫靡な顔で見渡すと、迫り来る連合軍の群れに駆け出して行った。


「あはははッ♡首ちょんぱっ!ちょんちょんぱっ♡」


 戦場を楽しそうに駆け抜け、大鎌を振り回すと無数の首が舞い散っていく。

 それに負けじとコロッサス改がホバリングしながら大剣を振り回し、確実に敵兵を駆逐して行った。



「ヤバいッス!ウチらも行かないとミカエルに怒られるッスよ!ティファGOッス!」


「え、えぇ……わ、分かってはいるんですけど、足がすくんでしまいますよぅ!でも、どうして私たち魔王軍の一員になっているんでしょう?」


 いつの間にか魔王軍の先鋒として戦場に立っているティファの疑問は最もであるのだが。


「やんないとミカエルに怒られるッス」


「そうですね……分かりました」


 結局、ミカエルが恐いだけだった。


 かつて世界を救った英雄に憧れ、いつか自分も英雄になりたいと夢見たティファは、エイル達に出会ったのが運の尽きか、今では聖教教会を敵に回し、人族相手に戦争中。

 英雄どころか、反逆者の汚名がチラついてたりする。


「ホーリーレイン!」


 聖なる光の刃が雨の様に連合軍に降り注ぎ、迫る連合軍を屍に変えていった。


 死の大地での戦闘は激化して行った。

 辺りには砲撃の轟音と人々の叫びや雄叫び、飛び交う銃弾。

 張り巡らされた鉄条網で進軍もままならない連合軍は苦戦を強いられ、その日の戦闘は連合軍の敗北に終わった。



 ◇



「おかえりなさいませ。ミカエル様」


 デストロイ要塞司令部でミカエルの帰還を出迎える参謀ルー・ペタジーニは、血と砂で汚れきったミカエルに湯で濡らした布を手渡す。


「ありがとうルーさん。我が軍の損傷は?」


「ほとんどありません。初戦は我が軍の圧勝でございます」


「圧勝ね……でも敵の撤退は予想よりは早かったわ。連合軍はまだ余剰戦力があるし、後方に待機している軍も動かず……それにあの目立ちたがり屋のリュウタロウが前線に居ないのも気になるわね」


「ええ……それは確かに。斥候の報告ですと、連合軍本隊は帝都スタットブルクをまだ発っておらず、物資も鉄道でエピの町から運び込まれている様子との事。未だ戦争準備の様であると斥候からの情報です」


「つまり、本格的な総攻撃はまだって事ね。ま、向こうはそれまでにウチの戦力を少しでも削ろうとしているんでしょうけど」


「そうでありますが、ミカエル様には今まで以上のご負担をおかけ致します。我々にはそれしかありません故」


「分かってるわよ!殺ります!殺りまくりますってば!あ〜早くエイル来ないかなぁ〜!電池きれそうだよ」




 ◇



「へきちッ!」


「む……エイルどうした?風邪か?」


「エイルはくしゃみも可愛いなのです」


「いや、基本的に状態異常は無効だから風邪じゃないよセリス。リオは俺の事可愛いとか言うなって。俺の方が年上だぞ?」


「自分で馬も操れないエイルなんてリオよりも子供なのです」


 おっしゃる通りだ。

 現在、俺達はミカさんに加勢する為、ファミリア王国軍一万騎で行軍中だった。

 王都を出発して既に10日。ようやくサンク市到着した。


 俺一人でピューってひとっ飛びすれば、死の大地なんて直ぐなのだけど、騎士団総長と言う肩書きがそれを許してくれませんでした。


 指揮は騎士団長ベルドさんにお願いしてあるのだけど、一応騎士団総長なので行軍に同行しなければ士気に関わるからと、馬上の上である。しかも情けない事に自分で馬を操れないポンコツなので、馬車の中である。偉い感丸出しだ。

 戦場に到着すれば馬鹿にされなくて済む……と思う。


 戦場での俺の役割りは、連合軍を斬る事じゃあない。

 リュウタロウとその仲間達、邪神アルテミスの使徒を倒して、邪神復活を阻止する事。結果的に戦争に介入してしまうのだけど仕方ないよね?


 サンク市。

 俺が初めて入った街だ。と言っても、赤竜との戦いで消耗した俺はフレオニール達に運ばれたんだったな。

 懐かしい。冒険者登録したのもここだったなぁ。あれからもう2年くらいたってるのか……。

 家はアチナが使ってるみたいだけど。


「出発は明日の朝だ。我々は兵舎に向かうが、エイル達は家で過ごすといい。では明日の朝迎えに来るから寝坊するんじゃないぞ」

「わかったよフレオニール」


「久しぶりの我が家だな!」

「ホント久しぶりなのです!」


 ミカさんとマリンが居ないけど、久しぶりの我が家で俺達は寛いだのだった。


「あ、ティファもいないや」


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