14話 『帰還』

 

 醤油問屋の二階の奥座敷に通されると、部屋には先代勇者、坂本龍馬が囲炉裏の前に座っていた。

 他には誰も居ない。


「久しぶりじゃのう。一年くらいは経ったかの?」


「ん……多分それくらいかな……あの……伊東甲子太郎来なかったです?アイツ追って来たはずなんだけど……」


 部屋を見渡しても伊東の居る気配は感じられない。逃がされた?いや、そんな時間は無かったはずだ。


「伊東さんか?あぁ……来たな。じゃが、もう居らん。必要なくなったからの」


 必要なくなった?どうゆう事だ?


「なんで?みたいな顔しちゅうな。言ったはずじゃ。ここは、虚構の世界。幕末の京都を再現しただけの試練の場所じゃ。見たもの会った者、全てが幻。現実の過去とは全く世界線の違う偽りの過去じゃ」


「だけど!確かに人が!新撰組だって、東雲太夫だって……」


「知らんぜよ。ひょっとしたら東雲太夫っちゅうのが、おったのかもしれん。だがの、それはおまんが作り出した幻じゃ。新撰組はどうか知らんがな」


 全て幻。新撰組の皆んなと過ごした月日の思い出が偽り。土方さんに沖田さん。


「そんな……はずないッ!」


「おいおい、ここへ来た目的忘れたんじゃないだろうな?ワシを探すのが目的じゃったろう?しかし、見んうちに、いい面構えになったの。何人斬った?血の匂いは隠せんぜよ」


「知らないッ!」


「忘れる程斬ったか。なら見せて貰うぜよ!お前の血刀をな!」


 坂本龍馬が立ち上がると畳に置いていた刀を手に取ると、世界がシンとする様な感じがした。


「本気で行く。貴様も本気でやる事を許す」


 すると体が微かに輝き、持っていた刀が白刃から黒刀に変化していく。スキルや魔力、ステータスが異世界仕様に戻り、翼が背中から展開される。

 忘れかけてたけど、俺天使だった。


 それと同時に坂本龍馬も力の解放をしたのか、強烈な魔力と威圧感がビリビリと肌に刺さる程感じる。

 その波動が近江屋をミシミシと揺らす……建物大丈夫か?


 坂本龍馬……いや、先代勇者に戻ったリョーマが刀を横薙ぎに一振りする。

 それを咄嗟に刀の腹で受けると、剣圧と衝撃波で吹き飛ばされた。


「うわッ!」


 その衝撃凄まじく、近江屋二階の窓を壁ごと吹き飛ばさした。空に放り出された形となったが、翼を広げて空中で静止してなんとかなったけど……コイツ頭大丈夫か?


「おい!いくらなんでもぶっ壊したら―――」


 言い終える前にリョーマの剣閃が再び波動となって襲ってくる。それを慌てて躱すと、近江屋の向かいに位置する土佐藩邸を両断して吹き飛ばされる。


「問題はないじゃろ。今この京都に居るのはワシら二人だけぜよ!やりたい放題ぜよォ!」


 そう言うとリョーマが近江屋の屋根から中空に飛ぶ。

 光輝く刀身に変わった刀を一振り、二振りと刀を振ると、光の刃が降った。


「ちッ!マジかよッ!」


 光刃を神刀へと戻ったタケミカヅチで振り払うと、左右に飛んで行った光刃が、どっかの藩邸を破壊した。


「あぁ……もう知らないからな!」


 どうやらバトルフィールドは京都の街全体と言った所だろうか?いくらリョーマが造った偽物の世界でも、一年くらいは住んだ街である。破壊すると心が痛むよ。


 それで、どう戦うかだけど……俺は空飛べるから空中を利用して戦うのが有利かな?

 上から魔法ぶっぱなして……!


「いつまでも浮いてるんじゃねぇぜよッ!あっははは!」

「げっ!」


 飛べないと思ってたらリョーマが空中を走り始めてこっちに向かってくる。


 その勢いのまま、横薙ぎに一閃。

 刀と刀がぶつかると火花が散る。



 スキル『天歩』獲得。



 あれスキルなんだ。これは使えそうである。



「どうしたァ!打ってこい!」


「うるっさい!天雷!」


 リョーマに雷の矢を放つが、草を刈るみたいに簡単に弾かれた。が、それは想定内である。狙いは別だ。

 天雷の矢に紛れ込む様にリョーマの懐へと、飛び込み、片手平突き―――。


 は空を斬り、リョーマを通過してしまう。


「うむ。良い突きだが、まだまだ気組が足らん」


 剣と剣がぶつかり合う。

 互いに鋭い剣閃の撃ち込み。

 速さと力は互角。


 龍馬に鋭い三連撃を放つが、龍馬に容易く弾かれて、誰もいない建物内にその身を弾かれ吹っ飛ばされる。

 粉塵舞う中、リョーマが素早く斬りこんで来る太刀を払うが、間髪入れずの、斬撃が連続的に襲ってくる。

 屋内戦に突入すると、刀の尺が短い、俺の方がやや有利ではあるが、リョーマはものともしない。

 超速の刺突が空を斬り裂く様に連続で襲って来る。後方に跳ねながらそれらをなんとか撃ち捌いていく。


 剣と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いになる。ぎりぎりとリョーマの刀が、重くのしかかり、顔が近付く。


「何がお前を強くした?」


「知るかそんなもん!」


 只々剣を振るって来た。新撰組での毎日は生きる事に必死だった。稽古は地獄。市中見回りも地獄。沢山の人を斬った。死線をくぐり抜けて生きている。死なない為に人を斬る。決して正義とは言えない戦いの連続。どちらかが正しいとか無い時代は酷く虚しさだけが残る。


「異世界で魔獣を相手にするのとは全く違うであろう?意思を持った人を相手に剣を向けて奪うのは命だけに在らず。夢や希望、全てを奪う。それ故に、奪った者は勝ち続ける責任がある。勝てば官軍。その言葉が示すとおり、勝たねば悪でしかない。勝って意志を継げ!斬った命を無駄にするな!お前が負けたら、無駄死にだ」


 リョーマを振り払う様に、力任せに剣を振るう。

 吹き飛んだリョーマが再び剣を構える。


「そんな剣ではわしは殺せんよ。剣に殺気が全くもってない。勝つためにはわしを殺さなければならない。違うか?」


 う、うん?やっぱりそうなっちゃうの?

 まぁ……勝たないといけないんだろうなくらいには思ってたけど、殺さないといけないの?


「殺したくないんだけど」


「どうしてじゃ?恨みも殺す理由も無いからか?」


「うん。まぁ……そうかな」


「全く……呆れたもんだな。今まで斬った相手に恨みもなく斬っただろうに!」


「あ…」


 そういえばそうですね!特に恨みとか無かったけど、斬らないと斬られる。ただ、それだけだった。

 だけど、それをリョーマにも当てはめる事が出来ていない。

 何処かで安心している。敵ではないからと言う理由で。


「そんな甘ったれた気質で勇者など任せてはおれん。ここで引導を渡してやるのも師匠の務めか……覚悟しろ」


 色々ツッコミたい。勇者とかやるなんて言ってないし、お前いつから師匠になった?俺の師匠は椿ちゃんだぞ!


 リョーマが剣を構える。何かするつもりだろうが、それより先に動く。剣と剣の戦いにおいて、大切なのは相手に斬られる前に斬る。だ。

 幕末の京都では、同じ相手と剣を交える事は少ない。

 引き分けなどほぼ無いからだ。どちらかが死ぬ。

 剣術の達人でも、その腕を振るう前に殺してしまえば問題ない。先手を常に取れ!って土方さんがよく言った。

 真剣勝負ではめっぽう強い薩摩示現流。

 示現流は初太刀に特化した剣で、受けても刀ごと折られて頭をかち割るらしい。土方さん曰く、殺られる前に殺れ。

 新撰組では特に片手平突き。兎に角こればかり訓練させられた。突きは決まれば有効な手段。だけど外すと、相手に斬られる率が高い。そこで提案されたのが、鉄篭手と片手平突きだ。片手で突く事で、防御姿勢に入りやすく、更に鉄篭手で剣を受ける事が出来る。突きで仕損じた場合の保険だ。

 新撰組の突きに死角は無い。


「やァっ!」


 片手に持ち替えたタケミカヅチを一度引き、突き出す反動と同時にリョーマへと飛ぶ。神速の片手平突き。

 全身全霊の突きで飛び込む。全身を刃とする様に飛び込み、一筋の閃光が走る。


「良い突きじゃ!だが――」


 切っ先がリョーマの胸を突く、が。

 それよりも速いリョーマの『切り落とし』が炸裂してタケミカヅチを下方に沈める。完全に必死の状況だ。


 だけど、それは想定内だ。そのための片手平突き。

 左手は空いている。


「ロケットパンチ!!」


 ここで、あの機動天使コロッサスさんから、ものまねしたスキル『ロケットパンチ』を使う。

 使う機会など無いと思ってたけど、あるの思い出した。


 左手が、ボフッと外れてリョーマの顔面目掛けて射出された。さすがのリョーマも予想だにしなかったのか、思いっきり見事に飛んだロケットパンチの拳が顔面にめり込み、その勢い凄まじく、三回転くらいして吹っ飛んで行った。

 うむ。思っていたより強力なスキルだった。



「ず、ズルいぜよ……」


 歯が折れたのか、口からだらだらと血を流しながらリョーマが立ち上がった。


「真剣勝負に汚いもクソもないでしょ」


「む……そのとおりじゃが……うーむ。仕方ない、合格じゃ!エイルよ……お前に覚醒勇者を継承する。受け取れ」



 ◇



 光に包まれて、体から不思議なオーラを受け取り、やがて光が消えると、そこは幕末の京都ではなかった。


 試練の洞窟に戻っていた。俺は再び異世界に帰って来たのだ。


「えぇーッ!マジかよ!新撰組の皆んなにお別れも言ってねーよ!」


 うわぁ、アイツ空気読めねぇ……。いきなり帰還させるとか、酷くないか?二年くらい居た京都に俺だって、思い入れくらいあるってのに!


「アホリョーマめ!」



 ブツブツと、リョーマへの悪口を呟きながら、試練の間から出て、出口へと歩く。

 すると、



「おぉ!エイル!やっと……戻ったか!待っておったぞ!」


「椿ちゃん!お待たせ!それでどれくらい経ったの?」


 椿ちゃんが顔を俯かせて衝撃の一言を吐いた。



「五年じゃ」


「は?」



 ち、ちょっと待て!俺は京都に二年居た。

 計算が合わない。それどころか、そもそも時の流れは気にするな的な空気だったはず。普通はほら、精神と時の部屋的なあれで、実際は数時間とかかと思っていたのに……!


「ミカさんは?世界はどうなったの?」


「もう……世界は終わってしもうた。魔国は滅び、邪神の支配する世界となった。エイル……お前は遅すぎたのだ……」


「そんな……」


 その場にがくりと項垂れて絶望する俺に椿ちゃんが更に言い放つ。




「嘘じゃよ♡はっはっはっー!簡単に騙されおって!相変わらずエイルは可愛いのー!」


「嘘かよ!……それで本当は?」


「うむ。ひと月ほどだ。まだ、魔国とセブールは直接的な戦闘は無いが、セイコマルクが墜ちた」


 獣人の国セイコマルクが神聖王国セブールと旧帝国ローゼンの連合軍により、壊滅。

 幸い、王族と近衛騎士団は命からがら逃げ延びて、現在は魔国で保護されているらしい。


 とはいえ、魔国にとって唯一の同盟国が壊滅した状況である。この先、厳しい戦いが待っているかもしれない。






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