13話『油小路から近江屋へ。』
後方から伊東一派二十人。
その顔は手練も多い。その上、連れてきた一番隊は十人。数で既に負けている。
「私を斬る策だったそうですが、全てこちらに筒抜けでしたよ。残念でしたね。私を誘い、帰り道で斬殺、その後、死体を置き去りにして、回収に来る御陵衛士の隊士を斬る。なるほど、素晴らしい策です。ですが、私を餌に斬られるのは貴方がたです。今頃は御陵衛士の隊士が近藤局長宅を襲撃している頃でしょう。新撰組は終わりです」
涼しい顔でこの作戦の裏をかき、その上局長まで手にかける伊東の描いた絵をベラベラと喋る。
「土方さんを襲ったのもお前の差し金なのか?」
「そうですよ。土方さえ居なくなれば、新撰組は勤王へと変える事は容易い。近藤局長など、巧みに政を語れば右へ左へと容易い男よ」
副長土方歳三を討てば新撰組は伊東が参謀として力をより発揮出来、佐幕から勤王派へと引き込み、倒幕の先鋒にする。つもりだった様だ。
「だ、そうですよ土方さん」
路地の暗がりからスっと隊服な身を包んだ土方さんが現れる。その後ろには吉村さんら十人。
「ひ、土方っ!何故ここにぃっ!」
ギョッとする伊東。
「ベラベラと良く喋りやがる。何故ここにってな、裏の裏だよ。まぁいい、斬る」
土方さんが剣を抜くと、それが合図の様に皆が抜刀し構える。土方さんは少し右にズレた平青眼。
よし!始めっ!なんて号令など無いので、皆剣を抜くと同時に斬りかかり始める。
夜空は雲一つ無い月明かりに照らされた白刃がぶつかり合い、火花を散らす。
市中での多人数による斬り合いはそうそうあるもんでは無い。それにあまり開けた場所でもないので乱戦となった。こんな夜更けに迷惑な集団である。
伊東甲子太郎がいつの間にか御陵衛士の群れに紛れ、逃走を計る。
「あっ、カッシー逃げた」
「ぼさっとしてねぇで追えよ馬鹿野郎!」
「永倉さん居たの?」
「居たよ!それより、ここは任せて先に行けってよ!馬鹿野郎が!」
「おぉ〜、そのセリフ初めてリアルで聞いたかも♡じゃ、行きますっ!」
「気ィつけろよ!」
この場は一番隊と土方さんらに任せて伊東を追う事にした。とは言っても、ここを突破するのも容易じゃないんだけど。空飛びたい。
今は飛べないので、勢いつけて飛び越えて行くしかなそうだ。
「どぉりゃあぁぁぁぁ―――ッ!」
助走は充分じゃないが、走り飛んで御陵衛士の上を超えて―――とはならず、適当に頭の上を飛び跳ねて行き、人の壁を超えた。超えてしまえば後は走るだけだ。
俺の速さなら多分追い付けるはずだ。
とその時、白刃が目の前をよぎり、咄嗟に躱して数歩後ろに飛ぶ。
「あぶねッ!」
「よく躱したね。だけどこの先は行かせないよ」
そこに居たのは、元新撰組八番隊組長。藤堂平助だった。
新撰組幹部の中でも若く、最も小柄。俺よりは10センチ以上は高いけど。小柄な癖にかなりの長刀を構えている。それを使いこなすだけの技量は勿論ある。
はっきりいって御陵衛士で一番ヤバいヤツである。
池田屋事変では真っ先に斬り込む度胸を持ち合わせていて、言わば新撰組の切り込み隊長的に言われていたらしい。流派は北辰一刀流目録。後に近藤勇の試衛館で天然理心流も学んだ。新撰組初期メンバーだ。
「そこを何とか行かせてくれないですかね〜?」
ダメ元でお願いしてみる。
実は密かに土方さんから、「平助は殺すな」と言われてたりするんだけど、向こうから来るなら仕方ない。
「行かせるわけにはいかない。諦めろ。やぁっ!」
藤堂が、長剣を活かした間合いで片手平突き―――を連続で繰り出す。
「やっぱりだめですかっ!」
刺突の軌道を見切り、ギリギリではあるが躱して行く。
続き、左横薙ぎを剣の鎬で受ける。
剣と剣がぶつかり火花が散ると、尚も連撃が休む間もなく続く。涼しい顔して鬼気迫る様な攻めの剣。魁先生と言われるだけはある。
受けてばかりいては埒あかないし、時間は過ぎてしまい伊東に追い付けなくなる。
ここは認めたくないけど、小さな体を使いこなして突破するしかない。間を与えない様な激しい打ち込みの僅かな機会を狙う。
打ち込みを少し強めに払い、藤堂の剣をやや大きく払った。
僅かに上体がこっちから見て左に傾く。その空いた胴を狙い、縮地で一気に駆け抜ける様に刀の物打ちで斬った。
「くうッ!」
胴を斬られた藤堂が膝を付く。本来ならここで振り向き、背中に突きを入れてとどめをさすのだけど、しなかった。
「藤堂さん。土方さんから伝言です。逃げろと」
「土方さんがッ?……全く、分からない人だなぁ……」
「じゃ、言いましたらね!急ぐんで失礼しますッ!」
俺は遅れを取り戻すために全力で駆けた。
藤堂平助は多分大丈夫だろう。浅く斬ったし、急所は外したはずだ。
後は上手く生き延びてくれれば大丈夫だ。勝手にしてなのだ。
◇
京の都は大きな通りは碁盤の目みたいに分かりやすいが、ひとたび民家等が並ぶ狭い路地に入ってしまうと入り組んでいて、迷いやすく、更に角で待ち伏せされると不意打ちを食らうので、実は追う方が危険である。
建物が密集しているので、二階から屋根伝いに逃げる経路もあったりとして、潜伏しやすい町である。
とは言っても、結局は大通りには必ず出るので回り込んで抑えるのが対処法なのだ。
油小路から東に行くと、河を挟んで高台寺がある。御陵衛士の拠点だ。現在、伊東が向かったのはそっち方面。
だけど。河を渡るには五条橋を渡らなければならない。
しかし、五条橋は既に新撰組が封鎖している。更に北上した四条橋、三条橋も同じく封鎖済み。
こう言った所も抜かりなく行うのが、土方さんの凄い所である。
そうなると、伊東が逃げ込むのは薩摩藩邸か土佐藩邸。
優先順位的に薩摩藩邸だろうけど、少し遠い。
真っ直ぐ走れれば、二十分程だが、御所を回らないと行けないので、無いと思う。
そうなると、土佐藩邸、長州藩邸のある三条辺りに必ず出てくる。そこを目指して屋根上を駆ける。
この時代は屋根の高さは、ほぼ一定の高さだ。
現代みたいに、高層なビルもなく、基本は二階建てなので、スムーズに走れる。パルクールの必要すらない。
そうして十分くらい走った所で、三条通りが視認出来た。そこに辺りを気にしながら隠れ潜む伊東甲子太郎を見つけた。
大方の予想通り、土佐藩邸のある河原町から、御所方面へと北上する伊東。
新撰組時代は参謀と言うポジションに居たのに、こうも簡単に行動が読まれている時点で罷免確定なざまである。
ここまで来れば、屋根伝いは必要ない。屋根から飛び降りて伊東の背中を追うだけである。
最早ロックオン状態だ。
俺が草履の音を響かせて走ると、伊東は慌てて逃げる。
何とも情けない姿だよ。コイツには討って出る気概も無いらしい。
伊東が足を止めると、土佐藩邸の門を叩く。
「だ、誰かおるか!御陵衛士、伊東甲子太郎だ!至急、後藤象二郎殿にお目通り願う!」
土佐藩邸に逃げ込むつもりらしい。
現状、土佐藩は中立的なポジションだが、裏では薩長同盟と繋がっている。事実、大政奉還の建白書は土佐藩主、山内容堂から出された。その裏で倒幕派が潜んでいるのは明白である。
山内容堂は酔えば勤王、覚めれば佐幕。と言われる程、幕末初期では、勤王派を弾圧。幕末後期は将軍徳川慶喜に政権を返上させ、結果、薩長土で300年続いた徳川幕府を終わらせた。最終的には時勢に乗り、勤王である。
と、まぁ、土佐藩については現状は微妙な位置と言うわけである。あちら側的にもだ。
なので、御陵衛士で新撰組に追われているとか言われても困るぜ!的な感じだろう。
「あー、後藤様は、帰藩なさっていて、無断で人を入れるわけにはいかねーんです。お引き取りくだせぃ」
「くっ!な、ならば坂本は!坂本くんはおりますか??同門の伊東甲子太郎と言えば……」
「坂本はぁ、向かいの近江屋におりますき、其方へ行っって、藤吉ってもんに話つけてつかぁさい」
「そうかっ!恩に着る!」
良かった。藩邸に入られたら困っていた所である。藩邸内は治外法権みたいなもので、手出しが出来ない。
伊東は断られたのか、向かいの商家の戸を叩いている。
店の名は「近江屋」と書かれていた。
どっかで……聞いた事あるような気もするが、伊東が入った所で踏み込む事にした。
伊東が近江屋に入ったの確認した後、直ぐに戸を叩くと、大柄な男が顔を出した。うんデカい。
「何さね?もう店じまいどす。明日にして―――」
「御用改めであるッ!そこをどけーい!」
フッ……これ一度言って見たかったんだよね。市中見回りとか連れてってくれなかったし。土方さん曰く、子連れで新撰組が市中歩いてたら笑われるから、らしい。
誰が子どもだ!って今は脳内ツッコミしてる場合じゃ、ない。毅然とした態度で……。
「おい、嬢ちゃん。新撰組ごっこは他所でやりな。はよぅ家帰んなって。全く、羽織りまで作ってからに」
はい。信じて貰えないパターン頂きました。
「本物だ馬鹿ぁッ!どけってば!」
強引に力でのけようにも、全く動かない。体格差があり過ぎる。
「はっはっはっ……どすこーい」
「ぶっ!」
大きな太鼓みたいな腹で押し返されてしまう。
なんだコイツ!相撲取りか?
「ぐぬぬ……」
ヤバい。このままだと伊東に何処か逃げられてしまう!
斬るか?いや、市民斬るのは良くない。ここは―――
「伊東ッ!逃げてないで出て来ーーいッ!新撰組一番隊組長代理エイルだっ!既に周りは包囲されている!出て来いやッ!」
包囲は嘘ね。
すると……。
「おぉ?うっさいガキおるなァ、思うたらエイルやったかぁ。藤吉、通してやれ」
声の主は……探し人坂本龍馬だった。
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