12話『伊東甲子太郎』

 

 後ろには五人。前には……八人。完全に挟まれた橋の上。割りと絶望的な事態だったりする。


「やれやれ、どうだエイル行けるか?」


「軽く死ねますねコレ」


「ハハッ!じゃあ軽く死ぬ前に軽く斬っておくか!」


 うわぁ……この人、この状況で逆にテンション上がったよ。何でしょうか、この生粋の喧嘩好きは。

 この人の中には思想とか、そういった物がなく、ただ戦いの中に身を置く場所があればいい。って感じしかしない。

 付き合わされる身にもなって欲しい。多分皆んな思ってるかもしれない。


「前から行くか?それとも……」

「沖田さんが来ます。後ろは気にせずに」


 この場所に気付いて駆けつけてくれる期待して、正面突破が生きる可能性がある。様な気がした。


 既に先に構えていた刺客達が白刃を抜くと、手にしていた提灯を放り投げ、場に一瞬の暗闇が訪れた。


 その瞬間、黒い影になった土方さんが駆けた―――と言うよりは翔ぶが如く速さで正面の一人を斬った。

 そして紫電の様な火花が飛び交う。


 その隙に、橋の柵を駆け抜けて一気に相手の後方に回り、白刃の林をくぐり抜ける様に俺も一人二人と斬り捨てた。

 斬り抜ける度に頬に暖かい何かを浴びた。

 刃のぶつかる音と、斬った相手の呻く声。川の流れる音など無音で、ただひたすらに刃を振るった。


 四人程斬ったところで後ろから沖田さんと、一番隊の数人が馬で場に到着。

 逃げ様とした刺客を馬上から一閃し、刺客の首が飛んで橋の下へ落ちていった。


「二人とも無事です?エイルちゃん血だらけだけど」


「あ……返り血です。それより土方さんが怪我してます」


「心配ない。かすり傷さ……」


 と。カッコつけた土方さんがドサッと倒れた。

 見ると脇腹あたりが血で溢れていた。恐らく駕籠に乗っていた時に外から刺されたのだろう。

 それでいて、よくあんなにも動けるものだと関心と言うより、化け物としか思えなかった。



 ◇



 一夜明けて、体力全開に回復―――とは勿論行かず。

 土方さんはまだ意識が戻らず、寝床の人となっている。


 俺はと言うと、菊屋に戻れずに屯所で根掘り葉掘り観察の吉村さんに昨夜の事を聞かれていた。

 そしてその席には局長近藤勇も居て、初めて会った。

 第一印象は……うーん。ギラギラしている感は無く、なんか無骨。土方さんとは違う落ち着きのある人だった。

 後でゲンコツを本当に口に入れられるか聞いてみよう。


 沖田さんの話だと、刺客の一人は捕縛しているらしく、今は別の場所にて絶賛拷問中だそうだ。

 刺客を寄越したのは誰か……と言うのだが。


 伊東一派に決まっているとしか思えないのは、明白。

 だけど確固たる証拠は、ない。

 元々駕籠の行く先も違っていたらしく、たまたま単独の時を狙われた―――とも言える。

 いずれにしても土方さんの回復を待つ。と言うことしか現状はないのである。その後の決定権は副長土方歳三にあるのだ。



 ◇



 翌日、土方さんが意識を取り戻した。


 土方さんが意識を取り戻すなり、伊東甲子太郎が近藤局長と副長土方歳三に内密な話しがあるとして、局長近藤勇の屋敷にて酒宴を開いた。


 俺はもしもの時の為に、屋敷の一室で待機を命じられた。一応護衛と言うことらしい。


 襖を通して話しを聞くが―――。

 つまりは脱盟の申し出だった。

 やはり伊東一派は徳川幕府の直参になる話しはのめないらしい。薩摩藩との繋がりによる御陵守護の任を受けるとの事だそうだ。

 その同意者は思っていたよりも多く、流石の局長近藤勇も驚いていた。

 伊東と共に屋敷に来ていたのは―――篠原泰之進、伊東の実弟九番隊組長鈴木三樹三郎、八番隊組長藤堂平助。

 その他幹部クラスの隊士の面々。

 これでは今、不用意に許さずなどとは言える状況ではない。その後、話しは脱盟と言うよりは薩摩、長州の動きを探る別働隊と言う名目で話しは終わった。


 伊東一派の帰参後、土方さんに呼ばれると、俺の他に沖田さん、永倉新八、原田左之助らが集まった。


「伊東を斬る」


 土方さんは一言そう言うと、皆息を飲んだ。


「で、だ。相手もかなり強え。まともに斬りあったんじゃ新撰組自体が危ねぇ。エイル、お前ならどうする?」


 おお、これは確かテレビとかで観たことある歴史だ。

 確か綾小路……油小路?


「え……と、先ず伊東さんを呑みにでも誘って帰り道で待機している隊士で急襲します。それで死体を道端に放置して回収しに来た残党を襲います。ってのは?」


 実際にこれをやった新撰組だ。すんなり受け入れるであろう。


「げっ!おまッえ……それ本気で言ってるのか?」

 土方さんがギョッとして俺を見る。あれ?


「可愛い顔して随分鬼畜な策を考える奴だな馬鹿野郎!子どもって怖えな!」


 あらら?


「銀髪の鬼畜か」


 しれっと土方さんが変な二つ名を言い放ち、鬼の仲間入りを果たした。


 この残虐極まりない、非人道的な作戦は全部俺が考えたみたいな感じになり、伊東一派殲滅が内々で決まった。


 なんか思ってたのと違う……。



 ◇



 伊東一派殲滅!てのは、そう直ぐに実行と言う訳にはいかなかった。

 何故なら、伊東一派は直ぐに出ていかなかったからである。

 外面的には喧嘩別れではない事と、拠点の確保がまだだそうであり、居座っていた。


 まぁ、それもあって、俺は屯所には顔を出せないので、暇人であった。

 菊屋での仕事以外は大抵、病床の沖田さんの屋敷で過ごしていた。

 最近になって沖田さんが床に伏せる事が多くなった。

 本人は平気そうな顔して接してくれるけど、結核はこの時代だと不治の病だ。


「沖田さんお茶入りました。薬も飲まなきゃダメですよ」


「いつもすまないねぇ……ゴホゴホ……」

「何ジジイみたいな事言ってるんですか」

「いやぁ、エイルちゃんの淹れたお茶は毎度美味しくないのと、土方さんの持って来る薬と合わさると余計に具合悪くなる気がするんだよね。僕は二人に殺されるんじゃないかなと、思ったりする今日この頃さ」


「飲みたくない言い訳だけは相変わらずだな。俺の持って来た薬なら効く。それで効かないならエイルの茶のせいにすればいいさ」


「結果俺のせいか!」


「はは…」

「ふはははっ」


「エイルちゃん、一番隊を頼んだ」

「ん……分かった。でも、一時的にだからね。ちゃんと治して、またお願いしますよ」




 その年の秋、15代将軍徳川慶喜は政権を朝廷に返還した。大政奉還―――

 徳川家は征夷大将軍の役職を失い、一大名になった。

 それでも旗本八万騎と言われる徳川家である。

 維新まであと少しであった。



 ◇



 伊東一派が西本願寺の屯所から高台寺に移ってから十日ほどたったある日、例の作戦が実行に移された。


 伊東甲子太郎暗殺である。


 その日、伊東は単身で近藤勇の屋敷に訪れ、大いに酒を呑み、国政を論じた。かなりの上機嫌で屋敷を後にし、徒歩で帰宅した。不用心過ぎるよね。


 その道中、油小路。一番隊を待機させている地点を伊東が通る。いくら酔っているとは言えど、北辰一刀流の使い手、油断は出来ない。


 歩く伊東の前に出ると、伊東は背筋を伸ばし止まった。


「ん?貴様は……菊屋の……禿か?その隊服、そうかそう言う事か!お前がッ!」


「伊東さん。土方さん暗殺の疑いと、局中法度に背いた罪で粛清です。残念ですが、死んでください」


「フッ、しかし、そうは行かぬ。死ぬのは……お前だよ」


「何を―――?」


 すると俺の後方からぞろぞろと武装した男達が現れた。

 見覚えのある顔が揃っている。

 篠原泰之進、藤堂平助、鈴木三樹三郎とか、伊東一派が揃い踏みだ。その数にざっと20人。


 どうやら罠にハマったのはこちらの方だったらしい。



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