11話「乱世らしい。」

 

 どうも皆さんこんにちわ、エイルです。

 俺が幕末の京都に来てから既に二ヶ月ほど経っていた。

 その間、午前中は新撰組、午後から深夜までは菊屋で過ごしていた。

 目的の探し人である坂本龍馬の行方は未だ進展無しである。

 ある時、俺は土方さんから新撰組屯所には近付くなと言われた。ひょっとしてクビですか?

 かと思ったが、新撰組局長の近藤勇と、参謀の伊東甲子太郎が、長州視察から帰還したらしい。

 なんでも、土方さんは俺を二人に会わせたくないそうだ。


 さて、長州って何ぞや?って事だが。

 この二ヶ月、俺なりに幕末期の日本について調べた。

 といっても、土方さんや沖田さんに叩き込まれただけであるが。


 長州藩。今の山口県に位置する、大藩である。

 この藩はかなりの過激派が多くいる藩で、尊皇攘夷の志しが強すぎるあまり、京都に火を放ち、その隙に帝(今で言う天皇)を長州に連れてこうとしたらしい。

 が、事前に情報をキャッチした新撰組に会合中を襲撃されて(池田屋事変)失敗に終わる。

 その後。長州は京都から追い出されて、政治の世界からは消えた。ていうのが、長州藩。


 薩摩藩。あの有名な西郷隆盛がいるのが、薩摩藩です。

 この藩は会津藩に次ぐ、幕府派であるが、かなりの過激派だったりする。攘夷派の危険分子を一掃した寺田屋事件は同藩同士で斬り合った。

 幕府的には味方であるには心強いが、敵に回したくない強藩である。


 会津藩。藩主、松平容保。幕府より京都守護職を賜る、幕府派の先鋒だ。

 新撰組は会津藩預かり、即ち、会津藩の傭兵的なポジションなので、今の所スポンサーみたいなヤツ。

 要するに新撰組は会津藩の京都治安維持の実行部隊なのである。


 ところが、新撰組が幕府から直参への打診があったそうだ。つまり、新撰組は会津藩預かりから徳川幕府の幕臣になると言う話だ。非正規雇用から正社員になった様な感じだろうか?とりあえず出世したらしい。

 だが、色々問題もあって、元々新撰組は尊皇攘夷の先鋒になるべく結成されたのだ。

 尊皇攘夷にも佐幕派、勤王派とあってややこしい。

 幕臣になると言う事は佐幕派になります!って宣言する様なもんで、新撰組内でも意見が割れているとか。


 そんな中、『菊屋』に久しぶりに土方さんがやって来た。東雲姉さんは昼からソワソワしてて、「これ変じゃない?ねぇ?」などと同じ質問を繰り返しては「変じゃないですよ。今日も東雲姉さんは美しいです」と褒めてやらないと落ち着きもしないのだ。

 こういった少し可愛げのある所もミカさんみたいだ。



 ミカさん、じゃなかった、東雲姉さんが爆上がりテンションから急降下してしまったのには理由があった。

 土方さんが来るには来たのだが、一人ではなかった事だ。

 土方さんの他に、三人の男達と一緒だった。

 面識は無いが、新撰組の隊士である事は話しの内容から分かった。


「この度、御陵守護の任を打診されまして……これを拝命したく思うのですが、土方くん。どうだろうか?」


 いかにも良い育ちをしたと言わんばかりの綺麗に揃えられた総髪の髷をした新撰組にしては賢そうな男が土方さんに面と向かい、背筋ピーンてしながら話しだす。


「どうとはおかしな聞き方だなぁ、伊東さんよ。それは新撰組に対して言ってるのかい?それとも俺個人にかい?」


 伊東……確か、参謀伊東甲子太郎の事か。

 つい先日まで、局長近藤勇と共に、長州視察に行っていたので面識は無い。一緒にいる二人も同様だ。


 土方さん曰く、伊東は嫌いだそうだ。

 理由は色々あるが、とりあえず頭良さげだから。と言ってた。結構しょうもない理由だったのを覚えてる。


「いやいや、どちらにしても先ずは副長である土方くんを通さないとならないのは新撰組の決まりみたいなものでしょう?それに隊内でも今は動揺している隊士も多い中、進む道をはっきりとさせたいのですよ」


「そりゃ、幕臣の件で隊士の中には勤皇色強いヤツらが何かしてるってやつかい?」


 新撰組内で勤皇と佐幕に割れていると言う話しだそうだが、この伊東は生粋の勤皇派。つまり伊東が新撰組で勤皇派を集めている首謀者と言う事は土方さんも理解している。


「土方くん。我々は元より尊皇攘夷で繋がった仲みたいなものでしょう?ここに来て幕臣となりますと……」


「話しが違ぇ。って言いたいんだろうが、そもそも新撰組は将軍警護の名目で集まった浪士の群れなんだよ。それが俺達の尊皇攘夷だ」



 終始楽しい雰囲気など微塵も無い酒の席は早々に終わり、土方さんを含めた四人はそれぞれ駕籠に乗って帰って行った。


 新撰組が二つに割れている。と言うのが分かったが、この先に起こる幕府の崩壊を知っていれば、伊東の方が正しい選択であるのだろう。


 まぁ俺が、「幕府無くなるッスよ!」とか言っても信じて貰えないだろうし、極力介入しない方が良い。知らんけど。


「土方さん帰っちゃいましたね。今日も振られましたね。残念残念」


「うるさいッ!あぁぁぁッ!土方さんに文を渡すの忘れてたぁぁぁ!」


「そんなん書いてたんですか?しかも直接渡すつもりとか、魂胆丸見えじゃないですか」


「あっ、そうだ貴方ちょっと追いかけて渡して来なさいよ!」

「人の話し聞けよ」


 この恋する暴走機関車と化した女は、有無を言わさずに手紙を押し付けて来た。

 こんな夜更けに俺みたいなか弱い女の子を使い走りにしようとする。


「え〜、どれどれ……土方様、今宵も窓から見る月は花札の様。けれども島原から見るより貴方の肩にもたれかかって見る月はきっと美しいのでしょう。うちが誰かに攫われない内にどうか……なんだこれ?」


「勝手に読むな!恋文に決まってんだろうが!」


「あからさまに身請けしろって言ってるみたいで、土方さん引きますよこれ」


「いいから早く追いかけなさいよ!」

「はいはい」


 見た目は良い女なのに、割りと子供なんだよなこの人。

 花魁って言っても、まだ十代の女の子だ。


 さてと、着替えるのは時間をロスしてしまうので、禿の着物のままで良いか。何があるか分からないので、一応刀は帯刀して土方さんを追いかけた。



 ◇



 島原を抜け出し、市中を屯所方面へと駆ける。

 駕籠の速さなら、屯所に着くまでに追い付けるだろうと速度はさほど上げずにいたのだが。

 島原遊郭から西本願寺にある新撰組屯所までは徒歩約10分。割りと近い。局長近藤勇が島原行きたくてこの場所に屯所を構えた説すら隊内であったりした。

 それ程に近いのだ。ちょっとコンビニ行って来るくらいに便利な距離感。

 それはさておき、先に屯所に着いてしまったのだ。

 道中、引き返す駕籠にすら会っていないのにだ。


「あれ?あれれれ?」


 おかしい。すれ違わない事すら異常である。

 門番の隊士に声をかけ、聞いてみると、やはり土方さんを載せた駕籠はおろか、伊東一派を載せた駕籠も戻って来ていないらしい。

 すると―――


「おっ、エイルちゃん!どうしたのかな?」


 ひょいと現れる沖田さん。


「沖田さん!土方さんが菊屋出てから戻ってないみたいで……」

「なんだって?!伊東さん達は?」

「駕籠は四艇来てたから、一緒だと思うんだけど。あっ!まさか……」

「何か気付いたのかい?」

「ひょっとして……二次会……かな?」


「いや、それは無いでしょ。僕ねいつも土方さんから楽観的過ぎるって言われるけど、僕以上がいる事に今気付いたよ。いや、それよりも、事は火急だよ。エイルちゃんは別の通りから急ぎ河原方面へ走って!」

「沖田さんは?」

「僕は一番隊を連れて直ぐに出るから急いで!」



 ◇



 新撰組屯所から数キロ離れた市中の路地に駕籠が一つ倒れ、置かれていた。いや、置かれていると言うよりは捨て置かれていた。

 周りには人は居らず、月夜に照らされた血痕が道端に点々と先の道に続いていた。その先は三条大橋がある方向だった。


 それを見た瞬間、嫌な想像が頭をよぎった。


「土方さんか?!」


 すると先の通りから複数人の男の声と、刀のぶつかる激しい金属音が聞こえてきた。


 その音のする方へと急ぎ駆けつけると、7、8人に囲まれた土方さんがいた。


 既に二人程は斬ったのか、地面に倒れて動かない死体が転がっていた。


 月明かりだけでは相手の顔までははっきりとは分からないが、見知った顔はいない。


 肩で息をする土方さんの左隣に急ぎ駆けた。


「エイルか!ちっ、嫌な場所に来させてしまったな。兎に角、話は後だ。死にたくなければ斬るしかねぇ」


「そう……みたいですね!」


 こちらの会話を途切らせるタイミングで左側にいた男が上段から鋭く斬りかかって来る。

 それを躱し、相手の剣閃が地に着くより速く片手平突きで胸を一突きにし、素早く引き、更に左側へと飛ぶ。


 それに合わす様に土方さんは右へ飛ぶと、逆袈裟に剣を振り、一人斬った。


 流石にあっという間に二人斬られた男達は動揺し、数歩後ろへ引いた。


 その隙に土方さんが走り、三条大橋の方へ―――


 それに続き、駆け寄ると土方さんが止まった。



 橋の先からゾロゾロと、刀を抜いた男達がやって来た。



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