10話 『新撰組撃剣訓練』

 

「ミカさん!」


「は?ミカサン……?」


「あ……な、なんでもないです」


 ミカさんにクリソツの東雲太夫がキョトンとしている。

 姿形、ミカさんにしか見えない。が、ここは幕末の京都で、更には坂本龍馬の創り出した偽りの世界だ。

 ミカさんがいるわけが無い。

 だけどあまりにもミカさんに瓜二つの容姿に思わずハッとしてしまいました。


 東雲太夫。遊郭『菊屋』の遊女で、最高格に位置する花魁。頭にぶっ刺さってるかんざしがやたら有る。

 簪の多さは位に比例するらしく、正真正銘の花魁である事が分かる。

 着ている着物も簪に負けじと豪華絢爛。


 ◇


「そういうわけで、ウチのエイルを太夫の元で預かって欲しい。頼めるか?」


「もう!うちが土方さんの頼みを断れるわけないのわかってて、仰います?ホント……罪なお人♡」


 どうやら了承してくれたみたいだ。

 でもミカさんの見た目でいちゃつかれるとなんか気分悪いな。


「この娘を立派な花魁にしてみせるわ!」

「ならねーよ!話し聞いてました?」

「まぁ怖いわ〜、先ずはうちの禿かむろとして恥じない様にしつけないといけませんねぇ」


「まぁ早速仲良くなったみたいで安心だな。なぁ総司」

「そうですね〜。じゃあ僕らもそろそろ屯所に戻るとしましょう。エイルちゃん、明日の朝は稽古あるから、屯所おいでね」


 鯛を食べきった土方さんと沖田さんは屯所に帰って行った。

 そんなわけで、新撰組隊士でありながら、遊郭住まいと言う事になってしまいました。


「えーと、しももさん?」

東雲しののめよ!しののめ!人の名前くらい一度で覚えなさい!ここで名前間違えたら酷い目に合うわよ!特に上客の名前はね……ったく。面倒な事になったわ!アンタ!名前は?」


「あ、エイルです」


 さっき土方さんが紹介してくれてたよね?

 お前こそ名前覚えてねーじゃん!それに土方さん帰ってから別人みたいになったな!


「これからアンタは私の事は姉さんと呼びなさい!アンタは私の禿よ。まぁ責任持って育ててやるから感謝しなさい!」


「へい、姉さん」


「へいじゃない!『はい』でしょ!何処の商人よ!言葉使いもなってねーなー!それと……座り方。娘があぐらかいて座るな!閉じないと股が緩くなるわよ!」


 それから夜遅くまで、遊女としての振る舞いや、雑用を東雲太夫に叩き込まれたのだった。

 なんだか、異世界でミカさんと再会したばかりの頃を少し思い出した。意外と世話好きな所も似てる気がする。



 ◇



 一日の流れはこうだ。

 朝は新撰組屯所に出勤して稽古。いわゆる戦闘訓練ね。

 昼過ぎから遊郭でこれまた稽古。読み書きや生け花、琴に三味線など様々な事を教わる。これは格の高い武家に身請けされても恥じない様になんだとか。必要ないのだけど仕方なくやる事に。姉さん怖いんで!

 夕方前に姉さんの着物の着付けや化粧の手伝い。

 何気に時間がかかる。女の支度は昔から時間がかかるものですね。大変。


 と、朝はとりあえず屯所に顔を出したわけです。


「よろしくお願いしまっす!」


 屯所内にある道場での剣術指南。


 新撰組には撃剣師範と言う人が数人いるらしい。

 日替りで担当しているらしく、本日の担当は観察方、吉村さん。通称『鬼貫』らしい。優しそうなんだけどな。


 稽古では面と防具を着て行う所は剣道と同じなのだが、やって見ると全然違った。

 剣激と打撃に投げ技、更に絞め技。その稽古は激しいにも程があるくらいにヤバい。


 倒れて昏倒している時にも攻撃は続くのだ。

 相手が戦闘不能になるまで勝負はつかない。正に実戦さながらの稽古であり、皆も殺気だっている。


「倒れたら転がれ!しないとトドメ刺されてしまうど!立ち上がれないなら相手の腰目掛けてしがみつけ!」


 もはや、剣術の型とか言うのはどうでもいいのか、殺し合いの練習にしか見えない。

 道場内は殺気と熱気に満ち溢れ、至る所で取っ組み合いみたいな惨状である。気合いの入ってない組には容赦なく師範の檄が飛ぶ。物理的な撃である。


「馬鹿たれが!そんなで人が斬れるかぁ!」


 吉村さんの竹刀が隊士の脇にモロに入り、隊士が崩れ落ちた。うん、鬼だ。鬼貫でした。


 更に特殊な訓練があった。

 鉄篭手を使った訓練だ。そして片手平突き。

 敵の太刀を左の鉄篭手で受け、右手で突きを打つ。

 その時、刀を寝かせて突く事で体のあばら骨の間にスっと入り易く、また抜き易いとの事。

 相手に刺さった刀が抜けずに曲がったり、その隙に斬られないなど、色々理由はあるらしいが、新撰組ならではの戦い方だ。

 特に室内での戦闘も想定されている為に、室内戦では突きが有効なんだとか。


 そんな感じで稽古をしていたら、ドタドタと大きな足音を立てて、イカつい人が凄い剣幕で入って来た。


「おうコラ!島田やったってガキはどいつだ馬鹿野郎!お前か!」

「ち、違います!ぐわっ!」

 近くにいた隊士がいきなり怒鳴られた上、殴られた。


「間際らしい所にいるんじゃねぇよ馬鹿野郎!」


 酷いっ!なんだコイツ??


「ちょっと永倉さん!稽古の邪魔せんで下さい!」


 吉村さんが馬鹿野郎おじさんこと、永倉に怒鳴る。

 永倉?あ〜、二番隊隊長の永倉……確か……。


「永倉金八!」


 だっけ?


「新八だ馬鹿野郎!誰が金八だ!このクソガキが!お前か!島田殺ったのは!」


「え?死んだのあのおっさん!?」


「死んでねぇよ!アイツはな……古い付き合いなんだよ!それがガキに負けたなんて信じられねぇ。だからよ試しに来たんだ!ぶちのめしてやっから構えろ馬鹿野郎!」


 なんだか面倒臭い事になったな。

 今にも突っ込んで来そうで怖いんですけど!顔も怖いんですけど!

 すると、どこで見てたのか、ヒョイって沖田さんが現れた。


「永倉さん、ダメですよ〜、女の子いじめちゃ」

「うるせぇ!やらなきゃおさまんねぇだよこっちはよ!」

「ほらアレだ、局中法度に違反です。一つ、私の闘争を許さず。ってヤツです。守らないと切腹ですよ?」


 局中法度。新撰組の隊規だ。なんか他にも色々あるが、破ると、とりあえず切腹らしい。この時代、クビを言い渡されたら、文字通り首が胴を飛ぶのだ。

 現代のブラック企業がホワイトに見える。

 まぁ、隊規のおかげで永倉さんも引っ込むと安心したのだけど……そうはならなかった。


「くっ!……なら餅食い競走だ!それでケリつけてやるぞ馬鹿野郎!」


 マジすか?コイツとりあえずなんでもいいから、勝負しないと気が済まない馬鹿野郎か!しかも餅食い競走とか、キツいの持ってきやがった。俺、この体でたくさん食えないし!汚な過ぎる!自分有利の戦い持ってきやがった!コイツ嫌い!


「う〜ん。それなら楽しそうだね!やろう、やろう!いいよね?エイルちゃん!」


 よくねーよ!だけど断ったらダメな空気になってるよ!


「はい……やります……」



 そして大広間で餅食い競走なるものが、始まった。

 幕末に来て、なんで餅食い競走とかさせられてるのだれう。早く帰りたいと、切実に思った。


 ご丁寧に七輪まで用意されまして、沖田プレゼンツ、新撰組餅食い競走の開幕です。

 相手は二番隊組長の、永倉新八。

 神道無念流、免許皆伝。及び、心形刀流、天然理心流を経て今に至る。島田魁(最初にぶっ飛ばしたおっさん)とは、心形刀流、天然理心流と渡り歩いた古い同志らしい。負けん気が強く、命令も素直に聞くタイプじゃないらしく、度々土方さんとも言い争いをするくらい古株の隊士だ。まぁ、新撰組の大幹部である。



 気になる結果はと言うと……。


 勝った。


 開始早々に、熱々の餅を飲み込んで、永倉が自滅した。

 馬鹿だね。死ななかったから良いけど、まじ危ないから。


 余った餅は包んで持ち帰り、東雲姉さんへのお土産にしよう。喜んでもらえるかな?


 新撰組の稽古が終わり、屯所を後にした。

 午後は遊郭に戻った。



 俺、なんで幕末にいるんだっけ?



 ◇


 とある屋敷。



「アイツおっそいのぉ。全然見つけに来んな。どうしたもんかのう?来ん間に大政奉還してしまうかのう」


 先代勇者、坂本龍馬は一向に現れないエイルを只々待っていたのだった。




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