9話 東雲太夫

 

「おい吉村、あのガキ……エイルだったか、どうしている?」


「今は別室で食事をとらせております。どうやら相当腹を空かせてたみたいで……」


「それで、アイツどう思う?」


「はぁ……喋りからすると京の者ではありませんね。読み書きはあまり出来ない所を見ると武家の出ではないようです」


「にしちゃあ、身なりは小綺麗だな。妙な履きもんだが」


「遊郭から逃げて来たのでしょうか?」


「いや、それは無いな。逃げて来てウチはないだろう?」

「それもそうですねぇ。それで、入隊させるおつもりで?」


「まぁ、暫くは仮入隊で俺の小間使いでもさせるさ。丁度局長と参謀の伊東もいねぇし、使い道はある。明日から徹底的にウチのやり方叩き込んでおけよ」


「御意にございます。それと―――寝所はどう致しましょう?流石に娘っ子を大部屋に寝かせるのは……」


「あぁっ!ちっ、そいつは面倒だな……その件は何とかしてみる」


 俺がご飯を食べている間に土方歳三の部屋で話す男二人。

 一人はもちろん、新撰組副長の土方歳三。

 武州。現在の多摩地方の商家の出で、新撰組局長の近藤勇と同じく試衛館と言う剣術道場のメンバー。

 隊の理不尽な命令は全てこの人から隊士に伝わるため、鬼の副長と恐れられている。因みに悔しいがイケメン。


 もう一人は、新撰組監察方で、撃剣師範の吉村貫一郎。

 南部藩脱藩らしい。

 江戸三大道場と言われる北辰一刀流の免許皆伝。

 猛者ばかりの新撰組で、鬼貫と恐れられている。

 鬼ばっかりか!

 今更ながら、とんでもないとこに来てしまいました。



 ◇



「げふーっ、いやぁ食った食った♡」


 久しぶりの食事。と言うより久しぶりの和食!

 ご飯にお吸い物、焼き魚に漬け物。質素だけどやはり日本のご飯は世界一だ!ミカさんが作れば宇宙一だけどな!

 とにかく腹は膨れたので眠くなった。

 ここで寝てたら怒られるかな?まぁ良いか。寝よ。


 ――――――

 ―――


「すぴー、すぴー……」


「気持ち良さそうに寝てますねぇ、どうします?」


「コイツ……どう言う神経してんだか。先が思いやられるよ。起こせ総司」

「案外大物になるかも知れませんよ?おーい。エイルさーん。エイルちゃーん。起きないと飯抜きだよー」


「……えっ?もう、朝ですか?」


「朝じゃねぇよ!まだ夕刻前だ阿呆が!さっき昼だっただろうに」


「あ、すいません。食べたら眠くなっちゃって……」

「子どもか!良いから着いて来い」

「あっはい」


 土方副長と沖田総司に着いていき、また別の部屋に案内された。


「座れ。……そこじゃねぇ!そっちだろう普通はよ!いきなり上座座るんじゃねぇよ!」

「ぷっ、くくっ」


 なんか怒らせてしまった。いや、だって座れっつったじゃん!座布団あるとこ座っただけで怒るなよ!痔か?

 沖田総司はなんかつぼったのか笑いを堪えているみたい。


「とりあえず、支度金五両と、隊服だ。受け取れ」


 おおっ!いきなり金くれたぞ!太っ腹だな!

 これ持って逃げたら怒られるかな?斬られそうだな、コイツらならやりかねないのでやめとく。

 そして……隊服。


「ほ、本物だぁ……わぁ♡」


 浅葱色の隊服。白のダンダラ模様の派手な羽織りだ。新撰組って言ったらこれだよな!

 昔、修学旅行で買おうか迷ったやつだ。本物ゲットだぜ!買わなくて正解だったな。ミカさんに自慢しよう。


「ちょっと羽織ってみなよ」


 沖田総司がニヤニヤしながら隊服を広げて薦めて来る。仕方ない、着てやるか!


「ムフフ……どうです?似合ってますか?」


「……全然似合わんな。隊服が立ってるようにしか見えん」

「あはっはははは!こりゃ傑作ですね!袖から手が出てないよ!採寸して仕立て直さないと!あはは」


「笑い過ぎだよ!お前あれだかんな!あれだぞ!」


 クソ!大人サイズの羽織りなんて用意しやがって!

 子どもサイズなんてないだろうけど。


「まぁ……隊服は諦めるとして、お前どうしてウチ来た?お前に尊皇攘夷の志しなんて微塵も感じねぇ。そこんとこ吐け」


 隊服諦めんな!造り直してください。

 来た理由か……うーん。正直なところ、飯にありつきたかったのが一番と、興味本位だな。

 まぁ、あとは坂本龍馬の情報を集める目的もあったな。

 見つけないと帰れないし。


「えと……人を探してます。坂本龍馬って人なんですけど……知ってますか?」


「あぁ、土佐脱藩浪人、坂本龍馬。名前くらいはな。コイツは正直見つけるの大変だぜ?見つけてどうする?殺るつもりか?」


「いや……見つけてから考えます」


「そうか……ならお前は俺の役にたて。そしたら坂本龍馬の情報はこっちで何とかしてやる」


 役にたて……か。どうやらやっと新撰組の一員になった気がした。まだなんもしてないけど。


 坂本龍馬。絶対に見つけて、この偽りの京都から必ず元の世界に帰る。そう誓った。


「それはそうと、とっとと行きましょうよ?エイルちゃんの歓迎会。腹減って仕方ないですよ」


 何?歓迎会……だと!



 ◇



 新撰組屯所からスタスタと日が沈んだ京の市街地を沖田総司、土方歳三に連れられ歩く。

 街灯なんてないから提灯の微妙な明かりが頼もしい。


「エイルちゃんは何食べたい?どうせ土方さんの奢りだから何でも言ってごらん」


 マジすか?やだ惚れそう♡まぁ、嘘ですよ。


「うーん。鯛!鯛食べたい!」


 ここはとりあえず知ってる魚で高そうなやつを選択。

 だってこの時代にカレーとか無いだろうからな。


「鯛!?くっ、仕方ねぇ。き、今日は特別だ……チッ!」

「うわぁ、あの土方さんを驚かすなんて流石だなぁエイルちゃんは」


 え?鯛ってそんな高い感じ?江戸時代の食の価値知らないからなぁ。

 因みに海が遠い京都では魚は割りと高いらしい。

 その上、鯛は高級魚であり、祝いの席でしかあまり見ないそうだ。庶民の食卓にはまず無いらしい。


 そうこう話している内に、一際明るい一画に着いた。

 その区画は巨大な朱色の門があり、区画を囲う高い塀があった。

 門の先はまるで別世界の様に明るい。

 やはり紅い提灯が各建物にたくさん並び、区画全体が紅く輝いていた。


 島原。京を代表する繁華街。格子の付いた店先の座敷に遊女達が並び、客に声をかけられるのを待つ。

 そんな店が大小、ズラリと並ぶ異質な街並みを迷う事なく歩く男二人にはぐれないようについて行く。


「ねぇちょっと!ど、どど何処行くの!」


「はは、そりゃァ、いい所に決まってるでしょ」


 いい所……ってまさかのアレ、ですか?

 いやいや、そんな……ね?


「着いたぜ、ここだ」


 土方さんの立ち止まった店は、一際大きな店構えの

 遊郭だった。

 屋号『菊屋』と書かれた看板と赤提灯が軒下にぶら下がり、なんだかとてもエッチな雰囲気が漂っていた。


「わ、わかったぞ!俺を売り飛ばすんだな!畜生!鯛食わせてくれるとか騙したなっ!」

「あぁ?何勘違いしてやがる。店先で騒ぐんじゃねぇよ。良いから着いて来いって。おい総司」

「はいはい」


「くそっ!離せっ!」


 沖田さんにヒョイっと担がれ、店の中に連れらていく。

 すると店主らしきスケベそうなおっさんが現れた。


「いやいや、これはどうも土方先生。それが例の娘で?」

「あぁ、そうだが、面倒をかけるがよろしく頼む。それと、一席用意してくれ、あと鯛を人数分だ」

「かしこまりました。しかし……これは上玉ですなぁ。ささ、どうぞこちらへ」


 訳も分からず案内された部屋は、落ち着かないほど煌びやかな和室。もう赤とか紫とか使い過ぎな部屋だ。

 もう雰囲気がエッチなんですよ。遊郭ってすげぇな!


「それでなんで遊郭?!どゆこと!」


「今日からここがお前の家だ。達者でな」

「ふざけんなっ!俺を売ったな!」


「土方さん、人が悪すぎですよ。きちんと説明してあげないと」


「わーったよ。まずな、屯所は男ばかりだから女のお前を大部屋で寝かすわけにいかねぇ。中には変わった趣味のやつもいるだろうからな。入ったばっかのお前に個室なんざやれねぇ。だから寝泊まりする場所として、ここを選んだんだ。それにな……ここに居りゃあ、役に立つ情報も入って来るかもしれんし、なんなら坂本龍馬も来るかもしれない。て訳だ」


「う……なるほど。つまり新撰組の密偵として遊郭で暮らせって事だな!」


「お、おお、まぁそんな所だ。頑張ってな」


「よし!任せろ!」


(単純だなぁ……)


 土方さんから密偵の任務を賜った時、部屋の襖が凄い勢いで開いた。


「土方先生っ♡やーーっと来てくれたん!ウチ待ちくたびれて、随分と痩せてもうたわ〜♡」


 入って来るなり女郎らしき人が土方さんに抱きついた。

 こちらの事など、目に入っていないらしく、イチャつきモードである。


「おい太夫、今日は連れがいる。離れてくれないか?相変わらず落ち着きのねぇ女だなお前は」


「あら?沖田さんも居たんですか?はぁ……それと……なんです?このけったいな娘は?」


「紹介する。こいつはエイル。今日からここで世話になる。楼主には話しがついてる。面倒見てやってくれよ、東雲太夫」


 東雲太夫と言われた女郎がこっちを向いた。

 その顔があまりにも身近な人のそれで、思わず声を失ってしまった。

 ミカさんにしか見えなかったのだ。


 だけど、俺を見る東雲太夫の瞳は妙に冷たい瞳だった。

 ミカさんが男を見るようなそんな瞳で俺を見つめていた。まるでゴミを見るように。




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