8話『沖田総司』

 

 大地を割るような強烈な一撃を放つ新撰組隊士のおっさん。とても普通の人間の怪力では無い。

 コンクリートでも砕きそうです。木刀折れてないの不思議ではあるが、坂本龍馬の用意したこの試練の世界はどうやら苦難に満ち溢れてそうである。


 間一髪、一の太刀を躱したが、不用意に近付けばあの怪力の一撃が待っている。

 力だけならフレオニール以上かもしれない。


「ほう……上手く躱したな!だが、次はねぇぜ。かかって来いガキ」


 近付けば打つと言うスタイルだろうか?

 あの一撃を木刀で受けたら木刀ごと頭かち割られそうで怖い。ならば―――。


 一刀流奥義『切り落とし』


 相手の太刀筋を見極めて、それよりも速く相手の太刀を切り落とす。一か八かだ。


「やぁぁぁっ!」


「馬鹿が!正面から来るか!」


 スキルは使用不可。神速や縮地は使う事が出来ない。

 だけど、神速の動きは体に染み付いている。


 地を強く蹴りだし、重心を前へと下げ低空の飛び出し。

 瞬時に間合いをつめた。

 待っていたとばかりに島田のおっさんの剣が振り下ろされんとする。


 その剣閃よりも速く島田のおっさんの剣を目掛けて、超速の一閃。


 島田のおっさんの剣閃は空を斬らされ、地面にめり込む。その剣の峰には俺の打った剣が乗り、木刀の峰を滑り込んで行き、一気に間を詰める。


「な、な……に!?」


 一の太刀を完全に抑え込まれ、島田のおっさんには次の手は無い。坂本龍馬の言った通り、決まれば必殺確定だ。


 だが―――。


 この後どうしていいか分からない。

 決まった後の事はまだ教わって無かったのだ。


 え、えーと。


「とりゃっ!」


「ぐがっ!」


 接近した丁度真上に顎があったので、頭突きしてみた。


 すると、島田のおっさんは白目向いて倒れてしまった。

 うん。勝ったな。


「し、島田さんが……」

「あんな子どもに倒されるなんて……」


 周りで見ていた隊士達がざわつき始めた。

 注目を集めてしまったようだな!ふっふっふー!

 これは「俺、なんかやっちゃいました?」的なヤツだな!ちょっと優越感あるかも。

 注目集める→強いアピール→「君こそスターだ!是非仲間になってくれ!好きなだけ食べていいぞ!」

 になるな。うん。


「一体何の騒ぎだこいつは?」


 騒ぎを聞きつけて、屋敷から出て来た男。

 総髪の髪を後ろで結った短い髷。

 眼光鋭い目付きは涼し気な整った顔立ち。

 その男が出て来た途端、場が凍り付いた様にシンとした。


 更に。


「おやおや?どうやら島田さん、そこの女の子にやられちゃったみたいですよ土方さん」


「総司、お前見ていたのか?それが誠なら島田の奴は士道不覚悟だぜ?」


 総司と言われた男は土方とは対照的に優しげにニコニコしている。背は高いが、全体的に細身で強そうには見えない。


「それはあんまりだなぁ。どうやらその娘、新撰組うちに入りたいみたいですよ?」


「ふむ……相手が隊士希望ってんなら話しは別だが、どれ程のもんか見ねぇと許可は出来ん。総司、ちょっと相手してやれ」


「えぇ〜?僕ですか。まったく人使いが荒いな土方さんは」


「おい。そこのガキ、聞いての通りだ。今から貴様の剣を見せてもらう。情けない剣だったら、この島田魁は隊規により切腹だ。まぁ、勝手やった罰みてぇなもんだ。やるかい?」


 何だそれ!

 やんなかったら、あのオッサン切腹かよ!

 俺のせいで切腹とか流石にないわー!やるしかないじゃん!


「や、やります」


 そう言うしかないんだけど。


「よし。なら折角だ、真剣で立ち会ってみろ。おい!刀持って来い!」


 え?マジすか?それ死なない?


 ◇


 少し待ち、渡された真剣は刃引きされてはいるものの、斬れなくても充分に痛いものだ。

 そして俺には少し長い気もする。


 しかし、それよりも……相手が問題である。


 新撰組一番隊、組長の沖田総司。

 歴史に疎い俺でも知ってる。新撰組最強の剣士だ。

 実物を見るのは当然の事だけど、かなり想像していた沖田総司像とは違った。

 先程立ち会った島田魁と同じ位に背が高い上、手足の長さがかなりある。

 手足の短い俺とは間合いにかなり差が生じるはずだ。

 さて、どうするか。


「おい、お前流派はどこだ?」


 離れた位置で腕を組んで座っている土方歳三が声をかけて来た。


 流派?なんだろう?椿ちゃんに教わっただけだけど……確か何とか一刀流だったよね?


「い、一刀流?」


「どこの一刀流だ?それを聞いている」


 一刀流じゃご不満のようです。


「えーと……椿ちゃん一刀流ですかね……」


「知らん。さっさと始めろ」


 お前が聞いたんだろうが!何その態度!腹立つわ〜!

 ちょっと顔がいいからっていい気になるなよ!


 開始の合図と共に沖田総司がいきなり上から斬りかかって来た。


「いっ!?」


 回避出来ずに刀で受けると、体ごと地に沈む位の重い一撃だった。実際地面が沈んだよ。

 見かけによらずかなりの剛力だ。と、驚く間に全く同じ力の二の太刀が同じ様に打ち下ろされる。


 刀が折れそうな程の衝撃。

 と同時に腹部に沖田総司の蹴りが勢い良く入り、吹っ飛ばされて、砂利に転がった。


 クソ痛てぇ。


 アイツ……容赦なく女の子の腹を蹴りやがった。

 ダメでしょ!お腹蹴ったら!


「オラオラどしたぁ!もう終わりか?」


 ゲラゲラと笑う様に土方歳三が煽ってくる。

 殺す!


「行くぞ!」


 こうなったら全力だ。刀を一度鞘に収め、抜刀術で沖田総司に斬り込んだ。横薙ぎの一閃。


「うわっと!」


 が、これは防がれてしまう。直ぐに間髪入れずに連続の剣撃。『秘剣、桜吹雪』

 スキルは使えないけど、その技がどういった技か理解している。


「ほう……」


「何故、沖田さんに相手をさせたのですか?」


「ん、吉村君か。あのガキの剣、どう思う?」

「いや、大したもんですな。あの沖田さんが受けるのに精一杯と見えます」

「稀にああいった剣の天才ってガキはいる。剣術道場の試合とかで現れる様な奴だ。神道無念流の桂小五郎とかな」

「はぁ」

「だけどな、この新撰組には竹刀剣術のバケモンは要らねぇ。必要なのは斬る剣だ。沖田も天才だが、人を斬る天才だ。だから沖田に任せたって事さ」



 連撃の剣閃を紙一重のタイミングで受ける沖田。

 初めはその剣閃の鋭さに戸惑っていたが、徐々に余裕を残しつつ、紙一重で受け流していた。


「うんうん。なるほど……大体分かった」


 沖田がエイルの太刀筋に慣れると、それを捌きつつエイルの体勢を崩しはじめた。


 すると崩されたエイルに僅かな隙が生じた。

 その隙を逃さない沖田の眼光が鋭く光る。


 崩されたエイルが体勢を取り戻そうとする動作に入る刹那、沖田の片手平突きがエイルの胸を突く軌道ですうっと入る。

 その瞬間、間違いなくエイルの胸は突かれ、刃は心臓を確実に貫かれる。そんな絶対のタイミングであった。

 だが―――


「うぉぉぉっ!」


 正に必死確定の所で、エイルが超反応を見せて、超反応で後方に飛んだ。

 その飛びは沖田の突きの最大に伸びた位置までの回避だった。つまり完全に突きの射程外だった。


(よし!かわせた!)


 エイルの中では完全に回避。それが普通だ。

 突きの射程とは打つ手の腕の長さ、刀の長さであり、それより長い距離は物理的に不可能である。

 ましてや、刺突を繰り出した沖田は構えなき状態からの刺突。

 腕が伸びるか刀が伸びない限りはそうである。

 はずだった。


 その時エイルは信じられない沖田の剣を見た。


「剣が!伸びっ……?!」


 腕長さと、刀の長さ凡そ二尺八寸を無い頭がフル回転して導き出した攻撃可能範囲。それを超える剣の切っ先がエイルに迫って来た。


 当のエイルからすれば、剣が如意棒みたいに伸びたように感じたのだった。だがそれは間違いである。

 剣が伸びるはずは無い。もし、あったとすればそれはファンタジー作品であろう。幕末の京都にファンタジーな剣は恐らく……無い。


 即ち、伸びたように感じる沖田の剣。

 沖田の得意とする『三段突き』であった。

 段を感じさせない刺突の速さと、全くと言ってブレの無い軌道から繰り出される刺突は、受け手からすれば正に剣が伸びたように感じるのである。最も、受け手が生きていた事が無いので、あの世で聞き取りせねば分からないが。


 その『三段突き』今正にエイルを突き抜こうと迫り、あるのかないのか分からない乳房辺りを捉えた―――


「そこまで!」


 必死確定かと思われた瞬間。土方の一言で立ち合いは終わりを告げた。

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