7話『そうだ、京都へ行こう』

 

「だめぜよ。それじゃあ、受け流し手いるだけぜよ。もっと踏み込んで……」


 リョーマから奥義『切り落とし』の指南を受けてかれこれ数時間。一向に出来る様にならない。

 この奥義、地味なクセに難しいのだ。ぜよぜようるさいし。

 そもそも、相手の剣閃を見極めて、相手より速くその剣閃を切り落とした上で懐に入るのだが、下手したら自ら斬られに行く様なもので、とても危険なのだ。

 斬り合いをしている中で、一歩前に出る事がどれだけ危険で、恐ろしいものなのかを身をもって知る。

 先程から繰り返し挑んでいるのだけど、その一歩が遠い。リョーマにはヘタレとか、根性なしとか言われ放題だ。

 だってリョーマ曰く、失敗すれば『必死確定』成功すれば『必殺確定』とか言うのだけど、死に対する恐怖と言うか、危機感知的なものが反応してしまい、その一歩が出ない。別にビビってるわけじゃないよ!ホントだよ!


「無理そうなら、とりあえず保留にするかい?」


 リョーマが突然、聞き捨てならない事を吐いた。


「は……?えっ?保留って……試練なんだろ?これ出来る様にならないと、いつまでもこの場所から帰れないんじゃないの?」


「あん?……これ別に試練とは関係ないぞ。ちょっと教えてみただけだぞ」


「なんだよ!試練だと思ってクッソ頑張ったのに!詐欺か?詐欺勇者か!……それで、試練は何なんだよ!早くしやがれ!こっちは出来るだけ早く戻りたいんだよ!戦争が始まるかもしれないし!」


「まぁ、外の事は心配せんでよいぜよ。時の流れが違うからな。それより試練なんだがのう……どうするかのう?」


「え?何?まさか……決まってないの?今から考えるみたいな感じっすか?」


 コイツ……ノープランだよ。勇者の試練て、こんななの?もう帰りたい。


「よし!鬼ごっこにするか!」


「よし!じゃねーよ!適当過ぎるだろ!しかも鬼ごっこって……捕まえればいいの?」


「まぁ待て。こんな所で鬼ごっこしてもつまらん。せっかくだから、花の京都とシャレこもう」


 リョーマがそういうと、急に試練の間が光に包まれて……そこで意識を失った。



 ◇



 どれくらいの時間、意識を失っていたか分からないが、気が付くと、外にいた。


「あれ?外……?」


 周りを見渡すと、明らかに須弥山の雪景色では無い。

 街の中だった。


 街中なんだけど、全く見覚えがない街並み。

 異世界で幾つもの街を見て来たけど、その街並みとは全く違う街並みだ。

 建物はあまり高くない。木造の平屋か、高くても二階建てで、道は舗装されていないし、石畳でもない。

 立ち並ぶ木造建築は見た事がある。

 実際に見た事があると言うわけじゃなくて、テレビとか映画とか、そういうのでだ。


 それは、昔の日本そのままだった。

 時代劇とかで観た景色。

 俺は幕末の京都にいた。



 ◇



 幕末の京都の市街地に一人取り残された俺は先代の勇者リョーマ。いわゆる坂本龍馬を探す事になった。


 取り残された時に龍馬からの手紙が目の前に置いてあった。その内容は、


 この京都は龍馬が創り出した幕末の京都であり、過去に存在した幕末の京都とは違うらしい。

 その為、タイムスリップ的なやつでは無いらしく、俺が何かしても歴史が変わる事はないそうだ。

 坂本龍馬はこの京都の何処かに潜伏している。見つけて見せろとの事。

 それって鬼ごっこと言うより、かくれんぼじゃね?

 尚、この坂本龍馬の創り出した京都は、ご丁寧な事にハードモード設定らしい。魔法とスキルは使用不可。

 当然の事ながら、使徒モード不可だ。


 しかし、人一人探すのも大変だけど、全く土地勘も無い街にか弱い女の子を置き去りとか、見つけたら、いっぱい奢ってもらわないと割に合わないな。


「うーん。とりあえず聞き込みするか……」



 ◇



 聞き込みを適当にしてみたが、さっぱり坂本龍馬の居場所どころか、誰それ?的な返しばかりで全く成果無しだった。


 困りました。途方に暮れつつも、この先の不安の方が大きい。

 所持金ゼロです。異世界のお金など幕末の京都で使える訳もなく、無闇に出したら異国人だと思われてしまうかもしれない。既に髪の色で目立ってしまっているのだ。

 日本語で話しかけているのに驚かれてる始末。

 この時代の外国人に対する警戒が異様に強い事が分かった。俺日本人なんだけど。

 街の人から見ると、迷子になった外国人の偉い人の子供に見えるらしい。迷子は否定しないけど。


 坂本龍馬探しは一旦置いといて……修学旅行以来の京都でも満喫する事にした。


「京都って言えば……清水寺だっけ?東大寺かな?あれは奈良だっけ?」



 ナビも無いので、清水寺の場所分からないから、人に聞いて何とかやって来た。


「うわぁ……相変わらず高いな……落ちたら死ぬかな?いや、大丈夫か」


 清水寺と言えば、この……何?ベランダ?みたいな場所だよね。なんか京都来たって感じがする。

 現代とは違うのは、修学旅行生や観光客で賑わってはいない所だけど。


「さて……これからどうしよう」


 市中に戻り、店など建ち並ぶ通りをブラブラと歩くが、金も無いし困る。

 とりあえず金を稼がないと飢え死にするかもしれない。

 冒険者ギルドなんて無いだろうし。

 何とかして金を稼がないと……。


 すると商家の前に、何やら木で出来た立て札が刺さっていた。どうやら求人募集みたいだ。


『隊士募集』『剣に覚えある憂国の烈士』


 お!待遇は知らないが、とりあえず食事と寝床なら確保出来そうな感じだ。身分も関係無しと書いてある。

 憂国の烈士の意味は良く分かんないけど。


「えーと……場所は……西本願寺、新撰組。……新撰組?」


 新撰組。幕末期に活躍した剣客集団。

 それしか知らない。

 しかし、ひょっとしたら坂本龍馬の事も何か分かるかもしれない。お腹空いたし、行ってみるか。



 ◇



 道中、場所を聞きながら無事に西本願寺にたどり着いた。

 西本願寺の門には見張りの隊士が二人いた。

 あの有名な浅葱色の羽織を来た隊士がこちらを睨む。

 ヤバい。本物の新撰組だ。テレビ以外で初めて見たよ。


 スタスタと新撰組屯所に入ろうとすると、案の定止められた。


「おいおい!ここはガキの来る所じゃねぇぞ!此処は泣く子も黙る、会津藩預りの新撰組だゾ。遊ぶんなら他の寺にでも行きな」


「うん、知ってる。隊士募集見て来たんだけど、取り次いでくれますか?」


 ここは堂々と行こう。

 はじめが肝心なのです。既に面接は始まっていると思えだ。これでも数多くの面接を経験したのだ。

 全て落ちたけど。


「はぁぁ?隊士希望だぁ?嬢ちゃん大人をからかっちゃいけないよ。さっきも言ったが、ここはあの新撰組だ。ここで嬢ちゃんが出来る事は無いぜ。帰んな」


 おや?

 なんかダメっぽい空気だな。


「何やってんだ?邪魔だどけ」


 不意に後ろから野太い声がして急いで振り返ると、とても大柄な男が立っていた。

 門番の隊士よりもふた周りくらいの長身に、俺の腰よりも太い腕の男だ。髪を頭の上で無造作に結った髷が野武士みたいな風貌でなんか怖い。


「し、島田さん!お疲れ様です!」


「おう。で?なんでこんな所にガキがいんだよ?ここは天下の新撰組だぜお嬢ちゃん。試し斬りされたくなけりゃ、早うどきな」


 ズカズカと人を弾く様に屯所内に入って行く、島田とか言うおっさん。門番の隊士とは明らかに違う雰囲気を持っていた。人を本当に斬る殺気の様なものを感じた。

 恐らく新撰組の中でも、それなりの地位にいるおっさんかもしれない。

 その時俺は閃いてしまった。

 コイツぶっ倒したら、新撰組入れんじゃね?

 子ども扱いされて入れないんじゃ、こっちとしても困る。今日のご飯と寝床すら無いのだ。

 坂本龍馬を探す為の拠点として新撰組を利用する。

 その為には何としても、新撰組に入らなければならない。その格好の餌食だ。


「よう!そのおっさん倒したら、新撰組入れるのかなー!」


 あえて周りに聞こえる様に大きな声を響かせてみた。

 これは挑発である。


「何……?」


 屯所内に入って数歩行った所で島田とか言うおっさんが、振り向く。


「俺がそのおっさんより強ければ入れるよな?どうなんだ?」

 更に挑発してみると、おっさんの顔がみるみるうちに怒りの形相へと変わっていく。自分で言うのもなんだが、こんなちびっこい奴に煽られたら引けまい。


「一撃だ……一撃で黙らせてやる!着いて来い!」


 よし!ノッて来た。

 俺は島田とか言うおっさんの後を歩き、新撰組屯所内に入る事が出来た。


 新撰組屯所。西本願寺だ。少し前までは壬生村の八木邸に屯所を構えていたらしいが、隊士が急激に増えた為、屯所をこの西本願寺に引越して来た。

 寺院と新撰組って真逆な存在なだけに妙な違和感がある。しかし随分立派な寺だな。

 かなりの広さである。連れてこられたのは砂利が敷かれた境内の広場だった。隊士らしき男達が剣を振っていたりと、稽古中なのだろうか?


「おい!木刀をよこせ!」


 島田のおっさんが、木刀振ってた隊士を蹴飛ばして木刀を奪うと、一振りしてから木刀の先端を俺に向けた。


「俺はコイツを使うが、てめぇはその下げてる真剣でいいぜ。まさか竹光って事はねぇよな?」


 俺が真剣で相手が木刀か。ハンデもらっちゃった。

 まぁいいか。


 神刀タケミカヅチを抜くと、不思議な事に本来の黒い刀身ではなくなっていた。

 先代勇者であるリョーマ改め、坂本龍馬の仕業だろうか?この世界に無い物質で造られた神刀タケミカヅチだからか、この世界に合わせた仕様に変更されたのかもしれない。

 刀身を眺める様に両手で握り構えた。


「ほう……構えだけは立派なもんだな。行くぞ!」


 ご丁寧におっさんが行くぞとか言ってから、片手に握った木刀を打ち下ろした。

 それを少しだけ後ろに退いて躱すと、とても片手からの振りとは思えない剣風が髪を揺らして目の前を過ぎ、砂利を砕く様な強烈な一撃が地面を打った。


 え……?マジすか?

 このおっさんヤバくね?思っていたよりも随分強烈な一撃だった。しかも片手でだ。

 あれで頭打たれてたら、頭パッカーってなるよー!


 思っていた以上のハードモード戦が始まった。


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