6話『試練の間』
須弥山(この大陸で一番高いらしい)
永久凍土のこの山には年中雪が積もっている。
膝下まで歩く度に沈む山道を前を行く師匠。剣聖
こうやって雪の中を二人で進むのは、椿ちゃんと初めて修行した頃を思い出す。そして―――
「相変わらず寒っ!」
一応防寒着としてコートを羽織ってはいるものの、山頂から降りて来る冷たい風が顔面を凍らせるみたいに痛い。気付けば髪に
なんか前より寒くなってないか?こんな過酷な環境でしたっけ?
「お前は相変わらず軟弱な奴だな」
「いやいや、どうせ椿ちゃんは中に暖かいの着込んでるんでしょ?髪も長いしズルいよ」
「わしはいいんじゃ!なんてったって剣聖だからな!」
剣聖関係なくない?
何となく偉そうな肩書きだけど、実際この狐は無職だ。
家もないので、ノアさんの家に転がり込んでるだけだ。
恐らくただの穀潰しだったりするのだろう。
「それよりまだ着かないの?家あった場所は過ぎてるし、どこ行くの?」
椿ちゃんの家は神聖王国セブールの襲撃で跡形もなく破壊されたらしい。まぁ、家って言っても、1LDKの平屋で築300年だし。ミカさんにリフォームされるまでは馬小屋の方が立派な造りなボロ家だった。
「もうすぐそこだ。ほれ、見えるだろう?あの横穴だ」
見ると結構大きめの穴の空いた洞窟らしき場所がある。
須弥山生活はそこそこしていたけど、こんな場所があるとは知らなかった。まぁ、知ってても入らんけど。
俺、ダンジョン系のRPGとか苦手なんだよな。別に怖いわけじゃないよ。ホントだよ。
洞窟に入ると不思議と暖かく感じた。
風が無いだけとは思えない程だ。何かしらの魔力を感じる。恐らくその影響で暖かいのかもしれない。
「さてと、ここに来るのは300年振りだな。エイル、鈴は持っているか?」
「鈴?そんなの持って……るかもしれない。えーと確か……」
俺は袖口の収納、因みに空間収納の中をあさり、小さな鈴をだした。
チリン……
「これ?」
「おお!それだ!やはりエイルは選ばれしもの。勇者の試練を受けれる証を手に入れていたか」
「え?何それ意味わかんない。これは確か……」
その鈴はかなり前にココ村で謎の老人の話しを茶屋で聞いたらくれた鈴だ。
それが勇者の証とかありえなくないか?
「ココ村で貰った鈴だけど」
あの爺は何者なんだろうか?顔忘れたけど。まぁいいか。
「経緯は関係ない。それはそういうものだ。必ず勇者の元に行く。これで試練を受ける事が出来る」
「ちょっと待って!試練って椿ちゃんがやってくれんじゃないの?」
そう言うと、椿ちゃんが急に畏まり、その場に正座した。えっ?この人ちゃんと正座出来るの?
「私は勇者の巫女。勇者様におかれましては、この先にございます試練の間へと、お進み下さい。これより先は
椿ちゃんが勇者の巫女?単なる狐の亜人だと思っていたけど、違うらしい。それに敬語使えるんだと、新たな発見もあった。
「ひ、一人じゃなきゃダメ?」
「勇者の試練だからな。勇者しか入れない。私はここでエイルの帰りを待つよ」
敬語タイム終了。速っ!
色々不安だけど行くしかない。
それが世界を守る為に必要な事であるなら。
……必要なんだよね?
「よしっ!じゃあ行って来る」
覚悟は出来た。たぶん。
洞窟の先を進むと無かったはずの灯篭が現れ火が灯る。
まるで先へと誘導するかのように。
その誘導に従い歩く事数分、目の前に大きな扉が現れた。この扉の先が試練の間。
開けなきゃ入れないんだけど、なんか開けたくない時ってあるよね?今そんな気分。
俺が扉の前で入ろうかどうしようか迷っていると、扉の先、つまり中から突然声がした。
「はよう、入ってこんかい!」
え……?誰か居るの?
ぶっちゃけ誰か居るとか思って無かったから、心臓飛び出そうなくらい驚いた。
恐る恐る扉を開け、中に入る。
中は大きく開けていて先程までとは違い、明るい場所だった。
そしてその中心に立つ人物―――
紺色の着流しを来ている男だ。
長い黒髪を無造作に後頭部で結ってあり、腰には長刀が帯に刺してある。
髪はクセが強く、ボサボサにも見える。天パーか?
その風貌からして日本人である事は分かる。
そしてその人物を俺は知っている。
「豊臣秀吉だ!」
「ちーっとも違う」
違ったらしい。歴史の教科書で見た事あるんだけどなぁ。咄嗟に出たのが、豊臣秀吉だったんだけど……誰だっけ?
「わし、そんなに猿顔か?わしは龍馬。先代の勇者やっとんだじゃ」
「ふーん」
「反応うっすいのぉ!もっと驚いてほしいのぉ。まぁいい。それより、おまん良く豊臣秀吉とかよう知っちゅうな。そのなりで日本人かい?」
「一応そうですけど……まぁ色々あってこんなです」
「しっかし、今代の勇者が
なんか馬鹿にされている気もするが、飴貰えるなら貰っておこう。
「すまん、持って無かった」
「無いのかよ!」
なんなんだコイツ!ちょっと期待しちゃったんだからね!
「あっ、そうだ」
「なんや?」
「なんでアンタ生きてんの?先代って300年も昔の人じゃん?死んだはずだよね?歳食って」
「良く知っちゅうなぁ、偉い子やなぁ、わしが分かりやすく教えてよるきに」
先代の勇者であるリョーマから勇者の試練について語られた。
試練を担当するのは毎回その代の勇者の先代が行う。
試練の方法については、その時の試練担当によって異なる。因みにリョーマの時は試練でいきなり合戦のド真ん中に放り込まれたらしい。
そして試練を担当する先代勇者は当然死亡しているわけだが、試練の時だけ生き返る。正確には生き返ると言うより、全盛期の分身体の様なものだそうだ。
魂も肉体も模造品であり、本体は間違いなく数百年も前に死んでいる。
次に試練とは何か?
簡単に言うと、勇者の覚醒イベントだ。
必須イベントではないけど、試練を乗り越えた暁には神域を超えた攻撃が可能になる。
神と人では絶対に越えられない壁の様なものがあって、如何に強かろうとレベル上限99から先には上がらない。
試練を乗り越えると上限が解除され、更に神の絶対防御である『神威』を破る事が出来るらしい。
それが試練システムだ。
だけどこのシステム、神と戦う事を前提にされているのが妙である。
このシステムを作ったのは間違いなく前神だった邪神アルテミスだ。
何故わざわざ自分を倒し得る力を勇者に与えたのだろうか?事実、勇者リョーマに倒されて封印されている。
このシステムが無ければ、アルテミスは封印などされずに、今も神として君臨していただろう。
そんな風に思ったけど、よく分かんないからいいや。
「よし!ほなら、試練始める前にちくと剣を合わそうかの。ほれ、構えてみい」
おっ?早速手合わせするらしい。
フッフッフ……この先代勇者め、この俺をなめているな。確かに見た目は強そうに見えないけど、やる時はやるんだぜ!って所を見してやろう。
神刀タケミカヅチを抜き、正眼に構える。
さて、先代の勇者リョーマ。その力はどれ程のものだろうか。
リョーマが刀も構える。絶対的な強者の威圧。踏み込めば斬られると言うような緊張が……全くなかった。
どうも、威圧とかさっぱり無くて、力の入っていない間の抜けた構え。殺気すらなく、それでいて隙だらけにすら見える。超やる気無い人にしか見えない。
どゆこと?
「ほれ、早くせぇよ」
かかって言うんだから、行っちゃいます。
どうもやり難いんだけど。
ここは神速と身体強化で極限まで上げた速さで上段からリョーマに斬り掛かる。これで死んじゃっても恨むなよ!あっ、既に死んでるんだっけ?やっぱ不死身かな?
神刀タケミカヅチが確実にリョーマを捉える間合いで切下げた。完璧な速さとタイミングで捉えたはずだったのだが……。
リョーマの持つ刀の切っ先が俺の首にピタと張り付いていた。
「えっ?」
リョーマを捉えたと思っていた剣は地面に深く沈んでいた。
躱されたのか?しかし、リョーマは躱すような動きは見せなかった。躱すなら左右、もしくは後ろに引く動きがあるはずだ。
だけどリョーマは左右でも後ろでもなく、前に動いたのだ。現に、リョーマは体を密着させるほどに近い。
「驚いたか?」
「う、うん……今のは……?」
首に当てられていた刀を鞘に戻したリョーマが、ニヤニヤとしながら口を開いた。
「フフっ、今のが、奥義『切り落とし』じゃ」
「え?」
奥義?切り落とし?何その安い肉みたいな名前!
なんか良く分からないけど、試練が始まった。……の?
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
近況ノートに表紙絵を公開してありますので、どうぞご覧ください(`・ω・´)ゞ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます