4話『追撃』

 

「アサヒ炎上!尚も攻撃を受けています!ミカエル様!御命令を!」


 旗艦ミカサの乗組員が席に着いたままであるが、前を行く戦艦アサヒの現状を伝えた。


「援護射撃用意!主砲副砲一斉射!アサヒに当てるな!本艦はこのまま全速前進!」


「り、了解!主砲副砲アサヒ援護射撃!直ぐに撃て!」


『侵入者確認!主砲付近に侵入者アリ!現在交戦中!』


「今度は何よ!」


 ミカサの甲板には一人の女が立っていた。

 赤い髪を風になびかせて旗艦ミカサに現れたのはマリーだった。


「いやー、こんなデッカイ船造っちゃうとかミカエルちゃんはさっすがだねぇ!感心感心」


「そこの女!動くな!何者だ!」


「よくぞ聞いてくれましたっ!ある時は女冒険者御用達の仕立て屋。またある時は銀の翼グッズでぼろ儲け。そしてその正体はっ!アルテミス様十二天将蠍座スコーピオのマリーちゃんだよ♡お店来てね〜♡」


「ふ、ふざけるなっ!相手は丸腰だ、かかれ!」


 ミカサの乗組員が五人がかりでマリーに襲いかかろうとするが、一歩も動けない。


「くっ!動けない!貴様何をした!」


「悪いけど動きは封じたよん♡」


 乗組員の手足は銀色の糸が絡まり微動だにしない。

 だが、それを振り払う様に動こうとすると、


「あ〜ダメでやんすよ、無理に動くと手足スパッといっちゃうよ!こんな感じに!」


 マリーが、指先から銀色糸をミカサの主砲に絡めると、まるで柔らかいものを切る様に主砲が輪切りにされた。

 マリーのスキル『鋼糸』は人体はおろか鋼鉄すら切り裂く。


「じゃあ君たちはちょっと眠っててね〜♡」


 更に先端に毒を塗った針を取り出し乗組員の首筋に刺すと、皆意識を失った。



 ◇



 戦艦アサヒ



 既に後部砲台が炎上してはいるが、航行には問題なく、全速飛ぶ中、邪竜バースが甲板にてレグルスと交戦中だ。


 互いに拳打のぶつかり合いが艦を揺らしていた。


「オラァ!」


 レグルスの蹴りがモロにバースの顔面側頭部に入る。

 戦艦をも破壊する強力な蹴りだ。

 並のドラゴンなら即死してもおかしくはない。

 だが―――


「そんなの効かないなの!」

「なにぃ!頑丈な女は好きだぜ!」


「うっさいなの!ドラゴニックブロウ!」


 バースの渾身の拳がレグルスのボディを抉る様に入ると甲板から吹き飛び空に放り出される。


 その放り出されたレグルスを追うようにバースが跳躍した。


「魔王軍四天最強のバースを怒らせた罪を悔い改めるなの!はあぁぁぁぁぁぁーっ!」


 バースの身体が輝き弾けると、金色と漆黒の竜へと姿を変える。

 レグルスが豆粒に見える程の巨体になり、ひと飲みしてしまう程に大きな口を開いた。


「邪竜爆炎咆哮!」


 邪竜バースの青黒い炎がレグルス目掛けて至近距離で放出。かつてその一撃で帝国一個師団を消滅させた事がある強力な咆哮だ。

 帝国は邪竜バースを最も危険視していたと言われている。


「レグルス!」


 銀竜を駆るスピカが邪竜バースの爆炎を受け、垂直落下して行くレグルスを拾う為に急降下を始める。

 それを阻止するべく邪竜バースも急降下して追う。


「銀竜さん!レグルスを頼みます!」


 スピカが銀竜より飛び立ち、向かって来る邪竜バースに向け超速で跳躍する。


「聖なる槍で滅しなさい、ヘブンズストライク!」


 邪竜バースとすれ違いざまに光の槍をその巨体に突き刺す。急降下して来た邪竜バースの腹部を貫いた。


「うがぁぁぁッ!」


 その光景を聖都で見守る民達にも衝撃的に視認した。聖女による邪竜撃破の瞬間、聖都歓喜に満ち溢れた。


「バースが!こうなったら私が!」


 ミカエルが自ら出るつもりで艦橋を出ようとすると


「貴様はそこにいろ、どうやら我の出番の様だな。少し運動して来るとしよう」


「ライトニング!」


 艦橋にいる乗組員が威風堂々現れた小さき神獣に一斉に目を向けた。


((猫が喋った!?))


「貴方でスピカをなんとか出来るのかしら?」


「さぁな。だが現状のままでは艦隊は総崩れになる。我がしんがりを務める。それにあの女には借りもある。ミカエル、貴様は艦隊と共に行け!バースは任せろ」


((ミカエル様とバース様を呼び捨て!?何もんだあの猫!))


 乗組員の疑問と不安を一身に受け、神獣ライトニングの出撃。


 スタスタと歩き艦橋の扉の前で立ち止まり振り返ると


「スマンが扉開けてくれんか?」


 もうダメかもしれないと皆ため息をついた。



 ◇



 邪竜バースを無力化し、そのまま再び銀竜の背に収まるスピカが旗艦ミカサに接近する。


 邪竜バースをも貫く魔法で艦に風穴を開けてやろうと言う魂胆であった。

 旗艦ミカサが爆発炎上でもすれば、魔国艦隊は総崩れになる事必至。そしてその勝利がまた神聖王国の士気高揚に繋がる。と、スピカはアルゴの命令を遂行する。


「目標旗艦ミカサ艦底中央。派手に燃えて下さい、ヘブンズストライク!」


 スピカが邪竜バースを討ち取った上級聖魔法の光の槍を旗艦ミカサに向け、勢い良く槍を投げた。


 その光の槍がミカサに突き刺さる寸前、蒼白い雷撃が轟き、光の槍を消滅させた。


「?!」


 見るとミカサの甲板から高速接近するライトニングが空を駈ける。


「空中を走っている?!何よあの……猫?それよりもわたしの魔法を消滅させた?」


 迫り来るライトニングを強敵と判断したスピカは防御体勢に入る。


「フハハハハハハッ!貴様に借りを返す時が来た!」


「わたし猫に知り合いは居ませんよっ!」


 飛びかかる猫……ライトニングを振り払うと空間からロッドを取り出し、クルクルと回転させてから構える。

 そこに申し合わせた様に銀竜がスピカの地となりに素早く戻って来た。


「ホーリーレイ!」


 光の矢が無数に展開され、光線となりライトニングを襲う。


「フッ!これしきの光、他愛もない」


 網の目をくぐり抜ける様に光線の隙間をくぐり抜けるライトニング。


「くっ!的が小さ過ぎるっ!」


 ライトニングの体は30センチ程度しかなく、その小さな体で素早く動くとなると中々当たるものでは無い。


「我を忘れたか?かつて我を使役して操っていた事を!」


「使役……!!まさか神獣キングベヒーモス!でも……随分可愛くなりましたね……」


「今の主に敗れ、魂を維持する為に幼体まで退化する必要があっただけだ」


「なら脅威は無さそうね。再び敗北を味わわせてあげます」


「舐めるなよ?肉体の大きさが強さの証明ではない事を見せてやろう」


 ライトニングは空中に足をつき立ち止まる。

 空中に魔法で足裏に足場を作り、空を地面の如く駆け抜ける事が出来た。元はエイルが修得しているマリンのシールドの応用である。


「換装」


 スピカの装備が一新され、銀色のドレスアーマーへと変貌する。両手には片刃剣ファルシオンが握られている。スピカの使徒としての戦闘スタイルだ。

 その双剣で数多の敵を葬って来た。

 邪竜バースも強いが、殺しに関しての経験値は使徒であるスピカに及ばない。邪竜バースは100年程生きているが、竜族としては若い方である。

 それに比べて使徒スピカはおよそ3000年の時を生きて来た。戦闘において圧倒的なまでの場数を踏んだ存在である。

 だが、神獣ライトニングも同じく、この世界創成の時よりの存在である。


「神獣改め、女神第一使徒エイルの従魔ライトニングとして戦おう。参る」


 その身で一度伸びをし、しなる様な動きで閃光の如くスピカに襲いかかる。

 まるで光弾となった突撃は神速級だが、スピカもそれに反応し、すんでのところで小規模結界による防御で受け止めると、更にライトニングが多方向からの突撃。


「くっ……!」


 完全に防戦一方の展開。


 神速の連続攻撃を防いではいるが、スピカは銀竜に乗っての戦い。空中戦とは言え銀竜が却って負担となる。

 銀翼を展開出来ればまだなんとかなるであろうが、まだ聖都との距離が近い為にそれが出来ない。


「聖天っ!」


 ライトニングが近づくタイミングで双剣に神聖魔法と天属性魔法を宿らせ、剣でライトニングを挟む様にカウンタークロスする。


「甘いな」


 交差する剣と剣の隙間を柔らかい身のこなしですり抜けるライトニング。

 剣をかわしきると更に加速し、スピカの胸部に頭から突っ込む。


「かはッ……!」


 胸部を強打されたスピカが銀竜から放り出される。

 そこに更に追い討ちをかけるライトニングの突撃がスピカの今度は腹部に命中した。


 そのまま地上に落下したスピカは大地に激突し、辺りに砂ぼこりが大いに舞う。


 空中に待機し、様子を伺うライトニングに地上から無数の銀の羽が襲う。

 それを全てかわしきると砂塵の中に銀翼を広げたスピカがライトニングを睨む。


「女性の腹部を攻撃するとかいけませんよ。もう殺して差し上げましょうか!」


「ふんっ……我に性のぶん別など無い。主の敵は全て排除するまでだ」


「獣風情が!天魔法ヘブンクロス!」


 遥か空より光の柱が立て続けにライトニングと大地に向け撃ち落とされる。辺りは爆音と砂塵まみれ、壮絶な戦いとなった。

 聖都からはもその様子は視認出来るが爆発の中にいるスピカとライトニングの様子までは確認できない。

 聖都の民は、なんかよくわからんけど、凄まじい戦いが繰り広げられてるのは分かった。

 人々は聖女の力の偉大さを感じていたが、それと同時にその破壊力が余りにも人間離れしている事に恐怖すら感じていた。

 聖女が天属性魔法を乱発している事に疑問を感じる者も出始めた。

 人族の中で天属性魔法は禁忌中の禁忌だ。

 忌まわしき空の支配者、天族。

 人族、中でも神聖王国では特に忌み嫌われる存在として根強い。

 その天族を連想させる天属性魔法はこの300年、絶対禁忌だった。そもそも人族には天属性者は居ないとされてはいる。それ故にこうも天属性魔法を多用する姿を見せてしまうのは宜しくない。




『スピカ。もういい。退け』


 アルゴがしびれを切らしてスピカに念話にて退くようにめいを下す。


『……邪魔をしないでくれますか!』


 スピカはライトニングとの激しい戦闘の最中であり、冷静さを欠いている。

 小さいながらも神獣相手の戦闘は辺り一帯を荒野に変えてしまう程に激しさを増していた。


『スピカ。私の命令が聞けませんか?もう一度言います。退きなさい。既に敵艦隊は見えなくなりました。これ以上の追撃は必要ありません』


『……っく!……分かりました』


 ライトニングの攻撃を大きくかわした後、スピカは距離をとり息を着く。


 急に殺気を無くしたスピカを見、ライトニングも攻撃の手を止めた。


「む……?なんだ、終いか?まだまだこれからなのだがな」

「今日はこの辺りで失礼させていただきます。ですが次戦場で相見える時は覚悟して下さいね。それでは―――」


 スピカはそう言い残して黒焦げになった(一応生きてる)

 レグルスを回収して銀竜で飛び去っていった。


「……見逃してくれた……か」


 ライトニングは、どっと緊張が解け、その場に寝転がった。実際の所、かなりの魔力を消費していたのだ。

 それだけスピカとの戦いは厳しいものであった。

 神獣としての力が出し切れていないのも原因ではあるのだが。


「さて……我は邪竜を連れて戻らねばな……」


 良く晴れた空をを見上げながらライトニングは歩き出したのだった。


 人魔大戦開戦のひと月前の事であった。





次回、「シン・リュウタロウ(仮)」

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