第6章

1話 『魔国艦隊』


「各艦出撃準備整いました。ミカエル様!」


魔王軍士官の軍服を着た若い士官が戦艦ミカサの艦橋ブリッジで足を組み、ふんぞり返っているミカエルに敬礼をして立つ。


「よろしい。では各艦に通達、これより我が軍は敵本拠地、聖都セブンスヘブンへ向かう。ミカサ発進!」


「了解。旗艦ミカサ発進」


魔王城デスパレス地下のドック内より、旗艦ミカサの煙突から発進の合図とばかりに蒸気が上がる。


『旗艦ミカサ発進致します。全作業員は直ちに一番ドックに集合して下さい。ミカエル様ご出陣です。繰り返します、ミカエル様ご出陣です。速やかに集合して下さい』


ドック内作業員並びに今作戦には参加していない兵達が、魔王ミカエルの出陣を見送ろうと、旗艦ミカサの停泊している一番ドックに集結、一斉に敬礼する。


「ミカエル様!どうかご武運を!」

「ミカエル様万歳!我らに勝利を!」


ミカエルは艦橋ブリッジからドック内の熱烈な盛り上がりに少し照れながらも、気丈に敬礼で返した。

その姿を見た熱狂的な兵達は失神する者も居たらしい。

残った兵士たちによる国歌の合唱が始まると、ミカエルはさらに恥ずかしそうに手を振る。


魔族国デスニーランド国歌

『暴君』

作詞作曲ジス・バレンティン


瘴気の森の要塞はデストロイ!(デストロイ!)

見渡す限り 人族の死体

この最強の主の下で、馬車馬如く働いている

ああ、ミカエル まじヤバい


国歌でたたえられているのかディスられてるのか分からないが、やめろとは言えないミカエルだった。

因みに三番まであるらしい。


旗艦ミカサがドックを進み大海原へと去り、続いて二番艦アサヒ、三番艦コンゴウがそれを追うように続き発艦して行き、ドック内の稼働可能な艦は全て戦地へと向かった。


後に『人魔大戦』と言われた戦争の始まりである。

魔族の革新的な成長はミカエルがもたらしたと言っても良い。過去の歴史を見てもこれほどまでに魔族を組織として確立できた魔王はいない。


旗艦ミカサを先頭に魔国艦隊は大陸の東側、人族最大の国家、神聖王国セブールへと舵を取る。

艦隊の目的は宣戦布告と同時に艦隊による奇襲攻撃だ。作戦名はミカエルが付けた『桶狭間』とされた。

何故この様な事態になったのかは、


魔王ミカエルが神聖王国より帰還後、神聖王国側は魔族側の襲撃による聖都大火を主張。これにより休戦協定は破棄。再び人族三国と魔国は敵対国となった。

更に、人族側は亜人国家セイコマルクとの国交を断絶。

中立国であったセイコマルクは魔国同様に敵対国とされた。

国力の勝る人族側との完全対立は長期的に見て不利であり、中立国だったセイコマルク経由の輸出入も遮断された魔国は窮地に追い込まれた。


その為、短期決戦の第一弾として艦隊による聖都襲撃となった。戦果次第で講和に持ち込めれば良しと、参謀ルー・ペタジーニの立案だが……。





「高度5000に到達。これより減速航行に入ります」

「了解。各員交代で休め。ジス、私は自室に戻るわ。後はお願いね」

「了解しました。ミカエル様どうぞお休み下さい」


ミカエルは指揮をジスに預けると艦橋を去り、自室に戻った。


部屋に戻るなりベッドへ倒れ込みため息をつく。


「はぁー……エイルに会いたい」


ミカエルは聖都で別れ、須弥山へと向かったエイルの事を想う。部下の前では魔王らしく振る舞うが、まだ16歳の少女だ。とはいえ、転生者のミカエルは精神的にはもっと上であるが、エイルと相思相愛となったばかりであり、一緒にいたいと想うのは仕方ない事である。

付き合いたての恋人などそんなものだ。


「やれやれだな」


その様子を部屋のソファで丸くなりながらジト目で見つめる神獣ライトニングはボソッと嘆く。


「猫には分からないわよ!この気持ちが!エイルをなでなでしたり、ギューってしてないと不安なのよ!」

「我が主は貴様の愛玩動物的なのか?それに我は猫ではないぞ」


神獣ライトニングはれっきとしたキングベヒーモスである。現在は肉体を幼体化している為に猫サイズまで小さくなっているが、神獣である。ミカエルがライトニングを連れて来たのは一応戦力になるかもしれないからだった。正に猫の手も借りたい心境なのだろうか。


この作戦の懸念材料として上がるのは、使徒の存在だ。

勇者リュウタロウは無力化したが(らしい)四人の使徒は健在。

その上、人工使徒。その数は不明だ。量産化された使徒はオリジナルである使徒に及ばないものの、シュリを重体にまで追い込む程に手強い。出来れば今回の作戦で掃討出来れば、その先の戦いに希望が見えるとミカエルは考えていたが、エイルの事を考えて現実逃避中だ。


「ん……あのさライトニング?さ、散歩とかしてくれば?」

「どうした急に?我を部屋から追い出したいのなら仕方ないが……魔王でもサカるのだな」

「ち、違うわよ!ちょっと一人になりたいだけだから!」

「そうか、それは不敬だったな。どれくらい必要だ?」

「さ、三十分くらい」

「シーツ……汚すなよ」

「善処します……」





艦隊が魔国を発って翌朝。

セブール王国領内に入り、警戒態勢に移行していた。

旗艦ミカサ艦橋ブリッジ


「間もなく目標が視認出来ると思いますが、ミカエル様ご指示を!」


「第一戦闘配備のまま待機、速度そのまま前進!」

「了解。速度そのまま前進!」


魔国艦隊がセブール領内を堂々と進軍して行く。

航空戦力と言う概念がまだ確立していない世界において魔国艦隊は間違いなく脅威的な存在である。

その証拠に領内の侵入を容易く許してしまっている。

だが、セブール王国も秘密裏に魔国艦隊の情報をキャッチしており、対魔国に備えをしていた。


「魔力感知レーダーに反応あり!こちらに接近中!」


「数は?」


「8、10、……いっぱいです!」


レーダー担当のゴブリンの頭脳に多少の問題が発生したが、ミカエルは気にする様子はない。


「やはり出てきたわね!」


接近中の魔力反応に心当たりがあるミカエルは動じなかった。事前にセブール王国の航空戦力は調査済みだ。

シュリの情報によると、新設されたばかりの航空騎兵隊の存在ありとの事。

魔力を動力源とした馬の様に跨る魔導具で空を駆けるらしい。魔導具自体には機銃は無いが、ライフルを装備している。

この中世的な異世界に置いては極めて先進的な航空戦力と言える。

だが、更に先進的技術の魔国艦隊にはアリの攻撃程度にしかならない。ライフルで鋼鉄艦は落とせない。


この魔国艦隊、旗艦ミカサ、戦艦アサヒ、戦艦コンゴウのたった三隻だけである。艦隊と呼ぶには規模は小さいものの、どの艦も巨砲を前後六門搭載した最新鋭艦だ。

勿論、木造艦では全くなく、全て鋼鉄で造られた戦艦だ。攻防優れた戦艦であり、並の銃弾などでは穴一つ開けれない。更にふざけた事にMフィールドとか言う魔力無効化の防御策まで標準装備なのである。

運用テストにおいて、ドラゴンの攻撃にも耐えた実績もあり、セブール王国のなんちゃって航空戦力など、虫除けスプレーした後に蚊に出会う程度の認識であった。

そのため、

「気にせず前進」

完全に無視であった。


魔国艦隊は速度を落とす事なく進軍して来ると、セブール王国航空騎兵隊は慌てて、旗信号を旗艦ミカサに向けて送る。


『停船せよ』


必死に停船を促すが、魔国艦隊はそのまま突っ込んで来る形となり、航空騎兵隊は散開して止むを得ず旗艦ミカサに攻撃を開始した。


「敵、攻撃を確認。ミカエル様、応射しますか?」

「要らないわ。弾の無駄遣いになるだけだわ。無視!全速前進!」


「了解。全速前進!」


伝令役が後方のアサヒ、コンゴウに全速前進の信号をだし、操舵手はそれに従い縦列したまま魔国艦隊は聖都へと舵を取る。


艦橋ブリッジにはミカエル専用の玉座が、少し高い場所に設けられており、ミカエルはそこに足を組み、オッドアイの瞳は聖都方向を見据えていた。


その横顔をジスは少し唇を尖らせながら見つめていた。


ミカエルの今日の服装は軍服姿である。

魔王軍の正規軍として基本的には統一されたデザインの軍服ではあるが、各部隊ごとに若干仕様が異なる。

基本色は黒色で作られている。

ミカエル専用の軍服は形の基本的な作りは同様ではありながら、真紅色であつらえた軍服だ。

最上位階級故に肩部や詰め襟は金色の装飾が施されており、将官以上はマントが下げられている。

女性士官は膝上丈のスカートになっているが、ミカエルは男性用と同様のズボンに馬靴みたいに長いブーツを履いていた。

いつものジスであれば、ミカエルの凛々しく高貴な出で立ちに、うっとりと眺めているはずだが、今日のジスは少し不満げにミカエルを眺めていた。


ジス率いるミカエル親衛隊はシュリが負傷中のため本国待機。ジスとシズカの二名が旗艦ミカサに乗艦。

他二名は別動任務で魔国不在だ。

親衛隊は黒ベースの軍服に左腕に桜色の腕章で所属を明らかにしている。腕章には『桜花おうか』と刺繍されていた。


話を少し前に戻そう。

ジスがミカエルの異変に気付いたのは、ミカエルがセブール王国潜入より帰還して直ぐの事だった。

どうも様子がおかしい。

ジスからすれば人が変わったのではないかと思ってしまう程であった。


なんか優しくなった。それがジスが帰還されたミカエルに受けた印象だったのだ。

表情が以前より柔らかくなり、暴君ミカエルがなりを潜めてしまったのだ。まるで今『私今幸せ』と言うかの如く常に機嫌が良く、たまに何かを思い出しては『えへへっ』と笑っていたりして気持ち悪いのだ。

以前のミカエルなら少し機嫌が悪いと、部屋の扉は足で蹴り破壊。朝なんて野鳥がチュンチュン言ってるだけで『鳥うっせーな!』と言って窓を破壊した事もあった。

そんなジスの知るミカエルが、先日突然『パジャマパーティーしない?』なんて言い出したものだから、ジスは中身変わったんじゃないかと思ってしまった程だ。

その上、人族の回復術士の栗毛のカス如きに高価な下着をプレゼントしたのだ。『いつも感謝してる』とか言ってだ。乱心としか思えないのだったが、理由は酒に酔った胸の薄いエルフが暴露した事で明らかになった。


聖都セブンスヘブンでエイルと結ばれたらしい。

長年仕えて来たジスは酷くショックを受けた。

幼い頃から一緒で、自分こそがミカエルの一番であると自負していたが、ぽっと出の天使にその座を奪われ、更には純血まで奪われた。あの馬鹿天使に会ったら根掘り葉掘り吐かせてやろうと思った。


とは言っても今現在、傍らにいるのはジスである。

ジスの不始末でミカエルに何かあったら、エイルに合わせる顔がない。私はミカエル様の一番の盾。そう自分に言い聞かせ決意したのだった。





「距離一万五千メートル!間もなく射程距離に入ります!」

測量士官の目標までの距離が明らかになると艦橋ブリッジ内に緊張が走る。


するとミカエルが、


「アサヒは右舷。コンゴウは左舷に展開。ミカサに並走し、砲撃準備!」


と言うと素早く後続のアサヒ、コンゴウ両艦に信号が送られる。

すると直ぐに「了解」と返事の信号がかえる。


それに加えてミカエルが、


「本日、天気晴朗なれど、風強し」

と付け加えた。

直ちに両艦にも伝達された。

これは視界良好ではあるが、強風の為、砲撃において風による誤差が生じる。だが風は魔国艦隊からすると追い風であり、極めて当方に有利と言えた。


開戦が刻一刻とせまっていた。

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