幕間 『妖精の国ミストリア 1』

 

 魔国にてエイルと別れた魔女ノアは、セイコマルクにてセリス、リオと合流し妖精の国ミストリアへ向かった。


 妖精の国は大陸に国土を持たぬ国である。

 入り口はセイコマルクの更に奥、迷わずの森にあるとされ、妖精の国へと転移するらしい。

 一説によれば、北の大陸の何処かであるとか、現世ではない幽世であるとか等、本当の所は謎である。


 妖精の国ミストリアはエルフの祖にあたる、ハイエルフ、そして更にその祖にあたる妖精の住処とされる。


 迷わずの森を進む一行。

 出口の見えぬ森をただ進んで行くが、唐突に森がざわつき始める。


『この先に何の用かしら?悪い事は言わない、今すぐ引き返しなさい』


「声……?何処から?」


「頭に入ってくるみたいなのです!」


「この声……ユーリ!私よ!ノアよ!お願い!このまま先を行かせて!」


『チッ……』


「「「舌打ちされた!」」」


 少しして、何もない空間から一人のエルフが現れる。


 金にも銀にも見える長髪のエルフは紫紺の瞳の女性だった。恐らく先程の舌打ちはこの女性かと思われる。

 彼女の名はユーリ。かつて邪神と戦ったノアの仲間である。彼女はハイエルフと言われる種族である。エルフよりも妖精に近い存在だ。


「何しに来たのよ、全く。ところでリョーマ元気?」


 ボリボリと頭をかきながら、酷くめんどくさそうに現れるなり、見当外れな事を言う。


「250年くらい前に死んだわよ!あいわらず時間の感覚がおかしい森ね」


「もうそんなに経つの?まぁ時の流れが違うのは仕方ない事よ。それで?」

「ここに異世界人が一人居るわね?その人物に会わせてほしいの。長居は出来ないから直ぐに!」

「異世界人?あぁ、居るわね一人。まぁ彼も暇そうだし案内するわ。それと……いや、とりあえずはそっちね」


 ユーリはセリスを見て何か言いかけたが、取り止めた。

 まずはノアの用件を先に済ませるつもりの様だった。


 一行はユーリの案内で妖精国ミストリアに入って行った。



 ◇



 妖精の国というだけあって、街の中には妖精がびゅんびゅん飛んでいる。なんて事はなく。

 木々に囲まれた集落と言った方が良いかもしれない。

 国とは名ばかりであり、人口は1000人いない。


 長命故に繁殖に関してはあまり関心を持たないのが、エルフの特長でもある。

 世俗に触れたエルフ等は例外であるが、この国のエルフはその殆どが前者であった。


 住居は森の資源を活かした木造家屋殆どで石やレンガの使用は外壁に使っておらず、森の中の村というのが正しい感想であった。


 かつての英雄の一人ユーリに案内され、集落の一角に、この国では珍しい石造りが混じった家屋に入ると一人の男が鉄を叩いていた。


「カネミツ。入るわよ」

「もう入ってるじゃねぇか。女王さんよ」


 カネミツと言われる男は振り返る事なく答え、作業を続けながら言った。


「ぞろぞろと何の用だ?見物なら勘弁してくれ。ここは見世物小屋じゃあねぇ」


「久しぶりね。前に一度会ったノアよ。覚えているかしら?」

 ノアがそう言うと。

「―――あぁ、魔剣の女か。覚えてるぜ、上手く出来たかい?」

「それはお陰様で。それよりも今日はお願いがあるのよ。この刀を打ち直して欲しいの」


 カネミツは作業を止め、ノアの持つ朽ち果てた雷電丸を見て

「見してみろ」


 ノアはカネミツに雷電丸を渡すと、手馴れた手つきで刀の柄を外し、折れた刀身を入念に見る。


「こいつは……雷切じゃねぇか!何処でこんなもん……いや、それはいいか。しかし酷い有様だな。どんな使い方したら刀がこんな風になるんだよ。分かる事だけでいい。話せ」


 ノアは雷電丸をエイルが壊した経緯を知る限り伝えた。


「馬鹿だな。その剣士はよ。まぁこの世界じゃあそういう使い方する奴は珍しくねぇがな」


 カネミツによると、この刀はあくまでも斬る剣であって魔力を通して使う剣ではない。

 雷の属性が付いてるのはたまたま雷を受けた逸話があってそうなっただけである。

 魔力を流して刃を飛ばす使い方は、魔法のある異世界スペシャル仕様だとカネミツは語る。


「つまり。また同じ使い方するなら、この刀は向いてねぇって事よ」


 それはノアも同感であり、納得する。

 しかし、それを可能にする剣をノアは空間から引き出してカネミツに見せた。


「このアルテミスの剣を使えば可能かと」


 黒い刀身に翠色の魔力回路が施された大剣は邪神アルテミスの愛剣。地を砕き、海を割り、空を裂く。剣と言うには規格外、いや、神の力そのものだ。


「また、とんでもない代物だな。で?」

「これを折れた刀と合成してインゴットを私が造るわ。それならいいでしょう?」


「……分かった。七日で仕上げる」

「駄目、二日でお願い。時間がないの」


 この国の時間の流れは外界より遅い。

 ここでの七日が外界でどれだけ時間を消費するかは正直不明な点が多い。


「手際よくやって七日かかるんだ。俺になまくら刀打たせるつもりかい?」

「だったら魔国で刀打つ?そうすれば七日くらいかけても良いけど」

「そんな天外魔境みてぇな場所行きたくない!分かったよ。やるよ!但し三日だ!三日間寝ずの作業だ!おいそこのガキ!裏の井戸から水を汲んでこい!それとその姉ちゃん!おめぇは……」

「悪いけど、この子は私が借りるからダメよ。じゃ、あとは宜しくね〜」


 ユーリはセリスを連れてカネミツ達と別れた。


 集落には刀を打つ音が三日三晩響き、森の民は寝不足になったらしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る