番外編『エイル、日本に帰る【下】』
百合ちゃんと別れ、家に着いた。
まだ日も長い夏。夕方と言うほど日も暮れてはいない。
鞄の中から家の鍵らしきものを無事に見つけだし、入る事が出来た。どうやら家政婦のミナさんは既に帰ってしまっているようだ。住み込みではないのね。
この広い家に一人きりで過ごすのは寂しい。
これが自分の家なら平気だけど、俺からすれば他人の家で一人取り残された状況に近い。
勝手が分からないのだ。
他所のお宅の冷蔵庫を開けると言うのも気が引ける思いだが、喉の渇きを我慢するより低いハードルだったので、冷蔵庫を開けた。
「ビール……飲んじゃ駄目かな?」
駄目ですね。中身は成人だけど外見が中学生である。
仕方ない。ビールは諦める事にした。
冷蔵庫の中には夕飯の作り置きらしき物があり、温めて食べる用に用意されていた。助かった。
美佳さん本人なら料理くらい出来ただろうけど、今は中身俺だからな。湯を沸かすくらいしか出来ないのだ。
夕飯にはまだ早い時間なので、テレビでもと観たが、過去の情報番組等観ても意味ない事に気付いて消した。
それより、この夏場で過ごした身体を洗い流したいのだが……いいよね?今更、美佳さんに悪いなんて思っている場合でもないしな。
「とりあえず着替えないと……」
美佳さんの部屋に戻り、制服を脱ぎ捨て―――たら怒られそうなので、ハンガーに掛けた。
シャツは洗濯しないとだろうから、浴室に行くときに洗濯機にぶち込むとして……。
「き、着替えを探すだけだからね!」
美佳さんに申し訳ない気もあるが、衣装ケースの引き出しを上から開けて行く。
下着類が綺麗に畳まれて所狭しと言う有り様であるが、この貧相な身体には不釣り合いなカラーリングばかり目に付く。
「とりあえず下だけでいっか。誰も居ないし」
適当にパンツを取り出し、下の棚からTシャツを手に取り浴室に向かった。
◇
結局、風呂上がりに誘惑に負けてしまい、ビールを一缶飲んでしまいました。
その後、夕飯食べてゲームしてたら知らないうちに寝てしまった。
土曜日は家政婦のミナさんはお休みなのか、起こしには来なかった。10時過ぎに百合ちゃんからスマホにLimeが入り目が覚めた。
「ヤバっ!もう来る!」
慌てて顔を洗い、ボサボサになっている長い髪をとかす。切ってしまいたい。
ピーンポーン……
来てしまった!
取り急ぎ玄関へと向かい、百合ちゃんを迎え入れる。
「お、おはよう……は、早いね」
「美佳ちゃんおはよ〜ってなんて格好してるの!駄目だよ!」
起きたばかりでしたので、Tシャツにパンツと言う格好だ。女の子がはしたない格好で玄関開けたら駄目だよ!とか、知らない人とかだったらどうするの!とか説教をされながら、お部屋に戻った。
「ほら、早くお着替えして行こ」
着替えたいのは山々なんですが、正直何着て良いか分からないのね。女用の服のコーディネートなぞ知らんのだよ!異世界だと大体着物だったし。
「よし!百合ちゃん!何か適当に選んでくれたまえ!特別だぞ!」
「えぇっ?どしたの?なんか昨日から少し……と言うかかなり変よ美佳ちゃん!」
「き、気のせいだ!さぁ早く!」
コーディネートを百合ちゃんに丸投げして何とか着替えて出発となった。
横浜のスタジアム周辺で降ろしてもらい、野球観戦前に昼食にしておこうと話していたので、店を探す事になった。……計画どおりだ。
「百合ちゃん。俺、じゃなかった。私、家系ラーメンが食べたいの!」
「い、イエケーラーメン?って何?ら、ラーメンは何となく聞いた事あるんだけど、そのイエケー?は何か違うのかしら?」
何だと……家系ラーメンどころか、家系を知らないのね。しかもラーメンも曖昧な感じだ。まさか!
「あの……百合さん。ひょっとしてラーメン食べた事無いの?」
「う、うん。食べる機会がなかっただけなの!でも頑張ってみるから!美佳ちゃん見捨てないで!」
「み、見捨てたりはしないよ。ちょっと驚いただけ」
まさかラーメン食べた事ない日本人に出会うとは思わなかったよ。日本人なら物心ついた時既にラーメンをすすっているのだ。少なくとも俺の周りはそうだった。
箱入り臭い百合ちゃんなら有り得るのだろう。
美佳さん自身はどうだったのだろう?
こちらもかなりお嬢様入っているのだ。
そう言えば前に異世界で、ミカさんに家系ラーメン食べたいと言った事がある。
「無理。私それ食べた事ないし」
と言われた記憶がある。結局普通のラーメンを作ってくれた。と言う事は美佳さんは家系ラーメンを初めて食す事になる。
もしこの世界が、本当に美佳さんの過去だとしたら、家系ラーメンをミカさんが異世界で作れる……?
なんて事を考えてしまったけど、ないな。
◇
スタジアム周辺から歩く事5分。予めスマホで調べておいた目当ての店に入る。美佳さんのスマホ勝手に使いましたごめんなさい。後で謝ろう。
店内に入ると独特の匂いが充満している。
「この風、この匂いこそ戦場よ……」
「み、美佳ちゃん?」
さて、食す物は既に決まっているので、慣れた感じでラーメンとライス。麺大盛りの食券を購入する。
手早く済ませないと後続の客のプレッシャー浴びてしまうのだ。
店内を見渡すと開店間もない時間にも関わらず既に数名の客が席に座り臨戦態勢のようだ。
「美佳ちゃん!美佳ちゃん!クレジットカードが入らないのぉぉぉぉ!」
必死にクレジットカードを紙幣投入口に入れようとしている百合ちゃんが居た。
食券機も初めてか。
「百合ちゃん。現金しか使えないよ。持ってる?」
「な、無い……」
現金持って無くて、クレジットカード持ってる中学生を初めて見たよ。もうなんかこの子色々めんどくせぇよ。
良かった。俺の知り合いじゃなくて。
仕方なく百合ちゃんの分も支払い、席につく。
店員さんが、水を持って席に来る。
「お好みあります?」
「硬め、濃いめ、普通で」
「はい。カタコイ大盛り1つ。そちらさんは?」
「お、同じでお願いします!」
「カタコイ1つね」
数分後テーブルにラーメン着。
濃厚な豚骨醤油スープに中太ストレート麺。
器からはみ出た海苔三枚に味玉、焼豚、ほうれん草という定番の盛り付け。
これぞ家系ラーメン!いざ!
「み、美佳ちゃん。そんなたくさん食べれるの?」
「へ?ヨユーだよ。ライスおかわりも自由だからな!」
家系ラーメンはライスが合う。
まずはこの海苔をスープに浸し、ライスと共に頂く。
そして、麺を口の中へと流し込む。
「ウマー!」
帰って来た!わたしは帰って来たのだ!日本に生まれて良かったー!家系最高!
「うまうまー!」
勢い良かったのは最初だけだった。
半分も食べ切らない内に限界が来たのだ。
「うっぷ……く、くるしいかも……百合ちゃん食べれる?」
「さっきは余裕とか言ってなかった美佳ちゃん?」
舐めてました。いや、舐めていたと言うよりは美佳さんの身体の胃が思っていたよりも貧弱だった。
このちっさい身体に大盛りとライスは無理し過ぎである。
「百合ちゃん食べて……わたしよりも大きいから大丈夫でしょ?」
「胸の大きさは関係ないわよ〜」
「おっぱいちゃうわ!」
「おい!まさか俺の作ったラーメン残すつもりじゃねぇだろうな?」
屈強な身体をした頭にタオル巻いた店主らしきおっさんが、やって来た。
「残さず食べろ!」
「そうだよ美佳ちゃん残しちゃダメだよ〜」
「ほら食え!」
「頑張って!」
百合ちゃんに羽交い締めにされ、店主に無理矢理ラーメンを口に押し込まれる。
「んぐっ、がぼぼっ、や、やめ……死ぬぅ!」
「ほらほら!」
「美佳ちゃんファイト!」
何だこれは!拷問かよ!とんでもない親友と店主だ。
もう、口の中にいっぱいに詰め込まれて息が出来ない。
やがて意識が薄れて行く……。
―――
―――――
――――――
「もう食べれないよ!」
俺は叫びながら起き上がる。
するとそこは……。
「知ってる天井だ……ここはミカさんの部屋だ」
目が覚めた場所は魔王城デスパレス21階にあるミカさんの寝室。どうやら異世界に戻って来た。
いや、戻って来たのが正しいのか、夢だった可能性すらあるが、やけにリアルな夢だ。
でも久しぶりに日本に帰れた気がした。
ただ惜しむらくは、〇ック行けなかった事だ。
もしまた、日本に戻れたら〇ックに行こう。
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