番外編 『エイル、日本に帰る。【上】』

 

 ある日の事だった。


「ん……ふわぁ……あれ?」


 朝目覚めると知らない天井だった。


 天井には照明が付いている……電気の。


 ベッドから起き上がり、部屋を見渡すと液晶テレビやパソコン、ソファーにテーブル、野球のバットやグローブ。壁には学生服が掛かっていた。女子用のやつだ。


 何となく理解した。


 ここは異世界じゃないと。


 慌ててベッドから飛び出し、壁掛けの鏡を見た。


 鏡に映る姿は長い黒髪で小柄な少女……結城美佳だった。



 ◇



 どうしてこうなった?


 俺はこの世界でリュウタロウに殺され、異世界に転生した。結城美佳の身体で。

 その世界の神、アチナの使徒として暮らしていたはずだった。異世界で女の子になってしまい、最初は戸惑う事も多かったが、仲間と出会い、冒険をしたりして楽しく過ごした。

 今日も隣りにはミカさんが一緒に寝ていたはずだった……?あれ?ちょっと思い出せない。

 今ここで起きる前の事が……思い出そうとしても、何だかモヤがかかる。


 どうして俺はここに?


 なぜ異世界から戻ったのか?

 なぜ結城美佳の姿なのか?


 ―――

 ―――――

 ――――――――


 考えたけど分からないからいいや。

 とりあえず、もっかい寝る事にした。



 ふかふかの布団に包まり、寝て起きたら戻るだろうと勝手に思い目を閉じた。


 すると


 コンコン。


 部屋の戸をノックする音でビクッとした。

 だ、誰だ?やだ怖い。


「美佳さん、もう朝ですよ。朝食の準備出来てますので、ちゃんと起きて下さいね」


 女性の声だ。お母さんでしょうか?ちょっと見てみたい。



 恐る恐る部屋を出て、一階のリビングへと降りる。


 ドッジボールが出来そうなくらいに広いリビングに驚愕する。


「美佳さん金持ちかっ!」


 つい、声を荒らげてしまい、慌てて口を塞ぐと驚いた顔をした女性が立ち止まる。


 見た感じ20代から30代くらいの女の人だ。

 これが美佳さんの母親?若くね?

 異世界だったら理解できるが、ここ日本よ?


「お、お母さん?」


「何言っているんですか。まだ寝惚けるんですか?奥様と旦那様は先週からイタリアに行っているじゃありませんか?私は家政婦のミナです」


「あっ……そ、そうですね……すいません」


 家政婦さんでした。



 両親は海外。家政婦を雇う家。広いリビング。

 はい、間違いありません。美佳さんちはお金持ちです。



 美味しい朝食を頂いたので、ちょっと聞いてみた。


「ミナさん、今日は何曜日ですかね?出来れば日曜日だと私嬉しいのですが……」


「今日は金曜日ですよ。早くお支度なさいませんとお迎えが来てしまいますよ」


 ふがっ!金曜日!てことは、やはり学校に行かないといけないのか!行きたくない……。


「あっ……お腹痛い。休んでもいいです?」

「駄目です」


 ですよね。仕方ない、とりあえず学校行くか。場所知らんけど。そうだ!行くフリだけして町へ繰り出すのだ!

 異世界から帰還したら最初に行かなければならない場所がある。

 それは〇ックだ。あぁ、ビッグ〇ックにポテトにコーラ。この三種の神器を食さねばなるまい!

 異世界では出せない味があるのだよ!グフフ……。


 ピンポーン


「美佳ちゃん!おっはよぉ!」


 誰か来たァァァ!


 インターフォンを鳴らした人物は人様のお家に勝手に上がり込みリビングに襲来した。

 それだけ親しい間柄と言うことなのだろう。


 しかし……超絶可愛い。なんだチミは。

 美佳さんと同じく長い黒髪。日本人だから当たり前だ。

 大きな瞳はキラキラとしていて、まつ毛が長い。

 雪の様に白い肌にほんのりと頬に血色を感じる桜色。

 この世の者とは思えないほどの美少女が制服姿であらわれた。


「えーと……どちら様で?」


「ヒドイよ!朝から美佳ちゃん、なんでそんな事言うの?幼稚園から一緒なのにぃ!ユリだよ!わたしの事捨てるの?」


 泣きそうな顔で怒られました。


「じょ、冗談よ!ただのモーニングジョークに決まってるってば!アメリカで流行ってるのよ!たぶん」

「そうなの?なぁんだ、良かった!」


 適当に誤魔化してみたが、あっさり信じたらしい。

 大丈夫かコイツ。


 彼女の名前は白井百合しらいゆり。幼なじみらしい。同じ中学校に通う同級生で、毎朝迎えに来てくれる優しい親友でもあるみたいだ。

 美佳さん級に美少女ではあるが、彼女は胸部にある二つの膨らみが圧倒的に違った。

 成長期の中学生とはいえ、既に勝者の膨らみである。

 美佳さんが平地なら、彼女は山。それくらいに差があった。


 とはいえ、この親友の登場でサボり計画が台無しだ。

 どうしよっか?この親友もサボりの道へと巻き込むしかあるまい。フフ……この清純そうな少女を悪の道へと染めて行くのも悪くない。


「くっくっくっ……」


 支度をして玄関を出ると黒塗りの高級車が待機。

 後部座席ドアの前にイカつい顔したおじさんがジャージ姿で立っていた。


 そのおじさんが、こちらに気付くとガニ股で腰を下げて膝に手を当て頭を下げた。


「ウッス」


 筋もんじゃねぇか!



 ◇



 親友、白井百合のお車で強制通学となってしまった俺は、仕方なく学校行く事になり、後部座席で憂鬱になりながら外の空気を吸いたくなり、車の窓を開けると。


「あっ、すいやせん。窓開けちまうと防弾の意味無くなっちまいますんで……」


 助手席のおじさんが、ヘコヘコしながら申し訳なさそうに言ったのだ。


 反社確定か!

 防弾じゃないと駄目なの?何に狙われてんの?

 とんでもない親友持ったね美佳さん!


 しばらくすると学校らしき建物に着いた。

 そこは、俺が知っている学校とは何だか違う雰囲気だった。

 校門の前で降ろされると、警備員付きの門をくぐり、校内に入った。

 フェニス学園。横文字なだけで理解した。超がつくほどのお嬢様学校だ。

 知らない女生徒に「ごきげんよう」と声をかけらる。

 なんだそれは!

 サイコロ降る昼の番組か?どう返して良いか分からず、オロオロしていると、百合ちゃんが「ごきげんよう」と返していた。助かる。持つべきものは友だ。


 幸いな事に、百合ちゃんと同じクラスであったので、難民にならずに済んだ。

 フェニス学園中等部二年一組結城美佳だ。

 俺と出会うよりもかなり前の美佳さんである。

 一体なんでこんな事になってしまったのだろう?

 〇ック行きたかったけど……。

 昼休みに抜け出すしかない!

 そう俺は心に誓い、授業を受けるのだった。



 ◇



 授業は最早、何言っているか分からなった。

 中学校のレベルで既に諦めていたので、記憶にございません。

 そんな中、黒板に書かれた問題を答えよと教師に問われる運の無さを発揮してしまった。

 だが俺は当てられた時は決まって「5」と答えると決めているのだ。小学校の時にそれで正解だった時があり、以来、必ず「5」で統一している。


「5です」


 教室がザワつく。


「ゆ、結城さん。英文の訳……ですよ?」


 教師が俺の答えに動揺している。


「5です」


 頑なに「5」を強調した俺に恐れをなし、他の生徒に変えた。勝ったな。


 授業終わりに教師から後で職員室に来る様に言われたが、それどころじゃない。どうやって抜け出すか……その方が問題である。


 正門には、警備員が二人。

 通る時に必ず声をかけられてしまうのは必至だ。

 ならば、やはり正門を避けて柵を登って脱出を謀るしかあるまい。


 学校から〇ックまで800メートル。

 100メートル走で10秒切る俺なら80秒で行けるはず。

 往復で買い物含めても10分もかからない筈だ。


 終業のベルが鳴ったと同時に教室を抜け出し、柵を乗り越えて校外への脱出に成功した俺は、一目散に予めスマホで調べた〇ックへ直行した。


 少し並んだが、無事にレジへとたどり着く。

 その時、驚愕の事実に気付いた。




「サイフ忘れた……」



 サイフを鞄に入れたままだった……。

 鞄なら置きっぱなしにしてきた学校に!


 〇ック作戦失敗!



 結局〇ックは行けずに百合ちゃんちの車で下校した。


「美佳ちゃん。明日野球見にいくんだよね?明日迎えに来るからね!」


 何だと?


 明日野球見に行くのか。この近くだと……横浜か。

 ひょっとしたら……



 家系ラーメン食べに行けるかもしれない!


 俺は無い胸に期待を膨らませていた。


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