第11話『プロトゼロ』

 

 逃げ惑う人とは逆方向に進むミカエル。

 目指しているのは教会本部のある一番街だ。

 シュリの陽動で周辺の警備はかなり手薄になっており、容易に近付く事が出来た。

 白く塗り固められた、高層の建築物は先の尖った塔の様で、天へと向かって行きそうな程高い。


「シュリが上手くやったみたいね。だけど……妙な空気ね」


 屋根つたいに走りながらミカエルは異様な気配を感じ取るも、それが何か分からぬまま先を急ぐ。


 教会本部の外壁に飛び移った直後、急にミカエルの目前に、矢先が現われる。

「えっ!」


 咄嗟の判断で身体を左に捩り回避するが、矢が右腕に刺さると同時にミカエルの腕が爆ぜた。


「くうっ!」


 そのまま落下するように外壁の内側へと降りて弓矢の狙撃手を探す。

 だが、周辺に目を配るも、らしき者は見当たらない。


 全く見えなかった。矢が目前に迫るまで全く……。

 並の速度じゃない。

 不可解な状況に困惑するミカエルであるが、その実態が直ぐに分かった。


 再び矢がミカエルの前に突如現われた。

 それを釘バットで打ち落とすと更に別方向からやが現われる。

 飛んで来る方向が全て違う。


「矢を転移させてるのね。目前に来るまで気付かないはずだわ!」


 矢を転移させて狙撃する事で距離を無視した狙撃を行い、命中率を上げているのだ。

 更に弓矢の放たれる初速で転移する為に余計にたちが悪い。通常、弓矢は山なりで飛ぶ為、長距離狙撃の精度は低い。空気抵抗を受け、初速と終速の差が出、威力も落ちる。狙撃手が風の魔法でも使う場合もある。

 だが、極めて稀な狙撃手の様だ。


「ムカつく」


 四方八方から飛んで来る矢を釘バットで弾きながら、氷塊を大量に展開させ、魔力感知で狙撃手を探す。


「……見つけた!あんな所に隠れて!くらえッ!『フロストマシンガン』!」


 教会本部の上階に向け無数の氷塊を撃ち込み、建物の外壁がに大穴を開けると、人が飛び去る影が見えた。


「飛んだ?!」


 およそ20階ほどの高層から人影が飛んだ。

 翼を持たない人族なら確実に落下死するであろう高さを、その影は飛び、空中でしばし停止するとゆっくりとミカエルの前に翼を広げ舞い降りた。


「フフ……私の弓を避けるとは大したものですね、お嬢さん。それとも魔王陛下とお呼びした方がよろしかったかな?」


 ミカエルの前に現われた男は白銀の甲冑に白いマントを靡かせ、ややウェーブのかかった紫色の髪。瞳も同色に輝く。美しく整った顔立ち。

 そして背には―――銀色の翼があった。


「誰よ貴方。知り合いに前髪くね夫なんていないんだけど」


「おや、否定されない。ではやはり魔王ミカエルですか。失礼しました、私は神殿騎士団長アルゴと言う者です。お初にお目にかかります。いや、美しいとは聞いておりましたが、想像以上にお美しい姿に感激ですよ」


「きっも!口説いてるつもりかしら?悪いけど私、男に興味無いから。それに……貴方使徒ね?」


「ええ、そうですね。使徒です。まぁ、今はただの騎士団長ですがね」


「そう……なら今ここで潰してやるわ」


 ミカエルの右腕が再生し、釘バットを構える。


「いやいや、私などでは魔王に太刀打ち出来ませんよ。それに、私は女性の相手はベッドの中だけと決めているんでね」


「だからいちいちキモイっつんてんだよ!殺す!てめぇの股ぐらぶっ潰してやるわよ!」


「フフ、冗談ですよ。ですが、貴方の相手はその騎士がしますので、私の股間は諦めて下さい」


「何言って……えっ?」


 ミカエルがアルゴの視線の先に振り返ると、いつの間にか、白銀の騎士が立っていた。フルフェイスの兜をしている為、その顔は拝めない。


(接近に気づかなかった。この騎士全く殺気も気配も感じない。何?この違和感)


「では、プロトゼロ。魔王ミカエルの相手をお願いします。では私はこれで失礼しますね。魔王陛下、またお会いしましょう」


「逃げんなよ!こんなもぬけの殻みたいな騎士が相手になると思ってんの?」


「なりますよ。そのプロトゼロは剣聖ツバキを討ち取った騎士ですから」

 アルゴはそう言って闇へと消えた。転移してしまった様だ。


「こいつが!そう……ならエイルに変わっておしおきね!」


 ミカエルが釘バットを垂直に立て構えると、プロトゼロが腰にある鞘からゆっくりと剣を抜く。

 その剣は白光輝く聖剣である。この世界にも数振りしかない名剣だ。神聖王国でも与えられる者も数少ない。

 その事からも分かる通り、このプロトゼロと言う騎士が神聖王国の最高戦力の一角である事は容易に想像できる。そしてそれだけの実力も兼ね揃えている事もだ。


「……」

「騎士の名乗りも無しか……その黙り、いつまで続くかしら!」


 ミカエルの口角が上がる。その刹那、ミカエルがプロトゼロに一足飛びで襲いかかる。

 間合いをつめながら腰の入ったフルスイングで釘バットを振ると、プロトゼロが素早く後ろに飛び、躱した。

 その直後、反復で戻る様にプロトゼロの刺突がミカエルに飛ぶ。ミカエルもそれに反応し、仰け反る。

 剣尖がミカエルの顔を掠めた。


「お速いことっ!でもっ!」


 ミカエルが素早く腰に装備していたモーニングスターの鉄球を繰り出し、プロトゼロの胴を打つ。


 通常の人間であれば、その一撃で胴から破裂する重い一撃。鉄球がプロトゼロの腹部にめり込み、衝突の威力でプロトゼロの身体ごと吹っ飛ばした。


 そのまま教会本部の外壁に背中から打ちつけられ、バウンドして石畳に落下し砂塵が舞う。

 思わず「やったか?」とフラグをたてそうな場面ではあるが、ミカエルは更に追い討ちをかける。


 起き上がる前のプロトゼロに飛びかかり、釘バットを容赦なく打ち下ろす。まるでミンチにでもする様に何度も何度も叩き付ける。


「死ねゴラァ!挽き肉にしてやんよ!あっははは♡」


 慈悲も情も無いミカエルは本作のヒロインです。


 エイルがこの場に居たらドン引くであろう姿のヒロインの猛追が止まらない。


「死ね!死ね!死ね!」


 普通の相手であれば、恐らく既に息絶え、人の形すら残していないであろう。だが、プロトゼロは並の騎士じゃない。


 振り降ろされた釘バットを片手で掴むと、聖剣を横薙ぎに振り、ミカエルの胴を切り裂いた。

 その斬撃は深くはなかったが、ミカエルの腹部から血が吹き出した。


「―――ッ!」


 釘バットを捕まれた瞬間に手を離し、後ろに跳ねたのが幸いして、上半身と下半身が別れずに済んだ。

 咄嗟の判断だが、ミカエルの危機回避能力も高い。


 とはいえ、内臓を幾らか斬られた為に再生が遅れる。


 だが、プロトゼロはゆっくりと立ち上がって、再び剣を構え、受けの姿勢のまま動かない。

 全くと言って良いほどに微動だにしていない。息すらしていないかの様である。


 対するミカエルは出血もあり、肩で息をしている。

 プロトゼロに注意を向けつつ、意識は腹部の再生に注力して、相手の出方を待つ。


「はぁっ、はぁ……アンタ本当に人間?」


 ミカエルは、プロトゼロを甘く見ていた訳では無い。

 それなりに実力が有ると踏んでの先制攻撃だった。

 ミカエルは分析する。このプロトゼロが十二天将と同等の実力……いや、剣聖ツバキを討ち取った事からして、それ以上の可能性が高いと判断した。


 だが、全く攻撃にしろ魔力を全く感知出来ない事態に戸惑いを隠せない。この世界のありゆる生命体は魔力を持つ。魔法を使えなくても、その動きには魔力の働きがある筈なのだ。それに加えて殺気や闘気すら感じない。

 先程の斬撃も、反射的に回避出来ただけだ。

 まるで武器が勝手に動いているような感覚。


「……無視かよ!ムカつく!氷槍アイシクルランス!」


 ミカエルが1メートル程の氷塊を並列起動してプロトゼロに放つ。その数およそ10本ほど。


 プロトゼロは迫る氷塊を聖剣で正確な動きで粉砕して行く。―――が、その隙にミカエルが急接近して懐に滑り込む。


「くらいやがれ!」


 低い体勢から垂直にミカエルの蹴りがしなやかにプロトゼロの顎を目掛け打ち上げられる。常人ならその蹴りで首が吹っ飛ぶ蹴りだ。

 ミカエルのつま先がプロトゼロの顎を捉えると、白銀の兜が宙を舞う。


 兜が遥か彼方へと飛んで行くと、ミカエルは垂直蹴りの勢いそのままに、後方へバック転を数回して離れ間合いをとった。


 白銀の騎士の兜の下に隠された顔が露になる。

 黒髪の男だった。

 その顔、その瞳、ミカエルが、いや、結城美佳が良く知っている。



「咲野くん……」









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